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January 17, 2006

経済は経済学を変える、という話

経済産業研究所(RIETI) コンサルティングフェロー である関志雄氏による「中国におけるマルクス経済学の凋落― 資本主義化の当然の帰結 ―」が興味深い。

容易に想像できる状況だし、実際それらしい情報にふれることもあるから、別に驚くべきことは何もないのだが、こうして記述されると「やっぱりそうかぁ」と改めて思う。

マルクス経済学そのものについて、その有効性が完全に失われたというわけではない。それは依然としてひとつの「座標軸」であるし、実際、いろいろなところでその影響をみることができる。ただし、ひとつの国を運営する際の基本的方針なり制度なりとして、マルクス経済学が支持した生産手段の公有制や私有財産の否定などが現実に用いられる可能性は、現在では大幅に減少したのは確かだ。実際のところ、「成功」した社会主義国は1つもないのだし(日本がそうだ、という議論はここでの本題ではないので扱わない)。

もちろん中国もそうで、現実の経済運営はかなりのところ資本主義国と似たものとなっている。それがなければ、現在の中国の発展はなかっただろうとの指摘も充分な説得力がある。だから当然、中国において経済運営の指針としてのマルクス経済学の地位が低下するのも無理はない。経済の変化は、経済学を変えるのだ。それは経済学がたどってきた歴史でもあるし、経済学が思想や哲学であるよりもまず社会科学であることのあらわれでもあると思う。

となると気になるのは、これもまったく新味のない議論だが、「今後どうなるのか?」だ。経済は経済学を変えたが、政治や社会も変えるのか?経済が「経世済民」であることからすれば、変わると考えるほうがもちろん自然だ。このあたり「SAPIO」なんかが喜んで書いてきたテーマだが、ずいぶん前からいわれている割には、今のところ「まだ」状況は大きくは変わっていない。とはいえ急速な経済発展によって国内の経済格差の拡大が続く今、この問題はかつてよりもはるかに現実味をもつようになってきている。もちろん中国の国内でもそうした状況を考えている人はたくさんいるわけで、社会科学院の劉国光氏の次のことばが引用されている。

「もし近代経済学が本当にマルクス主義の政治経済学に取って代わって中国で主流、主導的な地位になるならば、その長期的帰結は自明である。望まれるかどうかにかかわらず、最終的には社会主義の発展の方向が変えられ、共産党の指導の終焉、あるいは変質が招かれるだろう」

この人は長い間、社会主義国としての中国の経済を考えてきた人だから、これは深刻な憂慮と警告であるわけだ。で、それを受けて、関氏はこう結ぶ。

「経済基礎が上部構造を決める」というマルクスの考え方に従えば、マルクス経済学の凋落は、まさに中国が社会主義から実質上資本主義に向かっていることの当然な帰結であり、もはや後戻りのできない歴史の流れである。

中国政府は、経済に関してはすでに「舵を切った」が、政治については共産党独裁を堅持していて、経済と政治を「矛盾」したまま共存させようとやっきになっているようにみえる。インターネットに対するさまざまな規制やら介入やらもその一環だ。しかし果たしてそんなことが持続可能なのだろうか。思考を縛られつつ経済的に自由であることは可能なのか?このまま経済が発展していけば、中国はまだどの国も経験したことがない領域に入ることになる。社会主義から資本主義への移行が長期的には歴史の必然みたいにいう人(関氏もそうだし、私自身もどちらかというとこちらの派だ)が少なくないわけだが、ロシアでは多少ゆり戻しのようなものも起きているようだし、正直よくわからない。資本主義も社会主義も、ルーツをたどれば100年以上前のものだ。現代にそのままあてはまると考えること自体おかしいのかもしれない。

ミルトン・フリードマンのことばにこんなのがある。

"History suggests that capitalism is a necessary condition for political freedom. Clearly it is not a sufficient condition."

もしそうなら、うまくいけば、中国政府の思惑は成功するかもしれない、ということになる。個人的な感想としては、今のところけっこううまくやってるじゃん、といったところだが、さて、どうなんだろう。予言なんてものをやるほど身の程知らずではないので、ここらへんにしておく。新聞記事ふうに無責任なまとめをすれば、「…今後の推移が注目される」ってやつだな。オチがない話で申し訳ないが、まあ受験シーズンだし、勘弁してもらおう。

ちなみに以下は予言しちゃった大胆な方々。はずれちゃったものも。

・黄文雄著「それでも中国は崩壊する」ワックBUNKO、2004年4月。
・中嶋嶺雄・古森義久著「覇権か、崩壊か 2008年中国の真実」ビジネス社、2002年3月。
・ゴードン・チャン著、栗原百代・渡会圭子・服部清美訳「やがて中国の崩壊がはじまる」草思社、2001年10月。
・富崎正弘著「人民元大崩壊―中国発『世界連鎖恐慌』の衝撃」徳間書店、1998年11月。
・玉川信明著「改革開放中国は崩壊する」社会評論社、1998年9月。
・石田収著「『トウ小平』帝国の遺産―中国共産党の崩壊と中華人民共和国の変容」光人社、1995年5月。
・永田二人著「中国秘密報告―国家崩壊が始まった」カッパ・ブックス 光文社、1990年6月。
・滝谷二郎著「中国は崩壊する―ドキュメント『北京の55日』中国民主革命の最前線をゆく」学習研究社、1990年6月。
・黄文雄著「大予言 中国崩壊のシナリオ」はまの出版、1989年9月。
・小室直樹著「中国共産党帝国の崩壊―呪われた五千年の末路」カッパ・ビジネス 光文社、1989年9月。
・司瞭著「中国崩壊―誰も知らない、この国の病状」イースト・プレス、1989年8月。

…皆さんよっぽど崩壊させたいんだな。

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Comments

予言の半分以上は外れるのですから笑い飛ばしておくとしても、実際に中国では年間数万件も暴動が起こっているそうですし、経済の停滞に伴う雇用創出難や減速、再低所得層の賃金上昇率が低下or停滞すると、反比例して火種は大きくなりそうではあります。

もっと豊かになっていく奴がいても、自分も(少しずつでも)豊かになれる内は我慢できる。もしくはそういった人の割合が全体の過半数を占めてる内は、体制は安定を保てる、という事情でしょうか。

ロシアに関しては経済的にペレストロイカ後に一度破綻しているので国民からの信頼をまだ取り戻しておらず、故に懐古主義に走る人々が少なくないという状況ではないでしょうか。

中国共産党は主導権を握りながら、穏やかに5000万~1、2億人ずつくらいの共和国からなる連邦制へと移行していくのでしょうかね。
かつてのソ連が辿ったように、一大共和国(ロシア)と完全に独立した共和国という形になるかも知れませんが。

現在の図体は自由の幅を制限した共産党政権だからこそ維持できているといも考えられますので、自由の幅を広げるなら=分裂するなら平和裏に、経済的混乱を招かずにやって欲しいと思いますが、ソ連の時とは比較にならないくらい、世界にとっての一大プロジェクトになるでしょうね。

Posted by: 名無之直人 | January 17, 2006 12:41 PM

名無之直人さん、コメントありがとうございます。
明確なビジョンですね。何にせよ、「崩壊」ということばで連想されるような破局的な事態は避けてほしいものです。中国の人たちにとっても、世界にとっても。ただ、あの国には数千年にわたる「革命」の伝統がありますからねぇ。

Posted by: 山口 浩 | January 17, 2006 03:17 PM

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