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めでたい日に思う

2006年9月6日は、多くの人々が待ちに待っためでたい日となった。いやめでたい。実にめでたい。

この件については、長い伝統がここで断ち切られてしまうのかと、私だけではなく、多くの日本人が懸念していたはずだ。一時はどうなることかと思ったが、ようやくこの日を迎えたわけだ。まずはともかく、この喜びを一人の日本人として、深くかみしめたい。

前にも書いたことがあるが、私は、伝統とは変わり続けることにある、と思っている。環境の変化に応じて自らも変化し続けること、それこそが長く続く伝統の本質ではないか、と。もちろん変えるべきではない部分、変えてはいけないタイミングというのもあろう。変えるもの、変えないもの、そのバランスが大事なのだと思う。

とりあえず一息ついた観があるわけだが、問題が抜本的に解決したわけではない。懸案事項はまだ残っている。というか、むしろこれから、なのかもしれない。今後も状況に応じて柔軟に対応していくこと。社会に受け入れられていく努力を怠らないこと。関係者の皆さんはもちろん誰よりも深くご認識されていることと思う。それは、この苦しい時期になされたさまざまな活動や試みの中にもあらわれている。

私たちも、これで安心してしまわず、今こそ長期的な視野にたって、冷静な議論を進めていくべきだろう。もちろん、関係者の皆さんのご意向というものもあろうが、これほど幅広い層の国民に愛される存在である以上、もはや国民的課題といっていい。実際、この問題は国論を二分しうる重要なテーマだ。どちらの立場にも、それなりの主張があり、それなりの根拠がある。どちらも譲れない。だから議論はかみあわない。しかし、国としては、なんらかの方針を決めていかなければならないのだ。決められないから先送り、では困る。むしろ関心の高まった今こそ、きちんと始めるチャンスではないか。

だから、冷静に議論を進めよう。意見の異なる相手の主張も、よく聞いてみよう。相手を打ちのめすことばではなく、相手にわかることばで語りかけよう。自分がこだわっているものが、本当に本質的なものなのかも、一度見直してみたほうがいい。汚いことばを使ってはいけない。議論に勝つことが目的ではない。

まあ、ともあれめでたい。ぜひ私も「お祝い」にいかねば。

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Comments

正直言って、くだんの問題についてめでたいなどと言える神経がわかりません。

ぼくはこんなものはさっさと廃止してしまえばいいと長らく主張してきました。日本の伝統だなどとおっしゃいますが、現在のかたちで巷間に君臨してきたのは戦後の数十年でしかありません。そのあいだ、何度も断絶の危機が指摘されながらもこすっからい手段で延命が続けられてきました。

そんなものに尊崇の念など抱けるでしょうか。ぼくの鼻には、あの家からは特有の腐臭すら感じられます。

昨今は、経済的に恵まれない若年層が社会への不満を懐古的な支持へと転換していると聞きます。彼らの顔を見ると、ぼくには腐肉にむらがるハイエナのように思えてしまいます。おまえら10円やるからその席空けろ、と。9月6日は日本人が再び理性を失い、暗い時代へと突き進み始めたターニングポイントとして記憶されるべきでしょう。

Posted by: Bar | September 07, 2006 02:12 PM


山口先生、最高です。
まんまとひっかかりました。面白すぎ。

Posted by: saury | September 07, 2006 02:16 PM

私もBarさんの考えと同じく、です。なぜ人々がこんなに喜び、メディアがこんなにも…って、あれれ!?…素敵なユーモアセンスに恋しちゃいそう~(笑)。

Posted by: uchagi | September 07, 2006 03:18 PM

緒論はあるかと思いますが、私も「めでたい」という意見には大賛成です。
とくにあの白髪のお方、かの方は同じ世代/時代の空気の中を生きてこられたと、勝手に親近感を抱いて拝見しておりました。
巷の一部には野望が云々と言われる無粋な人もおられるようですが、先述の通り、同じ空気を吸ってきた者の一人としては、感慨に堪えないものがあります。
願わくば、人が一杯という事態だけにはならないようにと今は静かに思いをはせるところです。

Posted by: McDMaster(マナル店長) | September 07, 2006 03:45 PM

これは難度高いですね。すごい。

最初Barさんは気づいてないのかな、と思いましたが、「あの家からは特有の腐臭」で大笑い。後半にちゃんとコピペのフレーズも引用されてますね。さすが。
そういえば「件」とは人に牛と書くのであったか。

Posted by: うーん、うまいっす | September 07, 2006 04:45 PM

2度目の来訪です。今回はNewsingから来ました。
「修仁様」で如何でしょうか。

Posted by: Dai | September 07, 2006 10:18 PM

コメントありがとうございます。

Barさん
いろいろなご意見をお持ちの方がいらっしゃるのはいたしかたないだろうと思います。海外との関係を気にする方もいるでしょうし、いやこれは日本独自の問題だという考えの方もいます。長い伝統にしたって、よく考えてみれば一度は途切れたという見方もありますし、それでも続いてきたのは幅広い層からの支持があったからだという見方もあります。
ですから私もBarさんのご意見を尊重したいとは思うのですが、やはり「腐臭」というくだりはちょっと言葉が強すぎないかという危惧はあります。そんな殺伐とした物言いではいつ喧嘩が始まってもおかしくないですし、支持者は経済的に恵まれない若者ばかりではありません。それに「10円」というのは、いくら何でも安すぎでしょう。どんなご意見であっても、いきなりそれを人に押し付けるのではなく、冷静に議論をしていく中で、どうあるべきかとさぐっていく姿勢が必要なのではないかと思います。

sauryさん
おほめいただき光栄ですが、どうおとりいただくかは読まれた方次第です。他の読み方をしている方もいるかもしれないということを頭の片隅に置いていただけると助かります。

uchagiさん
光栄ですが、実は私はけっこうまじめに書いたつもりでもあります。本当に、重要な問題ですから。

McDMasterさん
そうですね。常に時代とともにあったのだと思います。だからこそ世代を超えて支持されているわけですね。

うーん、うまいっすさん
「くだん」というと、私はつい小松左京の「くだんのはは」を思い出してしまいます。なんか、縁起でもないというか不謹慎というか。

Daiさん
「修仁」様ですか。いいお名前ですね。

Posted by: 山口 浩 | September 08, 2006 01:24 AM

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