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January 08, 2006

人口減社会は明か暗か、という話

2006年1月6日付朝日新聞「新社会のデザイン」と題した対談コーナーがあって、「人口減社会は明か暗か」というテーマで東京学芸大の山田昌弘教授と作家の堺屋太一氏の対談が出ていた。

けっこう読みごたえあったな、これ。

なぜ読みごたえがあったかというと、対立軸がはっきりと示されていたからだ。あちこちにいい顔をしようとする政治家同士の討論だとこうはいかない。対立点とは、整理してみると、こんな感じだ。

論点堺屋山田
これからの10年は団塊の世代が束縛から離れて新たに活躍する黄金の10年現役世代がリスクに直面し、団塊の世代を支える重圧にさいなまれる10年
団塊の世代は年功序列賃金から解き放たれて低コストで働き、低コスト社会をもたらすと期待プライドが捨てられず、現役世代の年金負担を費消するだけの抵抗勢力になるかも
雇用形態が柔軟になり高齢者を上手に使う企業が伸びる若年層の雇用不安定が社会の活力を奪う
人口減少は生産性の低い産業が廃れ、全体として生産性が向上する成長できなくなり、二極化が進む
生活水準の格差拡大は多様化だから問題ない。最低限を保証した後は本人の選択の問題固定化が問題だ。下層の人は選択の余地がない。貧困の再生産が起きる
二極化で何が起きるか豊かになる人が出れば、そうでない人も恩恵を受ける取り残される人の割合がはけっこう高い。社会の中で不安が増大する
国民は放置しても努力する。信頼してよい。規制で行動をしばることこそ避けるべき強い人間ばかりではない。希望のもてない人が増えると社会が不安定化する
政府の関与官に任せず民の善意と努力を引き出すべき。寄付制度を活用せよ寄付制度は拡大されるべきだがそれに頼りきることはできない。システムからはじきだされた人を救う政府の役割は重要
今の若年層は不安不安といいすぎる。不安など昔と比べればよくなったほう。経済成長の成果を享受しながら不安だけ言い募るのはおかしい団塊世代と比べてリスクの高い社会に生きている

いや、こうまで明確に対立されると、いっそすがすがしいね。どちらの側も、一貫性のある社会観みたいなものを反映している。気持ちレベルにとどまらず、社会制度のあり方まできちんと構想しているから、政策談義としても意味がある。

おそらく世間的には、山田教授の意見のほうが共感されやすいだろう。現状はまさしく山田教授の指摘したとおりだし、将来への懸念も実感をもって受け止められる。それに山田教授の分析にはデータの裏づけがあるという意味でも「安心感」がある。そうした地道な作業があったからこその説得力だし、その懸念に共感できたからこそ「希望格差社会」はベストセラーになったのだ。堺屋氏の意見は、そうしたデータの積み上げというよりは、堺屋氏自身の「洞察」みたいな感じだし、なんだか楽観的すぎるようにみえなくもない。

では堺屋氏の主張には意味がないのか?「団塊の世代」以来、印象に残るキャッチフレーズをつけて時代を切り取ってみせるのが同氏の真骨頂だが、「黄金の10年」説はだめなのか?というと、そうでもないと思う。堺屋氏のいっていることは、現状の分析でもなければ問題点の指摘でもない。「視点の提示」だ。ものごとをみる新しいフレーミングを、キャッチーなネーミングとともに提示しているのだ。

こうしたことは、実はかなり重要だと思う。看板のすげ換えにすぎないではないか、実態は何も変わらないではないかという批判もあろうが、私はそうは思わない。同じものごとでも、視点の置き方によってまったくちがった意味合いを持つことはよくある。わかりやすい例でいえば、コップに「もうこれだけしか水がない」とみるか「まだこれだけ水がある」とみるか、みたいな話だ。リスクの増大が実はチャンスの増大だったり選択肢の拡大だったりすることもあれば、年収の低下が責任からの解放だったりすることもある。

堺屋氏は、これからの時代を、「現役世代に不安と不満が満ちあふれる時代」とみるのではなく、「団塊の世代が社会的束縛から解き放たれる時代」とみた。コップに残った水は意外に多いぞ、というわけだ。問題のフレーミングは、考え方に大きく影響する。人々の考え方が変われば、現状に対する評価もとるべき対策も変わってくるかもしれない。この話とは関係ないが、私が、私とは考え方がかなりちがう森永卓郎氏をけっこう評価しているのも、彼の「年収300万」というアレが、人々のフレーミングを変えるキーワードになっていると思うからだ。「年収300万」を「通過すべき点」とみると、そこから脱出できない人はあせりに駆られる、不満にとらわれる。それを「ここにいていいのだ」と視点を転換することができれば、実態は変わらなくともあせりや不満はずいぶん軽減されるかもしれない。

それと同じように、私は堺屋氏の提示する新しいフレーミングに期待する部分が若干だがある。当事者を「説得」できるかどうか、政策に反映されうるかどうかはもちろんまだ未知数だが。

実は、これだけ意見が対立していながら、いざ社会制度をどう変えるかという話になると、この両者の主張はけっこう似通っている。転職の増加に対応した制度、公的部門を官と民双方で支える手法、寄付の活用などだ。ちがうのは、堺屋氏が自由と選択を重視しているのに対し、山田教授は自立支援のための政策対応を重視している点だ。視点の差が提唱する政策の差に現れる。それ以外は現実的に。政治家の党利党略まるだしの議論と比べてなんとすっきりしていることか。

というわけで、関心のある方のために、ご両人の最新刊など。



ぜんぜん関係ないが、堺屋氏の現職は早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授だったはず。なんでこの対談記事のプロフィール欄に出てないんだろう?不本意なのかしらん。

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Comments

面白いですね。同じ見るなら、楽観的に考えたほうが楽しいと思うのですけど、日本人受けはしないのかなぁ(^^;

Posted by: ひろ | January 08, 2006 01:35 AM

ひろさん、コメントありがとうございます。
堺屋氏はこれまで時代をみごとにきりとるキーワードを提示して、世論をリードする役割を果たしてきました。こんどはどうでしょうね。私も前向きなほうが好きですが、かといって楽観的にばかりなってもいられない気もしていて。

Posted by: 山口 浩 | January 08, 2006 02:11 AM

ども、山口さん。堺屋氏の言ってることも、ミクロな事実の裏付けはあると思いますよ。実際そういう企業もありますし。ただ、それをそのまま「10年」よりも先の長期マクロに敷衍していいかというと、そうじゃないだろと。つまりこの2人の問題認識のギャップには、時間軸というのも含まれていると思われます。
あと、我々の世代にとって山田氏のほうが説得力があるとしても、やはり時の為政者が堺屋氏的新自由主義価値観のほうを信じているということが大きな問題ではないでしょうか。つまり、これってある種の世代ギャップなのかもしれません。

Posted by: R30 | January 08, 2006 02:28 AM

R30さん、ども。
ミクロとマクロ、中期と長期、確かに視点にちがいがありますね。で、どちらにも一定の説得力があると。こういうときは、政策としては両面必要なんでしょうね。
「世代ギャップ」という点では、語っている人自身がどの世代に属しているかもさることながら、彼らが誰に向かって語りかけているかの差もあるのだと思います。その意味では、堺屋氏の「アジテーション」はけっこう意味があるのではないでしょうか。「老年よ大志を抱け」といったところですかね。

Posted by: 山口 浩 | January 08, 2006 10:09 AM

この問題には,世代間対立以外に都市対地方の対立という軸も含まれていることを忘れてはいけません.これからは都市サラリーマンが稼いだカネを地方農村にばら撒くという「政治」が出来なくなる,そのことの意味をよく議論すべきです.私自身は,中山間地域から人間が次第に引いて自然に返すという政策と,そこに引退した金持ちを誘導するような施策があってしかるべきと思っています.

また,官と民の役割分担や連携については,人材の流動性という日本社会が長い間放っておいた課題が最重要と感じます.これには,年金の完全個人口座制(マイレージ制),フリンジベネフィット課税が必要ではないでしょうか?ちょっと言葉足らずなので,いずれ詳しく・・・

Posted by: 俊(とし) | January 08, 2006 11:42 AM

この問題は結局2つの問題に帰着するのではないかと思います。

1.今後、経済成長を維持して、ゼロサム社会に陥らないようにできるか?
2.若い世代に、自分の生活や能力を向上させようという意欲を持たせることが出来るか?

1.は経済政策を間違わなければ十分達成できることだと思います。ただ、今の日銀に任せていては不安ですが。w
2.は社会制度をどう変えるかという問題ですね。自らを向上させたいという意欲そのものは誰にでも備わっているものだと思いますが、そのような意欲を奪ってしまう逆インセンティブが社会にはあるので、それをどう取り除いていくかが重要だと思います。

Posted by: Baatarism | January 08, 2006 12:52 PM

コメントありがとうございます。

いろいろなアイデアがありますね。

俊さん
確かに「都市と地方」という対立軸もありますね。田舎に人が住むことの社会的コストと都市集中のデメリットをバランスさせるというお考えですかね。でもこれ、個人レベルよりはるかにきな臭いですねぇ。フリンジベネフィット課税は補足手段があればいいのですが。

Baatarismさん
危機意識は共有します。ただ、政府の人たちが私たち一般国民の大半より明らかにこの問題に関して有能であり、意欲もあるとも思っています。問題は将来がわからないゆえに何が正しいか正確にはなかなかわからないことと、利害や価値観の対立があることですね。私たちが「Big Brother」を望まないのであれば、試行錯誤のすったもんだは最終的に私たち自身が引き受けなければいけないわけで。

Posted by: 山口 浩 | January 08, 2006 01:21 PM

希望格差社会は、確かにデータに基づいていますが、山田氏のデータ解釈は「そりゃ無理があるべ」と笑いながらつっこみを入れたところが満載だったと記憶しています。希望格差社会の行間から読み取れるものは、かなり明確で、山田氏自身の無意識の(あるいは確信犯的な)センセーショナリズムです。グリーンピースが環境危機を誇大に叫ぶことで、寄付をゲットして生活しているように、地震研究者が地震の危機を誇張して叫ぶことで研究予算をゲットするように、山田氏は、社会の危機を誇大に叫ぶことで、プレゼンスを拡大し、より多くの人脈、協力者、予算、人員を確保し、自分の好きな研究を継続しようとしている、というのは、まあ、学者なら(あるいは学者に限らず)多かれ少なかれ誰でもやることですが、彼のは度が過ぎていてコミカルです。ただ、マーケティングセンスには感心します。「うける技術」ならぬ「うけるセンス」を持ってますね。

Posted by: fromdusktildawn | January 08, 2006 03:27 PM

山口浩さん、こんばんは、

先日読んだドラッカーの「明日を支配するもの」(ISBN:4478372632)が面白かったです。山口さんの記事を読ませていただく限り、堺屋さんは、この本に影響を受けているような気がします。

ドラッカーの「テクノロジスト」という概念にとても惹かれます。私見ですが、現実の職場を見ていても、案外ITとか様々な技術を使いながらだと年齢というのが仕事の遂行においてあまり問題にならない時代になってきているような気がします。現場において気になるのは、これまた年齢を問わずに、様々な理由で職務に非適応になる人の増加ですね。

もっと個人的な意見ですけど、しばらく前に堺屋さんが「メイドも新しい産業の振興だ」みたいなことを言ったと新聞でやりだまにあげられていましたが、知人だのの話を聞いていると、きちんとしたメイドさんがいればかなり女性の職場復帰がスムーズに進んで労働問題が解消するような気がしています。家庭内を掃除したり、料理したりすることがものすごく主婦と主夫の重荷になっているのではないでしょうか?

Posted by: ひでき | January 08, 2006 06:29 PM

>ひできさん
bewaadさんの今日のエントリーで介護や保育の賃金が何故安いかについて論じてますが、メイドもこれと同じでかなりの低賃金職になってしまうと思います。

http://bewaad.com/20060108.html#p01

実際、シンガポールのようなメイドが一般的な国でも、フィリピンなどからの出稼ぎの女性がメイドになる事が多く、その立場は極めて不安定だそうです。
だから日本人のメイドが成り立つ社会というのは、かなり国内の階層化が進んでいる社会になってしまうのではないでしょうか?

Posted by: Baatarism | January 08, 2006 08:23 PM

コメントありがとうございます。

fromdusktildawnさん
バックグラウンドがわかりませんが、山田教授へのご批判は専門的見地からのものですか?私は畑違いなのでわかりかねますが、本を斜め読みした限りでは、社会科学の分析手法として「つっこみどころ満載」とは思えませんでした。むしろ私が「弱い」と感じたのは具体的な提案の部分で、これはご本人に直接質問をしたこともありましたが、分析部分と比べるとどうも歯切れが悪い感じがします。これが正解、とはいいづらい類の問題だというのはわかりますがね。

ひできさん
ドラッカーね。こういうと両者のファンにしかられそうですけど、堺屋さんはなんというか「日本のドラッカー」的ポジションとみられているふしがありませんかね?メイド産業、ですか。発想はわかります。今のメイドさんは「メイド」なるものがいかなるものであるかをわかったうえでやってるわけではなさそうですけどね。

Baatarismさん
ものごとを考えるときに、何を前提として、どんな視点から考えるかによって、けっこうちがった結論になりますよね。堺屋氏の真意は知りませんが、ひできさんのお話は、けっこう「大がかり」なものと解釈しました。シンガポールのメイドさんの話はこのサイトでも少し前にとりあげましたが(すごいアクセス数でした)、過酷な労働条件ではあるとしても、本国で仕事がない状態や、本物の人身売買の犠牲になるのと比べてどちらがいいかという観点もあります。日本で低賃金メイドが大量に生まれたとして、階層化が進んだとして、それは現在と比べていいのか悪いのか、そんなに簡単には決められないのではないでしょうか。

Posted by: 山口 浩 | January 08, 2006 09:14 PM

フリンジベネフィットは当然捕捉率が問題ですが,まずは大企業や公務員の社宅辺りから攻めるのが社会的インパクトが絶大ではないかと思っています.エライさんの社用車は当然完全補足です.

Posted by: 俊(とし) | January 10, 2006 09:59 PM

俊さん
最近は社用車もだいぶ減ってきているので、社宅のほうがよさそうですね。ただ、流動性向上という観点からすると、個人的には年金ポータビリティとか退職金課税とかのほうが効くような気がします。

Posted by: 山口 浩 | January 10, 2006 10:56 PM

論者自身の行い云々なら堺屋さんの方がひどいと思いますよ。
確かに彼はアイデアマンで創造力、企画力には優れていると思いますが、
何かぶち上げ → やばいことになりそうといち早く察知 → 沈む船から一足先に逃亡 → 元いた所を批判
の繰り返しじゃないですか。官僚機構しかり、インパクしかり。
あと、「平成三十年」なんて今見てもすでに大幅に陳腐化してますよ。現状認識も怪しいものだと思いますね。

Posted by: mc22 | January 14, 2006 03:26 PM

mc22さん、コメントありがとうございます。
「アイデアマンで創造力、企画力に」「優れている」人は、世の中でそう多くはありません。実行力には疑問符がつく、ということなんですかね。人には使い道がある、ということなのではないですかね。
レオナルド・ダ・ヴィンチの構想した飛行機械は、現在の航空機とはまったくちがっています。しかしそのことは、飛行機の発達の歴史におけるダ・ヴィンチの功績を否定するものではありません。ヴィジョナリーの役割というのは、そういうものだと思います。堺屋氏がそうだといっているわけでは必ずしもありませんが、堺屋氏のビジョンは「ありうる未来」の1つであり、それが示されることによって、「ではそのためにどんな条件が必要なのか」を考える機会をわれわれは得ます。評価は、それからでも遅くないのではありませんか?

Posted by: 山口 浩 | January 14, 2006 04:35 PM

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