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マルクス主義の「輪廻転生」

すごく暴論めいてるんだが、どうしても頭から離れない考えが1つある。そのまま放置し続けるのも腹ふくるるわざなので、「王様の耳は」よろしく、ちょっとここに書き付けておく。

ごくラフな意味で言い切ってしまうが、マルクス主義という考え方は、現実社会の見方やら運営方針やらとしては、すでに滅んだといっていいのではないかと思う。純粋な共産主義国なんてのはついぞ成立しなかったし、いまある社会主義国はなんらかの意味で資本主義的な要素を取り入れざるを得なくなっている。少なくとも、マルクスが夢想したような、資本主義の高度な発展が暴力革命によって共産主義体制を生むという姿はいまだかつて実現しておらず、現状においては実現の兆しすらない。

ではマルクス主義そのものが滅んだのかというと、不勉強にしてよくわからないが、どうもそうではないらしい。「歴史」としてのマルクス主義はともかく、現実の社会の運営方針に関する考え方としては、少なくとも2つの分野で、ややかたちをかえて生き残っている。ここで冒頭の話につながる。「マルクス主義の輪廻転生」というキーワードが、どうしても頭から離れないのだ。

輪廻転生先の1つは、地域経済。国の中央では資本主義やらグローバル経済やらが跋扈してプロレタリアートの皆さんが「阻害」されていたとしても、多くの市民が暮らす地域社会では人々がともに助け合う共同体が生きている、という考え方だ。それを実現する考え方のひとつが地域通貨。資本家に支配されず、労働に裏打ちされた価値の交換を促進するしくみというわけだ。地域通貨をもてはやす動きはあちこちにみられるが、どうもこういう考え方が裏にあるケースが少なくないように思われる。

で、もうひとつの輪廻転生先がサイバー経済圏。人々が自発的に協力しあう中で価値を生み出していこうという動きがここにはあるということは知られているが、これを「阻害されない労働」とみるわけだ。いわゆるWeb2.0的世界でのWisdom of Crowdsのような活動もそうだし、オンラインゲームにおいてプレイヤーがモンスターを倒すという「労働」もそうだ。資本家に命じられるのではなく、自らの意思で活動する人々からなる経済圏。このような考え方をする人の少なくとも一部は、情報化技術の発達とそれにともなう社会の変化を、マルクスが夢見たような資本主義の高度な発達が革命を引き起こすという考え方のアナロジーとしてみているふしがあるように思われる。

地域経済における地域通貨の役割や、サイバー経済圏における人々の協力なんかの重要性については、私も同意する。するんだが、そこに「輪廻転生」の影をみることに対しては、どうにも居心地の悪いものを感じる。理由は自分にもはっきりとはわからないが、ひとついえるのは、マルクス主義的な考え方が抜きがたくもっている「発展的史観」みたいなものに対する違和感かもしれない。社会が発展していくとやがてこうなる、という感じ。ものごとそんなに単線的じゃないだろうという違和感と、じゃあいったんそうなった後はどうなるのさ、という疑問とがむくむくとわいてくる。それに、個人的な印象だが、私有財産制の否定やら生産手段の公有みたいな考え方のほうがよほど人間性を「疎外」するもののように思われるし。

人々の集団の中に、互いに協力しようというインセンティブが生まれることがあるのはいいとして、それが「体制」となっていく道を夢想しているなら、それはやはりちがうと思う。人々の協力は、階級闘争やらイデオロギーやらによって醸成されるばかりではなく、自分が得したい、他人に負けたくないといった利己的な考え方からも生まれうるのではないか。そして社会の発展は一本道ではなく、分かれ道あり後戻りありの複線的なものであるように思う。要するに、地域経済やらサイバー経済やらでおきている現象は、イデオロギーの助けを借りなくても説明できるよね、というのが目下の持論めいた思い込み。

しかし、なにしろこの分野は私など足元にも及ばない深い思索やら分析やらをされている専門家の皆さんが数多くいるはず。ちがうぞという方、ぜひご教示いただければ。

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Comments

あんまり関係ないんですけど...
先日マイクロソフト社のビルゲイツ氏が慈善事業に専念するって発表して、その後ビルゲイツ氏に続く世界第二位のお金持ち(名前忘れました)が、その慈善事業に多額の寄付をする、とも発表されました。
資本主義の原理で巨万の富を築いた人々が、今度はそれによって広がった社会格差(所得の二極化)を埋めようと動き出している、ということに「資本主義と社会主義のバランスのとれた共存」ということを思い浮かべた私は、やっぱり単純でしょうか?
もちろん税金対策とか、社会的ステータスとかという見方もあると思いますけど、お金持ちだけにとどまらず、フェアートレードとか一般の人達でも協力できる動きがあるのも事実です。
所得の格差を生み出すのがビジネスであるならば、その所得の格差を縮めるのもビジネス、という環境が生まれれば、また新しい資本主義の将来像が見えてくるような気がします。
そういう意味では、世界で一番成功したビジネスマンであるビルゲイツ氏が、慈善事業に本腰をいれて取り組む、というのはとても興味深いと思ったのです。
それから第二位のお金持ち氏のコメントに「税金で使われるよりも、彼に預けたほうが有益に使ってくれるだろうからね」とあったのも、結構印象に残りました。

Posted by: マティーニ | July 18, 2006 at 12:07 PM

地域通貨の影にマルクスの亡霊がいるという視点は気づきませんでした。

現実には地域通貨は大資本に対抗する零細商店のか弱い一矢でしかないと思いますが。

マルクス主義への批判には、まったく同意です。

Posted by: rei | July 18, 2006 at 07:34 PM

コメントありがとうございます。

マティーニさん
ウォーレン・バフェット、ですね。寄付文化は、社会主義への志向というより、資本主義の究極の姿のほうに近いと思います。資本主義の「弊害」を多少なりと解消しておくことは、資本家にとってのリスク管理手段でもありますから。「政府に預けるよりも」という発言は、政府を徹底的に信用しないミルトン・フリードマン的な考え方です。富豪でない人々も、自らの意思で寄付をしたり社会的に貢献したりしようという動きは、政府に任せないという意味で社会主義とは対極の動きではないでしょうか。

reiさん
地域通貨を高く評価する研究者の過去の著作をみてみると、マルクス主義経済学に属するものがけっこうたくさんある、という意味です。実際、地域通貨は労働に基づいて生み出されるので、マルクス主義的には好ましい存在のようです。もちろん、だからといって地域通貨がだめとかいっているのではありません。私はむしろ地域通貨を推進すべきと思っているのですが、それにマルクス主義の影をつけるような考え方はしたくない、ということです。「か弱い一矢」については、実は最近はそうばかりでもなくて、大企業が導入するポイントプログラムやオンラインゲーム内の仮想通貨は地域通貨に酷似した特徴を備えており、私は地域通貨の一種としてとらえています。

Posted by: 山口 浩 | July 19, 2006 at 02:14 AM

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