「シリコンバレー精神:グーグルを生むビジネス風土」
梅田望夫著「シリコンバレー精神:グーグルを生むビジネス風土」、ちくま文庫、2006年。
書評ではない。感想文だ。あらかじめ、念のため。
いただきもの。「ウェブ進化論」の前、2001年に出版された本だ。1996年から2001年ごろの話。梅田さんがシリコンバレーでの生活を始めた時期のシリコンバレーのようす、ネットバブルの急膨張と崩壊、ご自分のコンサルティング会社とベンチャーキャピタルの立ち上げなんかをつづったエッセイ。
文庫化にあたって「長いあとがき」が加えられた。これがいい。個人的には、これだけでも買う価値があると思う。思うので、少しあとがきに偏った感想を書く。他の部分については他の人が書いたものをあたっていただければ。あ、もちろん「あとがき」は本文あってのものだ。「あとがき」を基点にして本文の各所についての感想を、ということ。だから当然ながら「これだけでも」は「言葉のあや」。言わずもがなだけど、念のため。
まず「シリコンバレー精神」って何だ?という向きには、この「あとがき」に比較的ていねいな定義が2種類載っている。
限られた情報と限られた能力で、限られた時間内に拙いながらも何かを判断しつづけ、その判断に基づいてリスクをとって行動する。行動することで新しい情報が生まれる。行動する者同士でそれらの情報が連鎖し、未来が創造される。行動する者がいなければ生まれなかった未来がである。未来志向の行動の連鎖が引き起こす核となる精神。それが「シリコンバレー精神」である。
「シリコンバレー精神」とは、人種や移民に対する底抜けのオープン性、競争社会の実力主義、アンチ・エスタブリッシュメント的気分、開拓者(フロンティア)精神、技術への信頼に根ざしたオプティミズム(楽天主義)、果敢な行動主義といった諸要素が交じり合った空気の中で、未来を創造するために執拗に何かをし続ける「狂気にも近い営み」を、面白がり楽しむ心の在り様のことである。
典型的な「アメリカ」からは最もかけ離れていて、しかもある意味最も「アメリカ的」な場所。そんな感じだろうか。ある種の人々にとって理想的な場所。世界の大半の人々にとってはそうではないかもしれない。それでもシリコンバレーがシリコンバレーであることによって、世界は全体としてよくなったといえるのではないか。世界はシリコンバレーを必要としている。リスクを「楽しみ」と受け取る価値基準の転換、がポイントなのではないか、というのが私の受けたイメージ。この点はシリコンバレーだけではなく、他でも使える発想だと思う。
エッセイだから数時間で読める。読めるんだが、読みながら、そして読んだ後も深く考えさせられてしまう。別に難しいことを書いているわけではない。なにしろエッセイだし。しかしひとたび「文脈」というか「背景」というか、そういうものに考えをめぐらせると、とたんに話はちがってくる。中には「ああそうだね」と簡単に理解できる人もいるのだろうが、本当に理解できる人はそんなに多くないのではないか。その時期にシリコンバレーにいたこともなく、自分で会社を興したこともなく、アーリーステージのベンチャー投資を自分でやったこともない人、つまり私のような人にとって、さらりと書かれた文章の裏に隠されたさまざまな事柄を具体的にイメージすることはかなり「高度」な作業だと思う。少なくとも私には、かなり知的難度の高い作業だった。
なぜこれほど「文脈」を意識させるのか。それは、この文章のうち相当部分が「過去になった未来」、つまり書かれた時点では「未来」だったが今はもう結果が出ているもの、だからだ。たとえばLinuxへの期待。たとえばベンチャーだったころのGoogle。たとえばMicrosoftのネット戦略。たとえばネットバブルの崩壊。たとえば有望そうなインド人の若者。ある読みはあたり、ある読みははずれる。当時どんな情報をもとにその判断がなされ、なぜそれがその後実現したりしなかったりしたのか。それに対して梅田さんはどう行動し、どう考えを変えていったのか。そのころ自分は何をしていただろう。何を考えていただろう。あのときああだったとすれば今はどうなんだろう。この過去は未来の予測に使えるのか、使えないのか。文章を追いながら頭は高速回転してさまざまな考えを並列処理し始める。本を閉じても、それは終わらない。だから、この本は、ちっとも古びてはいない。過去のことが書かれていても、そこから得られる問題意識は「今」のものだ。
もちろんこれを、梅田さんは意識してやっている。あたった読みも、はずれた予測も、すべてが「シリコンバレー精神」によってなされたものであり、それらがそのまま提示されることで、この本自体が「シリコンバレー的」なエッセイになっているわけだ。そうした姿勢は、ブログで随時更新していくことによってさらに補完される。よく「正しい」ことを自らの価値の証明と考えるタイプの人がいて、まちがいを絶対に認めなかったりこっそり隠してしまったり、あるいはまちがいを恐れて何もしなかったりするが、この本の態度はそれらとは対極の位置にある。
本題とは関係ない話。梅田さんと話したことのある人にはご同意いただけるのではないかと思うのだが、この人は「ルールの人」なのだな、という印象がある。やると決めたことをやる、やらないと決めたことはやらない。ルールを設定すること、それに従って行動すること、そしてそのために努力すること。きっとそれが「自分が納得のいく生き方をする」ために必要なことなんだろう。そういった感じが、この本にもよくあらわれている。どうしてそう決めたかも。
シリコンバレーやベンチャー企業に興味のある若い人にお勧め。それから、シリコンバレーには行けなくても「シリコンバレー精神」だけは身につけたいと考えている「昔の若い人」にも。
※2006/8/21追記
「あとがき」を基点にして本文の各所についての感想を、とか書いといて、ちっとも「本文の各所」なんて出てこないな。せいぜい「全体を通しての感想」ってところ。私にはやはり書評は無理、ということか。以上、自己つっこみ。
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