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September 11, 2006

メールの流儀に関するささやかな「発見」をした話

以下の話はほとんどの人にとって「何をいまさら」という類だろうと思うのだが、私にとっては「発見」だったので書いておく。

私は携帯電話のメール機能をほとんど使わない。PCメールを携帯電話からやりとりする(リモートメール、とかいうのだろうか)ことはあるのだが、それすらも自分から送るのは最小限にしている。理由は簡単で、打ちにくいからだ。あんな小さいキーボードで打てるわけないじゃん、と書いたあたりでもういまどきの人には「なんだこいつ」と思われているにちがいない。慣れた人が高橋名人ばりの速さで携帯メールを打つさまには、正直驚愕する。要するについていっていないのだ。

以上を前提として。

今回「発見」したのは、PCの電子メールを書くときの流儀が、私たちの世代と今の若い世代とではちがっている、という話だ。何いってるのあたりまえじゃん、となるのだろうが、とりあえず補足する。

私の世代だと、電子メールといえばPCで送受するものとして覚えた。メールを書くときに手本としたのは紙で書く手紙だ。電子メールができる前は、PC(とかワープロとか)で手紙を作ってプリントアウトして、郵送なりファックスなりしていたが、その代わりが電子メールだったわけだ。

で、そのうち、電子メール向けの独自の作法が発達した。時候の挨拶はうざいから書かないとか、数行おきに1行あけて読みやすくするとか、機種依存文字は使わないとか。一時期は「インターネットメール(ほんの10年かそこら前にはこういう言い方があったのだ。まだ@niftyじゃなくNiftyserveで、頭に「INET:」なんてつけた時代だ)のタイトルは化けないように半角英数で」なんていう指示を受けたこともあったな。それでも、基本は紙の手紙だった。言葉遣いも、手紙のスタイルを踏襲するのが当たり前だった。

その後、携帯電話でメールの送受信が可能になると、それを覚えた。i-modeでPCへメールが送れるということだけで「おおすげえ!」なんて思ったわけだ。ところが、実際にメールを送ろうとすると、とにかく打ちにくくて閉口した。当時はかな漢字変換もまだ今のように高性能ではなかったというのもあるが、要は不慣れだったんだろう。ちょっとした文章を書くにもえらい時間がかかった。もういい、もうたくさんと思ってほとんど使わないようになり、今に至るというわけだ。

今の若い世代は、メールといえばまず携帯メールから入る。小学生だって携帯電話を持つのが当たり前な時代だ。それで1日に何通だか何十通だか知らないがメールをやりとりする。上達しないわけがない。だが、多くの場合、PCメールを日常的に使うようになるのはせいぜい大学生か、へたをすると就職してからだ。

この順番のちがいが決定的なんだろう。彼らにとって、PCメールの流儀の基本となるのは、紙の手紙ではなく携帯メールなのだ。もともと紙の手紙なんかほとんど書かないだろうし、それも当然といえば当然。別に「いまどきの若い者は」なんていう気はないので念のため。

ただ、不思議には思っていた。職業柄、学生からメールをもらうことがよくあるわけだが、「この人たちは手紙の書き方とか習わなかったんだろうか?」と私は世間知らずにも思っていたのだ。タイトルがない。思いつきそのままのような短い文章。説明不足だから何がいいたいのかもわからないし、やりとりが1回ではすまない。下手すると、署名もないから誰からだかすらわからない。まあその類の多いこと多いこと。

で、授業のときにそう言ってみた。これはあんまりではないかと。タイトルをつけないとスパムに分類されるとか、名乗らないメールには返事しないとか、こんな書き方だと就活のときにまっさきに振り落とされるとか。社会に出たときに困らないように、というつもりでだ。

すると今度は皆ていねいになった。どうていねいになったかというと、まず挨拶が入る。それも時候の挨拶じゃなくて、「こんばんは」とか「夜分恐れ入ります」とか。読むのがその時間とは限らないじゃん、いったいどういうことなんだろう、と思っていたわけだ。

しかし、今日ふとした拍子に、はたと思い当たった。こんなシンプルなことに今まで気づかずにいたとは。彼らは、携帯メールの流儀でPCメールを書いていたのだ。あらかじめアドレスが登録してある相手が多いから、署名も不要。タイトルだって別にいらない。ひとことさっと書いて、さっと送る。相手もさっと読んでさっとひとこと返す。そうやってコミュニケーションが成り立っていく。携帯メールは受け取ったらすぐ読むのが流儀、かどうか知らないがそうする人が多い。だから「こんばんは」なわけだ。

ここから先は一気に考えが進む。携帯メールはすぐチェックするがそれはなぜだろうか。そんなこと疑問に思うほうが変なのかもしれないが、私はすぐにはチェックしないことが多い。下手をすると1~2日放っておくこともある。この差は何か、というわけだが、これはすぐわかった。携帯メールは、おそらく携帯電話での会話の代わりなのだ。電話が鳴ったらすぐ出る。これは今でもマナーだと思う。この流儀が、携帯メールにも受け継がれているのではないだろうか。

これで話が一本につながった。要するに、私たちの世代(少なくとも私))にとってPCメールは「手紙」の代わりだが、今の若い世代にとって、きっとPCメールは携帯メールの代わりで、携帯メールは携帯電話による会話の代わりなのだ。PCメールは、その2つの流儀の接点、というわけだ。

私にとっては、紙の手紙→PCメール
彼らにとっては、電話の会話→携帯メール→PCメール

だから流儀がちがうのは、ある意味当然、なんだろう。話しことばで書くのも、その流れなのか、と。要するに、私が「発見」したのは、メールの書き方は手紙をベースにすべき、というのが私の(あるいは私の世代の)「流儀」にすぎない、ということだ。まあ、ほとんどの方にとっては「なんだそんなことをいまさら」なんだろうけど。

とすると、近い将来、PCメールのマナーとか流儀とかも、もっと携帯メール寄りに変わっていったりするんだろうか。別に自分のやり方がいいとか固執するつもりはないのだが、世の中の流れは気になる。皆様のまわりでどんな状況か、ぜひご教示いただければ。

※本題とぜんぜん関係ないが、上で「高橋名人」と書いた際にWikipediaで「高橋名人」の項をみたら、先日のテレビ東京での「伝説のインタビュー」の件が載っていた。「関係する人物」の欄に「新親王」だって。そもそも「高橋名人」の項があること自体すごい。Wikipediaおそるべし。

※2006/9/11追記
よく考えてみると、手紙の場合でも、私信ならふつうタイトルはつけない。つまりタイトルをつける流儀というのは、ビジネスレターの流儀、ということになるんだろう。PCメールの場合、物理的実体がないわけだから、とっておいたりする際の整理の都合上から考えると、私信でもタイトルはやはりあったほうがいいと思う。時候の挨拶とかがないのもそういう流れなんだな。というか、時候の挨拶が必要な相手には紙の手紙で、というのが今でもマナーなのかな。さらにいえば、手紙はそもそも実際に訪問することの代わり、ということもあったっけ。「書状にて失礼」ってやつだ。昔も今もそれなりにいろいろめんどくさいんだなぁ、ということか。

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Comments

メールを受信してから返信するまでに数時間空けただけで「遅い」と怒られることがあります。
そっちの流儀を責める気は全く無いけど、こっちの流儀も認めてくれと言いたくなります。

Posted by: yan | September 11, 2006 02:10 AM

yanさん、コメントありがとうございます。
そのあたりの「常識」のちがいも、ある程度はしかたないんでしょうね。まあ自分が送る立場に立ったら、すぐ見てほしい場合もあるでしょうから、気持ちはわからなくもないんですが。

Posted by: 山口 浩 | September 11, 2006 02:25 AM

 私も以前同様のことで苦い経験をしたことがあります。

 老年の大学教授に初めて連絡をとった際に、携帯からいつも通りに(もちろん文体は最大限丁寧なものにしましたが)mailを送ったのですが、返って来たのは「迷惑メールです」と題された叱責とご指導のmailでした。

 宛名もない、頭語と結語もない、○○(私が所属していたサークル)という団体にはこの程度の学生しかいないのか、といったような強い語気を伴った内容でした。

 私は新鮮なショックを受けました。そして、次に返信するにあたって「メールの書き方」と「手紙の書き方」を細かく調べた記憶があります。

 最近の学生はおそらくmail=手紙という感覚が欠如しているのだと思います。mailは会話の延長線上のものというご指摘は的を射ているように思います。

 ただ、携帯メールの流儀に全体の流儀がシフトしていく、というのはどうでしょう。おそらく学生も社会に出て行く過程で、私のような躓きをどこかで一度経験して、身の振りを使い分けていくのではないでしょうか。


 蛇足ですが、blogのコメント=手紙という発想も欠如しているなぁ、と思い付きました。もし老年の方がblogを始めて、若者から頭語や結語のないコメントをもらった場合は、同様に不快に思われてしまうのかもしれません。

Posted by: yasuchan | September 11, 2006 03:09 AM

拝啓

秋の足音が近づきつつあるなか、早朝から季節外れの雷雨にたたき起こされたりもする昨今、山口さまにおかれましてはいかがお過ごしのことでしょう。当方、先日高知より取り寄せましたカツオのたたきに舌鼓を打っている昨今でございます。

正直、親しくしたいと思ってメールを書いたら逆ギレの返事をよこすような流儀の人とはお近づきになりたくないような気もする…。

急に気温が下がりがちな時期でございます。山口さまにおかれましてはお腹を出して寝てお風邪など召されませぬよう、お気をつけくださいませ。失礼いたします。

             敬具

Posted by: Bar | September 11, 2006 06:26 AM

はじめまして。
私もniftyserve時代を経験し、知人からの携帯メールにつきあう無意味さとわずらわしさに悩まされ、以後、携帯は持たない主義で自衛してきました。

しかし、娘の保育所の保護者会や委員会に参加すると、自衛するのも難しくなってきました。
「署名を忘れずお願いね」と言う程度なら「先生の仕事してる人らしいなあ」で笑って再度連絡くれるママ友達も、「連絡内容をもう少し正確に」とお願いしようものなら、「細かいこといちいち聞き返すな」「先生づらするな!」と逆ギレされたりすることも(涙)。

もちろん、短いメールの中に自分の名前と話の要点を簡潔にまとめ、かつ絵文字の笑いをくれるママさんもいて、そういう方のメールからは、後光がさして・・・いえ、バックライトの輝きが増して見えます(笑)。

ママさん携帯網下での精神的重圧に、やはり携帯は持たねばならないのか・・・とも考えましたが、結局踏みとどまっています。「あの人はPCメールだから返事が遅いし、先生の仕事してるから口うるさいけど、でも保護者会では頼りになるよ」と言われるキャラを目指す方が前向きかなと思えるので。

Posted by: qimangul | September 11, 2006 09:41 AM

コメントありがとうございます。

yasuchanさん
ご災難でしたね。その老教授にとっては失礼な書き方に見えたのでしょう。私はキレた返事を書くほどの身分ではないのですが、ひとつ落とし穴があります。教員と学生の関係は一対多数なので、大半の学生は、教員にとっては初対面にかなり近い存在なわけです。教員もその点をふまえないといけないんでしょうね。ただ、大学は社会に出る前の訓練の場でもありますので、社会に出たときのメールの出し方の練習は積んでおいたほうがいい、と思います。

Barさん
確かに、キレる方とはやりとりしたくないですね。したり顔で挑発する人はもっといやですけど。
自分にとってメールは手紙に近いとすると、ではブログのコメントはどうなんだろう、と考えてみたのですが、少なくとも私の場合、どうも手紙とはちがうものとして受け止めているように思います。「ホームページ」ということばがありますが、どうも自分のブログは自分の「仮想空間」のように認識しているようです。とすると、コメントをいただく方は「お客様」なわけですね。というわけなので、手紙形式でなくてもけっこうです。今後ともよろしくお願いいたします。
ちなみに、手紙の書き方について、以下のサイトを見たら、横書きの手紙は略式なのだそうですね。だから「拝啓」などは使わなくともよい、とありました。これが唯一の流儀ではないとは思いますが、ご参考まで。
http://www.kakikata-g.com/tegami/basic/index.html

qimangulさん
なるほど。いろいろご苦労があるわけですね。どちらにせよややこしいことがあるのであれば、どちらがましかで選ぶしかありませんものね。100%満足が無理でも、少しでも心安らかにすごしたいな、と私も思います。

Posted by: 山口 浩 | September 11, 2006 10:08 AM

おじゃまいたします(笑)

 思うに携帯のメールは会話の延長だからあまり丁寧に書いてはつまらない部分があるのではないでしょうか。

 つまりある程度の誤差が必要なのだと思います。「これすごいよね」と言っているときには「これすごい」ということを共感することは大事で何がすごいのかということは大切でないからなのだと思います。

 しかしこれは「かわいい論」かどっかの受け売りです。

Posted by: PuHa | September 11, 2006 04:33 PM

私が電子メールを始めて使ったのは1983年,ある外国企業の情報システムとして使われていた VAX/VMS (ってわかりますか?)の上での電子メールでした.使い方は今のPCメールと全く同じです.当時はインターネットはまだ一般に開放されておらず,社内の(といっても全世界にまたがる)イントラネットの中だけの世界でしたが,それでも数百台の VAX がつながっているネットワークは一つの「世界」でした.

それと同時に,まだ電子化されていない欧米のオフィス文化にも同時に触れることになりました.そこですぐにわかったことは,電子メールは欧米のビジネスレターのメタファーである,ということです.当時私たちはフォーマルなビジネスレターを書くときには,To: From: Cc: Date: Subject: などと用紙の先頭に書き並べ,それから本文を書いていました.しかもそれを VMS 上のワードプロセッサで入力し,タイプライタとほとんど同じ活字を打てるプリンタで出力していたのです.

電子メールは単にこれを電子化しただけでした.その後,私たち日本人はPCのアプリケーションを習い覚えて初めて欧米のビジネス文化に触れることになりました.習う順序が逆になってしまったのです.スプレッドシート然り,アウトラインプロセッサ然り,パワーポイント然りです.

Posted by: 俊(とし) | September 11, 2006 09:48 PM

コメントありがとうございます。

PuHaさん
携帯電話のメールはそうなんでしょうね。問題はそれをPCメールに持ち込んだときにどうなるか、です。現在のビジネス常識からすると、まだそのまま持ち込むのは「時期尚早」のように思えますね。はてブに「目上の人へのメール作法を知らないからではないか」みたいなコメントがありましたが、そういうことなのかもしれません。ただ、今後ずっと今のままなのかというと、そうでもないかもしれないぞ、と私のゴーストがささやいているわけですハイ。

俊さん
私は就職した1986年にビジネス文書の形式を習いました。どレガシー職場で、そのときには部に1台ワープロがあるだけでしたが、社内で使う書式はToとかFromとかがついたもので、現在のPCメールに酷似した形式だった記憶があります。保険会社で海外との取引があったせいなのかもしれません。なので、PCメールの書式にはきわめてスムーズに移行できた記憶があります。まあそれも米国の様式をどこかで取り入れたものだったんでしょうが、時期については各社各様だったのではないでしょうか。

Posted by: 山口 浩 | September 12, 2006 12:31 AM

私は、適度に携帯メール活用派ですが、使い分けとしては実際に人と待ち合わせしている時に「少し遅れます」などと言ったりする用途に使っています。相手が地下鉄などに乗っていて、電話だと連絡がつかない時はこういうのも便利だと思います。こういう文章ならたくさん打たなくても済むわけですし。

人に質問とかというのは、当然PCメールなのですが、携帯メールから入った人は当然それも携帯でやっていたのですよね。

それから、文章が簡便な理由はパケットで課金されるため、なるべく安く済ませるために簡便になっていたのでしょうね。時候の挨拶を200文字くらい書いていたら怒られたりして(笑)

Posted by: Hiroette | September 12, 2006 01:33 AM

Hiroetteさん、コメントありがとうございます。
私も、そういうときは携帯メールを使います。そういうときは文章も短くなりますよね。問題は、それと同じやり方でPCメールを書くのがどうか、ということですね。

Posted by: 山口 浩 | September 12, 2006 01:59 AM

こんにちは。
メールのタイトルは、本文の要約だと考えています。
ビジネスであれプライベートであれ、メールを読ませることは相手の時間を分けてもらうのだから、なるべく短時間に何の件なのかわかるようにするのはエチケットだと思います。

また、たくさんのメールの中で、読んでいただくべき物だとわかってもらう役目もありますね。
忙しい人お相手にコミュニケートするときは、特に重要さを感じます。

Posted by: ミズタマのチチ | September 12, 2006 02:09 PM

ミズタマのチチさん、コメントありがとうございます。
そうですね。タイトルはたぶん、入れたほうがいいでしょうね。

Posted by: 山口 浩 | September 13, 2006 12:09 AM

ニフティの時は「参加します(t/o)」とか書いたの思い出しました、オフ会用。節約節約。

Posted by: ゾフィ | September 14, 2006 07:53 PM

ゾフィさん、コメントありがとうございます。
巡回ソフトを使うのが当たり前だった時代、でしょうか。私が最初に使ったモデムは2400bpsでした。その後テレホーダイの登場に狂喜乱舞した覚えがあります。
10年ひと昔といいますが、なんともはや。

Posted by: 山口 浩 | September 15, 2006 01:54 AM

>巡回ソフトを使うのが当たり前だった時代、でしょうか。

はい、私はNifTermでした。料金が時間従量制でしたので、空行が多い人など作法を注意されてましたね。チリも山だけに切実。

Posted by: ゾフィ | September 17, 2006 12:53 AM

ゾフィさん
作法がけっこう厳しかったですね。よく注意されたりして。そういうのって、今もありますよねぇ。

Posted by: 山口 浩 | September 17, 2006 03:32 AM

こんにちは。面白いエントリーでした。

ところで今度、こうした規範のズレについての発表があるのですが、こちらを資料として引用させて頂いてもよろしいでしょうか?

よろしくお願いいたします。

Posted by: 劣 | October 05, 2006 12:45 PM

文字化けしました。正しくは以上です。
もしどのような内容か詳しいご説明が必要ならさせて頂きます(恥ずかしいですが…)

それでは。

Posted by: 劣 | October 05, 2006 12:51 PM

劣さん、コメントありがとうございます。
このサイトのコンテンツは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています(帰属 - 非営利 - 派生禁止 2.1 日本)。左サイドバー下のCCのリンクで内容をご確認のうえご利用ください。
念のためですが、この文章は単に私の個人的な経験と感想を記したものであって、それ自体なんらの学術的裏打ちのあるものではありません。ご承知おきください。

…で、どんなご発表なんでしょうか?

Posted by: 山口 浩 | October 05, 2006 01:05 PM

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