いったいどうすりゃいいのさ
日銀の福井総裁が就任前に村上ファンドに出資していたとかで、責任を追及する動きがあるらしい(記事)。
よくわからない。いったい何の。
記事によれば、「(富士通総研理事長だった1999年秋に)有志数人で私も入り、1人1000万円を拠出した」そうな。そんな大金をぽんと出せるなんてお金持ちだなぁ、と零細庶民の私などは思うわけだが(私にはこのあたりが精一杯)、まあともあれ、「責任がある」と言っている人の意見を集めてみると、こんな具合。
まずは政治家の発言。
「大問題だ。常識では全く考えられない。本人の辞任は当然ながら、政府、小泉純一郎首相の責任は免れない」
「村上ファンドのバックには、格差社会を生んだ小泉政権の屋台骨を支える規制改革論者たちがいる。福井総裁もその1人だ。政権末期の今、そうした影の部分が噴き出している」
「総裁になる時に当然クリアにしておくべきで、モラルの欠如と言われても仕方がない。モラルの欠如した人が多い小泉純一郎首相の一連の人事が、小泉改革の実態を表している」
「金融の元締である日銀総裁が司直の手にかかるようなファンドに投資していたことは大きな問題。トップリーダーとしての首相の責任も政治論として大きい」
「村上ファンドのインサイダー取引はルール破壊、秩序破壊であり、日銀総裁がかかわっていたことは政治的、道義的責任が厳しく問われる」
「日銀の金融政策のトレンドや変化をにらんで急成長した村上ファンドと、金融政策の責任者がこういう関係にあるのは前代未聞だ」
なんでも総理大臣のせいになるあたりはいつものあれだ。この分だと「ど根性大根」が折られたのもアザラシのタマちゃんがいなくなったのも政治責任、なんてことになりそうだな。あと、村上ファンドが「日銀の金融政策のトレンドや変化をにらんで急成長」というのはいくらなんでもこじつけがすぎるかと。
新聞の論調はこんな感じ。
「出資自体は民間時代のこととはいえ、高い中立性が求められる日銀総裁への就任後も関係を絶たず、そのままにしていたという“脇の甘さ”に対し、批判が高まることは必至だ」(東京新聞)
「民間人が、正規の手続きで投資をするのなら問題はない。しかし、03年に日銀に戻って総裁に就任した後も拠出し続け、利益を得ていたことは不可解だ。…日銀総裁には、国の経済の未来を左右するほどの力と責任が、国民から託されている。いわばインサイダー(内部にいる人)の横綱のような立場にある。その強大な力を備えた人が私的な関係で動きかねないなどと見られては、国民からの信託も崩れてしまうだろう 」(朝日新聞)
「熱狂的なタイガースファンでもある福井総裁。『タイガースに手を出したことに強い違和感を覚えた』と弁明したが、阪神電鉄株を買収しようとした虎党の“天敵”への出資は、裏切り行為との批判も出そうだ」(サンスポ)
個人的には最後のやつがユニークで好きだが、それはおいとくとして。他にもいろいろあるが、この程度にしておく。全体の論調をまとめると、追及すべき「責任」といわれてるものは次の4つくらいになるだろうか。
(1)出資した責任
(2)総裁就任時に解約しなかった責任
(3)村上ファンドの手口を実は知りながら解約しなかった責任
(4)解約時にインサイダー取引に起因する利益を受け取ることの責任
(1)までいう人は少ないが、「司直の手にかかるようなファンドに投資していたことは大きな問題」という発言をした政治家はそう考えているのかもしれない。とっくの昔に売却していたとしても「司直の手にかかるようなファンドに投資していたこと」にはちがいないから。いっちゃあなんだが、それはあんまりというものだ。そう思うなら、過去に一時期でもカネボウとかペイントハウスの株を持っていた人に「お前には道義的責任がある」といってみたらいい。同じ論理で、ライブドアに投資したフジテレビにも道義的責任が、だな。
(2)は確かにありうる。ただ、報道でみる限り、日銀総裁は投資ファンドに出資してはならないという法律もルールもないようだ。だとすれば、その時点で解約しなかったことについて、後からとやかくいうのはおかしい。いわれる「道義的責任」の「道義」はインサイダー取引が発覚した後に生じたものだからだ。総裁に就任した2003年当時すでに村上ファンドの手法がグリーンメーラーのそれに酷似しているという批判はあったと思うが、出資自体が道義的責任につながるというところまではいっていなかったはずだ。
もし事後的な道義的責任を負わなければならないとすれば、それを避けるためにはそもそも日銀総裁は投資を一切行ってはならない、ということになる。その会社なりファンドなりが後で不祥事や犯罪を起こすかどうか、総裁に就任した時点ではわからないからだ。その場合、特定の株式・ファンドではなく、一般化されたルールにする必要がある。もちろん、そういう意見はありうると思う。
しかしもしこの意見をとるなら、一零細庶民(しつこいね)である私としては言いたい。もしそうなら、すべての特別職公務員や政治家は一切の投資活動から手を引いてもらいたいと。首相や大臣だけでなく、知事や市長、国会や地方議会の議員の全員に、預貯金と国債、地方債以外の資産運用を禁止してもらいたい。権力を持ち、それがゆえにインサイダー情報が集まるこれらの人は、私からみれば、程度の差こそあれ、たいしてちがわない「同類」だ。日銀総裁だけを特別扱いする必要性は感じられない。あと、抜け穴を防止するために家族と秘書の投資もぜひ禁止対象に含めておかないと。
(3)の指摘は非常に興味深い。朝日新聞の社説がそれに近いが、もっと直接的に「日銀総裁は村上ファンドの手口を知りえたはずだ」という意見もどこかで見た気がする。しかしもし手口を知って解約していたら、これは明らかにインサイダー取引になってしまうではないか。「悪い」ファンドから手を引くときにはインサイダー情報を使ってもいいのか?インサイダー取引ということでいえば、就任後のどの時点で解約したとしても、今からみれば、インサイダー取引の疑惑を免れることはないだろう。なんせ「知りうる立場」なんだし、知らなかったという証明は難しいよ?それに何より、解約すれば「売り抜け」で利益を確定させてしまうことになる。
(4)もどうかな。まだ利益は確定していない。確定しない利益の責任を問うのはどうかと思う。結果として損失になることだってありうるんだし。その意味からいえば、インサイダー取引疑惑発覚後まで解約しなかったことはむしろ「良心的」とはいえないか。
別に日銀総裁やら総理大臣やらを弁護するつもりはないのだが、どうも一連の「追及」の動きは、一件を「政争の具」にしている印象が強い。毎度おなじみの「事後に作ったルールを遡及させて道義的責任を追及するビジネスモデル」だが、もういいかげんにしたらどうか。個別の政党や政治家を批判する意図はないが、かつて「未納三兄弟」とぶち上げた人が未納(たとえそれが手続き漏れであるにしても、本人がチェックを怠った点は変わらない)だったことがあったのを忘れたのだろうか。「疑惑のデパート」とぶちあげた人が秘書給与の流用で逮捕されたのを覚えていないのだろうか。追及するならまず自分たちの身の回りを調べてからのほうがいいと思うぞ。
いやそんなことは実際どうでもいい。それは本題ではない。私たちが必要としているのは「政権にダメージを与えるための、あるいは国民が溜飲を下げるためのつるし上げの対象」ではなく、「責任ある立場の人たちに課されるべき明快かつ公正なルール」だ。どの特定の人がどんな特定の投資をしたかしないかとかではなく、どんな立場の人が、どんな投資をいつどんなふうにやっていいのか悪いのかに関する一般化されたルール。日銀には「世間からいささかなりとも疑念を抱かれることが予想される場合には、個人的利殖は慎まなければならない」というルールがあるそうだが、それがどんな場合なのか具体的に決めておかなければルールの体をなさない。そもそも総裁の責任論につながるほどの重大なルールなら、行内規定ではなく法令で定めるべきだ。今のルールがそういうところをきちんと決めていないことこそ、政権にいる人、その他の政治に関わる人たちが追及されるべき責任だと思う。
※追記
(2)のところに書いたことについて「挑発のためのレトリックだな」と思う方もいるかもしれないが、実のところ個人的な考えはけっこうこれに近い。日銀総裁だけじゃなくて、大臣やら議員やらの皆さんも職に就いている間ぐらいは運用から手を引いたらどうか、ということ。「李下に冠を正さず」といいたくても、どうせどれが「李」か事前にはわからないのだ。なら「冠」をかぶらないしか手がないじゃないか。それがどうしてもいやなら(それ自体きなくさいけど)明確なルールを作らないと。この種のことは多くの場合貴重な審議時間を浪費するだけなので、政治家の皆さんはそういう非生産的なことではなくもっと本題に集中してもらいたい、といいたいわけ。
※2006/6/26追記
低金利時代に巨額の運用益を得るなんて許せない、とお怒りの方にお勧めの本はこれ。
リスクとリターンには正の相関関係がある。リスクがきわめて低い預貯金の金利は、リスクの高い投資信託の期待収益率に比べて低いが、これは不公平ではない。報道内容によれば、福井総裁の得た村上ファンドの運用益は、同期間の日経平均の上昇幅とさして変わらず、とったリスクに比べればむしろ低いといっていいように思われる。
それでももしどうしてもずるいと言い張るなら、今からでも遅くないから預金を解約して投資信託につぎこむといい。それをこわいと思うなら、村上ファンドも同じだ。リスクをとった運用と、リスクの低い預貯金をいっしょにしてはいけない。上に紹介した本にはそういうことがきっちり書いてあるはずだから、熟読いただきたい。難しいと思うなら、最寄の証券会社に行って、「リスクとリターンの関係について説明してくれ」と聞いてみるとよい。
The comments to this entry are closed.
Comments
かえって、モヤモヤしませんか?『李下に冠を正さず』とも言うし。(2)の理由で辞めますって、自分で言ってくれると、他の灰色っぽい人も辞めさせ易いんだけど。
Posted by: 金 | June 15, 2006 09:34 AM
すみません、既に書かれてありましたね。慌て者です。
Posted by: 金 | June 15, 2006 09:36 AM
すごく納得します。私もこの件は「まぁ別にいいじゃん」とか思うのですが。テレビが無いんで世の人の感想は分かんないのですが、みんなクールに対応しているのかな?
Posted by: nitian | June 15, 2006 10:52 AM
政治家・官僚専用ファンドが必要なんでしょうね.
Posted by: おさる | June 15, 2006 12:26 PM
コメントありがとうございます。
金さん
ええと、私の考えは、明確なルールなしに「雰囲気」から「道義的責任」てやつを押し付けてやめさせるのはあまりよろしくない、ということです。自分から辞めるといっても、実際には辞めさせるわけですよね?うーんそれはちょっと。
nitianさん
どうなんでしょう。ちょっと私にもわかりません。
おさるさん
「専用ファンド」には反対です。そこで何が行われるかわからないので。就任時点で預貯金か国債に換えてもらうのがいいのではないかと。課税の繰り延べとかできないと実際には難しいでしょうけど。
Posted by: 山口 浩 | June 15, 2006 02:14 PM
TBしたのですが、届かないのでコメントを残すことにしました(前からそうなんですが、泣)。
素人考えで申し訳ないのですが、日本銀行法弟26条に抵触している可能性を考えて記事に書いてみました。この論点はどこでも述べられていないと思います。
個人的利殖行為云々の問題は、簡単な結論ではないかと思えます。
むしろ、アドバイザー就任の方が問題なのではないか、と。
Posted by: まさくに | June 15, 2006 03:30 PM
まさくにさん、コメントありがとうございます。
あれ?アドバイザーは福井氏が日銀を離れていた間だったのではなかったのですか?で、総裁就任時に辞めたとどこかの記事で見たような記憶があるんですが。
トラックバックについては、ココログの場合うまくいかないことがよくあるようです。
IPアドレスをメール等でお知らせいただければ、まちがって禁止IPリストに入っていないかどうかチェックできますが?
Posted by: 山口 浩 | June 15, 2006 04:25 PM
またぞろ始まった。今、村上ファンドに向かって行われているのは「バッシング」でしょう。
もう、村上ファンドの全存在が「悪」という報道のされ方をしている。それでもって、そこに関わった者はみな、悪。つい最近まで、時代のトップランナーとしてもてはやされていたのに。
福井日銀総裁の件にしても、総裁として軽率な行為でなかったのは間違いないでしょうけど、問題となったのが村上ファンドが「悪」と決定付けられてからですよね。またか、と思いました。
ルールを明確にしないと。「李下に冠を正さず」といいますけど、李下に冠を正したら即レッドカードでもありますまい。福井総裁が明確な法令違反を行っているのならともかく、「道義的責任」とやらで辞任を求めるのはおかしいと感じます。ですから、
>今のルールがそういうところをきちんと決めていないことこそ、政権にいる人、その他の政治に関わる人たちが追及されるべき責任だと思う
には、まったく賛成です。そしてそこを追及しないメディアにも責任があると思います。
Posted by: 愚樵 | June 16, 2006 03:43 AM
愚樵さん、コメントありがとうございます。
なんでも政権を攻撃するタネになるんだな、というのが正直な感想です。これから村上ファンドへの出資者リストが話題になるんでしょうが、また「攻撃側」の名が出たりするかも、なんてうがった見方をしてしまうのも、過去に似た光景を見たからですね。高いコストがかかってる場なんですから、本質的な議論をしてほしいと思います。
Posted by: 山口 浩 | June 16, 2006 05:17 AM