「ハケン」にまつわる企業の「品格」
「希望の国、日本」ビジョンについては、前にもとりあげたことがある。そのときは主にアクションプランについて書いたのだが、145ページもあるから、他にも内容が盛りだくさんだ。これがまた、上記記事の内容を踏まえるとなんとも示唆的に思われるので、ちょっと抜き書きしてみる。
強調したい部分には下線を引いて太字にしてみた。
第2章「めざす国のかたち」の「2 開かれた機会、公正な競争に支えられた社会」から。
「希望の国」は内外に開かれた挑戦のフロンティアである。誰に対しても、公平にチャレンジの機会が与えられる社会である。ひとびとが、持てる知識や技能を最大限に活かし、公正なルールにのっとって競い合う社会である。そして、競争のなかで流された汗、尽くされた努力、発揮された創意やリーダーシップなどが成果に結びつけば、正当に報われる社会である。…
…もちろん、本人の努力によっては解消できない格差や、不幸にして努力が成果に結びつかなかったことによってもたらされる格差が、経済的、社会的に固定化することは避けなければならない。…たった一度の「お受験」や「新卒採用」で人生が決まるといった価値観や仕組みを改め、人生のステージごとにさまざまな選択を可能としていくことが必要である。…
次、第3章「『希望の国』の実現に向けた優先課題」から。
「希望の国」は経済・社会のみならず、教育や国・地方のあり方、憲法などを大胆にイノベートしていくことにより開かれる。…なかでも重視しなければならないのは、…「…労働市場改革により暮らしを変える」である。グローバル化のさらなる進展、人口減少と少子高齢化の中にあって、新しい「日本型成長モデル」を確立していくには、…多様な働き方を可能とし、分野横断的に労働の流動性を高める労働市場改革の推進が不可欠の前提となる。…経済界は、これまでも内外の社会において担うべき役割については、たとえ困難で痛みを伴うものであってもひるむことなく全力で果たしてきた。…
…現在の教育において最も欠けているのは、克己心、公徳心の涵養という視点である。自己中心的な考えが蔓延し、他人に迷惑をかけないといった最低限のモラルも確立されているとは言いがたい。…誠実、勤勉、克己心といった個人的な美徳に加え、正義、寛容、慈善、同胞愛など公徳心がなければ、どのような社会も成立しない。こうした美徳や公徳心は、国民の一人ひとりが、大切にすることや、してはならないことなど、基本的な価値観を共有する共同体の一員であるという自覚を持つことにより育まれる。…
…企業も社会の一員として、法と社会規範を遵守し、企業倫理に基づいた行動をとることは当然として、株主、従業員、顧客・消費者、地域社会、NPOなど幅広いステークホルダーとの対話を重ね、積極的に公益活動に取り組む責務を負う。…経団連は、1991年に『企業行動憲章』を策定して以来、企業の自主的な取り組みを後押ししており、今後も企業倫理の確立とCSRの展開に全力を挙げて取り組んでいく。
で、引用文に出てくる「企業行動憲章」にはこんなくだりが。
9. 経営トップは、本憲章の精神の実現が自らの役割であることを認識し、率先垂範の上、社内に徹底するとともに、グループ企業や取引先に周知させる。また、社内外の声を常時把握し、実効ある社内体制の整備を行うとともに、企業倫理の徹底を図る。 10. 本憲章に反するような事態が発生したときには、経営トップ自らが問題解決にあたる姿勢を内外に明らかにし、原因究明、再発防止に努める。また、社会への迅速かつ的確な情報の公開と説明責任を遂行し、権限と責任を明確にした上、自らを含めて厳正な処分を行う。
記事の流れを必要最小限でさかのぼってまとめておく。
2007年2月7日付朝日新聞「キヤノンの偽装請負で、御手洗会長の参考人招致を要求」
2007年2月2日付朝日新聞「キヤノン団交拒否で請負労働者らが救済申し立てへ」
2006年10月18日付朝日新聞「キヤノンの偽装請負、労働者が正社員化申し入れ」
2006年07月31日付朝日新聞「キヤノン、偽装請負一掃へ 数百人を正社員に」
偽装請負に関して、7月31日付の記事ではこう書いている。
キヤノングループでは、請負労働者が約1万5000人、派遣労働者は約7500人いる。合計すると、キヤノン本社の正社員約2万2000人に匹敵する規模だ。子会社の大分キヤノン(大分県国東市)では、約千人の正社員に対し、約4000人の請負労働者が働いている。
グループでは偽装請負が相次いで発覚。子会社のキヤノンファインテック(茨城県常総市)やキヤノン化成(茨城県つくば市)、大分キヤノンなどが、04年以降、労働局から指導を受けた。本体でも昨年10月に文書指導を受け、法令順守の徹底が求められていた。
キヤノンの対応は、ある意味これまでの企業の対応からみれば「踏み込んだ」もので、日本経団連会長を輩出する企業だからこそなのかもしれない。ただ、報道等で知る限り、偽装請負を企業側から主導的に是正したケースではないようだ。いわれない限り直さない姿勢というのは、「企業行動憲章」とか「希望の国ビジョン」とかに謳う「法令の遵守」ということばに照らしてどうなのか、ぜひご意見をお伺いしたいところだ。別に企業に「品格」がなければならないというものではないが、少なくとも自ら「やると宣言」したからこそ国や国民に対して「こうせよと要求」しているのであろうから、「やると宣言」した部分はきちんとすべきではないか、というのは無理難題ではないと思う。法令に実態に合わない直すべき箇所があるという主張はもちろんありうるだろうが、だからといって法を破っていいという理由にはならない。何より自ら「法令を遵守するのは当然」と宣言しているのだから。
これまでは問題があったが、これからはやるんだというなら、それでもいい。過去は変えられないが、未来は変えられる。しかし、そうならば「希望の国」ビジョンに企業のやるべきことをほとんど謳っていないのはなぜだろうか。「企業行動憲章」に書いてある「法令を遵守するのは当然」ということさえ、現実にはあちこちほころびだらけだ。社会への貢献とかをいう前にまず法令を遵守しようよというのは、しごく常識的な考え方だと思うがどうか。人に要求するなとはいわないが、自分たちのことを棚にあげるのは早い。申し訳ないが、10年早い。「希望の国」ビジョンには10年後の望ましい日本の姿が描かれている。ぜひそこに、企業が法令を遵守するということがいかに当たり前になっているか、そのためにどんなしくみや運営が行われているか、働く人たちに「チャンス」や「希望」を見ることができるように企業がどうがんばっているかを描いていただきたい。現状のままで充分だとは、さすがに言えないだろう。ぜひ、見せていただきたい。
自分のところはやらないで人には要求するという態度は、一般的な現代日本語では「自分勝手」、あるいは「エゴ」と呼ばれるものであろう。「希望の国」ビジョンでは、「経団連…の主張は企業エゴに偏っているとの見方があるが、全く謬見であると言わざるをえない」とするが、こうした「見方」は企業現場の実態を知るがゆえのものであるということを忘れてもらっては困る。はっきりいえば、ビジョンのことばを「嘘くさい」と感じている人が大勢いるのだ。だからあちこちで反発を受けているのだ。「希望の国」ビジョンの中には、もっともな主張も数多く含まれている。個人的に賛同したい部分も少なからずある。しかし現状では、根本部分で「嘘くさい」と見られているために、提言全体のクレディビリティがひどく毀損されてしまっている。それが残念でならない。
あと、同じ2006年7月の記事によると、「山崎啓二郎・キヤノン人事本部長は『モノづくりを優先するあまり、偽装請負が残ってしまった。…』」と語った由。これはさらに興味深い。「モノづくり」を大事にすると、偽装請負をやっちゃうわけだ。となると、「モノづくりの復権」とか「モノづくりを大事にする企業」とか、迂闊に言っちゃいけないね。
最後に蛇足だが、この会社の社名が「キャノン」ではなく「キヤノン」であることを今回初めて知った。へぇ。
「希望の国」といえばこっち、という人も多いだろう。子どもの視点で見る、というのはいいチェックだと思う。私たちが今していることは、子どもたちにきちんと説明できるだろうか。子どもたちに「希望」を語るために、私たちは今、何をしたらいいだろうか。
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Comments
企業の品格よりも、日本の品格が気になります。
「希望の国」を読んだら、希望がなくなりました :)
少子高齢化対策で、移民政策について、全く触れて
いないよーな気がしますが、気のせいだろうか...
若い世代に、借金のツケをまわしておきながら、
尚かつ、子供を産んで育てて、何も言わずい
働け、て書いてあるよーな気がする。
"新しい成長エンジンに点火する"には、ゾンビ企業
に逝ってもらわなければならないよーな気がしますが..
ゾンビ企業の退出は十分なんだろうか。
(りゅうつう とか きんゆう などなど)
etc...
you wrote
> 子どもたちに「希望」を語るために、私たちは今、
> 何をしたらいいだろうか。
それは、" 本当のこと " を正確に知ること
ではないかと。
本当のことを言っているだけですが、それが何か? :)
Posted by: ひろん | February 09, 2007 09:02 PM
ひろんさん、コメントありがとうございます。
「知ること」自体を必要と感じない人たちがたくさんいます。社会が動いていくためには、自分が「知る」だけではたぶん不充分です。なんとかしたいと思う人が増えるように、動いてくれる人が増えるように、自分にできそうなことを少しずつでもやっていきたいと思います。「日本オワタ」とか言ってるだけではオヤジの居酒屋談義と変わりませんから。
Posted by: 山口 浩 | February 10, 2007 12:42 PM
> 「日本オワタ」とか言ってるだけではオヤジの居酒屋
> 談義と変わりませんから。
そうですね。agree
自分で出来ること... うーん...
また、アバウトな話で申し訳ありませんが、以下のよう
なことを思っています。
最近の民主党のCMで、嵐に翻弄される帆船を日本に例え
ていましたが、私が日頃抱いているイメージとは違いま
す。私が日頃感じているイメージというのは、
嵐の中を漂流しつつある超大型客船
です。
大きすぎて揺れない。なので、中に乗っている人には外
の様子が分からない。娯楽施設で遊んでいる方が楽しい
ので、外を見る気がない。ただ、ここ最近、何かわから
ないけどワサワサしてるな、と感じる人が増えてきた。
暗礁に近づいているのだが、大きすぎて慣性がデカイの
で急には曲がれない。しかも推進力は落ちつつある...
というような感じでしょうか。
こういった状況で自分にできること...
理系的に考えると、物理の問題(慣性がデカイので急
には曲がれない)はどうしようもない。ただ、今なら
まだ、舵が効く(政治ですかね)ので、政見放送
(既存のマスコミ)は鵜呑みにせず、誰がマトモそう
か見極め、船長を選任する...
ということでしょうか。
あとは、ちょびっと利己的に、最悪の状況に備えて、
救命ボートの場所くらいは確認して、家族に教えて
おきましょうか。外国の船に救助された場合には、
挨拶くらいはできた方がいいので、語学の練習も
怠ってはいけないし... そうそう、円からドルや
ユーロに両替しといた方がいいかも。
# 最近の円安をちょっぴり助長したかも :)
それから、自分の職(コンピューターソフト)に
ダイレクに影響を与える可能性がある、インドや中国
の情勢も注視しておかねば...
私にできることは、そんなにない気がしますが、
Yamaguchi さん、応援していますので、成績はそこそこ
でいいですから、よーく考える人を、是非、育てて
ください。
Posted by: ひろん | February 11, 2007 09:20 AM
ひろんさん
私、誤解してました。民主党のCMに出てくるあの「嵐に翻弄される帆船」は日本のことだったんですか!私はてっきり、民主党のことかと思っていました。そうとると、あの描写がすごくしっくりきませんか?
ともあれ、個人にできることはもとより限界がありますね。それでも、できることはしようと。今の職業は、多少なりと他人の人生に影響を与えうる立場なので、そのことを自覚して臨みたいと思います。
Posted by: 山口 浩 | February 11, 2007 09:36 AM
> あの描写がすごくしっくりきませんか?
座布団2枚もってきて! :)
Posted by: ひろん | February 13, 2007 06:21 AM
ひろんさん
いや、別にしゃれじゃないですよ。本当にそう思ったんですから。
Posted by: 山口 浩 | February 13, 2007 01:45 PM