学生のエッセイ その2
先日に引き続き、ゼミ選考のために集めた学生のエッセイ第2弾。今回は食にこだわるお2人。
まずは1人め。
食について
by 名無しさん1号
突然ですが、僕は食にお金をおしみません。 毎月のバイトの給料を衣服に使うのをやめて、食にほとんどを使います。しかし、友人は衣服にお金を使い、食にはあまり使いません。大学の友人には一人、それが異常な人がいて、昼飯にお金を使うのがもったいないぐらい言う人がいます。100円のお菓子を買うのも我慢する人がいます。我慢強いといえるのかもしれないけど、僕からしたらかわいそうに思えてしまいます。食べるとは人間にとって欲を満たすのにとてもいいと思います。それを、自分から我慢するなんて見ていられないぐらいです。僕はいろんな飲食店に行くのが最近の趣味です。ご飯だけでなく、雰囲気のいいお店などに行くようにしています。やはり雰囲気のいいお店は気持ちまでも満たされます。
そして、やはり女性の人と行くときは雰囲気のいい店が一番です。 そのときは、ホットペッパーを見て探します。クーポンもついているからとても便利です。僕はホットペッパーを見るのが趣味と言ってもおかしくないといえます。見ているだけで行った気分になります。知らない人には是非おすすめします。ちなみに駒大の売店の2階においてあるので。
話は変わりますが、僕はハリボーのゴールデンアップルという味のグミが大好きです。知らない人もいると思いますが、クマの形をした外国産のグミです。とてもおいしいです。King of GUMIといってもおかしくないです。ネットで調べたら僕みたいなハリボーファンがたくさんいることに気がつきました。趣味が共有できる人がいるのはとてもうれしいことであります。こうゆうくだらないことでありますが、食べることは人に安らぎと幸せをあたえ、友達までもふやしてしまう不思議な人間の行動だと僕は思います。
これからも色んな場所でいろんな物を食べて、人生の幸せを感じて生きたいです。
エッセイを書いてもらうときに、ブログで公開する可能性があるので必ずペンネームを用意しておくように、と言い渡してあったのだがすっかり忘れられている。というわけで、某サイトの慣習にならって「名無しさん」としてみた。
食べるのが好きという人は少なくないと思うが、「食にお金をおしみません」とまで言い切れる人はそう多くなかろう。相当の意気込み、だな。つい「番号付の鴨」とか「産地から空輸した上海ガニ」だとかを想像してしまうわけだが、バイトでいったいいくらくらい稼いでいるのだろうか。
「100円の食を惜しむ人」のくだりについては異論もあろう。「異常」はいいすぎだろうとか、100円だって大事だぞとか、いやその100円を使わずがまんする習慣が金持ちへの道だとか。要するに「人それぞれ」ってことだ。逆に「僕は服にお金をおしみません」という人がいたら、その人にはきっと「この人は異常」と思われているにちがいないわけだし。
「雰囲気のいい店がいい」という点については個人的に同意。心理的な意味でも経済的な意味でも、レストランの価値は料理だけではない。「Hot Pepper」はあまり真剣に読んだことがないのでよく知らないが、どういう店が出ているんだろうか。「女性の人と行くとき」に使っているそうなので、何かとそっち方面でいろいろありそうなこの季節、ぜひ有効に活用していただきたい。
突然の「話は変わりますが」は、話題につまった様子がうかがえてほほえましい。一応「食」に関することならなんでも、というテーマではあったので。別にいいんだけど。うがった見方をすると、「食にお金をおしまない」というのはハリボーのグミのことだったんかい!ということになってしまうわけで。ハリボーグルメ。ここはぜひハリボーの本社があるドイツのボンあたりまで足を延ばして、ハリボー三昧にひたってみては。あ、そのために使う旅費ももったいないか。しかたがない。そういう場合はAmazonにて。いろいろあるぞ。
続いて次の方どうぞ。
「食」のキケン
by 名無しさん2号
★問題★ 以下は何のことについての説明でしょう(。?∀?。)
@はやい・安い・うまい(?)
@アメリカ発
@1970年頃から日本にもチラホラ…
@代表的なものに、マク○ナルド・ケ○タッキーなどがある
…もうわかりますよね?
正解は fast food です!!
今回は今ではすっかり身近になったfast foodに焦点を当ててみたいと思います(^ω^)
まず、fast foodについての簡単なご紹介から……
fast(早い)をキーワードとした場合、「農作物・畜産物・魚介類を収穫した時点から食べるまでの時間が短い」という考え方も出来、踊り食い・刺身・サラダなどの「生食」が最も短時間(fast)である。作るという部分をもう少し長くとっても、手軽に作れるという面では缶詰・レトルト食品・カップラーメンなどの「加工食品」、親子丼・牛丼などの「丼物」、うどん・そば・ラーメンなどの「麺類」等等多岐に渡る。食べるという作業の長短でみても、食事のスピードには個人差・年齢差が激しく、なかなかfastの定義は出来ない。食品・食事としての手軽さでいえば、パスタ・菓子パン・中華まん・おにぎりなど、際限なく存在している。「産業革命以前の庶民の食事は全てファーストフード」と言えるほどである。
このように、fast な food は世界各地に存在している。しかし、「ファーストフード」と言う場合は、
1.「アメリカ資本の」
2.「フードチェーンが作り出した」
3.「安価な」
4.「手軽に食べられる」
5.「高カロリー食品・食事」
という定義が、ファーストフード文化や、世界各地でのファーストフード経済周辺を眺めるにはよい。
ファーストフードは、高カロリー、高脂肪、栄養素の偏りがあり、手早く食べられるため過剰摂取の可能性が高い。そのため、「ジャンクフード」の一種とすることがある。生活習慣病のリスクファクターを沢山取り揃えている「死に至らしめるのが早い(=fast) 食べ物」をしてファーストフードと定義する場合もある。(Wikipedia)
さ、最後の一文…(゜д゜)!!! こわいっっ(。′д⊂) 「死に至らしめるのが早い」なんて少々大袈裟ではないだろうか?? しかし!!!こんな実験が行われてその恐怖は実証済みなのです。→★実験★
ここで疑問なのが、「fast food」の何が体に悪影響を与えるのだろう?とゆうこと。 答えを言ってしまえば「トランス脂肪酸」とゆう物質らしい。。。 その「トランス脂肪酸」については、コチラ
(∩ ゚д゚)ビックリですね~ 私たちの身近にこんな危ないものが潜んでいるなんて…!!!!!!!! 今は、「fast food」 とは逆の「slow food」なんていうのが流行っているみたいです。 マクロビとかもその一種ですね~♪ でもまだまだ街中のfast food店には多くの人たちが並んでいますね。 やはり、安くて手軽なのが人気なのでしょうね ( ´,_ゝ`)=3=3=3 こんなにキケンな食べ物だとゆうことも知らずに………。
こちらも名無しさんである。あれほど言ったのに。まったくもう。
なんというか、ネット的にはつっこみどころ満載の文章である。まずはテーマ。「ファーストフードの危険性」とはまたタッチーな。某社に訴えられないか不安になったりするわけだが、まあご勘弁。確かに、「ファーストフード」の「ファースト」がいったい何を意味するのかについては、なんとなくわかる気もするが、つきつめるとよくわからない。人によっていろいろな考えがあろう。どうもこの文章に出ている定義の出典はWikipediaらしいが、ややバイアスがかかっている感じがする。「産業革命以前の庶民の食事は全てファーストフード」というあたりは、さすがにちょっとどうよ、といいたくなるな。
このエッセイにはもともといくつかリンクが設定されていた(「★実験★」とか「コチラ」というあたり)。そもそもテキストファイルで提出と指定したはずなのに、というのもさることながら、なによりそのリンク先文書が見当たらない。というわけで、その「★実験★」とやらが何だかはよくわからない。「Supersize Me」のことだろうか。あれは、実験というよりは映画のための「ネタ」的な要素が強いような気もする。同様に、「コチラ」でリンクされたトランス脂肪酸についての話も何なのかよくわからないが、まあこのへんみたいな感じなんだろうか。
このあたりはまあいいとして。
この文章で最もひっかかったのは、この後。「マクロビはスローフードの一種である」というあたり。ううむ。
いわゆる「マクロビ」、どうも「macrobiotique」と書くらしいが、これがスローフードとどのくらい近くてどのくらいちがうのか、正直よくわからない。マクロビオティックを推進する「正食協会」なる組織があるが、このサイトを見ると、マクロビオティックの創始者は、玄米菜食を世界に広めた桜沢如一氏、であるらしい。うむいつのまにか玄米食は世界に広まっていたのか。私の行ったことのある国にはそういうところはなかったが、世界は広いな。どちらも地元の食材を生かした健康にいい食事、みたいなイメージがあるから、そのあたりが似ているということなのかもしれないが、確かスローフードは、どちらかというと健康云々より文化的な側面のほうにより着目した考え方ではなかったか。一方マクロビオティックは、食のスタイルであると同時に世界平和運動でもあるのだとか。ほほお。とはいえ、上記サイトにあるマクロビのセミナー案内なんかと見てると、どちらかというと「と学会」のご担当のように思えなくもない。
まあ、私としてもだからといってファーストフードが安全だとか健康にいいとか主張するつもりもないのだが、あまり警戒しすぎるのもどうか、というのが正直な感想だ。それほど「不健康」な食事が蔓延しているはずのアメリカでも、他にいろいろ条件がちがうにせよ、平均寿命を比べると日本と4~5年くらいしかちがわないんだし。私の考えでは、あの国の食の問題は「何を食べるか」よりむしろ「どれだけ食べるか」にあるように思う。
最後に表現。「です・ます」と「だ・である」の不統一はまあよくある例。「とゆう」は知っててやってるのだろうから気にしない。しかし気になるのは顔文字。メールでこういう表現があるのはもう慣れたが、エッセイでも。本人はブログ向けの文章だからと意図的に使ったのかもしれないが、その「自然」な登場ぶりをみると、ひょっとすると顔文字はもう現代書き言葉として定着した存在になったのではないか、なんて思えてくる。文字文化研究の方、ぜひご教示願いたい。
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