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December 29, 2006

民間の知恵

公務員の天下りに関して、Bewaadさんが、「官僚人事の効率化を通じた天下り廃止私案」というのを書いておられる。なるほどと思う事情が多数。メリット、デメリットを並べてあるのもわかりやすい。

で、思うわけだ。民間企業ならどうするだろう?と。

上記の「天下り廃止私案」は、公務員側の事情をよく説明してあるわけだが、同様の問題が民間企業にもないわけではない。だから、民間企業がどうしているかを横にらみしてみることは、公務員制度を考えるうえでも有益かと思う。もちろん、民間企業にもいろいろあるわけだが、ここはまあ「ベストプラクティスみたいなの」ぐらいの軽いイメージでお考えいただきたい。

まず、給与総額を減らすと人材の質が低下する、という点に関してだが、これは「他の条件が一定ならば」という前提がつくはず。だから、民間企業では、前提条件を変えることを考えるわけだ。つまり給与を下げても人材の質が低下しないしくみ、人材の質が低下しても機能するしくみを考える、というのがアプローチになろうか。

パフォーマンスの優れた公務員に対して高い給料を支払うことについて、多くの国民はそれほど反対ではないだろう、というところから出発する。それから、公務員の仕事の中には、実はけっこう単純な作業だったりして、付加価値が高くないものがかなりある、というのも。となれば、公務員の業務の中でどの仕事をどの職種の人に担当させて、どの職種にどのくらいの給与が必要かをきちんと精査する、というのはまず必要のはず。

どこをどういじれば質の低下を最小限に抑えられるかとか、どこはキープしなきゃいけないかとか。役所に行くとたいてい島型にレイアウトされた机から離れて窓際に一列に並んでる机があるがあそこに座ってる人は全員必要なのかとか、役所のアルバイトは楽で待遇がいいというのはおそらく単なる都市伝説ではないはずだとか、学校給食のおばさんは大事な仕事とは思うが給料は本当にあの水準まで必要なのかとか、勲章待ちの外郭団体の役員さんなんかは肩書きだけあればいいんじゃないかとか。真剣にやれば、かなりの余地があるはず。

内容がちがうから直接比較の対象にはならないが、マクドナルドは95%の従業員がアルバイトだがそれでもちゃんと回っているし、同様にほとんどの店員がアルバイトである多くのコンビ二なんかでも、単なる物売りだけでない数多くのけっこう高度な業務をこなしたりしている。TDRのアルバイトのモチベーションの高さは有名だ。航空会社の契約制スチュワーデスの対応が悪いという話も聞いたことがない。どれも、区役所の窓口での「袖カバー・スリッパ組」のもたもたしてる割にぞんざいな対応よりはるかにいい。少なくとも、質は金額によってのみ決まるのではない、という点で参考になるのではないか。

その裏打ちのためにも、Bewaadさんご指摘の業務の定型化・マニュアル化は当然必要。すべてできるわけではないのも当たり前だが、できる部分もかなりあるはず。

それから、「私案」には、人事異動の間隔を長くするというのがあって、そのデメリットとして、「縦割りの強化」と癒着を挙げておられるのだが、「縦割り」についてはよくわからない。

縦割りの強化
各部局に長くいる人が増える一方で、事務次官や官房長といった人間が入省後に経験するポストの多様性は今よりは小さくなり、相対的に各部局のブラックボックス化が進むでしょう。その先にある世界を示唆するものとして、霞が関の上位ポストはほとんどがキャリア事務官が占めているとはいえ、情報の非対称性ゆえにキャリア技官やヴェテランの人事や専門分野にはなかなか口出しできないという実態がありますが、キャリア事務官の中にも、そうした「自治領」が形成されていくのではないでしょうか。

事情に疎いのだが、「縦割り」というのは、これまでキャリア官僚が短期で人事異動を繰り返していくことの弊害として指摘されてきたことではなかったのか。上の文章を書き換えると、こんな感じ。

縦割りの強化
ノンキャリア官僚は各部局に長く在籍する一方で、その上に立つ局長や部長、課長といったキャリア官僚たちはそのポストでの経験が乏しく、また早晩また異動することもわかっているので、実務をノンキャリア官僚に任せがちになり、相対的に各部局内のブラックボックス化が進んでいます。その結果として、霞が関の上位ポストはほとんどがキャリア事務官が占めているとはいえ、情報の非対称性ゆえに各部局内で実務を動かすノンキャリア官僚たちの専門分野にはなかなか口出しできないというのが実態です。

つまり、人事異動の間隔を短くしても長くしても縦割りが進むということになる。

では民間企業ではどうやっているのか。民間企業でも、同様の問題があるところは少なくないと思う。キャリアトラック組とノンキャリア組ベテランの間の情報の非対称性に起因する縦割り問題だ。私の乏しい経験から推察するに、この種の問題への民間企業の代表的な対応は、「それをうまくこなせる人を管理者にする」だと思う。口の悪い経営者なら「甘ったれるなそれが上司ってもんだ」ということになろうか。みもふたもない話だが、たとえば忙しい中でも現場を回って担当者と直接対話する企業経営者はたくさんいる。部門横断的なプロジェクトチームでノンキャリア組にも高い視点で仕事をさせる企業もたくさんある。人事異動の間隔を短くしても長くしても縦割りが進むというのは、たいへん申し訳ないが、もはや説得力のある理屈とはいえないのではないかと思う。

それから、「高齢の課長補佐級が増えると業務効率が低下する」という点。こうある。

課長補佐より下は体力勝負である面が多いので、プロスポーツ選手の大半は40歳になる前に引退するように、若さが絶対的な能力差として立ちはだかるのは否めません‐霞が関の場合、体力とは少ない睡眠時間で連日働くことが可能であること、となりますが。

これもたいへん申し訳ないが、日夜がんばっている民間企業職員の皆さんの代わりにいわせていただきたい。若年層公務員の仕事が同年齢層の民間企業職員のそれより厳しいというのは、まちがいとまではいわないが、少なくとも一般論ではない。「少ない睡眠時間で連日働く」ことに関して、公務員にひけをとらない民間企業職員は少なくないと思う。彼らは霞ヶ関の人たちのように都心の公務員宿舎も深夜に公務員宿舎まで送ってくれる連絡バスもないから終電に揺られて帰ったりカプセルホテルに泊まったりするし、たとえ前の晩に明け方まで仕事をしていても重役出勤みたいなものは許されないから朝はいつもどおり9時にはちゃんと出勤したりするわけだ。

年をとると体力がなくなってきてきつい仕事ができなくなるのは誰しもそうだが、すべての仕事がそうだとも思わない。実際、多くの民間企業では、その人たちに適した仕事をしてもらうかたちで多くの中高年のノンキャリア系職員を働かせていると思う。体力がない分は経験と知恵で補うわけだ。それから、ふうふう息を切らしながらも若い人といっしょに「体力仕事」をこなしている中高年企業職員の方も少なくない、ということも付記しておきたい。

もし仮に、やはり若いうちでないと課長補佐級までの仕事はできないのだとすれば、自衛隊と同様、若年定年制を導入するという手もある。または中高年公務員間のワークシェアリング(給料も、だ)なんかも。もっといえば、後で処遇に困るような採用は最初からしないで済ませることができないかを考えることも必要かも。

年功に頼らない職務の配分をちゃんと機能させるためには、ポストオフの制度とか、ポストに対して手当てをつけるかたちの給与体系とかが必要だろう。これはかなり大きな改革だから、けっこうたいへんだろうとは思うが、多くの企業はだいぶ前にこの変革をやった。今も問題は山積しているが、だからといってやった意味がなかったわけではないし、やればできるということでもある。

要するに、「民間企業にできていることで政府にできないことがあるとしたら、それに正当な理由があるのか」ということだ。ちがうご意見の方も多いだろうが、仕事の質のちがいは、ここでの本質ではないと思う。企業と政府の仕事で一番ちがうのは、「競争にさらされているかどうか」だ。どんな制度も体系も、必ずうまくいくという保証はないが、民間企業の場合、うまくいかなければなんらかのかたちで業績に反映し、評価の対象となる。よければそれが定着するし、悪ければ変える。そのあたりのフィードバックメカニズムが、政府に関しては決定的に欠如しているのが、実は根本的な原因ではないだろうか。

となると、ここは一発、政府間競争を導入する、という大胆な案も検討に値するのではないか。もちろん、日本政府を2つ作るわけにはいかないから、文字通りの競争にはならないかもしれないが、それでもやれることはある。たとえば国と地方の間の競争や、自治体間の競争だ。後者は、電気やガスなどでよくある地域分割型競争モデルに似ている、といえようか。国鉄や電電公社など、かつて官庁の「仲間」だった組織は、これをやったのだ。市場化テストも、「官か民か」だけではなくて、「官1か官2か」というのを入れてみたらいい。競争相手の前では、今まで大問題だったあれやこれやが小さく見えてくるのではないか。

…なんか、あまりに話が大きくなりすぎるので、この件は別の機会に。とにかく、公務員の仕事のやり方の中で、民間企業のやり方に学べるところはかなりあると思う、というのが本日の結論。非難ではなく、建設的提案のつもり。公務員の方々、民間企業の方々、どう思われるだろうか。

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Comments

こんにちは。いつも興味深く拝見しております。

ほんとになんとかして競争の原理をいれられないのかなと思いますね。昔、同じような趣旨の文章を書いたことがあるので、ご参考までに。

「自治体業務民営化のススメ」
http://dora.boo.jp/doc/00001.html#20050405

ではでは。

Posted by: Dora | December 29, 2006 04:28 PM

山口先生

bewaad氏の議論に関して思うのは、

・霞ヶ関官僚に特有の、「自分たちは非常に待遇が悪い。本来であれば(民間に行けば)もっと良い処遇が得られた」という、生涯ベースで見れば間違った認識を持っておられるということです。

・現在、民間企業は、①バブル崩壊後のポストの大幅な削減、②組織内のいびつな人口ピラミッド(団塊の世代とバブル入社組が非常に多く、長期不況下の採用組が非常に少ない)により、40台前半から「片道出向」をさせられており、日本を代表するような大手金融機関に就職した者でさえ、出向以後は定年まで年収500万~600万で過ごすことになる

・対して霞ヶ関官僚は、40台後半以後次第に退職勧奨が始まるものの、彼らは年収1300万~年収2000万のレンジで再就職先を得ており、大手金融機関でさえ、早期退職組の退職金が2000万~3000万円台なのに対し、霞ヶ関官僚の退職金は5000万~8000万円程度となっている

・霞ヶ関官僚の処遇は現在までのところ入省した者ほぼ全員が民間企業でいうところの役員に当たる指定職にまで昇格する。対して民間企業では総合職全員ではなく、霞ヶ関官僚になり得たであろう有名国立大・有名私立大出身者でさえ役員にまで到達できる者は同期入社組の10%もいない(大手金融機関の場合)

・民間企業に就職した者と比較した際に明確になるのは、確かに若い間は民間企業の方が待遇は良い。大手金融機関に就職した者は30歳で年収900万程度に到達するが、霞ヶ関官僚はそれを下回る。

・ただし、重要なことは生涯賃金であり、生涯賃金で見ると、霞ヶ関官僚は5億~7億所得を得ているが。大手金融機関の幹部候補生である有名大出身者でさえ、生涯賃金は3億円~4億5000万程度に収まるという事実は見逃すべきではない。

・ここまで霞ヶ関官僚の生涯賃金が高くなる理由は、民間と比較した際に、40歳後半~引退までの処遇が非常に良いからである。

・民間企業では、大手企業でさえ一度出向に出されれば定年まで雇用保証はあるが、年収は500万~600万円台で処遇されている。

・それに対して霞ヶ関官僚は、官庁から放りだされた後も年収1300万~年収2000万円が保障されている。先に論じたように、退職時の退職金も実のところ民間企業の倍近く支給されているのが実態である。

・待遇に不満を述べている官僚は、意図的かどうかはともかくとして、民間と比較して、霞ヶ関官僚の生涯ベースの所得構造が40台後半以降に急速に伸びてくるということを述べようとしない

・彼らの処遇は40台後半以降に急速に優位性を持つようになって来るのに、若手官僚がネットでは多いせいか、「美化された民間像」に基づき「処遇が悪い」というものが多い(待遇が悪いのは、大企業と比較しても若い時までに過ぎない)

・彼らは40台後半以降に生涯賃金を急速に伸ばすのだ。そこを無視して「霞が関は待遇が悪い」というのは、およそ民間の実態を無視したアンフェアな議論と言わざるをえない

・現在では、日本を代表する企業でさえ、40台後半からは年収600万以下の生活を強いられる者が同期入社組のほとんどだ、ということは認識すべきではないでしょうか。

なお、よく霞ヶ関官僚が引き合いに出す、『外資系金融機関』の話に関してですが、彼らがどこまで実態を知っているのか疑問です。

・投資銀行に関して言うのなら、確かに初任給は良いですが、3年で成果を出せなければ、そこでクビという霞ヶ関とは比べ物にならないくらいシビアな世界であり、10年たってその組織で生き延びているのは同期入社組の1割程度です。

・引退年齢も非常に早く40台後半、つまり就職して20年すれば、ほぼ全員が企業からいなくなっています。確かに同期入社の5%程度の人間は年収5000万程度にたどり着く事ができますが、それとてほんの数年間だけの話で、生涯賃金ベースで見ると、外資系金融機関が霞ヶ関官僚を上回るかどうかは極めて怪しいというのがこの世界を知っている人間の実感だと思います。

・霞ヶ関官僚は、基本的に、内輪で「自分たちは待遇が悪い。虐げられている」と話し合って、データを見ることなく、そう思いこんでる人が少なくありません。

『生涯賃金ベースで』、『ポストまで』考えた時には、実際のところ霞ヶ関官僚は全く悪くないどころか、トータルで見ると非常に良い選択である、というのがデータに照らした際の実際の結論です。

Posted by: Consulting | December 29, 2006 06:24 PM

コメントありがとうございます。

Doraさん
政府間競争、やったら面白そうですね。できない理由が100ぐらいすぐ返ってきそうですけど。

Consultingさん
お詳しいですね。細かい数字は私にはちょっとよくわかりませんが、いずれも「痛い」ポイントだろうと思います。とはいえ、能力とか仕事の難しさとかは客観的評価が難しいですから、「私たちは他とはちがう」といわれるとなかなか反論しずらいわけで。政府間競争を持ち出したのはそこに入りたくなかったからです。

Posted by: 山口 浩 | December 30, 2006 01:09 AM

>「官1か官2か」
政府内の競争が必要という部分はまったくそのとおりだと思います。

政府内での競争原理を働かせる仕組みづくりこそが、政府の舵取りをする内閣に求められていることです。現状では、そのような難しいことはできないので、すぐに「民営化だ!」となってしまっていますが、政治家の無能振りを露呈しているだけなんですよね。でもだれも彼らを裸の王様だとおもわないw

政府として、目標を一致させることは重要ですが、その手段まで統一する必要はないのです。創意工夫をするために、例えばそれぞれの省庁別に工夫すればよいのです。(省庁再編で、生態系が貧弱になっていますが)ここでいう手段とは、人事、給与、キャリア制度などなど、組織によらず共通したものです。

民営化、独立法人化をして何が守られているかご存知でしょうか?古色蒼然たる多様性に対応できない官僚制度が守られているのです。

Posted by: ウルトラマンジロー | January 02, 2007 04:33 PM

ウルトラマンジローさん、コメントありがとうございます。
いわゆる「焼け太り」論ですね。どんな政府がいいのか、はっきりした判断基準があるわけではありませんから、そういうことも起こりうるわけですね。だから競争を持ち出してるわけです。

Posted by: 山口 浩 | January 03, 2007 03:12 AM

転職しちゃった身から一言言わせてください。

若手官僚の悩みの一つが民主主義や行政のイメージアップのために必要悪で行っている仕事に忙殺されるという点です。行政の効率化・生産性の向上のために本来やるべき仕事に手が廻らない上に、優先順位から言えばさっさと切り捨てられる仕事を切り捨てられないという事情があります。それが心底鬱陶しいわけです。公言すれば役人の独善だと言われますし。

そうした鬱陶しい仕事のために、20代の貴重な時間の大半を勤務先で始発の時間まで缶詰になり、そうでなければ始発が動き出す時間にタクシーで帰宅してるわけです(若手は独身寮を出ると、良くても都心まで1時間ちょいかかる宿舎にしか住めません)。残業代もご丁寧にしょっぴかれますから、金銭的な穴埋めがあるわけでもありません。

メンタルヘルスという面でも、体力的にも、脳みそ的にも、金銭的にもこんな仕事やってられるか、という気分になります。他方で、大学で同じ釜の飯を食った仲間は司法やら金融やらコンサルやらで自己礼賛に励んでスターダムをのし上がっていくわけですから、なお更やるせなさも増します。

結局転職して自分にとって大きかったのは、優先順位を付けて不要な仕事を排除出来るような職場に行けたこと、それによって時間的なゆとりが出来たことです。

終電を逃す前に帰宅出来る程度に仕事量はコントロール出来ますし、最悪残業してしまっても都心に住居を持てるので仮眠とシャワーを自宅でとるゆとりがあるので身体的・心理的な負担が軽くなります。そうした心理的・体力的ゆとりが、仕事上の新しいネタを見つけ、それをコンスタントに成果へと結びつけやすくしてくれます。

そういう環境の違いが待遇の違いと結びついている現状がある中では、不満というのはわかりやすい形で語られてしまうのかもしれませんが。

Posted by: 転職組 | January 08, 2007 07:06 PM

転職組さん、コメントありがとうございます。
たいへんなお仕事ですよね。特にいわれない中傷にさらされ続ける点は、民間の人たちには想像もできない状況だと思います。完全に解消するのは難しいでしょうけど、もう少し建設的な方向に向かえばいいですね。民間に移られたお立場からご覧になって、どう思われますか?天下りについて、そもそも問題なのか、問題だとすればそれは何なのか、問題を解決することはできるのか、そのためにはどうしたらいいのかなど、両方の視点から見ることができる稀有なお立場なわけですから、ぜひご意見をお伺いしたいところです。

Posted by: 山口 浩 | January 08, 2007 11:14 PM

転職組さん
上のコメントで書き忘れましたが、「民主主義や行政のイメージアップのために必要悪で行っている仕事」と「行政の効率化・生産性の向上のために本来やるべき仕事」という区分について、部外者にはよくわからないところがあるので、ご説明いただけますと助かります。
「本来業務」と「コミュニケーションのための業務」ぐらいの感じでしょうか。それぞれが具体的にはどんな業務で、なぜそのうちの一方が重要でもう一方がそうでないのか、それは民間にはない要素なのか等、よくわからないところがあるものですから。

Posted by: 山口 浩 | January 09, 2007 04:07 AM

民主主義のためあるいは行政のイメージアップのために必要悪で行っている業務というのは、ありきたりですが国会・官邸関係の業務、匿名電話の応対、挨拶や陳情の応対の類ですね。

質問取りやレク自体を否定するわけではないですが、質問取りで質問を提供したり、学校で学んでおいて欲しいと思われるようなところまでいちいち説明をしたり、そこまで噛み砕いて用意しないといけないのかというところまで答弁を用意させられたりと、本来の趣旨から逸脱してるところまで作業が及ぶために必要以上に時間を取られているところが大きいと思います。

また苦情の電話や、陳情(圧力)の応対も、話が出来ないようなマターにダイレクトに直結するような苦情であったり、直談判に来る場所が違うよというようなものであったり、そういうものにビジネスアワーを割くわけで、広報室とか苦情対応センターを設置するなり、そういう業務も処理することを前提に人員増をするなりして欲しい、という思いも強かったです。

中身をご覧になれば、円滑・効率的に業務を進めるという観点から見れば本来業務とそれ以外の業務を明確に区分けすることは、民間と同様難しいところではあるのですが・・・。

これが現業の過大な負担になるのは、民間企業よりも格段に【クライアント】の範疇が広く、また最も頻繁に接触する【クライアント】が国会・官邸という【超VIP】のような方々で数も多いし多種多様で、更に過剰品質と言われるくらい過剰なサービス提供をその場その場で要求されているという特異な構造故の問題に予算制約がタイトで必要な手当てが出来ていないというところでしょうか。

Posted by: 転職組 | January 13, 2007 11:42 AM

ご質問の天下りについては、【官から民へ】というコンセプト、あるいは市場競争を通じた効率性の向上という考え方を徹底するなら問題なのだと思います。ただ政府の機能というか、政府の境界みたいなものを明確に区切ることが出来るまで、世間のコンセンサスは出来ていないように見受けられます。談合や天下りというのは、公共部門と民間部門が混ざり合っている中では効率的な仕組みだという捉え方も出来るのではないでしょうか。消費者から資源を余分に吸収するという形で、生産者・規制者側で資源を分配する仕組みとして合理性があったからこそ根強く残っているように見受けられます。

しかし、新しい考え方の下では行政官として求められる能力のあり方も変わってくることになり、同時に民間が必要とする公共分野の人材として期待されるものも変わっていきます。そこでコンセンサスが出来ていないにも関わらず、天下りや談合ばかりが悪いものと糾弾されるわけなので、古い体系の下で働く人の中で、そうした変化に気付いている人はフラストレーションが蓄積するわけです。天下りに付随する給与の問題も、結局既存の給与体系の中で出てくるものなので・・・天下りを依然として許容するならば、そういう給与をはじき出す体系自体を見直す必要が出てきます。

若手にとっての問題というのは、旧態然とした行政へのニーズを捨て去って抜本的な改革をする覚悟も、新しいニーズを否定し、旧態然としたものを死守しようとする覚悟も無いまま、何となく行政にばかり負荷をかけて誤魔化してしまっている政治の現状と、行政側で勝手に動けないというジレンマが当分続くように見えている、という点に集約されるのだと思います。

生涯賃金というのは若手の脳裏を掠めるファクターですが、それ以前に将来のリスクに対して最善を尽くして備えられるのかというところがむしろ重要なんだと思ってます。若手の場合は、馬車馬のように働く中で、自分の能力を伸ばし、それを業務に活かす、そうすれば未来を開けるのではないか、という直感ですよね。霞ヶ関の現状から見える将来はそういう直感とは整合的でなかったと。後から考えるとそういうことなんだと思います。

Posted by: 転職組 | January 13, 2007 12:31 PM

転職組さん、ごていねいにありがとうございます。
実は「国会・官邸関係の業務、匿名電話の応対、挨拶や陳情の応対の類」は官僚の本来業務ではないか」という答えを用意していたつもりだったのですが、読みながら、確かにこれは大変だなぁ、と思いました。
相手にしなきゃいけない人たちが圧倒的に多いですし、期待水準がありえないぐらい高いですからね。本来、全体を見渡して考えなきゃいけない問題なのに、どうしても特定の部分(それもけっこうつまらないところだったりする)に注目が集まってしまうのもご指摘の通り。
改めてちゃんと書きたいんですが、私がいいたいポイントはつきつめると「それがあなた方のベストですか」ということです。民間と比べているのは、別に官僚と民間を比べてどっちが優れてるとか一生懸命だとかいいたいのではなく、競争状況におかれた民間企業が、それまで不変の前提条件とされてきたものを変え、不可能を可能にしてきたという状況と比べたいからです。
市場における独占は資源配分において無駄を生みます。似た状況が、独占者である政府部門でも生じているだろうと思います。もし「不要な仕事」が多いというであれば、それは「不要な仕事」にかける資源を持っていることを証明しているように思われます。外に出て両方を知るお立場から、改善の余地がどこにあると思われますか?

Posted by: 山口 浩 | January 14, 2007 09:57 AM

丁寧なコメントありがとうございます。

内部にいた人間としては自己弁護を含めてベストを尽くしていたと主張したいところですが、異なる利害・価値観・背景を持つステークホルダーを自分の業務に関係して満遍なく相手にするので、全員にそれぞれ誠意を尽くそうとすると、中途半端に終わって誰の満足も得られないというパターンに陥ることが多かったですね。

役所の業務あるいは部署に関して、事後評価を厳格に行う代わりに、スクラップ・アンド・ビルトが各役所の裁量で出来ると効率化が進められると思うのですが・・・現在の定員管理や予算査定の枠組みを変えることは、官への信頼性や、スクラップされた部署に対する政治的なニーズを切り捨てることになるため中々難しいところだと思います。

ITを使った生産性向上も、結局小さなミスや行き違いが政治的な混乱につながるような中では立法府とのやり取りや行政府内部での調整も実際に会って打ち合わせをする方が多いですね。意思疎通の補完にはなっても、メール使わないアナログな方と話をすることもあるので、結局は自分の業務量を増やしているだけという感じです。

ステークホルダーあるいはクライアントの幅広さという意味では、変化する共同体と変化しない共同体の間に挟まれてでどちらかのビジネスのやり方、どちらかのニーズをばっさり切ることが出来ないというところが本音でしょう。変化する社会向け政府・議会、変化しない社会向け政府・議会という二つの政府を作れば、それぞれの遣り方で効率化を図るべく頑張ると思いますが・・・。

山口さまが仰るとおり、独占体であるということは間違いありません。しかし、国債あるいは長時間のサービス残業恒常化の中で「受益と負担」が崩れ、異なるタイプの消費者がいる市場の中では、むしろ消費者たるクライアントの力の方が強いと思われます。租税を回避して日本を捨てたり、議員選挙で議員を見捨てるという行動を取れるわけで、政府にサービスを叩き売りさせることが出来るわけです。

それでもサービスを提供出来るのは独占体だからと言うことも出来ます。供給者とクライアントの間に存在する構造を温存して第2政府のようなものを作れば、三位一体改革における国・地方の関係のように、政府間で負担の押し付け合いを演じることになりかねません。上下関係が無いのでもっとむごいことになるかもしれませんが・・・

立法府と行政府の関係のルール化と厳格な運用、大臣などの政治任用ポストにおけるqualificationの評価、ないしは有権者の政策リテラシーの向上、地方分権の推進やマスメディアの機能の強化などなど、こうした市場構造をクライアントの階層ごとに正常化する取り組みがあって始めて、全体的な最適化がなされるのだと思っています。

一供給者であり、政治的に責任を負わない霞ヶ関がそれ以外の領域に手を伸ばすことが果たして妥当かどうか、議論が分かれるところだと思います。

Posted by: 転職組み | January 14, 2007 08:44 PM

転職組みさん
ごていねいにありがとうございます。読んでいて思うのですが、つきつめると、お互いにすれちがいがあるように思えます。国民の側では、官僚からなる行政システムに何を期待するのかについての合意がなく、しかもそれに付随するもろもろについての理解もないため、「無理難題」になってしまっていると。一方官僚の側では、「保護」された立場やそこそこ恵まれた条件を傷つけたくないために、自分たちの「誤解」を解いたり、よりよいサービスを提供したりするための努力を充分に行っていないと。
なんというか、お互いに不幸な状態なのではないかと思いますね。ただ、「自分たちはベストを尽くしている」みたいな部分が透けてみえると、一般から理解されるのはとても難しいとも思います。企業だと、うまくいかないのは顧客のせい、とは死んでも言わないですからね。

Posted by: 山口 浩 | January 15, 2007 05:54 PM

今日は早めにコメントを・・・(苦笑)

民間企業の場合「顧客のせい」にするのではなく、「顧客を切る」という札をそういう場合は切ると思います。必要であれば、損得勘定と勝算を勘案した上で、裁判で「顧客の首を絞める」ことも辞さないですよ。

高尚な理念やサービスマインドの裏側にはそういうドライさ・冷徹さ・合理性みたいなものがあるわけで・・・それを透徹できるからこそ、「顧客のせい」にする必要はないんです(個々の場面で不満や文句は出たりしますが、長期的な関係を維持できる相手なら我慢しますし)。

役人の苦しいところは、ドライさ・冷徹さ・合理性みたいなものに基づいて判断すると糾弾される上、ドライさ・冷徹さ・合理性みたいなものがないと実現出来ないような要求を突きつけられるところです。それは糾弾する方も、要求する方も別々のタイプのクライアントだからなんですけどね。それで中途半端なものを出すと「無能だ。バカだ」と批判し、そこから給与削減やら官舎の廃止みたいな話に広がるわけで・・・。そもそも「お前らの言う良いサービスってなんなんだぁ」と切れたくもなります。

AM9時~AM5時で週5日+土日どちらかフルタイム勤務を強いられて日に10時間か11時間給与が出れば御の字という職場に対して「雇用が保証されている」とか「優遇されてて不公平だ」と言われても、苦笑するしかないです。「官僚は何をやっている」と言われ、ディスクローズしても鼻で笑われるか、疑われるかですからね。

ドライさ・冷徹さ・合理性を自分に向けて各方面の要求を調整して、各方面から批判を浴びるのを承知で中途半端にドライさ・冷徹さ・合理性を組み込んだ「甘っちょろい弱者いじめ」の施策を打つか、クライアントだけ切れないなら職場ごと切ってしまうみたいなことになっていくんですよね・・・

ボタンの掛け違いというのは当然両者の間に存在していると思います。しかし、それは当事者の片方である役人の手ではどうしようも無いという側面があるような気がしてなりません。その両者の外側にある政治あるいはマスメディアがそうした掛け違いを修正する機能を果たすべきものだと考えてます。機能不全を起こしていますが。そういうところを直していかないといけないというのが私の考えです。どこまで実現出来るかわからないですが・・・

転職組のそうしたドライさ・冷徹さ・合理性に基づく決断の拝啓には、信念とか大儀とか、はたまた古巣への愛情みたいなものもちゃんと背中合わせになっているとご理解頂けると幸いですが・・・(苦笑)

Posted by: 転職組 | January 16, 2007 12:23 AM

転職組さん
「古巣への愛情」というか、未練たっぷりにも見える、と書いたらいじわるでしょうか。
矛盾する要求をいずれも斬って捨てることができないというのは、確かに大変だろうと思いますが、公務員は特別だ、民間とはちがうのだ、という論調だとすれば、やはりちょっと抵抗感があります。民間でも切れない顧客はあるし、役所は「顧客」を「切る」以前に「相手にしない」という選択が許されるし、そのために法律だって動かせるし。労働時間についても、民間よりきついというのは、少なくとも公務員全体としてはいえない話でしょうし、中央省庁の若手官僚も金融機関の若手エリートと比べてそれほど差があるとは思えませんし。残業料がつけられないのはいずれも同じですし、給料にしても、「後」でもらうか「先」にもらうかの差だという見方もありますし。
ただ、何度も繰り返してますが、公務員と民間企業職員のどちらが楽かとか大変かとかを論じるのが本旨ではありません。改善の余地はないんですか?というのがポイントです。民間であれ官庁であれ、どんなに傍目には優れた組織に見えたとしても、「もう改善の余地はない。私たちはベストだ。問題は外部にある」と考えるのなら、それ自体が非常に大きな問題だと思います。本文の主題だった天下りに関しては、まだ改善の余地はあるのではないか、というのが私の考えで、そのために、(たとえ仮に民間企業が官庁より劣った組織であったとしても)民間で行われているやり方は参考になるのではないか、といいたかったわけです。
もちろん、政治の責任(本当にくだらないことをいう人が大勢いる)とかマスコミの責任(正気かよと思うくらいわけのわからないことをいう人が大勢いる)とかを否定するものではありません。当然、国民にも責任はあります。ただ、それらの人々にも責任があるということが、公務員の方々の責任を薄めることにはならない、というのが私の考えです。自分がすべきことをするという責任は、他の誰かの責任と足して100%になるのではなく、それぞれが100%負うべきものだからです。

Posted by: 山口 浩 | January 18, 2007 10:17 AM

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Tracked on January 08, 2007 03:30 PM

» [government]山口浩さんの「民間の知恵」について(下) [bewaad institute@kasumigaseki]
昨日の続きということで、山口さんのエントリに付されたConsultingさんのコメントを取り上げます。このコメントは、 bewaad氏の議論に関して思うのは、・霞ヶ関官僚に特有の、「自分たちは非常に待遇が悪い。本来であれば(民間に行けば)もっと良い処遇が得られた」という、生涯ベースで見れば間違った認識を持っておられるということです。 「民間の知恵」(@H-Yamaguchi.net2006/12/29付) か�... [Read More]

Tracked on January 09, 2007 01:38 AM

» [memo]官僚・マスコミ……そして大学教員の生涯賃金 [こら!たまには研究しろ!!]
 さて,bewaad氏&山口浩氏のところで話題の公務員待遇の問題ですが……おふたかたがその社会的意義・問題に主な論点を絞ってらっしゃるので,僕はあくまで「人の給料が知りたい」という覗き根性でまとめてみましょう.  日刊現代によると8億にも上る人がいるというキャリ... [Read More]

Tracked on January 09, 2007 06:02 PM

» [government]山口浩さんの「民間の知恵」について(下)・改 [bewaad institute@kasumigaseki]
先日の官僚生涯賃金推計に対して、いちご経済/経済学板で次のようなご指摘をいただきました。 92: 名無しさんの冒険   2007/01/10(Wed) 19:24BEWAADさんへ57歳の官僚の、その時点までの獲得報酬(官僚生活+わずかな期間の天下り生活)をもって生涯賃金を議論してもあまり意味はないんじゃないでしょうか。今の官僚は57歳で天下りが終るわけじゃないですよね。70台の人たちと大幅に生涯所得で差が... [Read More]

Tracked on January 11, 2007 05:52 AM

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