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August 13, 2007

「非核」の論点

8月というのは戦後の日本人にとってある種特別な意味を持つようになっていて、今年もさまざまなメディアがさまざまなかたちでいろいろな伝え方をしている。この問題はかなりタッチーなので、あまり触れないほうが安全なのかもしれないけど、おそるおそる書いてみる。

「8月」関連にもいろいろあるが、今回取り上げたいのはこの関係。

62回目長崎原爆忌 田上市長「核廃絶の願い受け継ぐ」
・・・続いて田上市長が平和宣言を朗読。冒頭、今年4月に凶弾に倒れた伊藤一長・前市長にふれ、「前市長の核廃絶の願いを受け継いでいきます」と決意を表明した。
続いて北朝鮮の核保有宣言やイランの核開発疑惑などの世界情勢について「核不拡散体制が崩壊の危機に直面している」と指摘。「被爆国のわが国でさえも、原爆投下への誤った認識や核兵器保有の可能性が語られている」としたうえで、政府に対し、「非核三原則を国是とするだけでなく法制化が必要」と求めた。

いわゆる「しょうがない」発言について言及したくだり。この発言に対するマスメディアの論調は、批判しているという点はほとんど共通しているものの、色合いにはけっこう差がある。新聞の場合、主要各紙の比較をJ-CASTニュースが行っているが、最近目立つ産経の孤軍奮闘がここでもみられて面白い。新聞を離れて雑誌やら書籍やらあたりまで含めると、右から左まで、上から下までよりどりみどり。ネット言論とか新聞の投書欄とかはまさに百家争鳴。

見たくない人も多いだろうが、やはり認めなければならないと思う。この問題についての今の日本人の考えは、よしあしはともあれ、必ずしも自明ではない、ということだ。「9条ファンダメンタリスト」みたいな方々には歯がゆい限りだろうが、現実を見ないですますわけにはいかない。自分とちがう考えを単に「誤り」「不勉強」「暴言」として片付ければいいというものではない。「専門家」(有名人、ではないよ)の意見の幅は、「素人」のわれわれより小さいようにも思うが、それでもやはり幅はある。

もちろん、私たちの国には思想信条の自由があるから(曲がりなりにもだが。私たちはこのことに対する感謝を忘れてはならないと思う)、どのように考えようと基本的に自由なわけだが、国全体としてとるべき道は、しかるべきプロセスで「合意」に至らないといけない。右にせよ左にせよ、自分の思想信条に対して誠実、真剣であるなら、「あいつらはわかってない」ですませることなどできないだろう。社会全体として、私たちは考え、議論し、選んでいかなければならないのだ。

たとえば、上で引いた記事では、長崎市長が、「非核」を所与の認識、不可侵の原則として扱い、その上で「けしからん」人々を批判しているわけだが、この主張は、異なる考え方をはなから全否定している点で、よくある「~しないやつは非国民」みたいな主張とよく似ている。立場はちがうが、どちらも他者の意見に耳を貸さない態度だ。その前にやることがあるだろう、と思う。

「非核」関連の論点はいろいろある(「非核」とか「反核」とか立場はいろいろあるんだろうが、そういう細かいところは捨象。いちばん広そうな概念というつもりで「非核」と書いてみた)。歴史的事実やその解釈についてはタッチーなので除いたとしても。

- なぜ核廃絶運動を行うべきなのか?(核だけ他の兵器と区別して考える必要はあるのか?)
- 世界の核廃絶運動において日本が果たすべき役割は何か?(隣国が核保有しているのに日本が非核でなければならない理由はあるのか?)
- 日本はアメリカに対して非核の観点から何をすべきか?(アメリカ「核の傘」の下にありながら日本は非核をいえる立場なのか?)
- 核武装を公然と主張する人が出てきていることの危険性(選択肢の1つとして議論ぐらいしてもいいではないか?)
- 核不拡散体制をどのように守っていくのか?(あれって不公平じゃないのか?)
- 原子力発電は許容すべきなのか?(原子力なしにやっていけるのか?)

ほんとはもっとたくさん、ニュアンスのちがいも入れればそれこそ無数にあるはず。この種の問題を、似た考えの人同士で議論するのはさほど難しくない。こんな話、結論なんか決まりきってるじゃんとうの昔に終わってる話だしいまさらなにいってやがると思った方は、考えのちがう人と一度話してみるといい。人間っていかにわかりあえないものか痛感させられるはずだ。自分より頭のいい人に挑んでこてんぱんにされれば、なぜちがう意見の人がいるのかがわかるかもしれない。「常識」やら「空気」やらを共有していない外国の人と話してみれば、自分の視野がいかに狭いかもわかるだろう。

話してみてもやはり自分のほうが正しいと思った方は、では実際に自分の考えどおりに進んでいるかどうかをチェックしてみればいい。世の中すべて自分の思い通りなんて人、まずいないと思う。よしあしはともあれ、それは社会の中にちがう考えの人が相当数いることの証拠だ。だから自分はまちがっていると考える必要はないが、そのままでは社会は自分の思う方向には進まないということは認識したほうがいい。

念のためだが、もちろん別に非核論を悪くいうつもりはない。このちょうど裏返しの話が、反対側の意見の人について成り立つと思う。要するに、ちがう意見の人がいて、そういう人には自分の意見は必ずしも理解されていないということであり、自分の意見に近い方向に進んで欲しければ、ちがう意見の人とも「対話」していかないといけないということだ。実際、そういうことをやってる人はたくさんいる。

「娯楽」として言論ぽいものをやってるだけなんだからそんなにうるさくいうなという人もいるかもしれない。もちろんそういう人に「まじめにやれ」などというつもりはない。ただ、まじめに議論してる人と「娯楽」の人が混じると場が荒れるので、そのへんぜひご配慮いただければと思う。

※2007/8/15追記
今夜NHK総合でやってる「日本の、これから」で憲法9条をとりあげている。この番組、専門家と素人が入り乱れて議論するというなかなか野心的な番組なわけだが、今回はいつにも増して議論が「熱く」なっている。どうしても熱くなりがちなテーマ、なんだろう。見ながら、自分が参加していたら何と言うか、考えてみるといい。頭をやわらかく、適度に冷ましながら、落ち着いて考えよう。事実を確認してみよう。相手の意見に耳を傾けよう。自分の主張に相手が賛同するとすればそれはどんな場合か、想像してみよう。声が大きいかどうかで判断しないようにしよう。重要なテーマだ。少しくらい時間を割く価値はあるはず。

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Comments

被爆国であるわが国は戦争の悲惨さの象徴として「核」を挙げていますが、どうもしっくりこない、理由は先生の仰るあたり。
であれば、非戦闘員無差別攻撃の悲惨さの象徴という扱いにすればすっきりすると思います。東京大空襲とナガサキの被害者の差はわかりませんが原爆だけ特別扱いするのも変ですし。

Posted by: wood | August 13, 2007 08:44 PM

woodさん、コメントありがとうございます。
きっとその問題に取り組んでいる方々は、ご指摘のあたりもよくおわかりなんだと思います。問題は、そうでない人たちがたくさんいて、それは不勉強というよりちがった考え方なのであって、どちらが正しいとか簡単にはいえない、ということなんだろうと。頭の中だけの問題ではないので、自分の仲間を増やす努力も必要なんでしょうが、ちがう考えの人たちと対話するのも必要なんじゃないかな、と思ったりするわけです。

Posted by: 山口 浩 | August 14, 2007 10:13 AM

 核兵器の実戦使用や核不拡散体制の現状に関する山口さんのお考えをぜひ知りたいので、お暇な時にでもエントリーをしていただけると幸いです。

 なお、山口さんが挙げられた「論点」(これ、対立する立場を示したとお考えなんでしょうか?)に関する当方の考えは以下の通りです。

- なぜ核廃絶運動を行うべきなのか?(核だけ他の兵器と区別して考える必要はあるのか?)

 核兵器は使用されれば多数の人が悲惨な死を迎え、さらに多数の生き残った人やその子孫が苦しむという史実があるからだと考えます。生産や保有にも膨大な経済的・安全上のコストがかかるので、好ましくないと思います。

 また、日本や米国も批准国である核拡散防止条約が、第6条で批准国に対して、核軍拡競争を早期に停止して核軍縮を実現する方法について、さらに、全般的かつ完全な軍縮に関する条約につて、誠実に交渉するよう規定していることも、核廃絶運動を行う十分な理由になると私は思います。

 核兵器だけ他の兵器と区別すべきかという点は、米国を含む核保有国では実際に区別して考えられている(必要なら例示しますが)し、我が国が骨身に染みて認識しているその破壊力や残留効果からしても、区別するのは妥当だと思います。区別する必要がないとの国際的合意があるならば、核拡散防止条約なるものはそもそも成立していないのではないでしょうか。

 ちなみに、化学兵器、生物兵器、特定通常兵器、小火器、対人地雷などについてもそれなりの国際的枠組みはありますよね。

- 世界の核廃絶運動において日本が果たすべき役割は何か?(隣国が核保有しているのに日本が非核でなければならない理由はあるのか?)

 核兵器の使用が、被使用者にとって、何を意味するかを語り続けること、核兵器を保有しない意志を世界に示し続けること、核兵器保有が必要ない国際安全保障体制の構築に尽力することあたりだと私は思います。

 中国、北朝鮮の核保有には、現状では米国の核の傘に入っていることで対抗できているのではありませんか。日本が独自に核保有したって結構ですが、その場合、核拡散防止条約からは離脱する必要がありましょうし、日米安保条約の維持も容易ではありますまい。確実に導入される経済、貿易面での国際的制裁をかいくぐって長期的に我が国が生存・発展できる方途を、私は現状では思いつきません。

 なお、核兵器の場合、脅威の度合いと脅威との物理的距離は、あまり関係ないような気がしますけどね。印パがおっぱじめたら、日本的にも困るでしょ。

- 日本はアメリカに対して非核の観点から何をすべきか?(アメリカ「核の傘」の下にありながら日本は非核をいえる立場なのか?)

 ご承知のように、02年の米国はモスクワ条約で配備済み核弾頭数を12年までに1700~2200発程度に削減すると約束しましたが、これは検証手続きが義務づけられていません。まず、どこまで減らしたのか公表させるよう「同盟国」として可能な限り働きかけることは考えられます。さらに、モスクワ条約以上の削減を行うよう働きかけを継続すればよいと思います。もちろん徒労感があるわけですが、被爆国が「しょうがない」と言えば、核廃絶なんて永久に実現しません。賽の河原で石を積むごとき行為でしょうが、我々があきらめたら後は一瀉千里なので、止めるべきではないと私は思いますよ。

 中国、ロシア(あるいは英、仏、印、パキ、イスラエル)に対しても、ことあるごとに核保有を非難したらいい。米国の核の傘の下にあるといっても、米国に対しても、その他の核保有国に対しても、別に畏まっている必要は全くないでしょう。遠慮なんぞしてたらいいようにやられるだけなので、言いたいことは言えばいいと思いますが。それで「米国の核の傘に入っているくせに何を言う」と言われて、それがイヤなら、核の傘を抜けて、また言いたいことを言えばいいんじゃないですかね。

 原爆使用についても、文句いったらいいじゃないですか。VFWあたりが当然反発しましょうが、文句言い続ければいいんですよ。アメリカだって46年頃には「非人道論」があったし、今だって米国民の3分の2は世論調査で聞かれれば「核兵器はよくない」って言うんだから。「同盟国」なんだから、言いたいこと言うのは当然です。
 
- 核武装を公然と主張する人が出てきていることの危険性(選択肢の1つとして議論ぐらいしてもいいではないか?)

 議論はしたらいいと思います。現実的な議論を。

- 核不拡散体制をどのように守っていくのか?(あれって不公平じゃないのか?)

 「不公平」。なんとなく分かる気はしますが、具体的にどういう意味ですか? 

- 原子力発電は許容すべきなのか?(原子力なしにやっていけるのか?)

 日本の場合は、現に電力の3割は原子力ですよね。これからアメリカ市場にも打って出ようってんだから、実際問題として技術としては許容してるんじゃないですか?「拡散」の観点からの立論なら分かりますが。

 以上、粗雑な書き込みで恐縮ですが。

Posted by: spearshaker | August 19, 2007 07:58 AM

spearshakerさん、コメントありがとうございます。
私自身の考えは、あまり詳しく書きませんが、基本的には「核兵器は兵器としてあまりに『効率的』であるために、日本を含む多くの国にとってその保有はメリットよりデメリットのほうが大きい」というものです。ただしこれでそうでない考えの人を説得できるとは限らないとも思っています。考えのフレームワークがちがったり、正しさよりも感情で動く人はたくさんいます。それに対してまちがっていると指摘することはできますが、相手がそれを認める義務はありませんし、相手を黙らせることもできません。
また、非核を神聖不可侵の教義として信仰する人たちの中には、議論することすら認めない人たちもたくさんいて、いかがなものかと思うわけですが、一方で議論すること自体が意図せざる効果を持ちうるという主張も理解できます。
この種の問題では、相手を言い負かすための議論をしてはいけないと思います。相手はばかだとかたづけてはいけないと思います。でも、議論はすべきです。考えがちがっても、接点をさぐる努力をすべきだと思います。それがこの文章を書いた動機です。

Posted by: 山口 浩 | August 20, 2007 01:34 AM

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