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October 25, 2006

大同団結できない人は世の中を動かせないと思う

前にも似たようなことを書いたような気がするし、他にも同じことを言っている人はたくさんいるだろうが、まあいいや。「いまさら」話でもあるし手短に。世の中には「参加することに意義がある」ものと、「勝ってなんぼ」のものがある。後者のような場合に、勝つことをはなから考えていない勢力がまぎれこむのは、どうにも始末が悪い。いいかげんにしてもらいたい、と思う。

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Comments

このような意味合いでございましょうか。
http://takuki.com/aic/96.htm

Posted by: eviano | October 25, 2006 10:31 PM

evianoさん、コメントありがとうございます。
本文がどのような意味合いかについて特に付記することはありませんが、ご紹介いただいたサイトに書かれた事例については、興味深く拝見しました。かの党の皆さんに対しては、自らが集めた票を毎回無駄死にさせていることについていったいどのようにお考えなのか、聞いてみたいと思うことがよくあります。

Posted by: 山口 浩 | October 25, 2006 11:24 PM

evianoさんの考えている意味合いだと仮定して、以下を述べます。

私は、少なくとも投票が終るまでは、立候補者は大同団結をすべきではないと考えます。何故なら、選択肢を(議席定数に収まる様に)絞る事は選挙権を持つものの役目であり、被選挙権を持つ側の役目は選択肢を広げる事だからです。従って彼の党が候補者を全選挙区に一人ずつ立てる事は最低限の役目であり、むしろ、被選挙権行使者の人数を一人に絞り候補者調整を行う党は、有権者の選挙権を侵害していると私は考えます。私の理想では、立候補辞退を届出でない限り、被選挙権を持つ者はその権利を行使し、選択肢を広げる役目を果たすべきです。

勿論、現在の選挙制度のまま私の理想を実現すれば、比例区ですら死に票が溢れ返るでしょう。しかしこんな技術的課題は、選挙制度をApproval voting(無制限連記式)
http://ja.wikipedia.org/wiki/Approval_voting
などに代えれば済む事です。無制限連記式は、泡末候補への投票の有無が主要候補への投票に全く影響しないのが特徴で、泡末候補へ投票してしまった人はそうでない人と同等の投票力を主要候補に行使できます。このため有権者は死に票を気にせずに泡末候補への投票の可否を判断でき、泡末候補は主要候補と対等の基準で評価される事になります。

大同団結は、議会での多数決や(民意を反映した)元首の決断などが行われてから、それらの決定を国民全員が一致すべきものとして受け入れる事で行うべきです。その前の段階での大同団結は、これら民主的手続きの形骸化です。現在の制度では投票前の大同団結が避けれないのであれば、民主主義が形骸化する前に制度を変えるべきです。

Posted by: A-11 | November 11, 2006 03:32 AM

A-11さん、コメントありがとうございます。
さまざまな意見のある問題だろうと思います。私も、自分の考えを他人に押し付ける気はもとよりありませんが、少し補足しておきます。
私の考えは、政治というものがものごとを動かしていくプロセスである以上、実際に動かせてなんぼではないか、というものです。どんな立派な政治的意見をもっていても、それにしたがった政治が実際になされない限り、社会には反映されません。「べき」論はいくらでも可能ですが、現在の政治のしくみはそうなっていないので、あるべき姿を前提とした議論をしても現状を変えることはできません。問題は、世の中を「べき」論の示す方向に導くためにどうしたらいいか、です。なにしろ世間には、ちがった考えの人たちがたくさんいるわけですから。人の数だけある「べき」論の中で実際に採用され、あるいは実際に影響力を持つようになるのは、より多くの人の賛成を得たものです。現在の政治のしくみは基本的にそうなっています。

Posted by: 山口 浩 | November 12, 2006 03:53 AM

山口さん、お返事ありがとうございます。

私は、現在の政治の仕組みを、山口さん程には楽観していません。より多くの人の賛成を得たものが、より多くの人が「私は賛成だ」と思うものと一致するとは限らないからです。

現在の政治の仕組みでは、一人の人が賛成を表し得る「べき論」は一つに限られており、賛成を表さなくても負け目のない「べき論」や、表しても勝ち目の無いものなど、採用結果を動かせないものに貴重な賛成を使う余裕は一つもありません。従って、ある「べき論」に勝ち目(と負け目のどちらか)が欠けているなら、その論を賛成に「思う」人がどんなに多くいても、彼らがその論に賛成を表す事はほとんどありません。「政治の仕組み」を「選挙制度」、「賛成を表す」を「一票を投ずる」、「べき論」を「立候補者」に置き換えれば御理解頂けると思います。

このような、選挙結果を少しでも自分の望むものに変えるため情勢に合わせて、自分の投票を変えることを戦略投票、立候補者を擁立する事をStrategic nominationと呼びます。普通は一番望ましいと思う候補者に一票を投ずるのを、戦略投票では情勢次第で変えるのですから、「より多くの人の賛成を得たもの」と「より多くの人が「私は賛成だ」と思うもの」がずれるのは当然です。定着した選挙制度の下では戦略投票・Strategic nominationは大半の人がやっていると考えるべきです。

現在の政治の仕組みで戦略投票が普及するとどうなるでしょう。ある候補者が「勝つ」=「勝ち目が増える」条件に「勝ち目がある」のですから、勝ち目の多い候補は更に勝ち目が増え、少ない候補は減り続ける、二極分化が起こります。山口さんが「いいかげんにして」と思っている勢力は間違いなく、分化して少ない方に向かう勢力です。もう少しお待ち下さい。これら、分化して少ない方に向かう勢力の終点は、得票数ゼロですから。新しい勢力がもし立ち上げられたとしても、生まれたては得票数ゼロなので、すぐに元に戻ります。詳しくは
デュヴェルジェの法則
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
http://www.geocities.com/hikachu/2BAModeler.html#Duverger's%20Law
から御覧下さい。

現在の日本で、分化して勝ち目の多い方に向かった勢力は二つだけです。この二勢力がカルテルを組んで好き勝手やったとしても、二勢力がそれぞれ独自候補を立てて決闘ショーを見せる(Strategic nominationです)限り、二勢力以外と大同団結した勢力は零に還るでしょう。共産独裁国家とかでも、ある特定の勢力と大同団結すれば、世の中を動かす事は簡単です。日本では、特定の勢力の選択肢が二つに増えただけです。それでも、大同団結の意味はあるのでしょうか。

Posted by: A-11 | November 12, 2006 06:33 PM

A-11さん
長々とありがとうございます。私は現状を楽観視しているのではなく、むしろ悲観視しています。正直なところ、政治の理論モデルにはあまり興味ありませんが、ご紹介いただいたサイトの2番めのほうには「デュヴェルジェの法則というのは「『単純小選挙区制は二大政党制を生む』という経験則のこと」と書いてありますね。現状そうならないのはなぜだろう、という疑問を私は持っています。
いいかえると、選挙に勝つという一点に絞って団結できる政党と、政権を維持するという一点に絞って協力している政党があるにもかかわらず、一方でそれぞれちがった理由によって反対することを主活動内容とする政党群が「反対する」という一点に絞って団結できないのはなぜだろう、ということですね。
内心で何と思うかは自由で制約はありません。ただ、原則として多数決でものごとを決める制度の下で、実際に実現するのは、多数の賛成意見の表明を受けた案です。ですから、実際に世の中を変えたいと思わない人には、大同団結の意味はありませんね。
念のためですが、多数の賛成意見の表明を受けた案が、各々の内心と整合的かどうかは、ここでの本題ではありません。

Posted by: 山口 浩 | November 13, 2006 10:04 AM

それぞれちがった理由によって反対することを主活動内容とする政党群が「反対する」という一点に絞って団結できない理由は簡単です。例えば、「改憲して自衛隊を憲法に合憲と明記」の政党と、「違憲と明記」の政党が「改憲」の一点に絞って団結できますか? 団結できた所で「違憲か合権かはジャンケンで決めよう。曖昧なままが最悪だ。」という合意でも無い限り、何も変える事はできないでしょう。「反対」単独での大同団結は、賛成派が示した「世が変わるべき方向」の代替を用意していないために、どの方向へも世の中を変える事ができないのです。
もっとも、共産党と維新政党新風と新社会党と…が大同団結した所で、小選挙区に付いてはもう手遅れです。共産党は実績があるだけマシです。他のの実績は戦闘放棄なのですから。合計得票率は共産党単独に毛が生えた程度で、やはり得票率ゼロへの道を歩まざるを得ません。それに比べれば、すでに彼の党の得票率は、「二大勢力に反対」の大同団結が9割方完了している状態と言っても良いでしょう。
結局、彼の党が勝つ道は、分化して勝ち目の多い方に向かった二大勢力のどちらかとの大同団結以外にありません。しかも、得票率ゼロになってからでは手遅れです。なぜなら、大同団結というのは、参加勢力全てが小異を捨てるのが前提であり、二大勢力側に小異を捨てさせるだけのメリット=得票率アップを与える必要があるからです。小異を捨てない勢力が混ざっている場合は、団結ではなく吸収です。もっとも、放っておいても彼の党の得票率は減り続け二大勢力に流れ込むのですから、二大勢力側にとっては、大同団結が失敗しても彼の党の得票率が手に入る時期が遅れるだけであり、大同団結成功のために捨てる小異は非常に少ないはずです。
以上の事は小選挙区での話であり、デュヴェルジェの法則は彼の党の比例区での存続を許しています。
「大同団結できない人は世の中を動かせない」のはその通りだと思います。しかし大同団結できるからといって、現在の政治の仕組みでは、世の中を動かせる人は限られています。「変える方向を欠いた団結」はともかく、「ゼロへ至る団結」を組めた人はマシな方かも知れません。大半の人は、二つの「小?異を押しつけられる団結=吸収」のどちらかに選挙権を投ずるだけで終るのですから。

Posted by: A-11 | November 13, 2006 11:27 PM

A-11さん
>「大同団結できない人は世の中を動かせない」のはその通りだと思います。

その点が本文で私が言いたかったことのすべてです。政治を、曲がりなりにも社会的合意を作りだしてそれに基づき社会を動かしていくプロセスととらえる考え方に基づいた文章ですので、そうでない考えをお持ちの方には了解しがたいのかもしれませんね。
ともあれ、勉強になりました。ありがとうございました。

Posted by: 山口 浩 | November 14, 2006 12:11 PM

曲がりなりの程度だと思います。独裁政権だって、極端な意味で曲がりなりに、社会的合意で維持されてるのですから。
現在の政治の仕組みの中心である選挙ですら、立候補者の意志を一方的に有権者に強いる制度です。独裁制と違う点は、被選挙権を行使する事によって、有権者は自分が服従する者の候補に、自分の勝手に合わせて作った者(自分自身とか)を加える事が出来ることだけです。独裁制だって、自分の体制の維持を脅かさない候補だけ許可する事によって、有権者に選択権=選挙権を与える事は出来ます。
合意というものは本来、参加者の双方向の意志の交換が必須です。しかし立候補者が入出力の帯域幅の増設がパソコンのように簡単には出来ないホモ・サピエンスなので、大半の有権者は、他の半分(候補者が二人の場合。デュヴェルジェの法則より。)の人の意志とゴッチャにされる投票行動でしか、一ビット(候補者が二人の場合)だけしか自分の意志を伝えられません。そんな、意志交換の流れが(ADSLよりも)圧倒的に片方に偏った合意が、現在での社会的合意です。
もちろん、有権者からの意志が事実上0ビットしか伝わらない独裁制に比べれば、1ビットに増えた現在の社会的合意の形成プロセスは質的な進歩です。それでも、一般的な意味での「合意」には程遠いと私は思います。だから私は、それが世の中を動かす唯一の方法でも、有権者からの意志の転送量を減らす、投票前の大同団結に賛意を示す気にはなれないのです。
こちらとしても、良い機会を頂きました。ここまでおつき合い下さり、ありがとうございます。

Posted by: A-11 | November 14, 2006 09:22 PM

A-11さん
いろいろ現状にご不満をお持ちのようですね。私もそうです。ただ、ここでそれをいくら指摘しても、それだけでは、世の中は変わりません。どうやったら少しでもより自分がよいと思う方向へ動かせるか、そのために自分は(「政府は」でもなく、「国民は」でもなく)今何をすべきか、ということを日々考えて、少しずつでも試していこうと思っています。
ありがとうございました。

Posted by: 山口 浩 | November 14, 2006 09:39 PM

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