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January 02, 2006

この保険だとあまり役に立たないと思う

2005年1月1日の朝日新聞に「耐震偽装防止、建築主に保険加入を義務付け 国交省検討」という記事が出ていたのだが、書いていて気づかなかったのだろうか。これだとあまり役に立たないと思う。

役に立たないというのは、ここで書かれている保険のしくみが、意図的な偽装には適用されないと書いてあるからだ。記事にはこうある。

保険は通常、姉歯元建築士による書類偽造のように「詐欺的な行為」があった場合、保険金は支払われない。今回のような偽装マンションの購入者への補償について、国交省は「今回、新たに導入を検討している保険とは別の仕組みで検討することになる」としている。

ええと、見出しは「耐震偽装を保険で点検」だよね?で、「詐欺的な行為」には別のしくみだって?それじゃその保険は偽装を点検してないじゃん。矛盾じゃん。書いてて不思議に思わないのかね?

…記事のことはおいといて。

現状からいうと、上記引用部分の前半部分は正しい。業界で「モラルリスク」と呼ぶ類のものだ(経済学でよくいうモラルハザードとは異なるが、ここでは関係ないので説明は省略)。保険というのは、意図的な濫用に対して弱いから、あらかじめ保険会社が責任を負わないように決めておくのがふつうだ。

でも、これでは購入者は保険でカバーを受けることができない。現在の技術水準からみて、きちんと設計されきちんと施工された建物の耐震強度が不足している事態は、正直ほとんど考えられないはずだ。一番購入者がおそれるリスクは、建築主によって耐震強度が偽装された場合、つまり今回の耐震強度偽装問題のようなケースだ。こういうケースに使えないなら、検討中の新たな保険とやらが購入者の助けになる度合いは、きわめて低いといわざるをえない。

で、ちょっと考えてもらいたいのだが。

保険業界の現在の方針はともかく、建築主による偽装のリスクを保険会社が負えないというのは、本質的にできないというよりも、やりたくない、というほうに近い。保険技術的にいうと、保険契約者ないし被保険者による偽装のリスクはモラルリスクだろうが、ここでの「本当の」被保険者は購入者のはずだ。購入者にとって、建築主の偽装は外部のものであり、盗難や放火のリスクと同じように、モラルリスクではない。火災保険で第三者による放火が免責だったとしたら、被保険者たる建物の所有者は火災保険という商品に満足するだろうか?

契約上のテクニックはどうあれ、住宅購入者を耐震偽装から守るための保険は、建築主による偽装をカバーするものとすべきだ。契約者および被保険者を購入者とし、住宅販売者が契約手続きを代行するしくみとか、そういう工夫で乗り切れるはずだ。

保険会社がこの種のリスクを負うのはおかしいという主張があるとしたら、それはちがう。たとえば、購入資金を融資する銀行は、偽装のリスクを潜在的に負っている。抵当権を行使して競売にかけたその手続き中に偽装が発覚したら、そのリスクは銀行が負うことになる。つまり偽装のリスクは、潜在的に信用リスクの中に含まれている。

もちろん、保険会社が提供する保険が偽装リスクを担保した場合に負うリスクは、銀行が間接的に負うそれよりもはるかに大きい。しかも関係者が意図的に隠そうとする類のリスクだ。保険会社には建築の専門的知識を持つ社員もいるし、社外の専門家も活用はしているが、現状の体制は全てを見抜けるほどではない。及び腰になるのは、ある意味当然だと思う。

いくつかの方向性があると思う。

ひとつは、保険会社がいっそうの努力をすることだ。体制がなければ整える。コストが必要なら保険料として徴収する。どの保険会社も、社会に貢献する公共的使命のようなものを企業理念に謡っているはずだ。工夫して対処できる範囲のことは、やってしかるべきだと思う。ここには保険サービスに対する大きなニーズがある。ここでうまくやれば、業績にもプラスの貢献をするのではないか。テクニカルにいうと、保険でカバーすることになると保険者代位が生じて、建築会社に対して購入者と保険会社が債権者として競合する事態が考えられるのだが、このあたりも、自動車総合保険にある「示談代行」みたいなサービスを連想すれば、「回収代行」みたいなかたちで競合を避けられる(要するに保険会社が我慢するってことだが)のではないかと思う。

次に、建築業界の対応だ。この保険も含め、あらゆる保険共通の価値の源泉でありかつ問題となるのは、情報の非対称性だ。偽装のような意図的な行為のリスクは、保険会社からみて特にやっかいであり、なかなか手が出ない領域となっている。しかし、この問題は建築業界にとっても深刻かつ根本的な問題のはずだ。信頼を回復するといっても、業界の全体とまではいかなくても、かなりの部分が不信の対象となっている。保険会社という第三者を使って信頼を回復するのは、悪くない方法だと思う。具体的には、保険会社に対して設計に関する情報を積極的に提供して、少しでもリスクの算定をやりやすくすることが挙げられる。建築会社の協力によって、多少は保険料も下がる可能性がある。購入者にとってもメリットがあるのだ。

それから、政府の対応だ。いたずらに政府が直接民間経済に介入することは適切ではない。政府のサービスはその立場上形式的・非効率的になりがちで、コストの割に満足度の低いものになるおそれがあることは他の領域をみればわかる。ここで参考になるのは、地震保険のように、政府が部分的に保険会社とリスクを分担する制度だ。耐震偽装問題には、今回のケースのように検査機関のミスや限界がかかわっている可能性が高い。政府には少なくとも部分的な責任がある。それに、民間保険会社がしり込みする偽装リスクを引き受けさせるために、一部分担することは、民業圧迫にはならないし過剰な行政介入にもならないだろう。

最後に、購入者の義務だ。基本的に、住宅を購入するという行為は私的取引であり、その責任は購入者自身にあることを確認すべきだと思う。保険制度は自らのリスクを軽減するために自ら契約するものであり、その公共性から一部政府が支援するという類のものと理解したほうがいい。したがって、偽装をカバーする保険は、偽装による損害の全額を対象とすべきではない。地震保険がそうであるように、金額ないし割合で上限を設けて、一定の自己負担を設けるべきだ。これは購入者のモラルハザード(こっちはモラルハザードね)を防ぐという意味もあるし、保険会社が負うリスクを制限するという意味もある。「誰か」が一部を負ってくれるにせよ、このリスクを最終的に負うべきなのは購入者自身だ。なぜか?自分の金を使って、自分の住処を買おうとする購入者こそが、最も真剣にチェックしようとするからだ。それ以外のさまざまなしくみは、それをアシストする手段と考えたほうがいい。

国交省が検討している「別の仕組み」がどんなものであるかは知らないが、中途半端に「外郭団体を作って」みたいな「焼け太り」戦略はとってほしくない。もちろん、本当に必要なら財団でも社団でも作ればいいのだが、今すでに性能保証機構があるわけだし、これ以上屋上屋を重ねるのもどうかと。ちょっと見方や考え方を変えれば、かなりのところまで民間企業でできると思うし、そうすべきだと思う(ちなみにだが、地震保険については、業界各社が出資して「日本地震再保険㈱」という会社を作っていて、ここを通して政府に地震リスクの一部を移転している)。心ある官僚の皆さんにはぜひがんばっていただきたい。

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