« 日本にもやっと「保守」が根付くかも、という話 | Main | 公開講演会「職業としてのジャーナリズム」 »

November 01, 2006

論壇時評「平等への選択」

2006年10月31日付朝日新聞夕刊「論壇時評」が面白かった。というわけで、評論の評論。

法政大学法学部教授の杉田敦氏による「平等への選択」と題した文章。サブタイトルに「深刻化する格差告発 再配分政策の論争を」とある。今ホットなテーマだけに、論壇にもさまざまな主張が入り乱れている。その中で一部を抜き出すとすれば、どうしても評者の考えがあらわれる。この人が書く「論壇時評」については以前にもとりあげたことがある。よく目にとまるのは、私の考え方がこれに近いからなんだろう。

いくつかの文章が紹介されている。

◎平舘英明「搾取される流浪の労働者たち」、週刊金曜日9月29日号

若年ホームレスが「五重の排除」の対象となっている、という。「五重の排除」というのは、①家族福祉からの排除、②学校教育からの排除、企業福祉(雇用保険)からの排除、④公的福祉(生活保護)からの排除、⑤自分からの排除、とのこと。

どれもつらそうだが、ひょっとすると「自分からの排除」というのが一番つらいかも。「自らの存在意義さえ疑うようになってしまう」状態。痛々しい。

◎薬師院仁志「短期雇用に手厚い仏の制度」、エコノミスト10月17日号

フランスの事情の話。「派遣労働者の賃金は、最低限でも正社員の賃金と同額でなければならないと規定されているうえ、離職時には、雇用契約不安定身分補償手当(雇用期間中の全賃金の10%以上)と有給休暇分補償手当(同)が支給されるのである」のだそうで。

まあこのあたりの話はけっこうよく知られていて、新しい情報ではないが、改めて確認しとく意義はある。私は「派遣労働者の賃金はリスクプレミアム分だけ正社員の賃金より高くあるべき」と考えるのだが、発想は似ていると思う。ただ、そこまででとどまっては「先立つものがない論」に勝てない。ゼロサム論は世知辛いが、「代わりに誰の取り分を減らすか」まで踏み込まなければ打開は難しいところまで来ている、と思う。というわけで注目されるのが次に紹介されているもの。

◎小塩隆士「格差拡大にどう立ち向かうか」経済セミナー10月号

これまでの日本の再配分政策は、年齢階層間の再配分、具体的には高齢者への移転に限定されてきた点で大きな問題を抱えている、とする。

既に守られている者と、守られることなくそのまま放り出された者との差だ。これもかねてから言われてきたのだが、いま一度確認。既に守られている者の比較的小さな不利益に大騒ぎしている間に、その陰で初めから守られない人が続出というもっと深刻な事態が進行していたということ。見えなかったのではない。見ようとしなかったのだ。私は疑い深いので、これは「確信犯」ではないか、と思ったりする。

この点で、本来頼りになるはずの左派が動かなかったことを指摘しているのが次のもの。

◎薬師院仁志「日本とフランス 二つの民主主義」、光文社新書

日本の左派が増税、とりわけ消費税の増税に反対し続けてきたことを批判している、と。曰く、確かに消費税には逆進性があるが、所得の捕捉が困難であることを考えれば、消費税を上げた方が富裕層から多くの税を取れる可能性が高い、と。

これは消費税導入以前からの論点だった。日本では源泉徴収制度があるからヨーロッパと必ずしもいっしょではない、との主張も一理あるし、その前に歳出削減だろうという主張もその通りではあるが、全体として、消費税アップという手を封じられてきたという感じは否めない。あまり言いたかないが、この点に関する左派の皆さんのかたくなさは、マインドコントロールを受けているのではないかと言いたくなるほどだ。

これらの評論を紹介した後の、杉田氏の締めくくりはこう。「雇用のあり方についても、再配分の方式についても、われわれにはかなりの選択の幅がある。経済的活力を維持しながらも、社会的平等を実現するために、なお一層の政策論争が求められている」と。

しかし実際には、選択の幅はさまざまな人々のさまざまな思惑によって、かなり狭められている。「パレート最適」を追い求めるのはけっこうだが、そのために解決策が見出せずに立ち止まったままでは、船に乗れなかった人々を救うことはできない。弱者の味方を自認する方々には、ぜひよく考えていただきたいところだ。

評者の杉田敦氏の著書。なんか面白そう。

上で挙げられた薬師院仁志氏の著書。

|

« 日本にもやっと「保守」が根付くかも、という話 | Main | 公開講演会「職業としてのジャーナリズム」 »

Comments

左派の理念を実現するつもりなら消費税中心主義にならざるを得ないと私の乏しい知識でも思うのですが。所得税の捕捉率など考えればなおさらです。しかもなぜか保守の自民党が積極的で左派が消極的というのは、日本の特殊事情ですかね。世論もこと消費税問題になると敏感に反応する国柄で、出来れば避けたいと思ってるようで。高負担高福祉か低負担低福祉か、どちらかの選択肢の問題なのに、日本の世論が何を求めているのか海外から見てもよくわからないかも知れません。

Posted by: すなふきん | November 01, 2006 07:28 AM

すなふきんさん、コメントありがとうございます。
「特殊事情」かどうかは不勉強で知りませんが、あまり合理的ではないように思います。そのあたりが「マインドコントロール説」の根拠なんですけど。日本の世論が不可解というのはその通りだと思います。考えてるのかいないのか。

Posted by: 山口 浩 | November 02, 2006 05:50 AM

>考えてるのかいないのか。

正直、考えていないのでしょう。
だからこそ、低負担高福祉が可能だと思い込めるのでしょうから。

給与明細見れば明らかなんですが、多少残業とか頑張って名目給与額が増えても、社会保険等でがっぽり持ってかれて普段とあんまり変わり映えしない手取りになってorzなんて社会人ならみんな体験してると思うんだけどなぁ・・・。中低所得層だけ? ^^;

共産党辺りも、そこら辺目覚めればもうちょい議席数も伸びるでしょうにね。(だからどうした程度の総数には留まるでしょうけど)

消費税率引き上げに対する高齢者層の抵抗を弱めるには、公的年金以外に所得を持たない人々への所得税課税を停止するといった"取引材料"的な措置を用意するとか。

派遣(及び契約)労働者の賃金は、最低限でも正社員の賃金と同額でなければならない、となったら私は嬉しいのですが、社会的な労働コストが半端無く跳ね上がる可能性がありますね。不可逆的に、そのコストを負担できない企業からの非正規社員の解雇が増加するかも知れませんね・・・。

Posted by: 名無之直人 | November 02, 2006 09:42 AM

名無之直人さん、コメントありがとうございます。
「かの党」については、私はひねくれ者なので、逆ではないかと思っています。議席と伸ばしたいとなんかちっとも思っていない党に、政治を動かそうとなんかちっとも思っていない人たちが投票しているのではないかと。なんていうんですかね、「Nowhere Man」の国の人たち、みたいな感じなんでしょうか。
派遣労働者の賃金については、社会的な労働コストを上げないためには、正規雇用の人たちの報酬の水準を下げないといけないですね。ワークシェアリングの発想、ということでしょうか。ゼロサムのペイオフに直面しなければならないときではないか、と思ったりします。労組のリーダーなんかがそう言い出したら、日本は変わるかも、なんて思ったりしますが甘いですかね。

Posted by: 山口 浩 | November 03, 2006 06:35 AM

The comments to this entry are closed.

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 論壇時評「平等への選択」:

« 日本にもやっと「保守」が根付くかも、という話 | Main | 公開講演会「職業としてのジャーナリズム」 »