「Massively Parallel Human Computing」あるいは「Artificial Artificial Intelligence」が「マイクロ・ワーク」を生む、という話
先週BBAの講演で「ゲーム内労働」みたいな考え方があるのではないか、といった話をしたのだが、これとウェブサービスにおける「マイクロ・ワーク」との類似性について、ちょっと補足ぎみに追加してみる。
聞いてない人向きに解説すると、「ゲーム内労働」というのは、ゲーム内でGMやその助手、あるいはモンスターなどのNPC役を就労機会として活用できないか、といった考え方だ。これなら自宅から出られない人、出たくない人でも働くことができるし、日本国内の人である必要も場合によってはない。
ただこの「ゲーム内に労働の場を」というのは、けっこうゲーム会社にとってはハードルの高いもののようで、現実には難しいのではないか、みたいなコメントが会場からあった。確かにそうだろうと思う。最大の懸念は「そんなことをしてコストに引き合うメリットがあるのか」という点で、部外者の私には想像の範囲外だが、懸念は理解できる。また、特に海外へのアウトソーシングみたいなことを考えると、そんなしくみを管理できるのか、という問題もあるだろう。
そういう話は一応わかったつもりの上で、だが、こういうかたちでサービス内に外部労働力を活用するという発想は、他の業界をみればさほどとっぴでもないように思うのは能天気だろうか。質疑の際にIGDAの新さんがいわれていたのはコールセンター業界における海外アウトソーシングの活用事例なんかを念頭においたものだ。そういえば少し前の「Technology Review」の記事「Pennies for Web Jobs」でも、AmazonのMechanical Turkについて、「Massively Parallel Human Computing」やら「Artificial Artificial Intelligence」やらといった表現で説明していたが、ある意味これも同じ路線で理解できるのではないかと思う。
そういうのに比べたら、ゲーム内労働のほうがよほど「ハードル」は低いのではないか。たとえばだが、人間が操作するモンスター、みたいなものを考えてみる。モンスターのできることは限られているだろうから、操作がそれほど難しいということはなかろう。コールセンターのように訓練を要する「常勤」でなくとも、「日雇い」レベルで充分に対応できるはずだ。いきなりコミットメントを求められては困る人もいるだろうし、固定費の増加に悩む企業も多いだろうから、「日雇い」で対応可だというのはそれなりに魅力ではないかと思うがどうだろう。
こういうアドホックな「労働」は、たとえばAmazonに書評を書き込んだり、はてなの人力検索で質問に答えたりするのと似ている。そういうのを勝手に「マイクロ・ワーク」と呼んでみる。最近注目されている「マイクロ・ペイメント」からの連想。はてなふうにいえば「なめらかな社会」に必要な「なめらかな労働」ぐらいになるんだろうか。ゲーム内労働も立派なマイクロ・ワークになるはず。これで暮らす、というのは少なくとも日本では難しいかもしれないが、「お小遣いかせぎ」に徹するのならそれもよかろうし、たとえば就労経験の足がかりとするぐらいの位置づけ、という手もある。欲しいアイテムがあるから今日はちょっとモンスターやってひと稼ぎするか、みたいなノリでできたらいい。労賃の安い国の人なら、まっとうな仕事に匹敵する報酬になるかもしれないし、少なくとも現在問題になっているdigital sweatshopにからめとられてしまうよりはるかにましだ。
もちろん現段階ではただの夢物語だ。実現には幾多の工夫やらブレークスルーやらが必要だろう。それでも、今がゲームがゲーム以上のものとなっていく過程にあるのだとすれば、この方向性は早晩きっと出てくるのではないかと思う。現行のゲームシステムでは実現が難しいとしたら、より実現しやすいシステム設計を志向するくらいの考え方があってもいいのではないか、というのが部外者である私のちょっと暴走ぎみの意見。「中の人」の皆さんのご意見をぜひお聞きしたい。
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Comments
MMOを運営している中の人ではありませんが、MMOに住んでいる中の人です。
非常に面白いアイディアだと思います。
例として挙げられているモンスターの人力操作という仕事は、少なくとも現在のMMOではほとんど無いと思いますが、そういったアドホックな労働力の利用もゲームデザインの一要素として取り入れた、面白いシステムのMMOの可能性もあるのではないかと思います。
対して現行のゲームシステム上で、人力操作が行われている(行わざる得ない)ゲーム内労働というと、やはりGM(ゲームマスター)の業務が思い浮かびます。
例えばラグナロクオンラインというMMOではGMの業務を、表向き
・キャストキャラクター
・サポートキャラクター
・ガーディアンキャラクター
の三種類に分けています。
http://www.ragnarokonline.jp/playguide/gm/index.html
このうち、キャストキャラクターについてはアドホックな労働力を採用するには少しデリケートな業務内容だと思いますが、業務を比較的マニュアル化しやすそうなサポートキャラクターと、ガーディアンキャラクターについては代替の可能性も有るのではないかと思いますし、実際サポート業務の一部については、正社員に比べてアドホックなアルバイトを利用しているようです。
http://www.gungho.co.jp/recruit/joblist/05.html
個人的には、ガーディアンキャラクターの業務、人海戦術にある程度頼らざる得ない、BOTの取り締まり等にこういったアドホックな労働力を利用するアイディアを検討してみて欲しいと思います。
或いは例えばBOTの取り締まりを、ユーザ自身がある程度行え、その労働の対価が仮想貨幣で支払われるようなゲームデザインも面白いのではないかと。(BOTを狩る事で仮想貨幣を稼ぐBOTが現れたりしてね)
ただしBOTの取り締まりの結果-アカウントの凍結等はMMO上では死刑に等しい刑罰ですから、その辺りは慎重なデザインが求められそうです。
Posted by: oubakiou | July 25, 2006 08:03 PM
oubakiouさん、コメントありがとうございます。
今回はふれませんでしたが、「GM(の補助)を外部から採用」という話は、2月のAOGC2006で話をしたとき、外国人プレイヤーに関連してとりあげました。現金収入の道としてdigital sweatshopに加わっている人たちに、会社正規の収入を得られる道を用意してはどうか、ということです。これは、海賊版製造業者に正規版ライセンスを与えて現地市場開拓の足がかりにするなど、他の産業ではけっこうひんぱんに行われているやり方です。この場合は日本人GMをリーダーとして、その下で補助的業務をする、というイメージですね。
具体的なやり方はいろいろ考えられるでしょうが、基本的な発想として、ゲーム運営の中にプレイヤーを巻き込むという立場に立てるかどうか、というのが重要な転換点だと思います。けっこう「こわい」でしょうからね、ゲーム会社にとっては。完璧なサービスを高い価格で提供するか、ユーザーと一緒につくりあげていくスタイルにして安く抑えるか。企業側、ユーザー側双方にとって「選択」だと思います。
Posted by: 山口 浩 | July 26, 2006 09:08 AM
過去に取り上げられていたアイディアだったようで、失礼しました。講演の資料等、今再発見しました。(pdfだったので未読のままでした)
「運営の中にプレイヤーを巻き込む」というと、流行り言葉を使えばweb2.0的なアプローチとも言えますが、Second Life以外にそういったアプローチが目に付くMMOが現状あまり無いように思います。(私のアンテナが低いだけかもしれません)
この辺りは、ものによってはアイディアと日曜プログラミングですら開発、発展可能なwebサービスと、開発がヘビーなMMO、との違いみたいなものもあるのではないでしょうか。
MMOの場合は、一度リリースしたシステムに変更を加えた場合、MMO内経済やMMO内社会への影響も大きく、予測し辛いですね。(仕様の変更による環境の変化はMMOの常ではありますが)
とは言え、OSの世界ではそういった違いを乗り越えて発展したLinuxのようなケースもありますし、SecondLifeの日本語版サービスが成功すれば、それに追随する形での発展も有り得そうです。
Posted by: oubakiou | July 26, 2006 10:01 PM
oubakiouさん
少なくともアメリカのMMORPGなんかでは、会社側の意図と関係なく、ユーザーたちがコミュニティの中で「自治」的な動きを始める傾向がある、という話がいくつかの資料に出てきます。もちろんこれはコミュニティ運営に関する部分ですが、システム周りでも、IGDAの新さんによれば、MMOではありませんがCounter StrikeなんかはMODとして開発されたものをメーカーが取り入れたという点で「参加型」といえる由。
ともあれ、このあたりはメーカー側、ユーザー側双方がちょっとものの見方や評価の基準を変えると大きく可能性が開ける分野ではないか、と思っています。だからこそ「中の人」の皆さんのご意見を聞きたいわけで。
Posted by: 山口 浩 | July 27, 2006 08:49 AM
横からコメント失礼します。
自分も「中の人」ではありませんが、ユーザとしてあちこち覗いた感じでは、なかなか難しそうです。
日本でもウルティマオンラインではユーザーのボランティアによるGM補助が行なわれています。
GM補助用のゲーム内キャラクター(職業)が用意されていて、ボランティアユーザーはゲームの操作方法などの相談に乗っています。
ですので、ゲーム会社がその気になればゲーム内労働は可能だと思われます。
ただ、実際に報酬をだすとなるといろいろ難しいと問題が出てくるのではないでしょうか。
アメリカでは、ゲーム内のアイテムなどの販売で生活をしている人も出てきているようですが、日本の市場規模では生活できる又は生活の補助になるほどの報酬が出せるのかという事と、ゲーム(お遊び)と金銭のいう生々しさのギャップの解消などの文化的な問題です。
日本にはサービスにお金を払う文化が定着していないので、「GM=お金を貰っている=客の奴隷」みたいな行動をするプレーヤーもいますし。
Posted by: muwmuw | July 27, 2006 03:24 PM
muwmuwさん、コメントありがとうございます。
なるほど、難しいというご意見ですか。確かにいろいろ問題は起きそうですね。私としては、「それでも可能性はあるのではないか」という感じがするのですが。文化とか習慣って、意外に柔軟に変わったりするものだと思っていますので。
Posted by: 山口 浩 | July 28, 2006 02:00 AM
MMORPGの「モンスター」は天然資源的な存在なので、GMなどのサポート以上に、対プレイヤーの点で完全なる中立性が求められるでしょう。
それが雑魚なモンスターであったとしても、倒したプレイヤー側に何らかの見返りがある場合、示し合わせて不当な利益を得るような行為を防止しなくてはならない、など、きわめてやっかいな問題を引き起こすと思います。
世の中にはPvPあるいはRvRという形式がメインのMMORPGがあるわけですが、そこではそういったズルを防止するために、あるRealmにキャラを作ったアカウントは別のRealmにはキャラを作れない、とかの制限を(抜け穴はありますが)入れているわけです。
マイクロという以前に、対プレイヤーという観点で何が「ワーク」たりうるのか、ということをもっと詰めていかなければ、実現可能性を考えるところまで至らないと思います。
また、「マイクロ」とはいえ、提供する側に立つからには、一種のサプライズではあっても、ある程度均質なサービスを実現できなければ「プレイヤーが納得できない」のですが、それを現状のプログラム/スクリプト制御という、限りなく低いランニングコストに対抗しつつ「ワーク」として成立させられるのか、という問題もあります。ペイもマイクロ、だとしても、流出する利益は塵も山積ですから、それに見合うたけのサービスを、コストを払ってくれるプレイヤーに提供できるのか。
いわゆる「ロングテール」のグラフでも、コストがちょっと上がったら、テールの大半はマイナス側に飲み込まれてしまいますよね。
Posted by: stanaka | August 08, 2006 06:24 AM
stanakaさん、コメントありがとうございます。
「中立性」、必要ですよね。示し合わせることができないしくみ、その気で開発すればそれほど難しくはないように思うのは素人考えでしょうか。私なぞは、偶然性の範囲である程度の差があるのは別におかしくないと考えたりしますが。日本の今のユーザーは受け入れない、ということなんでしょうか。はじめからそういうゲームだ、ということでもだめですか?
対プレイヤーで、何が「ワーク」たりうるのかというのは、将来の可能性まで広げて考えると、けっこう奥深い問題だと思います。どうお考えですか?まずは、現在のNPCとしてのモンスターやらなにやらについて、何か問題意識のようなものはないのか、ぜひ教えてください。
Posted by: 山口 浩 | August 09, 2006 09:20 PM