「ビジョナリー」から「プランナー」へ
「『道州制導入が適当』、21事務を移譲…地制調答申案」なんて記事が出てる。
いつの間に。
ニュースは、地方制度調査会の専門小委員会(松本英昭小委員長)が、2月16日の会合で、道州制に関する答申案を固めた、というものだ。この文章を書いている時点で地方制度調査会のサイトにはまだ答申案なるものは上がっていないようだが、道州制の検討自体はもともとこの第28回調査会のテーマの1つだった(「論点」)し、いろいろな検討資料も公開されている。とはいえ、世間的にはほとんど関心を呼ばなかったといっていいのではないか。他にもいろいろあったし。そうこうしてるうちに、こんなことになっていたというわけだ。
国と地方の役割を見直し、政府のあり方を再構築する必要性を指摘し、そのための具体策として「道州制の導入が適当」と結論付けている。28日の総会で最終調整したうえで決定し、小泉首相に提出する。
道州制を最初に誰が言い出したのかは知らないが、今の社会に影響力のあるかたちで初めて提唱したのは大前研一だ、といっていいのではないかと思う。1991年の「平成維新」だ。あの中では、省庁再編や道州制の導入など、「ゼロベース」の改革が必要と主張された。省庁再編のほうは、90年代の終わりに、曲がりなりにも実現した。道州制もそうなるかどうかはわからないが、少なくとも政府が正式に検討するところまでは来ているわけだ。出版当時、「平成維新」に書かれた内容がいかに荒唐無稽に見えたかを記憶している人も多いだろう(私もその1人だ)。こういう人を「ビジョナリー」というのだな、と思う。
とはいえ、この種の検討は、検討から先へ一歩踏み出すのが難しい。現状で曲がりなりにも機能している制度を抜本的に変えようというのだ。メリットもあればデメリットもある。得をする人もいれば損をする人もいる。「なんでそんなことを」「なんで今」「なんでこんなふうに」「なんで私が」と、いちゃもんをつける余地は無数にある。
最悪なのは、人々が関心を示さず、やりたい人だけが検討を進めて案をまとめると「聞いてない」「議論が尽くされてない」「私は反対だ」となって放置され、そうこうしているうちに陳腐化してしまうパターンだ。最近での典型的な例のひとつとして、首都機能移転がある。国会で「国会等の移転に関する決議」を採択したのは1990年11月、バブル絶頂期だった(ちょうど「平成維新」が書かれた時期にも相当する)。当時は地価高騰を背景に東京一極集中の弊害が声高に語られ、その解消のために首都機能を地方に移転すべきだ、という考えになったわけだ。
その後の経過はご存知の通りで、バブル崩壊とともにこの問題は事実上忘れ去られ、忘れちゃいけない立場の人たちと忘れたくない人たちだけが残って細々と検討を続けていた。1999年12月に移転先の選定(3候補地)等に関する答申が内閣総理大臣から国会に報告されたのは、おそらく景気対策としての公共事業の目玉、とでも考えられたからだろう。
今は、同答申を踏まえ、2003年6月に設置された「国会等移転に関する政党間両院協議会」において、「大局的な観点」から移転について検討中であるらしい。とはいえ、15年もたって候補地の絞込みすらできていない状況だ(だいたい「3候補地」がどこかを言える人のほうが少ないはず)。巨額な移転費用負担の問題も含め、国民的合意はなきに等しい。そもそも、バブル当時とも、公共事業大盤振る舞いの時代とも状況がちがう。関係者の方々には申し訳ないが、是非はともかく首都機能移転構想自体がすでに陳腐化してしまっているし、客観的にみて、実現すると思っている人もほとんどいないといっていい。
今回の道州制の議論は、首都機能移転をある種代替するものでもあろう。首都機能移転は首都の権限をもったまま別の場所に移ろうというものだが、道州制はその権限自体を地方に移管してしまおうとういものだ。かたちを変えた首都機能移転といってもいいかもしれない。もちろん具体的にどんなかたちになるかによるわけだが。
道州制導入に関する議論も、首都機能移転論議と同時期に始まり、その後しばらくは「眠って」いたわけだが、ようやく動き始めた。とはいえ、検討が先行した首都機能移転論議と似た道をたどるおそれは充分にある。上記のニュースにこんなくだりがある。
【道州制導入に関する課題】導入の判断は、国民的論議の動向を踏まえて行う。導入の機運が醸成された場合は、理念、プロセスを定めた推進法制を整備することも考えられる。本答申を基礎として今後、国民的論議が幅広く行われることを期待【区域例】(略)
これとよく似た記載が、国会等の移転ホームページにもある。
なお、移転の検討にあたっては、国民の合意形成の状況、社会経済情勢の諸事情に配慮して、東京都との比較考量を通じて行うことと法律で定められています。
要するに、「国民的合意」ってやつがないとだめよ、ということだ。この点に関していうと、道州制導入は首都機能移転と若干だがちがう。後者は現在の首都である東京と移転先候補地(およびその周辺)にしか関係ない話だが、道州制導入は全国すべての地域に関係する話だからだ。本論と関係ないが、首都機能移転論議のほうが先行して議論されたのも同じ理由で説明できる。利害関係者がはっきりしていたから、推進役が決まりやすかったのだろう。道州制の論議は、それとはちがって、誰もが関係する話だが、その分だけ1人1人の関心は薄くなりがちだ。国民的関心を呼び起こすには、うまくことを運んでいかないといけないと思う。
この問題について、私は何か専門的なことを言える知識はない。一国民として、政治を身近にするために悪くない方法かも、権限を国に残そうとか地元に公共事業をもってこようとかいう色気丸出し(申し訳ないがそう見える)の首都機能移転よりはスジがいいよな、などとぼんやり考えるくらいだ。ただ、この問題は「ビジョナリー」の手から「プランナー」の手に移る段階になった、ということはいえると思う。一部の人の「構想」でなく、たくさんの人がよってたかって詳細設計を作ってその是非を検討する必要がある。法律や政治、マクロ経済などさまざまな分野の専門家の方々、ぜひたくさん議論していただきたい。案を具体化する過程ではいろいろと「理想」と相容れない要素が入ってきたりするわけだが、その弊害を抑える最良の策は、多くの人の目、しかも専門家の目をくぐらせることではないかと思うからだ。そういう検討をどんどん公開していくことで、幅広い関心を呼ぶことができるかもしれない。
それから、この種の検討ではある種の「勢い」が重要だと思う。その意味で、導入するにせよしないにせよ、結論はある程度のスピード感をもって出したほうがいい。首都機能移転は幸か不幸かこのタイミングでバブルが崩壊して勢いを失った。当時私は首都機能移転に必ずしも賛成ではなかった(今もそうだ)が、せっかくの案(関係者の努力の成果だ)がたなざらしのまま陳腐化していくのをやりきれない思いで見ていた記憶がある。少なくとも、政府として検討するなら、きちんと議論して結論を出してほしい気がする。
※2006/3/1追記
HPO:個人的な意見 ココログ版「それでもヴィジョナリー Timing is All」
もう遅いのではないか、との指摘。うーんそうかも。でも、それでもやったほうがいいかどうか、という問題なのだと思う。世の中、たいていのアイデアはごたごたしているうちに新鮮味が薄れていくものだ。この国においては特にそうであるわけだが、別に固有の問題ということでもなくて、民主主義制をとる国なら多かれ少なかれ付随することなのでは。道州制は、いったん導入されれば最低でも数十年、願わくばもっと長く国家の根幹をなす制度だろう。導入が数年遅れただけで価値をまったく失ってしまうようなものでは困る。私たちの死後に生まれてくる子孫の世代が、現在の都道府県制の下で暮らすのがいいか、道州制の下で暮らすのがいいか。そんなふうに考えてみたらどうだろう。たとえ実施が10年遅れても、11年遅らせるよりましなら、やはり実施すべきだし、12年後には価値のないアイデアだったとしたら、今もやるべきではない。
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Comments
私もこの話題は注視してきたつもりなのですが、完全に日陰のニュースですよね。
大前の唱える道州制の意義とは、経済的自立を達成し行政効率の最大化を図れる行政単位に地方自治体と国政の在り方を変える所にあるので、平成の大合併騒ぎが、この道州制議論の前に駆け込みで行われている事からの少し心配ではあります。
ほんと、BSEとかホリエモンとかよりも、よっぽど大きな国民的議論の的になっておかしくない国家の仕組み変更なのですがね。衆参両院の在り方や議席数、議員選出の仕組みから区割りの大幅変更を含めて、大騒動に発展してもおかしくないのに。
とりあえず、何県と何県と何県をくっつけるのくっつけないのという話に終始しない事を切に願っております・・・。
Posted by: 名無之直人 | February 21, 2006 09:29 AM
名無之直人さん、コメントありがとうございます。
やはり話が具体的にならないと、関心を呼びにくいのでしょうね。ご懸念の「くっつけるのくっつけないの」は、もし話が進めば必ずそうなるのではないかと。それでもやらないよりまし、それを覚悟の上でやらないと、ということではないか、と思ったりします。
Posted by: 山口 浩 | February 21, 2006 06:36 PM