ワンフレーズの効用、再び
以前、「ワンフレーズ・ポリティクス」にも意味がある、というようなことを書いたことがある。要するに長々としゃべるとメディアがつまみ食いするから、というのが理由だが、そういう例が最近もあったようだ。
最近話題になっている、例の「ホワイトカラー・エグゼンプション」についての、安倍首相の発言だ。2007年1月5日付の朝日新聞記事ではこう伝える。
残業代ゼロ 首相「少子化対策にも必要」 安倍首相は5日、一定条件下で会社員の残業代をゼロにする「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入について「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じを持っている方も多いのではないか」と述べ、労働時間短縮につながるとの見方を示した。さらに「(労働時間短縮の結果で増えることになる)家で過ごす時間は、例えば少子化(対策)にとっても必要。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を見直していくべきだ」とも述べ、出生率増加にも役立つという考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。 首相は「家で家族そろって食卓を囲む時間はもっと必要ではないかと思う」と指摘。長く働くほど残業手当がもらえる仕組みを変えれば、労働者が働く時間を弾力的に決められ、結果として家で過ごす時間も増えると解釈しているようだ。
一方、同じ日の同じ記者会見をベースにしたらしい同日付日本経済新聞ではこう伝える。
首相、労働時間規制除外制度に慎重姿勢 安倍晋三首相は5日夕、一定条件を満たす会社員を労働時間規制から外す「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」制度に関して「経営者の立場、働く側の立場、あるいはどういう層を対象とするかについてもう少し議論を深めていく必要がある」と述べ、導入に慎重な考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。次期通常国会への関連法案提出についても「色々な観点から党とも議論を深める必要がある」と指摘した。 同制度を巡っては、柳沢伯夫厚生労働相が通常国会への法案提出に意欲を見せている一方、公明党からは慎重論が出ている。首相は政府・与党間の足並みをそろえる必要を強調したものとみられる。
正反対、というわけではなく、位相がずれている感じだが、少なくとも与える印象はまったくちがう。朝日新聞の記事に関しては、ネット界隈で、仕事につけていない人たち、自分で残業時間数をコントロールできない人たち、やった分だけの残業料をもらえない人たち(想像だが、これらを合わせると労働人口の過半数になるのではないか)からの強い反発が噴出している。マリー・アントワネットばりの能天気な発言と斬って捨てる人もいたぐらいで、シンパでもさすがにかばいきれないという雰囲気が漂っている。ホワイトカラー・エグゼンプションを擁護するにしてももう少し別の理由づけがあるだろうに、というわけだ。
一方、日経の記事はより「穏当」な内容になっている。この種のものに対しては公明党が慎重だし、そもそも復党問題なんかとちがって自分たちの利害とは関係ないから、別に急がなくてもよい案件と扱うのがまあ政治的に順当ではある。「慎重」とは、具体的には「その種のものは参議院選挙後にまとめて」という意味と理解するのが適当かと。
現実には日経のほうがご本人の「真意」に近そうな気がするが、まあどっちも「事実」ではあるんだろう。要するに、よけいなことまでしゃべり過ぎちゃったってわけだ。揚げ足をとるメディアが悪いのか、とられる発言をする方が悪いのかを論じてもしかたあるまい。どっちもどっちとしかいいようがないのだ。マスメディアがそういうものであるのは昔からだし、だからこそワンフレーズで語る人がいるのだろうし。それに、公人が公的な場で雄弁に語るならせめて論旨を一貫させようよ、というのももっともな言い分だし。
ホワイトカラー・エグゼンプション自体については、賛否はともかく、もし企業の労働現場の実態をほんのわずかでも見たり考えたりしたことがある人なら、それ単体で導入しようとすればいろいろ問題が起きるだろうぐらいのことは容易に想像ができるはず、というあたりまでは異論がなかろう。あちこちで聞かれる「空気読めなさすぎ」という批判はそのあたりをとらえてのものだ。朝日の記事を受けての批判が広がるのも、見方を変えれば「さもありなん」ととらえられる内容だったからに他ならない。もちろん、事実に反しなくても全体の流れを曲解させるような報道はいかがなものかとか、世論を煽るための報道はありうるのかとか、そういう論点はいろいろあろうが。
いずれにせよ、今回の件に限っていえば、個人的にはどうでもいい感が色濃く漂っている。別にオチをつける必要もないと思うので、「今後の対応が注目される」程度の紋切り型のコメントをしておいて、本日ここまで。
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