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June 05, 2006

新聞販売店がくれる洗剤は排除措置命令の対象になるのではないか

公正取引委員会が新聞の「特殊指定」見直しを断念、という報道が流れていた。新聞業界だけでなく、私たちの代表である政治家の皆さんもこぞって見直しに反対していたわけだが、それが功を奏した形だ。つまり私たちの社会は、新聞の値引き販売をすべきでない、という選択を下したのだ。知る権利とか、文字文化とか、そういったものを守るために。新聞業界が過当競争に陥らないために。なるほどよくわかった。新聞業界は価格競争をすべきではないのだ。ならば公取委には、今すぐ総力を挙げて取り組むべき、重要かつ深刻な問題がある。

新聞業界に蔓延する、販促品による実質的な値引き行為への対応だ。

ちなみに新聞の「特殊指定」ってのは、具体的にはこれのこと。著作権の対象でもないと思うので転載しとく。

新聞業における特定の不公正な取引方法
(平成十一年七月二十一日公正取引委員会告示第九号)
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二十二年法律第五十四号)第二条第九項の規定に基づき、新聞業における特定の不公正な取引方法(昭和三十九年公正取引委員会告示第十四号)の全部を次のように改正する。
新聞業における特定の不公正な取引方法
1 日刊新聞(以下「新聞」という。)の発行を業とする者(以下「発行業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、異なる定価を付し、又は定価を割り引いて新聞を販売すること。ただし、学校教育教材用であること、大量一括購読者向けであることその他正当かつ合理的な理由をもってするこれらの行為については、この限りでない。
2 新聞を戸別配達の方法により販売することを業とする者(以下「販売業者」という。)が、直接であると間接であるとを問わず、地域又は相手方により、定価を割り引いて新聞を販売すること。
3 発行業者が、販売業者に対し、正当かつ合理的な理由がないのに、次の各号のいずれかに該当する行為をすることにより、販売業者に不利益を与えること。
一 販売業者が注文した部数を超えて新聞を供給すること(販売業者からの減紙の申出に応じない方法による場合を含む。)。
二 販売業者に自己の指示する部数を注文させ、当該部数の新聞を供給すること。
備考
この告示において、「日刊新聞」とは、一定の題号を用い、時事に関する事項を日本語を用いて掲載し、日日発行するものをいう。
附則
この告示は、平成十一年九月一日から施行する。

直接間接にかかわらず定価の割引は「不公正な取引方法」にあたると書いているわけだが、新聞社が、新聞販売店を通して販促品を配る行為は、ここでいう「定価の割引」にあたるのではないだろうか、というのが一般市民的な常識からみれば当然の問いだと思う。

もちろん、業界としてはそれなりの言い訳を用意しているはずだ。販促品の配布は定価の割引ではないとか、販売店がやってることで新聞社は知らないとか。販促品の配布は「正当かつ合理的な理由」に基づく、というのもありうるかもしれない。

最近の公取委の動きは、各業界に蔓延するこの種の、かつては当然のようにまかり通ってきた理由付けを、理由がない、と斬って捨てる方向性にある。構図は同じ。子供だましの言い訳は通用しないよ、ということだ。「新聞販売店から洗剤などの販促品をもらった人」なんていうのは、そうでない人を見つけるのが難しいくらいたくさんいると思う。何せ新聞代金を払うたびにもらえるのだ。これをあてにして、洗剤はできるだけ店では買わないなんて人も少なくないはず。一時的な販促キャンペーンなどではない恒常的なものであり、実質的には値引きに等しい。毎月4000円だかの購読料に対して実売400円前後の洗剤をもらったとしたら、「割引率」は10%にもなる。何より、これが新聞販売店の過当競争につながっている点は、特殊指定を維持する以上無視できないはずだ。過当競争の防止こそが特殊指定の目的なのだから。

仮にこれが定価の割引であるとすると、この割引に正当な理由があるとはいえない。販促品の配布は、きわめて個別的に、不明確な基準で行われているのではないかと疑われるふしがあるからだ。私たちは、どんなときにどれだけの販促品がもらえるか、明確な基準を示されていない。たとえば1ヶ月分ずつ契約している家と、3ヶ月分ずつ契約している家との間で販促品が同じ洗剤1個だとしたら、これが「正当かつ合理的な理由」がある割引などとはいえないのではないか。

「販売店が勝手にやっている」という「大人の言い訳」はこの際なしにしてもらいたい。これは昨日今日始まったものではない。他業界における談合などの問題と同じように、新聞業界に古くから根付いた因習だ。知らないとは言わせない。それに、定価販売を守る必要がある、と業界自身が主張したのだ。否定しようもないそういう状態を放置していること自体、自らの主張の土台を崩すことになる。むしろ業界自身が、こうした「不健全」な商慣習を根絶すべく、公取委に全面協力するのがスジというものだろう。

さて、特殊指定に違反した場合の措置についても、公取委のサイトに簡潔な説明がある。これもコピペ。

公正取引委員会は,「特殊指定」で禁止している不公正な取引方法に該当する行為が行われている疑いがある場合,法第47条の規定に基づいて事業者の事務所などへの立入検査を行い,帳簿,取引記録などの関係資料を収集する等の調査を行います。また,必要に応じて関係者に出頭を命じて事情聴取を行い,供述調書を作成するなど違反行為に関する証拠を収集します。  これらの調査の結果,「特殊指定」に違反する場合には,違反行為を速やかに止めること等を命じる排除措置命令が命じられます。この排除措置命令を受けた事業者は,命令に不服がある場合には,審判を請求することにより裁判手続に似た手続で争うことができます。事業者が所定の期限までに審判請求をしない場合には,排除措置命令は確定します。  このようにして排除措置命令が確定した後に,命令主文で命じられた事項に事業者が従わない場合は,確定排除措置命令違反として刑事罰の対象となります(2年以下の懲役又は3百万円以下の罰金)。

実際、販促品により実質的に定価が守られていないという点は、今回の一連の論争の中で公取委がすでに指摘している。定価を守るために活動するのであれば、それは新聞業界の主張に沿ったものだ。ならば、まずは新聞社および新聞販売店への立ち入り調査を行うぐらいまでは、実施しても文句はいわれないはずだ。その結果違反行為が明らかになったら、当然排除措置命令に進むことになろう。

新聞業界の方も、よもや反対なんかしないよね?自分たちが求めたことを実現するために避けて通れないんだから。

最期に念のため書いとくが、上記の文章に新聞業界を批判しようという意図はない。知る権利や文字文化を守るのも大事だし、そのために新聞の戸別配達網が不可欠だという判断なら、特殊指定は維持すべきなんだろう。言いたいのは、ならば実質値引きにあたる販促品による過当競争も同様に排除すべきである、ということだ。それは特殊指定によって守るべきものを傷つけるおそれがある。しかも新聞社の皆さんは、顧客を握っている販売店に対して強く出られないかもしれない。だからこそ公取委の出番ではないか。建設的な意見、と思うんだけど。

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Comments

構造的には別ですが、本質的にはパチンコ屋の景品と換金、ソープランドと売春、憲法9条と自衛隊など、日本社会ではこっちが優勢なことが分かります。
その真ん中にあるのはタテマエと本音の二重人格社会だということでしょうね。

Posted by: takeyan | June 16, 2006 10:07 AM

takeyanさん、コメントありがとうございます。
ご指摘の通りです。なんでこういう子供だましがまかり通るのか、個人的には不思議でなりません。きっとみんな「大人の対応」で見逃してあげてるんだと思いますが、根がお子ちゃまな私はつい気になってしまいましてハイ。

Posted by: 山口 浩 | June 17, 2006 12:26 AM

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