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January 03, 2007

商人の「分」

美しい国」が流行ってるなと思ったら、今度は「希望の国」なんだそうだ。日本経団連がまとめた構想のことなんだが。

全文はこちら。145ページある。そんなの読んでらんないという人には、こちらの概要を。

うじゃうじゃいろいろ書いてあるんだが、要するに何やるのよというあたりは、最後のアクションプログラムにまとめられている。

「希望の国」を実現するため、2011年までに取り組むべき具体的な課題は次の通りなんだそうだ。

(1)イノベーションの推進
(2)高度人材の育成
(3)生産性の向上
(4)需要の創出・拡大
(5)金融市場の活性化
(6)環境・エネルギー政策
(7)WTO体制の維持・強化
(8)FTA/EPAの締結推進
(9)経済協力の戦略的な展開
(10)行財政改革
(11)社会保障制度改革
(12)税制改革
(13)道州制の導入
(14)労働市場改革
(15)少子化対策
(16)教育再生、公徳心の涵養
(17)CSRの推展開、企業倫理の徹底
(18)政治への積極的参画
(19)憲法改正

実際にはこれらの下に具体的な項目が列記されている。この構想はそもそも、

予測可能な10年後のあるべき姿を目標として示し、これを確実に実現するために国、地方、企業、国民が取り組むべき具体策(ロードマップ)を書き込むことに力を注いだ。

という位置づけのものだ。いうまでもないが、日本経団連というのは企業とその経営者の団体なわけで、だったらアクションプログラムというのは、日本経団連自体とその構成員たる企業や企業経営者が行うべきことだろう、と思っていた。

ところがそれは大きなまちがい。

ぜひ本文をお読みいただきたい。イノベーションの推進というのは政府の研究開発投資を増やせとか投資優遇税制を拡充しろとか。高度人材の育成というのは学校教育の改革案、生産性の向上というのは法制の整備と税制の優遇、需要の創出・拡大は規制緩和。見事なぐらい、ほとんどすべての(まったくないとはいわないけど)項目が、自分たちが努力すべき事項ではなく他者への要求事項だ。

さすがにCSRは企業のことだよなと思って見てみたら、こう。

◇「企業行動憲章」に掲げた精神を周知徹底、「企業行動憲章実行の手引き」「CSR推進ツール」を適宜改訂
◇CSRをアジア諸国はじめ国際的に普及・促進

これだけ。本当に、これだけ。しかも、やると書いてあるのは「周知徹底」と「適宜改訂」。それに会員企業ではなく海外に普及する活動。目を疑うが、これが取り組むべき課題だそうだ。

確かに、この団体は「経済界が直面する内外の広範な重要課題について、経済界の意見を取りまとめ、着実かつ迅速な実現を働きかけ」ることを目的としているわけではあるが、たとえそうでも、他者に何かいう前に自分たちでやるべきことをやるのは当然だし、そもそも日本経団連の会員企業がどれも何一つやましいことのない立派な企業ばかりというわけでもないんだから、自分たちにやることがないなんてことはないよね、というのはそれほど的外れだとは思わない。少なくとも、日本を「希望の国」にするために、企業にできることってすごくたくさんあるのではないか。例の「希望格差社会」にしたって、希望に格差が生まれた原因はいろいろあるだろうが、この数十年間に日本企業がやってきたこと、やらなかったことの中にも、原因として指摘すべき事項はあるはずだ。

たとえば、少子化対策について、「子育てや家族を大切に考える意識を国民の間に高めていくため、国民運動を展開する」とあるが、悪い冗談ではないかとすら思う。某党の人ではないが、労働者が家族を持とうと考えることすらかなわない状況、子育てを放り出して仕事にかかりきりにならなければならない状況は、誰が作りだしているのか。子どもができたら女性社員は退職するよう勧めている企業が未だに少なくないことを知らないとは言わせないよ。子育てや家族を大切に考える意識をまず徹底的に叩き込まなければならない相手は、企業経営者ではないか。

そもそも、財界が経済政策やら税制やらに対して発言するのは利害がからんでるからわからなくもないが、国民の行動や思想信条にまで口出しするのは、商人の「分」というものを超えているのではないかと思う。別に「商人の分際で」みたいなえらそうな口をきくつもりはまったくないが、そこまでいわれる筋合いはないだろう、ぐらいの意味だ。たとえは悪いが、客に指図するラーメン屋に入ってしまった感じ、といえばわかりやすいだろうか。企業には企業としてやるべきことがあり、やるべきでないことがある。問題意識は同意できる点も少なくないが、個人としてならともかく、企業経営者として語るなら、やはり「商人道」みたいなものからはずれないほうがいいと思う。そのあたりは、江戸時代の名だたる商人の皆さんに学んだほうがいいのではないだろうか。

以上は丁稚くずれの教員のたわごとだが、「希望の国」に対して違和感を持っている人は、他にもきっといるのではないかと思う。

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Comments

hi.... ;) write write

Posted by: melis | January 05, 2007 08:10 PM

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