この前例は踏襲されるのだろうか
大辞林で「お役所仕事」ということばを引くと、「形式主義に流れ、不親切で非能率的な役所の仕事振りを非難していう語」と出ている。形式主義、不親切、非能率か。この中には入っていないが、「前例主義」というのも、典型的なお役所仕事の特徴として語られることが多い(形式主義の一類型なんだろうか)。実際は必ずしもそうでない場合もけっこうあるだろうと思うのだが、「前例にない」からだめという理由を持ち出された人が少なからずいる(口実かもしれないけど)というあたりを見れば、それほど勘違いな指摘でもないんだろう。
だとすれば、気になるのが「例のあの件」だ。
どんな前例も、最初に行われたときには前例はなかった。何かが前例になるのは、それが初めて行われた瞬間ではなく、それが前例として持ち出された瞬間、つまり「2回め」であるわけだ。だから、何か初めてのことが行われたら、2回めが起きる前に、それを前例とすべきかどうかについて考えておかないといけない。最近は、けっこう「初めて」のことが多く起きているから、考えるべきことはたくさんあるだろう。
なかでも注目が集まりそうなのは、
不祥事を起こした官僚機構の現職構成員たる公務員と、現職および過去の幹部、さらにはそれを指揮する政治家が、給与を自主返納する
という事例ではないだろうか。私は不勉強にしてよく知らないが、公務員業界において、幹部とか、不祥事に直接関連した担当者とかならともかく、退職後の幹部も、無関係の部署のペーペーまで含めた全職員も「自主」返納を求められる(上司から求められてするのを「自主」と呼ぶのかについて国語審議会の見解を聞きたいところだが、こういうネーミングの「妙」も前例がたくさんある)っていうのは、賛否はともかく、ある意味「画期的」なことだ。
ちょっと妄想が広がる。これが「前例」として扱われたらどうなるだろう、と。以後、お役所の不祥事にはすぐ「給与返納」が伴うようになり、政治家は何度も何度も返納を迫られ。それだけでは不足という人も、これで溜飲を下げられるという人もいるだろうが、少なくとも公務員の皆さんには、今よりかなり住みづらい社会になる。さて、どうなるんだろうか。
いやいやあれは特殊ケースで一般化はできない、という意見もあるだろうと想像するが、一方で「適用範囲のなし崩し的な拡大」も、まさにこの人たちが行うさまざまな活動のすみずみにまでいきわたった、いってみれば「前例の極み」だ。これに背いたとあっては、官僚の「名折れ」というもの。とはいえ、「ダブルスタンダード」も「鉄面皮」も同格の重要な前例だし。
少しだけまじめに考えてみると、あるものが前例として持ち出されるのは、難しい思考や交渉の過程を省略できるからで、それなりに合理性や納得性が認められる場合が多かろう。もしそうした難しい判断であるにもかかわらず前例になりにくいものがあったとすれば、それはひょっとしたら、本来合理性を欠いた、その場しのぎのものだったからなのかもしれない。
繰り返すが、あるものが「前例」になるかどうかは、「2回め」で決まる。さて、次はどこだろう。次はどうするだろう。
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Comments
ぜひ、良き前例の見本となっていただきたい、と強く願っています。
民間では、不祥事でなくともただ景気が悪いというだけで、賞与なし、肩叩きという名の解雇、最悪は倒産が待っています。
それなのにこれだけ世間を騒がしておいて、何にも無しでは納得がいきませんよねぇ、ご同輩。
Posted by: 井筒@3匹のネコと暮らす | July 12, 2007 06:22 PM
「食糧費問題」の時にすでに給料返納という「前例」が築かれたのでは?
Posted by: ひでき | July 12, 2007 07:46 PM
コメントありがとうございます。
井筒@3匹のネコと暮らすさん
自主返納というのは前例として好ましくない、という見方もありますね。ルールに基づいてやるなら「自主」じゃないだろうと。根本の問題はルール設定にありそうな気がします。
ひできさん
確かにありましたよねぇそういうの。ただ、あれはかなりはっきりと違法な行為で、基本的にはその恩恵を受けた人たちが返す「返還」だったと思うんですけど、今回のはかなりあいまいな「ちゃんとやる」責務を果たさないという不作為なわけで、それで全職員に、というのは、やはりレベルというか質がちがうような気がしたわけです。どうでしょうか。
Posted by: 山口 浩 | July 13, 2007 01:00 PM
「自主」では、ありませんねー。
選挙前なんで、国民の怒りを抑えるためにもやってるんでしょうけど。
話少し変わりますが、他の省庁のデータでも同一人物に関するデータのマージなどの諸問題がきちんとできてるのかなーって心配にはなります。
Posted by: のひ | July 13, 2007 02:08 PM
のひさん、コメントありがとうございます。
同一人物の確認ができることというのは、これまであまりいい目で見られなかったですからね。個人情報が云々という話で。今回の話も、データ間の照合というより、データが事実でないということに起因する問題じゃないですかね。
Posted by: 山口 浩 | July 14, 2007 03:38 AM