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June 25, 2007

「ウィキノミクス:マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ」

ドン・タプスコット、アンソニー・D・ウィリアムズ著、井口耕二訳「ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ」、日経BP社、2007年。

最初にことわっとくが、書評ではない。感想文、でもない。

実はこの本、原著しか持っていないので、訳書は読んでいない。なのに訳書のほうをとりあげているのは、2007年6月24日付の朝日新聞に出ていた、柄谷行人氏の書評が面白かったからだ。といっても、書評のほとんどはごくふつうの、本の内容紹介。ただ、最後の段落に、なんだかいろいろ思い入れみたいなものがかいま見えちゃってるのが興味深い。こう書いてる。

著者は、「ウィキノミクス」は資本主義において活用される原理であって、社会主義ではないことを幾度も強調する。しかし、われわれはここに、資本主義的発展がそれ自体を否定するものを不可避的に生み出す、という「弁証法」の例を見出すことができる。

なんつうか、江戸の仇を長崎でというか、敵の敵は味方というか、ふられた相手にまだ未練たっぷりというか、そんな印象。著者にはっきり否定されてもやっぱり、ご執心だった「あっち」方面のあれこれの面影をここに見出したいのだろうか。

いや別にえらい先生にたてつこうとかそういうわけではない。なにしろこういうの苦手だし。確かに資本主義的発展は、それ自体を「否定」というか修正するもの、たとえば社会福祉やら何やらの所得再分配メカニズムを生んだわけだし、このウィキノミクスとかオープンソースとかにみられるような協働化みたいなものが出てきたのも似たような流れでみてよさそう。ただ、それでいうなら、「あっち」方面の人たちがソリューションとして提示した、生産手段の広範な国有化を伴うようなやり方は、やはり「持続可能」ではなかった。それらがほぼ例外なく失敗して消えていったのも、その「弁証法」とやらに沿った結果といえるのかもしれない。

あと「否定」についていうなら、本来の資本主義とちがった系統ではあるんだろうが、少なくとも今のところ、「否定」まではしてないよなぁ、とも思う。オープンソースやらなにやらがマイクロソフトを破綻に追い込んだわけでもないし、ブリタニカが廃刊になったわけでもないし。社会福祉が、資本主義を補完するかたちで「共存」しているのと同じように、ウィキノミクスも資本主義と「共存」していくと考えるほうが自然のような気がする。社会制度としての資本主義が、人間の内心の温かさだとか非合理性だとかを奪うものでは必ずしもないという点については、これまでさんざん事例があるじゃん?(もちろん逆もあるけど)まあ、このあたりは世にあまたいらっしゃる「予言者」の方々にぜひ伺いたいところ。

ちなみに原著はこちら。この種の一般向け書籍は、内容もよくまとまっていて、しかもかなり読みやすく書かれているし、お値段も訳書とほとんど変わらないので、こちらで読んでもいいかも。装丁は原著のほうが好きだな。

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