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November 25, 2007

暴論:「大人」は免許制にしたらどうか

みんな口には出さないけど、うすうす気づいてるんじゃないかと思う。人の「発達」というか「成熟」というか、そういうものは人によってかなり差がある。若くてもすごくしっかりした人がいる一方で、かなりの年配の人でも、この年齢でこれかよ親の顔が見たいぜといいたくなるような人がいる。あきらかに、いる。ならば、と妄想することがある。大人として扱うかどうかを年齢だけで決めるのはどうも具合が悪くないか?いっそ免許制にでもしてしまったらどうだろうか、と。

というわけで以下、「太田総理」ぽい暴論。ネタが66%、思考実験が33%含まれているのでご注意。

「大人」という呼び方が抵抗感あるのであれば、別の表現でもいい。「A級ライセンス」とかいうとちょっとかっこよさそげだが、「A級市民」みたいな雰囲気も出てくるからあんまりよろしくないか。たとえば法律っぽく、「特定保護解除免許保有者」とでもしたらどうだろう。どうせなんかしら法律を制定しなきゃいけないわけだし(もしかして憲法レベルか?まあいいや)。能力を欠くがゆえに保護すべき対象を「特定保護者」とし、これを解除してもらうためには資格試験を受けて免許を取得しなければならない、みたいな。

基本的に、大人というのは、法律に触れない限りかなりの自由が認められてる(何をやってもよい、と書くと異論がありそうだから)わけだが、本来その裏には「一定の教育を受け、かつ社会経験があるから自分で判断する能力がある」というのと、「自分で自分のやったことの責任は負う」というのとがあるはずだ。だからまだ学習過程にあって社会経験も少ない子ども(法律的にいえば未成年者)は行為能力が制限されてるわけだし、成年者でも判断能力に欠けると判断される人は行為能力を制限する手続きが存在する。

ところが、どうも見ていると、「自由」を享受している割に、それにふさわしい「能力」をもっているとはいいがたい方々がいるのではないかと思われるのだがちがうだろうか。「能力」とかいうとなにやら上から目線ぽいが、そんなにたいそうなことではなくて、たとえば10万円しか持ってないのに20万円使ったら10万円足りなくなるとか、1回10万円払ったらその後毎年ずっと10万円ずつもらえる「減らないお金」なんてものがあるわけないとか、社会生活を送る上で必須の、そういう基本的な知識に基づいて行動する能力だ。これはお金がらみの例だが、他にもいろいろあると思う。要するに、一般的な常識を備えた普通の人が「気をつけよう」と思うことに対して気をつけずにいて「やけど」を負うような人を念頭においているんだが、実はこういう人って意外に多いのではないか。「天然系」と呼べば愛すべき存在に見えるかもしれないが、しゃれじゃすまないことだってけっこうある。

わざわざ免許制にまでする必要があるのか?というと、少なくとも最近は、あったほうがいいんじゃないかと思う状況が増えてるように思う。以前はこういうとき、本人の責任だということで片付けたり、あるいは近親者なりが尻拭いをしたりするケースが典型的だったのではないかという気がするんだが、どうも最近はそうではなくて、能力がない者は政府が面倒みろという風潮がある。自分が能力を欠くがゆえに受けた損害は政府の不行き届きに起因するから責任をとれ、というわけだ。

政府が国民を適切に保護するのはもちろん当然の責務で、なんら異存はない。ないが、その保護に使われる費用は国民の税金だし、保護のために過剰な規制が行われることだってある。その意味で他人事ではない。社会生活を支障なく送る「能力」がない、それゆえ政府がその「責任」をもって保護する必要があるということであれば、それに必要な範囲で、本人の「自由」を制限するのはむしろ当然ではないかと思うがどうだろう。

今も成年後見人制度みたいなものはあるが、「精神上の障害」「事理を弁識する能力を欠く常況」みたいに条件が限定的になってるから使いづらい。「能力がある」がデフォルトで、「能力を欠く」人を特別扱いする制度になってるから、いざ指定しようとするとみんないやがるのは当然。利用が進まないのも理解できる。だからこれをひっくり返して、「能力がない」をデフォルトにして、能力があるかどうかをある程度客観的な試験で認定するしくみにしてみたらどうかということだ。

もちろん、試験なんかで能力を測れるのか、という疑問は大いにある。ペーパーテストでも効果がまったくないということはないだろうけど、それだけじゃねぇ。そのあたりは暴論だから妄想を暴走させると、ある日何の前触れもなしに試験官が悪徳セールスマンに扮してやってきて、・・・なんて試験もやったらどうかな。その後街を歩いてると今度はキャッチセールスに扮したセールスマンが、・・・とか。

たぶん、そんなのはエリート主義だとか、憲法違反だとか、政府の責任を逃れさせようとしてるとか、いろいろな意見があると思う。コストはどうするんだとか、それ自体過剰な規制だとか、中途半端なお墨付きはかえって危険だとかいう懸念もあるだろう。私だってこんなことをやるべきだと本気で考えているわけではない。ただ、「自由」を考えるときには、その裏にある「能力」の問題とか「責任」の問題も一緒に考えなきゃいけないんじゃないか、といいたいわけだ。自由は欲しい、でも能力はないから責任はあなたがとってね、というのは「大人」の態度とはいえないのではないか、と。

もし、いやそれでいいのだというのであればしかたないが、そのときにはちゃんと、メリット、デメリットをわかった上での「国民的合意」というやつを形成していただきたい。自分で自分の責任をとれない人たちのために政府がこれこれの対策をとることを容認しよう、そのためにこういうコストがかかってこういう不便が生じるけどそれは受忍しよう、みたいな。マスメディア連合の大キャンペーンのせいもあるんだろうが、このあたりの感覚ってどうも最近変わってきてるような気がする。「常識」が変化してるのかもしれない。そういうの、みんな納得してるんだろうか?

「大人」になる「試験」といえばこれ。アニメ化もされたがやはりここは原作で。こういう「試験」(「検査」だね本当は)はちょっとこわいけどね。

地球へ… 2
地球へ… 3

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Comments

どうなんでしょ?

日本では大多数の人が自分の中に「分別」というものをもっていて、それがゆえに凶悪犯罪の発生率などがまれにみる低さなんですが、アメリカなどは人は放っておくと野生化してしまうところがあって、なにかあると暴動が起きたり、天変地異が起きたら「野生化した群衆から生き延びる」ためと称して武装しているサバイバリストが当たり前のようにいますよね。

阪神大震災の時に海外の人たち(有り体に言うとアメリカ人)は暴動が起きないのが奇跡だと驚いていたようですが、それこそ免許を持っていない「大人」が多すぎるからだと言うことを証明しています。

日本では種子島に鉄砲が伝来してから世界最大の鉄砲生産、保有国となり、かつまた当時では世界最大の鉄砲を用いた戦も行っていました。しかし、武士達がさんざん苦労して獲得した武芸も、下級戦闘集団である足軽の鉄砲によって倒されることに疑問を抱き、「それは侍としてはどうかと思う」ということで、現在で言う核軍縮を行って鉄砲を破棄してしまいました。まさに「大人」の判断なんだと思います。

なので、鉄砲をとんでもなく大量に作る能力を持ちながら、一方では日本刀を美術品に昇華してしまう、まれにみる「大人」(変な)国だと思います。

一方では確かにモンスターペアレントなどという「大人ではない人」も生まれてきては居ますが。

Posted by: まお | November 24, 2007 01:42 PM

義務教育の「原級留置」を正常に機能させて、
小学校・中学校で、進級・卒業させなければ
いいんでない?

現状だと、20才過ぎても「小学校中学年の判断力」が
あるのか怪しい人々が子どもを作ると
モンスターペアレントになってますし。

Posted by: shino | November 24, 2007 04:51 PM

-入学
-就職
-クレジットカード
-銀行ローン
-単著の出版
が現状だとそんな「おとな試験」の代替になっていたりしますよね。いろいろ問題多いし、多様な価値観を否定する根源になっていたりしますが。

Posted by: otsune | November 24, 2007 06:45 PM

世にも奇妙な物語でありましたね、「大人免許」。
ただ、大衆と言うものは昔から馬鹿の集まりに見えるものです。
知恵のある人は大きい声で喋りませんから。
>まお
危機管理の意識の差です。
ほぼ単一民族国家の日本と人種のサラダボウルと言われるアメリカを同じ物差しで計ること自体無意味です。

Posted by: mira | November 24, 2007 08:56 PM

コメントありがとうございます。

まおさん
「かの国」は大きな国ですし、気軽に一般化しないほうがいいと思います。9.11テロのときは、ビル内の人たちが助け合って避難したという話も聞きますし。日本の場合も、当然人によってちがうでしょう。だから「免許」にしてはどうか、と思ったりしたわけです。

shinoさん
「大きな子どもたち」にも教育が必要、ということですかね。論点が散乱するので本文には書きませんでしたが、試験に合格できない人には教育が当然必要かと思います。その分のコストは受益者負担、でないといけませんね。大人を免許制にするなら、大人とそうでない人との権利義務、社会的立場に今よりもっとはっきりとした差をつけていいのではないかと思います。

otsuneさん
「単著の出版」は「大人試験」なんですか?国際的には日本という国は出版がきわめて容易な国なんだそうで、その意味では大人の基準がゆるい国なのかもしれません。自費出版も入れれば、「クレジットカード」とかと同じベクトルの話なのかもしれませんが。

miraさん
はてブでたくさん指摘されてましたね。テレビはあまり見ないので知りませんでした。私は基本的に「大衆」はけっこう賢いと思っています。ただ個々でみるとそうでもない人もいるよな、と。このへんのあたりが面白いんですね。「wisdom of crowds」というやつ。と、知恵のない(ブログで書き散らしてますからね)私は思ったりするわけです。

Posted by: 山口 浩 | November 25, 2007 08:29 AM

「大人試験」には受かる自信がない30代ですが、すでにある自由を制限する方向ではやはり受け入れられづらいと思います。導入を考えるとすると、試験に受かった人は制限速度がゆるくなるとか現在の制限をゆるくする方向で導入し、新たに作る規制を現在より厳しい基準をデフォルトにして、徐々に移行を考えるのがいいかと思います。
素人考えでは受験は任意にし、同時に合格者の税金は高めに設定すると、合格者が尊敬できるものと認知されやすくなるのではないかと思います。

まあ実際は社会の中に階級を作ることになるので、(特に日本では)難しいと思いますが。

Posted by: nosakat | November 25, 2007 01:37 PM

ハインライン著「宇宙の戦士」を思い出しました。
この話では、退役軍人にしか参政権が与えられていません。

Posted by: RowFill | November 25, 2007 03:47 PM

コメントありがとうございます。

nosakatさん
私は逆に、試験合格者は免除する前提で増税をセットしてやればいいんじゃないか、なんて思ったりします。ま、暴論ですから。ただ、マジな話、成人向けの社会教育は考えたほうがいいんじゃないかと。

RowFillさん
そうなんですか。知りませんでした。抽象化すると通過儀礼ってことですかね。

Posted by: 山口 浩 | November 26, 2007 01:04 AM

自動車の免許みたいなものでしょうか?ゴールド免許とかシルバー免許とか。まあ、増税はセットになっていませんが・・・
姉歯の時に、被害者(今ではそういう言われていますが)たちが、「国や地方自治体が救済するのがあたりまえ」というような態度に見えたとき、マンション購入は「自己責任だよなあ」と感じました。
もちろん、見えないところで小細工していたのですが、単価面積当たりの価格などを見る限り、「こいつはおかしい」と感じるのが普通だと思うのです。
日本人は「疑う」ということになれていないような気がします。全てを疑えというのではなく、何を疑い、何を信じるか、こういう部分が自分を含めて判断する力が少しかけているような気がします。もちろん、自分の都合ばかりを優先する人たちは論外なのですが。

Posted by: kkyamasita | November 26, 2007 09:53 AM

kkyamasitaさん、コメントありがとうございます。
免許証の色は保険料に影響しますから、「税」そのものではないにしろ、似た要素はありますね。
私は、責任は足して100%となるようなものではないと以前から主張していますので、耐震偽装の件について政府に責任がなにがしかあるにせよ、そのことで個人の注意義務がまったくなくていいということにはならない、と思います。

Posted by: 山口 浩 | November 27, 2007 12:55 AM

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