« 「故ブット元首相の息子」からメールが来た話 | Main | 衆院選予測市場:2008年1月15日時点 »

January 11, 2008

「リスクが取れる人材」は賭け麻雀で育つ、という話

全国1千万人の日下公人ファンの皆さん注目!これはすごい。「現実主義に目覚めよ!ニッポン:グローバル・スタンダードの罠に陥るな!」の第70回「リスクを取れる人材をどう育てるか」。

ぜひ原文でじっくり味わっていただきたい。繰り返すが、これはすごい。

優れた文章は書き出しから読む者の心をわしづかみにする。これもそうだ。こんな文章から始まる。

街を歩く会社員たちの顔を見ていると、昔はいなかったような顔つきの人を見かけることが増えた。

「昔」っていつだよ、という突っ込みをさっそく入れた人が100万人ぐらいいるだろうと思うが、それがすでに術中にはまった証拠。で、どんな人かなというと。

まず、とても賢そうな女性がキッとした顔で歩いている。その人たちはたいてい外資系、その中でも金融証券業に勤務している。毎日数字やウェブの画面を見て、一瞬の決断で売り買いして、結果を出さなければいけないのだから、顔が険しくなるのも分かる。

さすがだ。達人は街で見かけただけの人が外資系金融証券業に勤務しているかどうかを見抜くらしい。「たいてい」というからには、「賢そうな女性」の中から外資系金融証券業勤務の人とそうでない人までも区別できるようだ。これをすごいといわずして何をすごいというか。…ひょっとして、街で見かけた女性にすべて声をかけて、外資系金融証券業勤務かどうか確かめてるとか?だったらもっとすごい。ナンパ師も顔負け。

ともあれ先生、そういう険しい顔をした女性がお好みらしい。

わたしはそういう人に成功してもらいたいと思っている。みんなで応援したいものだと思っている。

勝手に「みんな」にされても困るんだが、まあ一生懸命仕事に取り組んでる人を応援したいと思うのは同感だ。私は別に女性だけでなく男性だって応援したいと思うけど。ところが。

どういう人がリスクの中からリターンを得ることができるのか。日本人はそれを議論したことがない。そういう人はただ嫌われる。成功したら嫌われるし、失敗したら「それ見たことか」と言われる。

私の周辺には「リスクの中からリターンを得る」ことについていつも議論してる人がたくさんいるんだが、日下さんの周辺にはいないらしい。少なくとも、「応援したいものだと思っている」外資系金融証券業の女性社員の皆さんとは、残念ながらあまり交流できていないようだ。ご愁傷様なことである。

で、何で女性にこだわってるかを説明してるくだりがある。女性のほうがリスクを取れる条件が整ってると。ここだけは必要だと思うので省略せずに。

女性の方がリスクを取れる条件がそろっている
 険しい顔で金融、証券業に取り組むような人たちは、いったいどこから現れてきたのか。その多くは女子大学生である。
 男は法学部とか、経済学部とか、文学部とか、商学部とかいろいろ分かれているが、数学と金融をやって大いにほめられて就職したのは女性が多い。女性は何事もまっすぐに取り組む。そして大学で数学や金融を学んで、外資系会社に就職する。
 大雑把な言い方になるが、イチかバチかの勝負はどちらかというと女性の方がトライする。なぜなら、一般的に女性は男性を養うわけではないからで、家庭がある男性はそれほど大きな冒険はできない。
 かつて社会党が「この次は絶対に社会党の時代だ。大量当選するぞ」という時に、立候補者を集めたら女性ばかりだったことがある。男性は落選したら困るけれど、女性は落選してもそれほど困らない。小泉チルドレンや小沢チルドレンにも同じことを感じる。
 つまり、リスクを取れる条件は女性の方がそろっている。そこで考えるべきなのは、彼女たちが持つべき精神状態である。だが、そういうことは誰も言わない。「海外をもっと広く見ろ」とか、「情報を集めろ」とか、「インテリジェンスを持て」とか、そんな程度のことしか言われていない。

うむ。男性は物事にまっすぐ取り組まないらしい。そうなのか。で、イチかバチかの勝負をしないと。理由は「一般的に女性は男性を養うわけではないからで、家庭がある男性はそれほど大きな冒険はできない」と。いや、20年も前ならまだこういう議論もアリだったように思うが、今のご時世でこれを正面から書ける人はそう多くない。まさに「大物の証」であろう。

で、次に話は「インテリジェンス」へと進む。「人と出会って話をすると、多くの日本人はあまりインテリジェンスがないなと思う」のだそうだ。私は頭が悪いので、日々「頭のいい人がたくさんいるんだなぁ」と思いながら暮らしているのだが、やはり器の違い、なのだな。私には、

外務省の人でも、警察の人でも、防衛庁の人でも、大臣経験者でも、話しているのを聞いていると、「そんな浅はかなことでいいのかね」と思ってしまう。

なんてことはとてもいえない。だいたい大臣経験者と話した経験なんてないし。

ともあれ、日本人にはインテリジェンスがないと。「いつまでたってもマスコミ情報の受け売り、公式見解。個条書き、大学で教えるような話、黒板の上の理論、あるいは外国人から聞かされた話ばかり」をしてるような人にはリスクをとった運用はできない、と。大学関係者として恥じ入るばかりである。

この方にいわせれば、リスクをとるのは、誰にでもできることではない、らしい。日本で運用をやってる人にはできないのだそうだ。

冗談言うなとわたしは思う。本当にリスクを取ってパーになったらどうするのだ。リスクを取って、しかも成功する人はどんな人かを考えるのが先である。

私の知ってるファイナンスでは、「パー」とまではいわないが、損失をこうむる確率がゼロではないことを「リスクをとる」というのだが、日下先生にいわせれば、リスクをとっても必ず成功できる人でないと認められないわけだ。これはなかなか難しい。なるほど人を選べというわけか。もちろんこれは、誰にでもできることではない。なぜなら。

そもそも運用する人は他人の金を運用する人である。自分の金を運用した経験もないのに他人の金を運用しているから、責任感がある人はノイローゼになって当然である。

そうか私が知っている運用担当の人たちはみんな責任感がなかったのか。こりゃたいへんだ。で、話は投資教育へと進む。ファイナンスでは、リスクは避けられないから、リターンとの兼ね合いでそれを許容するという感覚を養うための投資教育を強化しないと、みたいに考えるわけだが、リスクをとっても成功しなければならないという日下先生は、そんなものは無意味だという。最近証券会社とかがいろいろやってるような、小学生に「株の架空売買」なんてものをやらせてもだめだと(いや別に投資教育が即「株の仮想売買」ということはないと思うんだがね)。まかりまちがって自分の能力を過信させるようなことがあると、ろくなことにならないと。

まあ確かに仮想市場と現実の市場はちがうよねぇ。つまり先生、「本当に金融や証券に強い子どもを育てようと思うなら、もっと違ったアプローチ」がいいと推奨しているわけだ。具体的には、「自分の金を運用」する経験こそが、金融や証券に強い子どもを育てるために必要だと。で、それは果たして何かというと、

パソコンの画面で学ぶより麻雀でもした方がよっぽど勉強になる。

これだ!これが秘策だ!!つまり小学生に賭け麻雀をさせることこそが、金融や証券に強い日本人を育てるための秘策なのだ!ただの麻雀ではない。自分の金を張った賭け麻雀でないとだめなのだ。この慧眼。小心な私にはとてもこんなことは書けない。敬服するしかないではないか。

ちなみに、このコラムの最後の文章では、こんなことを書いてる。

インテリジェンスがなく、インフォメーションもなく、データだけが頼りの資産大国では運用が成功するはずはないから、担当者の顔が険しくなるのも無理はない。

あれ?冒頭では街を歩いている「とても賢そうな女性」が険しい顔つき、と書いてなかったっけ?それが「数学と金融をやって大いにほめられて」「外資系会社に就職」した女性たちなんだよね?ほめてたんじゃなかったの?あ、そうか、そういう女性たちも子どものころから賭け麻雀をやってなかったから、結局だめだといいたいわけなんだな。なるほど。

結論。日下公人先生によれば、子どものリスク教育には賭け麻雀。お正月には家族そろって賭け麻雀。不幸にして負けちゃった子どもは、運用はあきらめて、優秀な人に任せよう。それでお年玉を倍に増やすような子どもが、次代の日本を背負って立つ人材なのだな。がんばれ!子どもたち!


何はともあれ、基本の麻雀牌セット。電子ゲームはだめね。あくまで人間相手、というのが趣旨らしいので。


一歩先を行く運用人材をめざすなら、麻雀卓も。今や時代は全自動。ご家庭でも本格派で。


幼稚園のお子さまにはさすがに早いかもしれないから、このあたりはいかが。


「勝負師の哲学」はこの名著で学ぼう。


まずはルールから覚えないと、という方はこちらなど。「東大式」だぜ。


ヲタの皆さんはこちらもお忘れなく。

|

« 「故ブット元首相の息子」からメールが来た話 | Main | 衆院選予測市場:2008年1月15日時点 »

Comments

日下氏は、是非母校の東大経済学部に麻雀学部の設立を提唱して頂きたく。

もちろん必須科目は自腹の賭け麻雀と投資ですよね。一度も負けず運用成績もマイナスにならなかった人材は、東大ブランドもついてきっとひっぱりだこに・・・。

Posted by: 名無之直人 | January 11, 2008 09:55 AM

麻雀ですか..

それこそ、ゲーム感覚で、投機に走る人を増やす
ことになるのではないでしょうか。私は、投資と
投機は違うと理解しているのですが...

Posted by: ひろん | January 11, 2008 04:19 PM

記事とは全く無関係な純粋な一般論ですが、「法の支配」とは、為政者の偏見によって著しい不利益を国民が被ることのないように作られた制度だそうです。

Posted by: うほ | January 11, 2008 05:28 PM

コメントありがとうございます。

名無之直人さん
麻雀学部は難しいかもしれませんが、経済学部に「ギャンブル投資理論」なんて科目を作ることはできるかもしれませんね。どこかで「競馬は投資だ」という話を聞いたこともありますし。

ひろんさん
「投資と投機はちがう」というのは、授業でもよく話をします。一応その通りなんですが、その意味でいくと、「投資家」と呼べる人は世の中にそんなに多くないのではないか、とも正直思ったりします。

うほさん
ごめんなさい。私には意味がまったくわかりません。「法の支配」については、高校の政治経済あたりで習う内容かと思いますが、この件に何か関係するんでしょうか?賭博罪の話ですか?

Posted by: 山口 浩 | January 12, 2008 09:27 AM

日本でトランプゲームのブリッジが流行らなかったのは、リスクをとって勝負する文化がなかったからだ、という話を聞いたことがありますよ。僕もできることなら定期預金の金利が7~8%だった時代に戻って欲しいですw

Posted by: 小野憲史 | January 13, 2008 08:31 PM

小野憲史さん、コメントありがとうございます。
そういう話があるんですか>ブリッジ
日本人が文化的な要因でリスクをとらないという話をよく聞きますが、宝くじやらパチンコやらが広く受け入れられていることからすると、どうもいまひとつ納得がいきません。トランプそのものが大人の勝負ごとの道具としてというより、子どものおもちゃとしてみられているという要素があるのではないかと思ったりしますがどうなんでしょうか。

Posted by: 山口 浩 | January 14, 2008 01:13 AM

>子どものおもちゃ
確かにそういう側面もあると思います。ただ、宝くじやパチンコなら負けても自分一人がへこむだけですけどね。トランプゲームでもポーカーだって同じです。ブリッジは下手なビディングをすると、パートナーに迷惑をかけますから。ナポレオンも同じ。いやー、いたたまれませんW

Posted by: 小野憲史 | January 14, 2008 08:06 PM

小野憲史さん
日本のテーブルゲームでチーム戦をやるのってあまり記憶にないんですがあるんでしょうか。そのあたりも普及しない原因だったりしますか?

Posted by: 山口 浩 | January 15, 2008 01:42 AM

言われてみれば確かにチーム戦で遊ぶテーブルゲームは、日本にはあまりありませんね。駅伝が大好きな民族なのに、おもしろいモンですね。やっぱり見るのと、やるのでは大違いなんでしょうかw

Posted by: 小野憲史 | January 15, 2008 08:10 AM

小野憲史さん
連想しました。日本発のスポーツにも団体戦のものってほとんどないのではありませんか?駅伝は例外ですが、たしか大正時代ぐらいからですから、「伝統的」とはいいがたいですね。武道発のものが多いからですかね。文系のものでは連歌とかありますけどね。ま、あまり法則性はないのかもしれません。トランプに関しては、やはり「子どものもの」という位置づけがなされてきたからという要因が大きいように思います。

Posted by: 山口 浩 | January 15, 2008 03:40 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「リスクが取れる人材」は賭け麻雀で育つ、という話:

« 「故ブット元首相の息子」からメールが来た話 | Main | 衆院選予測市場:2008年1月15日時点 »