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マスコミと格差に関する質問を受けた話

アメリカでジャーナリズムを研究している大学院生の方から、メールでコメントを求められた。なんでも、「日本の格差社会に対するメディアの姿勢を課題にメディア論」の論文を書いているのだそうで、面識はないのだが、私のブログを見て意見を聞きたいとのこと。いわゆるマスメディア論だったら他に適任者がいくらもいるだろうと思うのだが、まあきっと他の人にも聞いてるだろうし、聞かれた以上なんかしら返しときたいし、というわけで、少しだけ考えてみることにした。

メールでまず返すのがスジかとは思うが、せっかくなので、いきなりブログで書いてみる。「ブログで書くことを期待」みたいに書いてあったので、まあいきなりブログでも文句はいわないだろうと思う。このテーマだと、たぶん、ご意見のある方がたくさんいるのではないかと思うので、コメント欄でもトラックバックでも寄せていただきたい。大学院生の方にも参考になるのではないかと思う。

質問事項は以下の通り。

1. 日本のマスコミは格差問題を「誇張」していると思いますか?
2. 日本の格差問題は1990年代から学者などの間で論じられていますが、マスコミはなぜ今となってこの問題を集中的に取り扱うのですか。
3. アメリカのメディアは日本のように不平等問題を大きく報じません。日本のマスコミが格差問題を報道する動機は何ですか?
4. 格差社会の報道が及ぼす社会への影響は何ですか? 
5. マスコミは日本が不景気のときに常に悲観的な見方だけを大衆に伝えましたが、格差問題に対しても悲観的すぎる傾向はありますか?

なかなかタッチーな質問をずばりと。というか、まあ方向性が既に見えてるっぽい質問のしかたではある。私がその方向に近い答えをするだろうという期待があったんだろうか。そう思うとつい裏をかいてやろうとか考えたりしがちなひねくれた性格なんだが、院生さんにいじわるするのも何だし。
ということで順番に。

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1. 日本のマスコミは格差問題を「誇張」していると思いますか?

そもそも「格差」をどう定義するかにもよるだろうが、とりあえずラフに「能力や努力に起因しない収入の差」ぐらいと考えておく。「誇張」というのを、実際以上に大きく見せようということ、という意味にとるなら、必ずしも誇張とまではいえないのではないか。実際に格差はあるし、近年拡大方向にあるのもまちがいないようだし、何より実際に解決すべき問題はあるし。ただ、関心が集中しがちであるとも思う。「旬のネタ」扱いとでもいおうか。それから、それがここ数年の政策だけに起因しているかのような伝え方が散見されるが、あれはミスリーディングだろう。たとえば、このテーマでよく出てくるジニ係数だが、その長期推移がこちらに出ている。素人考えだが、長期的にみると、この問題を語るときによく基準とされてる1970年代あたりというのは、敗戦とその後の一連の改革によって発生した、日本の歴史の中でも特異な時期の終わりごろにあたるのではないか、とみることもできるかもしれない。ちなみに、ジニ係数はあくまで所得の集中度合いを示す指標であって、「能力や努力に起因しない収入の差」を示したものでは必ずしもない(「モーレツサラリーマン」と「無責任男」が同じ給料だとしたら、それはそれで格差だという議論も充分ありうる)。ただやはり全く関係がないというのも極論で、少なからず関係はあるだろう。


2. 日本の格差問題は1990年代から学者などの間で論じられていますが、マスコミはなぜ今となってこの問題を集中的に取り扱うのですか。

もちろんそれが大きな社会問題になったから、ということだろうが、これはいいかえれば「旬のネタ」になったから、つまり、人々の関心事項になったからだともいえる。「格差」はいまや流行語となり、何に対しても「格差」ということばを使えば注目を集められる状況になった。たとえば、80年代に男女間の雇用機会の差が問題になったが、それを「格差」とは呼ばなかった(追記:当時はそういうのは「差別」と呼んだかな)。しかし今なら「格差」問題の大きな要素ととらえられるだろう。関心事項になった背景にはいろいろな理由があるだろうが、大きな要素は、格差がこれまでより「身近」に感じられる状況が生じてきたことと(たとえば派遣社員が増えてしかも正社員と同等の業務をするようになった、最近の雇用環境の改善でバブル崩壊世代の不利さが浮き彫りになった、団塊世代が定年を迎えたことで高齢者間の所得差に注目が集まった等)、それを当事者が「現場」から発信できるメディア(つまりネット等)が発達してきたことではないか。マスメディアの人たちは、自分たちに見えていなかった「現場」の突然の出現に焦って、ひょっとしたら一生懸命ネット等の後追いをやっているのかもしれない。


3. アメリカのメディアは日本のように不平等問題を大きく報じません。日本のマスコミが格差問題を報道する動機は何ですか?

基本的には、「それが旬だから」ではないかと思うというのは上記の通り。ただし、逆に、アメリカのメディアが格差問題を大きく報じないならそれはなぜかを知りたい。「どこかで誰かがうまくやっていて、そのために自分たちは困窮している」というのは、おそらくアメリカでもかなり強い訴求力をもったテーマのはず。マスメディアがとりあげれば、売上を増加させることができそうなのに、そうしないとすると、それはいったいいかなる考えからなのか。それを考えると、逆に日本のマスメディアがなぜ集中的に報道するかを理解する助けにもなるのではないか。ひょっとしたらヒントになるのではないかと思うのは、日本のマスメディアが、非常に熱心に「庶民の視点」、それも庶民の中でも、平均というより平均以下の「社会的弱者」レベルに視点をおいていることを強調しようとする点。アメリカでも、比較的裕福な人の間にリベラルな政策への支持がけっこうあると聞くが、どうも日本の状況ほどではないようにもみえる。日本のメディアの人たちは、こうした視点の置き方を「感度の高いメディア」であることの証、ととらえているのかもしれないし、あるいは自分たちの給与が平均的な労働者よりはるかに高いことに対する免罪符と感じているのかもしれない(ひょっとしたら、自分たちも「弱者」であると本気で考えているのかも。(追記)最近立場が弱かったいわゆる左翼的志向の人たちがやっと「安住の地」を見つけたという要素もあるかも、といったらいいすぎか)。また、こと新聞に関していえば、注目を集めやすい「有力紙」の発行部数が日本ではかなり大きいゆえに、より「大衆的」な論調を志向するほうが有利という要素もあるかもしれない。


4. 格差社会の報道が及ぼす社会への影響は何ですか? 

格差問題に対する社会の認識を高めるという教科書的なお答えはさておき。格差社会そのものでなく格差社会の「報道」の影響、つまり格差が必要以上に報道されているという認識を前提として、その過剰報道の社会的影響、と解釈すれば、一番気になるのは、政府の責任を強調するあまり、「政府がちゃんとやれば格差問題は解決する」といった空気を醸成しているように思われる点。ごく一部の大金持ちが収奪しているというより、自分では「弱者」だと考えている(実際、多くは「弱者」なんだろう)小金持ちがたくさんいる現状では、大規模な格差対策には「庶民」の間での所得再分配が必要となるはず。そうした再分配政策に伴うであろう「庶民」の「痛み」については、あまり報道の中にはあらわれていないように思うが、自らに火の粉が飛んでくるのを恐れるあまり、この点を避けて通ろうとすることは、議論をミスリードするおそれがある。


5. マスコミは日本が不景気のときに常に悲観的な見方だけを大衆に伝えましたが、格差問題に対しても悲観的すぎる傾向はありますか?

あると思う。それはマスメディアというものの性質上ある程度やむを得ないとは思っていたが、それがもしアメリカではそうでないのだとすれば、質問3への回答と同様、なぜアメリカではそうなっているのか知りたい。通俗的な考えでは、日本では悲観的なほうが頭がよさそうにみえる、という説明もあって、それもあるかも、という気がしなくもないのだが、もう少しちゃんとした説明があるのではないか。それを知りたい。
(追記)人は悲観的な予測により強く反応するみたいな説明は当然ありうるが、これだけでは日本とアメリカ(他の国も?)の差(があるという前提の質問だよね?)への説明にはならない。日本の「特殊事情」とは何なのか、そこがポイント。

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つっこみどころがたくさんあるだろうと思うが、とりあえずこんなところで。

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Comments

質問をいただいた大学院生の方から、こちらからの質問への回答をいただいた。なんだかコメントがはねられてしまったようなので、メールでいただいたものを転載。

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インタビューをリクエストした大学院生の者です。ブログでご丁寧に私の質問に答えてくださり、ありがとうございます。

何故アメリカでは格差があまり報道されていないか。

いろいろな説があると思います。まず、アメリカが資本主義で成り立っている社会であること。「アメリカン・ドリーム」というぐらいだから、勝ち組があって当たり前だという考えが一般的に多いです。

また、60 年代の公民権運動に比べると、ジャーナリストの顔が変わり、今、米メディアはエリートたちにより運営され報道も行われるようになりました。なので、「庶民の視点」といったものは失われています。また、広告費が主な収入源であるメディアは、購買力のあるお金持ちを読者にして、「お金持ちの視点」から書いたほうが、スポンサーも喜びます。NYタイムズを開くとティファニー、カルチェなどブランド物のメーカーや高級デパートの広告が多いです。

あと、アメリカであまり「平等」とかいうと、コミュニストに疑われてしまうので、メディアはそれを避けている部分もあるのではないでしょうか。少なくとも冷戦時代はそうだったと思います 。

アメリカは日本のメディアよりも楽観的です。私が読んだ本によるとこれは、Founding Father たちの思想が今も生きているからです。アメリカの楽観主義を生んだ人といわれる元ジャーナリストそして詩人であるウォルト・ウィットマンなどの影響が米メディアでは今も強いそうです。

わかりにくい説明で申し訳ないです。山口先生にいただいたコメントを早速、引用させていただきます。

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なんとなく想像していた路線に近いような気がします。
まとめると
・アメリカン・ドリーム志向
・アメリカ的楽観主義
・「消費が王様」文化
・コミュニスト忌避
ぐらいですかね。これを裏返すと「日本」になるんでしょうか。たとえばこんなのとか。
・「滅びの美学」志向
・日本的悲観主義
・清貧を尊ぶ文化
・ムラ的共同体幻想
なんか妙にキャッチー狙いでいいかげんぽいですね。失礼しました。

Posted by: 山口 浩 | December 09, 2007 at 02:51 PM

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