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October 03, 2006

「保守のディレンマ」をめぐる妄想

2006年9月27日付朝日新聞の「論壇時評」に法政大学教授の杉田敦氏が書いていた「保守のディレンマ」が面白かった。

この話は、たぶん「週刊!木村剛」が10月2日にとりあげていた「[ゴーログ]北朝鮮問題と教育と公務員改革」と共通のテーマだ。この記事のネタ元は「小福のへりくつ」の記事「安倍内閣発足」の、この部分。

…アタマのおよろしい男性の中には顕著に「安倍嫌い」オーラを出す人が多いね。なんでだろ?あの育ちのよさが男の嫉妬を買うんだろうか?

確かに、私の知っている「アタマのおよろしい男性」たちの間でも、「しっかり安べぇ」の評判はあまりよろしくない。ただ、「アタマのおよろしい女性」たちの間でも評判はよろしくないようだから、原因を性別に求めるのはおそらくまちがいだと思う。同種の批判は小泉前首相のときもずいぶんあったが、安倍首相の場合はさらにけちょんけちょん感が強い。私には彼らの真意がどうなのか、アタマのおよろしくない私には知る由もないが、たぶん上記の杉田氏の文章がその答えの一部にはなっているのではないかという気がする。

杉田氏の主張をまとめると、「美しい国へ」などにあらわれている安倍首相の考えなるものは、要するにこのことばに集約されることになるだろう。

「論壇でおなじみの議論のパッチワーク」

つまり、論壇の各所から「美しい」理念やら威勢のいい主張やらを集めてきたがあちこち矛盾だらけ、という意味合いだろうか。だから、「論壇でおなじみの議論」におなじみの「アタマのおよろしい男性」とか女性とかには「うそくせぇ」と見える。そうでない方には「美しい」となる。そんな感じなんだろう。

杉田氏の文章を読んでいない人のために、どのあたりが「矛盾」と映るかについて杉田氏の主張を3点にまとめる。これはおそらく例示として出されたものであって、他にも例はあるのだろうけど。

まず、ナショナリズム。アボリジニ出身のオリンピック選手がオーストラリア国旗とアボリジニの旗の両方をもってビクトリーランをした事例について、安倍首相は「美しい国へ」の中で、ナショナリズムの自然な発露として好意的にふれている。しかしこれは「国民」以外のアイデンティティを許容する多文化主義を許容するものであって、ナショナリズムとは矛盾する、という批判がありうる。日本でいえば、アイヌや沖縄に独自の旗があったとして、アイヌ出身の選手とか沖縄出身の選手とかがそれぞれの旗を持っても好意的にみるのか、という問いになるだろうか。

2番めは市場経済。市場経済の重視と文化的伝統の維持はともに「保守」的な考えに分類される。安倍首相は「保守」の立場からこの両者とも守るべきと主張するが、実際にはこの両者は移民など「他者への開き方」においては両立が難しいことが多い。いったいどうする気だよ、というわけだ。

3番めは対米関係。安倍首相は日米同盟の強化を訴えるが、これは国家の独立や主権を脅かすものではないのか、というもの。米軍司令部の一部が日本国内に移転されたりする中では、集団的自衛権を確立したとして、それは実際にはアメリカへの従属とあまりちがわないのではないか、という問いだ。

これらの「ディレンマ」について安倍首相は説明する責務があるのに果たしていない、というのが杉田氏の批判するポイント。ふうんなるほど。まあいいたいことはわかる。でも、なんかいまいち納得感が不足。説明をちゃんとしないのは前任者も同じだったよなぁ、などと思ったりするからだ。同じ説明不足だとして、なんで小泉首相のときはよくて安倍首相だとだめなのか。

ここから先は個人的な妄想。ひょっとしたら、小泉前首相は「ワンフレーズ」だったから救われたのではないか、という考えはどうか。1つしか布きれがなければパッチワークにはならない、「ワンフレーズ」しかないこの人と議論してもしかたない、と。しかし安倍首相はけっこう雄弁だ。しっかりたっぷり説明してくれる。苦しくなるとさらに早口になり、口数も増える。なんとなく、議論の余地がありそうに思ってしまう。矛盾を平気で放置しているからたたきどころも満載だ。

しかし、この読みは甘い。確かに急所をヒットしているはずなのに痛がってくれない。「お前はすでに死んでいる」と言っても「ひでぶ」と言ってくれない。じゃんけんでいえば、相手がグーでこっちがパーを出したのに、相手に「お前の負け」といわれてしまった感じ。そんなの反則だ、許せない。そんな感じなのではないか。

しかしこれは反則でも何でもない。政治は「アタマのおよろしい男性」や女性だけのものではないのだ。「正しい」意見よりも「好感を持っている人」の意見が通ることもよくある。支持する理由に論理は必ずしも必要ない。それが「ゲーム」のルールだ。要するに、論壇で評価されなくても票は減らない、ということ。彼らは議論するのが仕事ではないのだ。となると、論壇の皆さんも、対応を考えなければいけないときが来ているのかもしれない。

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Comments

山口さん、こんにちは、

>アタマのおよろしい男性の

>「安倍嫌い」オーラ

というのは、そっくりそのまま妻に言われました。広くいろいろな方が言っている話しなんですねぇ。

なんか人ってトップに立ったとたんに罵詈雑言や非難の嵐をあびせかけられやすいんですかねぇ。結構、私は親近感を持っています。

Posted by: ひでき | October 03, 2006 03:12 PM

ひできさん、コメントありがとうございます。
あの方の場合は、トップに立つ前、少なくとも官房長官のときから同じように言われていたと思いますがちがいましたでしょうか。私としては、どうでもいいけど「しっかり」を乱発するのはぜひやめてくれ、といいたいです。
http://www.h-yamaguchi.net/2006/05/post_867b.html

Posted by: 山口 浩 | October 03, 2006 09:18 PM

安全保障に限ってコメントします.

まー,自衛隊が以前から米軍の下請け部隊であることは,自衛隊自身が一番良く認識していることですから,何をいまさら,という感じ方をされる(自衛隊制服組内部で)のはあると思います.

安倍君の場合,それを乗り越える何かが出てくる期待は全くありませんから,右側からも左側からも冷ややかに見られるのは止むを得ません.

むしろ,現代の戦争形態の認識が無いまま,安全保障を語ってほしくはありません.対北朝鮮のミサイル防衛など,できもしないホラ話をアメリカの軍産複合体制のプロパガンダ通りに語ることは,少なくとも世界の軍事専門家コミュニティでは,評価が下がることは間違いありません.

Posted by: 俊(とし) | October 04, 2006 12:34 AM

人気だけでリーダーが選ばれる国の末路が衆愚政治か独裁なら、「頭のよろしい」人たちが本能的に嫌悪するのも分かるような。

Posted by: yhanawa | October 04, 2006 02:03 AM

コメントありがとうございます。

俊さん
杉田氏は新しく説明しようとしたのではなく、現在までに起きている現象の原因を指摘したわけですから、何をいまさらとのご批判はあたらないと思います。安倍首相は軍事評論家コミュニティに評価されるよりも有権者に支持されるほうを選ぶだろうことは明らかで、その点からいえば、給料を30%返上してみせたり、社会保険庁職員を非公務員化すると宣言したりすることのほうが効果的なわけですね。よしあしはともかく、政治とはそういうものだ、ということです。

yhanawaさん
独裁はともかく、衆愚政治と民主主義を見分けるのは、けっこうたいへんです。それはまさに、人によって受け取り方がちがうからです。「頭のおよろしい」人たちの嫌悪も、そうでない人たちにとっては「既得権益を手放したくない焦り」と映っているかもしれません。政治家はそうした全体のバランスを見ていきますよね。自分の意見を言えばいい論壇の人たちとはそこがちがうわけです。

Posted by: 山口 浩 | October 04, 2006 05:35 AM

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Tracked on October 03, 2006 04:30 PM

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