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March 31, 2006

WBCと科学技術とネタ系経済分析の話

「米国の外国人科学技術労働者への高まる依存とリスク」、三菱東京UFJ銀行レポート。

ネタ系に走り気味の味わい深いレポート。これまで比較的お堅いレポートを出し続けていたMTUFJまでが。一般には公開されていないレポートなので「詳細は現物を」とはいかないのが残念だが。

内容は、まあタイトルをみればわかる。まあ昔からよくある手合いのやつだ。現物をご覧いただくわけにいかないので、要所を引用しつつ、つっこみなどぼちぼちと。まずは最初の段落「WBCの衝撃」から。

今年始めて開催されたWBC(World Baseball Classic)で米国チームが準決勝にも進めずに敗退したことが米国野球ファンに衝撃を与えている。

誤字で軽いジャブ、なわけだが、こういうのは私もよくやるし、別に気にしない。最初にWBCをもってくるあたりで、すでに「ネタ系」の片鱗をうかがわせる。で、次にこうくる。

米国チームの敗因の一つの理由として、WBCでは米国大リーグを支える外人選手らが、中南米や日本などの母国チームに戻ってプレーする結果、外国人選手への依存度の高い米国チームは大リーガーを揃えたにもかかわらず、戦力低下を回避できなかったことが指摘される。

「敗因の一つの理由」ってのがいいね。トヨタの「5つのWHY?」みたい。どうせなら「敗因の一つの理由の原因の背景」ぐらいまでやったらどうか。で、次は。

同様に米国の「外国人人材への依存」が理数系研究者、技術労働者の分野で顕著なトレンドとなっている。このトレンドが将来的に科学技術分野での米国の優位を掘り崩すことにつながると懸念する声が強まっている。

ここで強引に本題へともっていく。つかみはOK、といったところだが。

要は、「米国の強さ」が外国人人材への依存によって成り立っていることは、長期的には問題となりうる、というのが趣旨。それは野球も科学も同じだ、といいたいわけだ。しかし、この問題について考えるときに、WBCで米国チームが負けたことを持ち出すのは適切ではない。WBCでの米国の敗退は、ふだんメジャーリーグで活躍している外国人選手たちがそれぞれ母国のチームに戻ってプレーしたために生じた、ということだろう。とすると、問題は、科学技術分野で、WBCのようなことが生じうるか、ということだ。アメリカで活躍している科学技術人材が、大挙して母国に戻ってしまうような事態が。

この点に関して、レポートはまったく逆の事実を指摘している。曰く。

外国人の理系博士号取得者の米国滞在確率は1990年代に一気に増加した。1992-95年の期間では68%が卒業後に米国滞在を予定し、35%は就職先が確定していた。2000-03年の期間では74%が米国滞在を予定、51%が就職先が確定していた。

逆に増えているではないか。プロ野球でいえば、WBCに外国人選手が数多く参加しているということではないか。米国経済にとってむしろ望ましいことではないか。

もちろん、米国で学んだ後母国に帰って就職する人もたくさんいる。中国だと「海亀派」なんていう。こういう人が増えれば、母国の競争力が高まる。やはり問題はある、といいたいのだろう。レポートは、Freeman (2005)を引用するかたちでこう論じる。

ハイテク分野での海外アウトソーシングの拡大により、中国やインドなどの人口の多い低所得国は、自国に科学・技術系労働者を置くことでハイテク分野で米国と競争することが可能となった。この結果、先進国がハイテク部門を支配し、発展途上国が低技術・労働集中型の製造部門を担うという従来の「南北」構造は脅かされつつある。

いいたいことはわからなくもないが、なんだかごまかされた気がする。まず、「ハイテク」部門の労働者がすべて高学歴、ということはない。むしろ、この種のアウトソーシングビジネスにおいて、米国で博士号を取得するような高学歴の人材はそのごく一部でしかない。大半は当該「低所得国」で学んだ、そこそこのスキルと知的能力を備えた人材だ。そうでなければアウトソーシングのコスト優位が成り立つはずがないではないか。

それに、いっとくが、その「低所得国」に「科学・技術系労働者」を置いているのは誰か?必ずしもその「低所得国」自身ではない。多くは米国などの先進国のグローバル企業だ。帰国した技術者自身がベンチャー企業を起こしたりする例も少なくないが、これも米国などで培った人脈を利用して、米国企業との取引を利益の源泉としたものが多い。これによって、当然ながら米国企業側もメリットを受ける。

自分の国に帰るよりも、できるならば米国に住み続けたいと考える人のほうが多数派だということは、上記の記載からもわかる。米国経済がこうした恩恵を受けて成長していくことによって、「低所得国」出身の高学歴科学技術人材の米国内での活躍の場がさらに広がるのだ。この流れからは、「WBCの衝撃」が起きるリスクが高いとはいえない。

レポートはこんなふうに結んでいる。

経済のグローバル化の中で、拡大する海外アウトソーシングの結果、米国で学んだ外国人理数系人材が、米国に止まって働く必然性が低下し続けるとすれば、WBCで起こった米国チームの敗北は、ハイテク産業分野での米国の近未来の予兆であるのかもしれない。

しかし、上記の通り、このレポートからは、少なくとも当面の間、途上国の人材にとって「米国に止まって働く必然性が低下し続ける」事態が発生するとは読めない。むしろ、Freeman (2005)が指摘するように、米国側で途上国からの人材を排除するような政策や制度が作られることのほうがリスク要因として大きい。たとえるなら、WBCにおける米国チームというより、外国人枠のために優秀な人材がとれず人気が低迷する某国の某プロスポーツ界のほうが適切かと思う。

整合性よりも「旬の話題」にこだわって自爆するあたり、やはりこれは「ネタ系」に分類してよいと思う。ついにMTUFJもこの分野に進出したというわけだ。今後、第一生命総研と双璧をなすようになったり、…してほしくないんだがなぁ。

※参考文献
Freeman, Richard B. (2005). "Does Globalization of the Scientific/Engineering Workforce Threaten US Economic Leadership?." NBER Working Paper 11457.

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Comments

似たようなことは素人の僕でも考えました(笑)
集客装置としての米国は上手くできてるんでしょうね。

Posted by: ひろ | April 02, 2006 12:57 AM

ひろさん、コメントありがとうございます。
世界からトップクラスの人を集められる限り、アメリカは世界でトップクラスでいられるわけですね。アメリカの方々は、WBCで勝たなかったことを嘆くより、それ以外のふだんのプロ野球で世界最高水準のプレーが見られることを幸せに思うべきだと思います。

Posted by: 山口 浩 | April 02, 2006 11:46 AM

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