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December 15, 2006

Winny判決についてつらつらと

Winnyをめぐって昨日出た判決については、各所からいろいろなコメントが出ている。ネットの「外」ではともかく、ネットでの大勢は「不当である」というもののようだ。批判の主な理由は「自由なソフト開発を阻害する」というもので、そこに「それがいけないならあれもいけないことなるではないか」的な理屈が付け加わる。

私も批判派だが、法律家でもないし、他の人と同じことを書いてもどうかと思うので、少しちがった観点から書いてみることにする。

他の人も大半はそうだろうが、判決文そのものは読んでいない。2006年12月13日朝日新聞夕刊の要旨を前提にして書く。いくつかポイントを抜き書きしてみる。

外部への提供行為が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様による。
被告は、ウィニーを利用する者の多くが著作権者の承諾を得ないで著作物ファイルのやりとりをし、著作権者の利益を侵害するであろうことを明確に認識していたにもかかわらず、ウィニーの公開、提供を継続した。
正犯者らが著作権法違反の各実行行為に及ぶ際、ウィニーが、重要かつ不可欠な役割を果たした▽ウィニーネットワークにデータが流出すれば回収なども著しく困難▽ウィニー利用者が相当多数いること、などから、被告の行為が、各著作権者が有する公衆送信権に与えた影響の程度も相当大きく、正犯者らの行為によって生じた結果に対する被告の寄与の程度も決して少なくない。

ネットで多くみられた批判は、「違法に利用されることを知りながら開発したことをもって幇助とするなら、他にも似た例がたくさんあるはずだ」という趣旨のものだ。包丁が人殺しに使われることを知りながら、という人もいれば、原爆開発に関わったアインシュタインの責任はどうだという人もいた。飲酒運転されることを知りながら開発された自動車、なんてのも同類になるだろう。この類は無数にあると思うが、この批判はおそらく法律家には届かない。もう一度判決要旨を引用する。

技術自体は価値中立的であり、価値中立的技術を提供することが犯罪となりかねないような、無限定な幇助犯の成立範囲の拡大も妥当でない。

ちゃんと実態を見とるんだわれわれは、というわけだ。要旨のさわりだけみると、悪用の認識がありつつ作ったからだめ、という議論のように思う人がいるかもしれない。しかし、実際の判決本文にどう書いてあるか知らないが、要旨をよく読めば、ここではあきらかにいわゆる「比較衡量」が行われていることがわかる。ウィニーがもたらした害悪と利便との比較だ。ウィニーなるものの利用の中の相当数が、もっとはっきりいえばその大半が違法なものであろうという判断が透けてみえる。

私がこの判決に対して批判したい最大のポイントはここだ。本文を読まないで書くのはどうかという気もするが、かなりの確信をもって推定できる。この判決における比較衡量は、ウィニーによる実際の損害額やメリットなどについて、きちんと定量的に推計した結果のものではなかったのではないか。ウィニー利用のうちどれだけの割合が違法なファイル交換だったのか、それによって著作権者はどれだけの損害をこうむったのか、そのうちウィニーの開発者が責めを負うべき割合はどのくらいなのか、そしてそれはウィニーの開発者を幇助犯ととして処罰することによる技術開発の萎縮効果、それにより日本の技術開発が受けるダメージを上回るのかどうか。検察にはこれらの立証義務があるはずではないのか。これらを測定せずに、裁判官はなぜ被告を有罪と断ずることができるのか。主観的な部分で、権利侵害の意図がなかったとか営利目的でなかったという事情も考慮して罰金刑とあるが、それが比較衡量の中にどう反映したのかについてもきわめてあいまいだ。「職人芸」といえば聞こえはいいが、それを「恣意的」と呼ぶ人もいるだろう。

そもそも、海外はよく知らないが、日本の法理論やそのあてはめとしての判決等においてこの種の比較衡量を行うとき、不勉強な私の知る限りでは、定量的な計測をベースとしたものなどほとんど見たことがない。じゃあ何を前提とするかというと、他の法律からの類推や当てはめのほかは、断片的な情報からくる印象と、書き手の独断だ。なぜちゃんと計測しないかというと、できないから。少なくとも、法学者や法律家にはできないからだ。自分でできないなら専門家に頼めばいいじゃんと思うのだが、彼らはそうしない。それは自分たちの「縄張り」だから、他人に任せたくないのだろう。たいへん申し訳ないが、これは、法律家の皆さんとして「怠慢」「独善」といわれてもしかたないことではないかと思う。

以上は当然ながら素人のたわごとなので、専門家の皆さんのご見解を聞きたい。ただ、この問題は、単に条文解釈の問題というより、むしろ現代社会における法律のあり方に関する根本的な問題ではないかと思うので、素人の私たちにも、何かしらものが言える余地があってしかるべきではないか。というわけでつらつらと書いてみた文章はここまで。

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Comments

「定量」は民事の範疇でしょうね.
この公判は刑事だったので,専ら幇助犯意の有無を検証しただけした.

Posted by: hoge | December 15, 2006 09:56 PM

http://d.hatena.ne.jp/joho_triangle/20050714/p2

たとえば、第13回公判では、以上のような証人尋問が行われていますが、どのように評価されますか?

Posted by: krhghs | December 15, 2006 11:19 PM

二重ポスト失礼します。

上のように書きましたが

http://o10.cc/o10/001292.php

こういう指摘もありました。

Posted by: krhghs | December 15, 2006 11:22 PM

コメントありがとうございます。

hogeさん
ご指摘の点はわかりますが、その「幇助犯意」の認定において、Winnyの利用実態やらそれに対する認識やらを詳しく論じています。これは「価値中立的」な技術の提供を犯罪とする範囲を限定するために行われているわけですが、これはつきつめれば法益の比較なのではないか、というのが論旨です。素人ですのでご教示いただければ。

krhghsさん
違法な利用×定価で損害額を算定する考え方については、どうもいまいち納得できかねるところがあります。コンテンツの需要は価格弾力性が低いと考えることが多いのではないかと思うのですが、直感的に「無料」というのはインパクトがちがうのではないかと。つまり、100円のものが無料で利用できる場合の需要増は、200円のものが100円で利用できる場合の需要増よりはるかに大きいのではないか、という意味です。逆にいうと、無料で利用されていた量のうち、たとえ小額でも支払わなければならなくなった場合に利用される量というのはかなり少ないのではないかと。それに、無料で利用されたことが販売につながったものがどのくらいあるのかも。このあたりの研究があるのかどうか、ちゃんと調べてないのでご存知でしたら教えていただきたいところですが、要するに、こういうあたりをきちんと検証する努力をすべきではなかったか、と思ったわけです。それを回避するために持ち出された論理が、どうも無理があるようにみえてしかたなくて。上記の屁理屈でいえば、「スピード違反されることを知りながら100km/h以上スピードの出る車を作る自動車メーカーの責任」を気にしなければならないわけですから。

Posted by: 山口 浩 | December 16, 2006 01:11 AM

今回の判決文は、論証的に構築されているというよりは、そもそも玉虫色に書かれているように見えます。Winnyの利用実態云々は後から理屈づけして言及しただけのような。

ちなみにWinnyネットワーク上のファイルの調査としては、田中辰雄慶應義塾大学経済学部助教授の研究が知られています。
モバイル社会研究所 -コア研究2004- 中間報告:著作権の最適保護水準を求めて
http://www.moba-ken.jp/core/core01_2.html
モバイル社会の著作権最適保護水準 
http://www.moba-ken.jp/kennkyuu/hennyou.html
(要約:winnyでファイル交換されるファイルをすべて集め、それらを著作権上クロ・シロ・グレーで分類した。 その結果クロのものが2〜3割、シロのものが2〜3割、グレーのものが4〜5割であった。 通説ではファイル交換ソフトはその9割が違法コピーに使われていると言われているので、今回の調査結果はこの通説に変更を迫るものとなっている。)

Posted by: s-yamane | December 16, 2006 03:51 AM

s-yamaneさん、コメントありがとうございます。
そうか田中先生のがありましたね。詳しく知らないんですが、確かP2Pネットワークで音楽産業は損害と同時に利益も受けていて、という話もあったような気がします。そういうのを積み重ねていかなきゃいけないんですよね、きっと。

Posted by: 山口 浩 | December 16, 2006 04:24 AM

上記田中先生の中間報告はその後最終報告が出てました。 http://www.moba-ken.jp/kennkyuu/2005/hennyou.html
英語では、
Tatsuo Tanaka
Does file sharing reduce music CD sales?: A case of Japan
Hitotsubashi University IIR WP#05-08 (2004/12/13) http://www.iir.hit-u.ac.jp/file/WP05-08tanaka.pdf

100万ノードのリアリティを説明するのは大変なので、これは貴重。

あとは、双方が提出した証拠について、裁判所がどれを採用し、どれを採用しなかったのかというところが気になります。

P.S.
State of Play、アメリカでは活発な議論になってますね。
http://japan.cnet.com/special/media/story/0,2000056936,20338544,00.htm

Posted by: s-yamane | December 17, 2006 11:50 PM

s-yamaneさん
こういう研究は貴重ですよねぇ。なんかあの裁判は結論ありきだったように見えてしかたありません。
仮想資産の問題は、どうかわかりませんが、私は今のところ、この記事がいうほど大きな問題にはなっていないのではないかと思っています。税のとりっぱぐれということでいえば、Linden Labに行くより先にe-Bayに行くべきでしょうし、ドルの流出なら本当のブラックマネーのほうが桁違いに大きいですから。

Posted by: 山口 浩 | December 18, 2006 04:46 PM

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そもそも、検察側の当初の論点がすり替えられていませんか?「著作権違反を蔓延させるのが開発者の目的」だとか言っていたような気がするけど、判決は「著作権対策を怠ってきた」でしょ?これは、検察側のひとつの大きな根拠を打ち砕いたって事にはなるのかな。今回の事件は開発者の幇助が問われていますが、そもそも、デジタルデータのコントロールを完全にするっていうのはかなり難しいことではないでしょうか?パソコンはケータイと違っていろいろな操作ができるわけだし、コントロールを完全に失わせるのは出来な...... [Read More]

Tracked on December 17, 2006 01:35 PM

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