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「ねじれ」はどこにある?

なんかここ数日「国会ってやってるんだっけ」みたいになっちゃってることもあって、なにをいまさら感が濃厚に漂う小ネタ。衆議院と参議院で多数派がちがってることを「ねじれ国会」と称するらしいのだが、なんかいまひとつ納得感がなくて。

とりあえず、「ねじれ」というからには、なんらかの不整合があることになるんだが、基本的に多数決で決める場で多数派がちがうことはまあ確かに不整合なわけで、その意味でなんら問題はない。それはいいとして、じゃあなんで違和感があるのかと考えてみると、どうも「衆議院と参議院での多数派のねじれ」というのが、いってみれば国会の中の皆さんからみたねじれなんじゃないかというあたりにたどりつく。有権者の立場からすると、「ねじれ」ってそこなのか?といいたくなるわけだ。

別に高度な分析でも鋭い指摘でもなくて、要するに自民、民主両党それぞれの中にねじれがあるんじゃないかってことだ。どちらの党にも右から左まで、ナントカ派からカントカ派まで、ありとあらゆる主張の人たちが入り混じってる。素人目には、「ひとつの党でいる方がおかしい」ぐらいに見えちゃうんだな。

どうも思うに、国会に「ねじれ」が生じてるのも、両党の中にそれぞれそういう「ねじれ」があるからじゃなかろうか、という気がする。よくマスメディアなんかでは「お灸」だとか「改革の光と影」とかみたいな話が出るわけだが、2005年の衆議院選挙と2007年の参議院選挙で、もちろんいろんなことが変わってるにせよ、人の心が全面的・根本的に変わったとまでは思えない。なのに結果に大きな差が出るのは、選挙制度とかの影響だけじゃなくて、どちらを選んでも似たりよったりだからって要素が小さくないのではないかと。

たいていの重要な政策についていえるが、同じ党でも話す人によって必ず表現がちがう。しかもその微妙な表現の差の中に、あの人たちが思いっきり裏の意味をこめているらしいことは透けて見えてる。で、情勢が変わるたびに同じ勢力からちがう面々が出てきてちがうことを言い始めるわけだ。よくいえば「ワンストップサービス」ってことかもしれないが、一方で「コングロマリット・ディスカウント」みたいな話もあるんだから、この分野はそうでいいのかよ、という声が出るのはむしろ自然だ。政策論争の大半が派閥争いにしかならない現状、政治家を「人柄」とか「血筋」とか「年齢」とか「恩義」とかでしか選べない現状もそのせいではないか、といったらいいすぎだろうか。

もちろん、「仮に」両党が政権を維持ないし奪取すること自体を目的としていて、その1点だけでそれぞれ団結しているとしても、それはある種の「最適化」なわけで、必ずしも「ねじれ」てはいないのかもしれないけどさ。こういうところばっかり気になる自分の根性のほうがねじれてるのかもしれないけどさ。やっぱり「なんだかな」という印象は否めないんだなぁ。

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