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November 09, 2006

最悪の教育

高校の必修科目が教えられていなかったという例の履修単位不足問題で、教員の自殺が相次いでいる。亡くなった方々のご冥福をお祈りする。そのうえでだが、今この問題で苦しんでおられる教員の方に、ぜひ伏してお願いしたいことがある。

どうか、死なないでいただきたい。

これまでもそうだったと思うが、教育関係者に対する風当たりは最近特に強い。トンデモ事例に事欠かない、という批判は正直かなりのところあたっていると思う。ただ、それはやはり全体からみれば一部のことだろう。私は教員としては新米なので、部外者からの視点にかなり近いとは思うが、それでも、大半の教員の方は懸命に仕事に取り組まれているものと思う。

この問題については、いろいろな背景が語られている。大学の入学試験のやり方、高校間の競争、少子化、そもそも必修科目は何であるべきか、その他もろもろいろいろな条件が重なっている。もちろん、だからといって歴史やら何やらを教えなくていいということにはならないわけだ。学校の教育方針を決めた方々は、当然承知のうえでやったはず。真剣に悩んだ結果ではあったのだと思うが、まちがっていたといわれればそれまで。

この問題について、誰がどのような責任をとるべきかについても、寛大なものから厳しいものまで、いろいろな考えがあろう。私には私なりの考えがなくはないが、ここではそれは本題ではないのでふれない。

本題は、この問題を苦にして命を絶つ教員が複数いたことだ。

あらゆる教員がその責務として生徒たちに伝えるべきメッセージがあるとしたら、その1つはおそらく「自ら死を選んではならない」ではないかと思う。命は大切だとか近しい人の思いを考えろとか、そういうあたりの話は金八先生とかに任せておくとして、私にとって身近な領域での考え方を応用していえば、この「失敗」は、同様の失敗を将来繰り返さないための、最良の教材といえる。そしてその渦中にいた教員の方々は、何が起きたのか、なぜそうなったのかを最もよく知る、したがって将来繰り返さないためにどうしたらいいかについて語るのに最もふさわしい適任者だ。「失敗者」には、失敗者の責務がある。

もうひとつ。生徒たちに与える影響も考えていただきたい。自ら死を選ぶことは、自らの負うべき責任からの逃げであるというだけでなく、つらいことがあったら死ねばいいというメッセージを生徒たちに伝えてしまうことでもある。教育は、それを受けた者がそれを将来役立てることを期待して行われる。教育の効果は、未来になって初めてあらわれるのだ。だとすれば、その未来を待たずにもし生徒が死を選んでしまったとしたら、受けた教育がそっくりそのまま無駄になってしまう。これは教員として容認しがたい事態ではないか。それは自らの教え子たちに対してだけではない。日本中の高校生がこの問題に注目している。教員が次々と死を選んでいく姿を見せつけるのは、彼ら全員に「死」という選択肢を植えつけていくことにはならないか。もちろん、教員が何とやろうがやるまいが、いろいろな理由で自ら命を絶つ生徒はいるだろう。しかしだからといって、教員の側がそれを助長するようなことをすべきではない。

その意味で、あえて言い切ってしまうが、どんな理由にせよ教員が自ら命を絶つのは、教育者としておそらく最低のふるまいではないかと思う。

えらそうなことを書いて、と自分でも思う。そんなこといってお前自分だったらどうなんだよといわれれば、正直自信はない。ただ、この問題に対して、誰かが「死んじゃだめだ」といわなければいけないと思った。それが自分であるべきなのかどうかはわからないが、自分がそう思ったということは、自分はそうしてもよい1人ではあるのだろうと思ったわけだ。ここがそう書く場として適切なのかもわからないが、どこにも書かないよりましだろうし、意外にいろいろなところで読まれていたりすることもあるから、ひょっとしたら届けたい相手に届いたりする可能性もある。

生きているほうがつらい、のかもしれない。まじめに取り組んできて、「苦渋の選択」をした人ほどつらいと思う。だからこそ、死を選ぶのは思いとどまってほしい。苦渋の選択も、生徒たちの将来を真剣に考えた結果だったはず。だったら、生徒たちへの思いを貫きとおしていただきたい。それから、仮に万が一自らの保身を考えての選択だったのだとしても、それを死の理由にすべきではない。せめて「最後の意地」として、かっこわるくても、みじめでも、とにかく生き抜くという姿を生徒たちに見せていただきたい。

すでに亡くなってしまった方に鞭打つのが意図ではない。今真剣に悩んでおられる方へ、ぜひお願いしたい。

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Comments

まったくもってその通りだと思います。
抜き差しならない状況下で、やせ我慢を貫くのは
ほんとうに辛いことだと思いますが、それでも、自殺という選択枝は選ばないでほしい。せめてどっかに遁走する程度でとどめて欲しいと思います。

同様の考えを、以下の方もお持ちだったようです。
http://www.vega.or.jp/~bazil/nigamushi/kubitsuri.htm

Posted by: suwataku | November 09, 2006 03:58 AM

私は、人は絶対に自ら命を絶つべきではないとは思いません。しかし、こんなことが、果たして自ら命を絶つほどのことなのでしょうか。
たかだか生徒が1年大学行くのが遅れるか、最悪でももう1年高校生をやらせるだけのことです。法律違反ではありますがそれにしたって教師を辞めるか、最悪でも数年刑務所に行けば済む程度のこと。しかも、「みんながやっている」。なにも自らの命をもって償わなければならないほどのこととは思えません。
その一方で、いじめられた生徒が自ら命を絶つ事件も後を絶ちません。登校拒否なり家出なりしてしまえばいいとも思いますが、家庭も学校同様に(あるいはそれ以上に)崩壊していてどこにも逃げ場がないのであれば、死の世界へ逃げるしかないと考えても仕方ない気がします。しかし、こちらでいじめを見過ごした(あるいは直接加担して死に追い込んだ)教師や校長が自殺したという話はとんと聞きません。
今回のことは、生徒の命が奪われることよりももっと重いことなのでしょうか?人の命は、この程度のことと交換しなければならないくらい軽いものなのでしょうか?少なくとも、教師がそう考えているのであれば、これだけ日本の教育が崩壊するのも当然なように思います。

Posted by: koge | November 09, 2006 12:11 PM

死んでからもなお叩かれるって大変ですね・・・

Posted by: 無記名でもいいでしょ? | November 09, 2006 08:02 PM

神経の太いひとと、細い人がいて、細い人は、少しのことで、死を選ぶのだろうか。だからといって、細い人が悪いわけではない。(むしろ、いい人が多いのでは? )太すぎて、平気で極悪なことをする人も多いから。

Posted by: sima | November 09, 2006 09:10 PM

コメントありがとうございます。

suwatakuさん
ご本人の選択をどうこういうのは本来どうかと思うのですが、立場が立場ですから、書いてみました。ご紹介いただいたサイトの文章は、反語的表現なのだとは思いますが、どうも私には強すぎて、真意を汲みかねるものでした。

kogeさん
「こんなこと」と考えていたら、そういう選択はしなかっただろうと思います。お気持ちはわかりますが、「こんなこと」といっても、ターゲットとなる方々には届かないのではないかと。「日本の教育が崩壊」については、その一部の方々のふるまいをもって結論づけるのは私には納得しかねます。

無記名でもいいでしょ?さん
正直なところ、私は「死者には口もないが耳もない」と思っています。仮に届いたにせよ、いまさらどうにもなりませんし。ただ、これからについては、何かできないかと思い、恥をしのんでこのような文章を書いた次第です。

simaさん
いろいろな人がいますね。死を選ぼうとする人がだめだとも、いい人だともいえないと私は思います。ただ、だめな人であろうといい人であろうと、教員として、死ぬのはやめていただければ、と。

Posted by: 山口 浩 | November 10, 2006 01:12 AM

私がこのテーマについてなにか書くのっておこがましいとは思うのですが。
いまさらなに?と言われようと言わせていただきますが、日本の教育は優秀だと思います。私は翻訳や通訳をして生計を立てておりますが、ヨーロッパでもちょっと辺鄙なところに住んでいることもあり、正直言ってジャンルなど選んでいられません。

NYで免許は取ったけれど、クルマには乗りませんし、教習の時点でエンジンがどうの、と習う必要がなかったので自動車の仕組みなど分かっておりません。が、自動車関連のソフトウエアを訳してたくさんお金をいただいたり。エンジニアリングも機械も電気も化学も、基本的に日本の中・高校で習っただけです。でも、翻訳しろ、と言われたら恥ずかしくない英語に訳せます。

それは、(語学力を別にすれば、)日本の教育が優れているからに他なりません。日本でちゃんと高校くらいまで出ておけば(それなりに勉強しておけば)、一生ご飯が食べられるくらいの教養の基礎は身につくのではないかというのが私の持論です、現在アメリカのハイ・スクール(いわゆるアメリカン・スクール)に通っている子に全科目教えています。私はナミダが出るくらいの文系ですが、純粋な数学以外、なんとか対応できています。純粋な数学はあちらでは計算機を使わせるし、なんか違うんですけれど、それなりに対応できています。

えーと、それで私が言いたいことは、大学入試との兼ね合いなんかでカリキュラムにムリがあり、履修漏れがあったと。だからと言って履修漏れがあったひとたちの卒業を取り消すとか見直すとかそちらのほうに行くのではなくて、ではどうやってフォローしましょうかというのがpragmatismではないかと。私、アメリカに7年住みまして、いちばん強く私のなかに残っているのがpragmatismです。

いろいろ事情があって、本来ならば許されないことではあるけれど、履修漏れがあった、と。どうも全国的に長年にわたってあったことのようなのだから、今回明るみに出ちゃった分、対処していけばいいだけの話で、なぜ教育者が自殺するのか、と。

そっちのほうに追いつめる風潮もよくないけれど・・・。間違いがあったら正し、足りないものがあったら補充すればよいことであって、責任者が死んだら現場の対応が混乱して遅れるだけではないのか?と。

カリキュラム的な問題を除けば、日本で高校まで卒業して、生きていくのに必要な知識や教養が身につけられなかったならば、そりゃ本人の責任じゃん。世界史・日本史、私にも足りないところもあったけれど、自分で勉強していけばいいというか、していくべきというか・・・。日本史なんか、「日出る処の天子」読んでりゃ(あと「古事記」とか面白すぎ)、世界史は「三国志」とか「ベルバラ」とか「風とともに去りぬ」とか読んでりゃ、あまりの面白さに自分でどんどん本を読みすすめちゃうと思うし。マジで。

えーと。だから死ぬな、と。日本の教育はぜったいに優れていると思うので、現場で苦労していらっしゃる方々、もっと誇りと自信を持って、誤ったところだけ改めていっていただきたいです。

死ぬな。

Posted by: マダム・ロセス | November 15, 2006 05:10 AM

マダム・ロセスさん、コメントありがとうございます。
本日炸裂したマダム節は「死ぬな。」ですね。お見事。ご指摘のとおり、プラグマティズムが求められる場面ですね。責任追及より解決策の模索、です。日本でも「失敗学」という名でこういう考え方を広めようとしている方がいらっしゃいます。教員が死んでも問題は何も解決しないし、かえって悪影響が懸念されるわけです。理屈はどうあれ、とにかくなんとか踏みとどまっていただきたいものです。

Posted by: 山口 浩 | November 16, 2006 12:57 AM

スペインでは
TODO SE PUEDE SOLUCIONAR MENOS LA MUERTE
Everything can be solved except death.
"死“以外はすべて解決できる
と言います。

生きて問題を解決できるのが理想なのでしょうね。
泥にまみれても。

だから
死ぬな。

Posted by: マダム・ロセス | November 16, 2006 03:20 PM

マダム・ロセスさん
同意、です。死ぬな。それが伝わらない相手にどう伝えるか、ですね。人によって「ツボ」はちがうと思うので、いろいろな人がいろいろな表現で発言していくしかないと思います。数撃ちゃあたる作戦、ですね。
死ぬな。

Posted by: 山口 浩 | November 17, 2006 05:51 PM

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