宮田登著「ヒメの民俗学」
宮田登著「ヒメの民俗学」ちくま学芸文庫、2000年。
これ、面白い。
詳しいことは知らないのであくまで素人の印象だが、現在日本で作られているさまざまな「物語」、特に超人的な力の持ち主を主人公にしたもの(ファンタジー系、といえばいいか)の場合、外国、たとえばアメリカみたいなところでのそれと比べて、主人公が女性であるケースが相対的に多いのではないかと思う。魔法とか超能力とかの類の場合はそれでも、「魔女」みたいな話が洋の東西を問わずあったりするが、怪力女系とか、格闘女系のものなんかは、日本発とか、日本の影響を受けていそうなものが多いと感じるのは、単なる気のせいだろうか。少なくとも、東京国際アニメフェアの会場を歩きながら、そこら中に「魔法少女」だの「戦闘少女」だのがあふれ返るさまを見ると、これはきっと何か背景があるのではないか、と思いたくなる。
もしそれが気のせいでないとすると、その少なくとも一端は、日本の伝統的な文化の中にあるのかもしれない。この本を読んでそう思った。どうも日本の昔話の中には、超人的な怪力を持った女性とか、不可思議な超能力を持った女性が出てくる話がかなりあるらしい。日常と非日常の境目など、さまざまな「境界」領域に「何か」があると考えていた昔の日本人は、そうした境界を行き来する力を女性の中に見出していたようだ。「ヒメ」というのは、裏表紙のことばを借りれば、「男性の力とは対称的なこの不可思議な威力を駆使する女」に対して、人びとが「尊敬と畏怖をもって」呼んだことば。日本ならではの宗教的な寛容さもあって、こうした女性たちが西欧の魔女のように徹底的に排除されることはなく、社会と共存していたらしい。
現代の物語の作者たちが、こうした日本の昔話をどれだけ知っているか、あるいはどれだけ意識しているかについては知らない。それでも、こうした物語はミームとして、表にはあらわれなくても、世代を超えて伝えられてきたのではないかという気がする。要するに日本の男性は、女性に対してある種の「恐怖」を抱いてきた、ということなんだそうだ。もちろん現代文化の中にも、そのミームの痕跡は残っている、と。だとすれば、今日日本で数多く作られる「魔法少女」だの「戦闘少女」だのも、そのあらわれなのではないか。このあたり不勉強なので、知っている方にぜひ教えていただきたいところ。
この中でひとつ面白かったのが、第4章「遊女と妖怪」の中に出てくる「池袋の女」という節。江戸時代中期ごろには、下女に雇った池袋村の女性がお屋敷で怪事件を引き起こすといった怪異譚(いまふうにいうと都市伝説か)がかなり流布していたという話だ。当時の池袋は都市周縁部の郊外で、「境界領域」にあたったという背景があるらしいのだが、今日同じ土地に「乙女ロード」ができていることに、なんらかの因縁めいたものを感じ取るのも行き過ぎなんだろうか。いや別に腐女子の皆さんが怪事件を起こすとかいっているわけではないんだが。
その他、日本人の伝統的な女性観に関して、なかなか面白い話がたくさん。「大和撫子」は、必ずしも日本女性の典型ではないということ。こういう話が好きな人、男女問わずけっこう多いと思う。
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Comments
これは、読んでみたいですね。巫女というのもありかと。
コスプレでもなぜか人気があるんですよね。
で、実際のところ皇居内には外界に一切出てこない巫女がいますからねぇ。この巫女に関してはここで言っちゃうと問題になっちゃうお仕事もあるそうです。
Posted by: まお | March 27, 2007 07:55 AM
まおさん、コメントありがとうございます。
ええと、よんどころない人たちの話はちょっとおいときたいと思います。いろいろ差し障りありそうですし。それはさておきこの本、面白いです。女性が特殊な能力を発揮する状況とか、その際の制約とかがいろいろあって、そういうのが今のアニメなんかに出てくる戦闘少女ものとかと似ている部分があるのではないか、なんて思ったりして。誰か、そのあたりの研究をしてくれると面白いと思うんですが。
Posted by: 山口 浩 | March 28, 2007 11:35 AM
なぜか、最近はそういった研究が日本ではなくアメリカなどで行われています。
マンガとかアニメの魅力といったものをつきつめていくと、結局民俗学とかそういった背景まで研究の対象になっているようです。ミネアポリス大学出版局?から研究誌が一冊、ほかにも出ているそうですがそちらはまだ入手していません。
AskJhonというサイトでは、契約によって超自然の力を得るというのはどこにルーツがあるのか?といった話題で盛り上がっています。
たとえば「あぁ、女神様」なんかも典型的な契約物ですね。
Posted by: まお | March 29, 2007 10:59 AM
まおさん
このあたりは不案内なのでわかりませんが、物語論をやる人たちはまず神話とか昔話を持ち出すものなのではと思っていました、これまでにないとすれば意外です。
ご紹介いただいたAskJohnも見てみました。これですよね?
http://ask-john.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/anime_d332.html
いわゆる「超越者との契約」は、旧約聖書なんかにも出てきますが、たぶん他にもあるでしょうから、原型は幅広くある考えなんだろうと想像してます。
あと、「鶴の恩返し」は、文化人類学では異類婚姻譚と呼ばれるジャンルに入るもので、各地にさまざまな話が伝わっているようです。
Posted by: 山口 浩 | March 29, 2007 06:47 PM
契約の話ではないんですが、マンガやアニメには同じようなモチーフが結構用いられています。
これは今執筆している本できちんと紹介しますが、巨大ロボットを操縦するのは、なぜ設計者の息子なのか?といった話とかですね。
鉄人28号に始まり、機動戦士ガンダム、新世紀エヴァンゲリオンなど、このモチーフが繰り返し現れています。
これなどは説明されるとなるほど、というような理由があるんですが、今は秘密です。もう判っちゃったかもしれませんが。
Posted by: まお | March 29, 2007 11:20 PM
まおさん
面白そうな話ですね。理由は想像つきませんので、著書が出版された際にはぜひ教えてください。
Posted by: 山口 浩 | March 31, 2007 11:57 AM