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March 27, 2007

桃井はるこ著「アキハバLOVE」

桃井はるこ著「アキハバLOVE」扶桑社、2007年。

そのスジの人には「なにをいまさら」な話だが、以下はそうでない人向けのお勧めなので、そこんとこよろしく。

この本の著者である桃井はるこさん、知ってる人はよーく知ってるが、知らない人は全然知らない、という類の人だろうと思う。肩書きをどう表現したらいいのかわからないが、本書の著者紹介欄には、「歌手、作詞・作曲、声優、パーソナリティ、雑誌連載と多彩なタレント活動を展開」とある。Wikipediaでは「女性歌手・声優・ライター」と。まあそういう人なわけだ。この種の職業の人としては珍しく、ライター出身だから、本書はいわゆる「タレント本」ではない。「非常に特徴的な舌足らずの声の持ち主」(Wikipediaより。いわゆる「ロリ声」ということだな)であるわけだが、それだけでなく、自身が古参のネットワーカーでもあり、秋葉原に入り浸っていた人でもあることなんかもあって、いわゆるオタク界において絶大な人気を誇っているらしい。本書のタイトルももちろん秋葉原からとられているわけだ。

内容は、著者がこれまでにいろいろなところで書いてきたものと、書き下ろしたものと。自分の昔の文章に自分でつっこみを入れているのがそこはかとなくネットの人っぽい。私には知識的についていけないディープな話題も多いが、基本的には帯のことば(↓)に表現された内容が本旨だろう。

ダメおたく少女はいかにして自らの居場所を見つけ、
アーティストへと羽ばたいたか。
通じ、信じあうことへの祈りを込めて、
すべての若者に捧げる魂のバイブル!

いわゆる「オタク」論をテーマとした本というのはけっこうたくさんある。いくつかは読んだことがあって、ふむふむなるほどねと思うのだが、なぜかいまひとつ共感しないものが多かった。もとより専門外であり、かつどれも書き手が非常に頭のよろしい方々であって、なかなか高尚なことを書いてあるせいでうまく理解できないという部分が大きいからだろうとは思うのだが、それ以外にも理由があったのだということが、本書を読んでわかった。

他のオタク論は、どうも対象を客体化して論じようとしているのか、それを「自分のこと」として語っていないものが多いように思われる。もちろんそういうアプローチはありうる。アカデミックな論考ならそれが当たり前だし、そういう論考によって、社会学的な意味や文学史における位置づけなんかが明らかになって、文化としての理解が進むのだから別に文句はない。ただ、ともすると、オタク的なるものに対するシンパシーのゆえにその価値や意義をことさらに強調しようとしている、と見えなくもなかったりする。それらは少なくとも私の心にはあまり響かなかったわけだ。

本書は、そうではない。あくまで「自分はこれが好き」からスタートしている。だからこそ、自分の趣味が周囲と摩擦を起こしてしまうことの悲しみやら、自分の居場所としてのネットへの愛着やらといったものが、「そういうのあるある」的共感を呼びおこす。仮に盆栽が好きな人がいれば、きっと周囲から「そんなものに金を使って」と言われて肩身の狭い思いをしているのではないか。熱狂的なタイガースファンの中には、日常会話につい熱いタイガース談議が混じってしまって周囲からドン引きされている人もいるかもしれない。そうした中で、同じ趣味を持つ者同士で話す機会があれば、時間を忘れるほど楽しく思うはずだ。そうした、少なからぬ人が直面する状況は、「オタク」の人たちにとっても身近なものだろうと想像する(この点、少なくとも私は共有できる。そもそも、あらゆる研究者は、自身の研究テーマに関して「オタク」でなければならないわけだし)。興味やこだわりの対象は、人それぞれちがっていていい。そういう当たり前のことを、改めて認識させられる。

この本は、上で引用した帯の文章にもあるとおり、「若者」をターゲットにしたものと思う。全部ではなく一部だろうが、いわゆる「オタク」層の中には、引きこもりやニートのように、いろいろな理由で社会との関係をうまく築けていない人たちもいるだろう。そういう人たちにとって、自分の「好き」を追求することから社会との関係を構築していくやり方は、少なからず参考になるのではないかと思う。もちろん、著者のたどった経歴はもちろんかなり特殊なもので、誰にでもまねのできるものではない。「好き」がそのまま仕事になる人はむしろ少数派だろうと思う。しかし著者はきっと、「自分にもできたんだからあなた方にもできる」といいたいのではないか。同じ道をたどることはできなくても、同じ思いで自分を広げていくことはできる、と。

同時に、もっと年長の人たち、いわゆる「オタク」がよくわからない人たちにとっても、この本は参考になると思う。マンガ愛読者を自認する大臣まで現れるご時世だ。いわゆる「オタク」的な文化は、かつてのサブカルチャーから、日本型ポップカルチャーの本流の一角を占めるものとして、一定の社会的認知を受ける方向へ向かいつつあるといっていいのではないかと思う。著者を含め、この本に出てくる人々は、そうした動きのある意味「最先端」にいる。「事件は現場で起きている」のなら、その「現場」からのリポートには得がたい価値がある。それから、もし引きこもりやニートを社会的に解決すべき課題と考えるなら、まずはこの本を読んで「勉強」するのも悪くないと思う。「大人たち」が打ち出す対策の少なからぬものは、ターゲットとする若者たちからそっぽを向かれている。この本にそうした問題への対応策が書かれているわけではないが、まず共感から始めるのも1つの手だ。

すべての「若者」と、すべての「若者だった人たち」にお勧め。

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