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March 04, 2006

サッカーでグローバル経済を考える、という話

Milanovic, Branko (2003). "Globalization and goals: Does soccer show the way?" Working Paper, World Bank.

ネタのようでけっこうまじめ、という論文。

世銀のサイトをうろうろしていたら、こんな論文を見つけた。サッカーを題材に、グローバル経済のあり方を論じる、というアプローチ。この人絶対サッカー好きで、半分ネタみたいなものなんだろうな、とか思って斜め読みしてみたわけだが、それなりに興味深いところもあった。

著者のMilanovic氏は世銀のResearch Departmentでlead economistを務める。所得格差が研究テーマのようで、こんなページも作ってる。業績リストはこんな感じ。

で、論文。細かいところは原文をあたっていただくとして、ここではさわりだけ。

サッカーというスポーツには興味深い特徴がある、という指摘からスタート。サッカーという「労働市場」は、世界で最もグローバル化が進んでいる。世界をリードするクラブチームは、国籍に関係なく優れた選手を高値で獲得する実力本位の世界であり、「労働者」である選手たちが国境を越えて移動する流動性は高い。しかしサッカーにはもう1つ、ナショナルチームというのがある。これは国籍が決定的に重要で、ある国のナショナルチームに選ばれたら、その後別の国のナショナルチームに入ることは不可能だ。つまり、選手たちが国境を越えて移動する流動性は低い、ということになる。さてこのように、流動性の高い労働市場と低い労働市場が共存するといったいどうなるか、という話だ。

この問題を考えるのに持ち出されたのが「サッカー生産関数」。笑える。よくある生産関数Y=KLを応用して、選手2人に単純化したモデルを想定し、

gi = S1S2

とモデル化する。ここでiは何番めのチームかをあらわし、S1とS2は選手1と2それぞれのスキルのレベルをあらわす。もともと自分の国の選手だけで構成するチームを考え、うまい順に選んでチームを構成するわけだが、自国で2番目にうまい選手より他国から選手を連れてきたほうがいい場合があり、クラブチームならこれを使ってチームを強化できる。このようにすると、資金力のあるチームが強い選手を集めていくため、チーム間の実力差は拡大する傾向を持つ。

しかし、うまい選手とプレーする選手は能力が向上する、という仮定も設定されている。とすると、クラブチームでうまい相手とプレーした選手がナショナルチームに戻ってくるため、ナショナルチームの実力の格差は縮小する、という帰結になる。

ここまでは理論の遊びめいているが、一応世銀なわけで、実証研究まで踏み込んでいる。Champions' League、セリエA、ワールドカップの3つの大会結果のデータが使われている。Champions' Leagueでは、準々決勝まで進んだチームの数(少ないほど集中している)をみたり、それに任意のポイント(擬似的な「所得」だ)をあてはめて集中度(ジニ係数だ!)を計算したり。結果は、クラブチームの場合、準決勝に残るチームの数は減少(集中が進んだ)し、また勝ち残る強いチームの間での集中度も上がる、というものだった。

準々決勝に残るチーム数ジニ係数
1958-623065.9
1963-672673.5
1968-722868.1
1973-772870.0
1978-823064.3
1983-872962.2
1988-922670.2
1993-972672.0
1998-022276.9
※Table 1.

セリエAのほうは、豊かな北部と貧しい南部のチームに分けて分析されている。南部のチームがセリエAに残る数は変動しながらも、1950年代以降ほぼ一定だったが、2002、3年はついにゼロに落ち込んだ。つまり、やはりここでも資金力の差が実力の差を広げた、といえる。

ナショナルチームの分析はワールドカップ。初めて準々決勝に残った国の数と、強豪国間のゴール数の差を分析した。もしチーム間の実力が均衡しつつあるなら、新しく準々決勝に残る国の数は増えてくるはずだし、また強豪国間のゴール数の差は縮小するはず。前者ははっきりしないが、後者は成り立っているようにみえる。つまり、ゴール数の差は縮小していたらしい。サッカーの弱い国では、有力選手が海外のクラブチームでプレイしてスキルを上げ、それをナショナルチームに戻って活かすことができるというメリットを受けていることになる、というのが仮説。

新たに準々決勝に残った国数強豪国間のゴール差
1950n.a.2.50
195422.33
195832.38
196211.50
196621.63
197021.75
197431.43
197801.71
198211.19
198601.00
199020.63
199421.13
199821.25
200230.88
※Table 2.

で、これで何がいいたいのか。論文は、サッカー弱小国がこのようなメリットを受けられるのは、ナショナルチームに関する国籍制限を課しているFIFAの役割が大きい、としている。商業主義に陥らないための砦、というわけだ。論文は、この考え方がサッカー以外の分野にも応用できるのではないか、と主張する。労働力の自由な移動によって、生産は全体としてより増えるかもしれない。しかしこれは、能力のある個人がより豊かな国へと移動していく動きが伴うため、格差の拡大を招く。FIFAがナショナルチームの選手に制約を課したのと同じように、海外で活躍する労働者に対し、数年働いたら1年、といった割合で自国に戻って働くことを義務付けたらどうか、というのが提案。

大胆、というかむちゃくちゃというか。まあちょっと実現性に欠ける案ではあるが、もう少し抽象化すれば、グローバル化のメリットを最大に享受するためには、利潤動機に基づいて活動する企業や国だけでなく、非営利の目的で活動する国際機関の役割が重要なのではないか、といった教訓が得られる。これなんかは、著者が世銀のエコノミストであるところからするとかなり我田引水っぽいな。それからもう1つ。グローバル化のメリットを最大に享受するためには、労働者の移動を最初から制約してしまうのではなく、いったん許容して労働者に高いスキルを身につけさせ、彼らが自国に帰ってそのスキルを発揮できるようにしたらいいのではないか、と。それができりゃあ苦労してないよなドイツとかフランスとか、などというつっこみが聞こえてきそう。論文は、サッカー選手の海外流出を頭脳流出の問題になぞらえているわけだが、著者自身がセルビア・モンテネグロ国籍。自分はどうなのよ、というつっこみもありかと。

やっぱり半分以上ネタ、だな。ワーキングペーパーとはいえ、よくこういうのが許されたなぁ、と思う。ただ、すべてネタだと片付けてしまうのも惜しい気がする。実際、中国経済の発展をいわゆる「海亀派」が支えているなんて話は、この発想にけっこう近いわけだし。どうやって自国に帰るインセンティブをもたせるか、がカギとなるはず。まあ、著者自身がどういう条件なら母国に帰りたいか考えて、ぜひ次なる論文を出していただければ。

私はサッカーに詳しくないので、あまり「土地勘」が働かないが、ファンの方々、このような考え方をどうごらんになるだろうか。

※2006/3/8追記
Courrier Japonの2006年3月16日号をぱらぱら見ていたら、このMilanovic氏の論文が紹介されていた。氏の国籍はクロアチアではなくセルビア・モンテネグロとのこと。お詫びして訂正。

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