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February 09, 2008

市場は「愚か者」を必要とする

経済産業省の北畑隆生事務次官が2008年1月25日開催の経済産業調査会主催の講演会で デイトレーダーを「バカ」と発言して物議を醸しているとか。で、そういう株主はどうせ会社経営に関心なんかないんだから無議決権株式を取引させとけばよい、と。

いやなかなかいいことをいうじゃないの。

中日新聞では、こんなくだりを伝えている。

北畑次官は「企業は株主のものか」という題で約2時間、自説を展開。その中でデイトレーダーについて「(経営)能力がないという意味ではばか。すぐに(株を)売るということで浮気者。無責任、有限責任で配当を要求する強欲な方」と発言したという。

この方、もともと放言癖があってたびたび物議を醸しているとどこかの記事に書いてあったのだが、もちろんご自身の確固たる信念に基づいたものだろう。ところがなんだか経済産業大臣を含めたあちこちから批判が出て、「慎重さを欠いた」と陳謝したらしい。なんだ打たれ弱いのね。ただ「慎重さを欠いた」ことを詫びているのであって、「まちがっていた」と詫びたわけではないようだ。

釈明が必要だといわれたらしくて、経済産業省のウェブサイトに、講演録が公開された。ただし、「ばか」発言のくだりは削除されている。もったいない。それではせっかくの「真意」がわからなくなるではないか。まちがっていないと思うなら堂々と出せばいいのに。で、講演録をぱらぱらと30秒くらいブラウズしたら、デイトレーダーに言及している部分があった。もとはこのあたりにあったのかな。

従業員は会社に入ったら、四十年間、会社のことを考えています。この点は、日本の長期雇用の慣行と関連しています。それに対して株主は、そんな長期に考える必要はありません。朝、その会社の株を買って夜には売ってしまうデートレーダーもいます。もちろん、このような売買で利益を上げることは株主の当然の権利として認められています。しかし、デートレーダーが会社の所有者だといっても、実体的には、どうも納得感が得られません。それから、会社が仮に倒産をしそうなときに、普通は会社を倒産させないために、先ほどの百円ライターの労働者のように経営陣以下、借金返済に一生懸命努力をします。しかし株主権利は有限責任で譲渡可能性がありますから、この会社はもうだめだと思ったら、株主は見限って出て行くことが容易です。ですから、よくいわれる経営者のモラルハザードだけではなく、株主にも随分モラルハザードが生じうるのです。

従業員や経営者は会社のことを考えて努力する、というのはまあ世間話的にはかまわないんだが、ここでの話題はモラルハザードなわけだ。株主のモラルハザードについて話すなら、それと少なくとも同程度に、経営者や従業員のモラルハザードを論じるのがまっとうな考え方(というか、歴史的にはそっちの方が伝統的だし、買収みたいな話が起きる企業では経営者や従業員のモラルハザードが起きてる確率が高いし)だと思うのだが、まさか知らないこともないだろうから、聴衆に合わせたんだろうか。まあいいたいことはわかるからいいや。

要するにここでのポイントは、デイトレーダーは「会社の持ち主」とするに値しないということだ。デイトレーダーは、会社を経営する能力も持たない「ばか」だからこんなやつに議決権を与えるべきではなく、どうせすぐに株を売ってしまう「浮気者」だからそんなやつの利益など無視すべきで、会社の将来に対して「無責任」なやつだから冷遇されて当然で、にもかかわらず配当を要求する「強欲」なやつだから地獄に落ちろ、というわけだ。いやそこまではいってないか。とはいえそういう雰囲気であろうことは想像できる。そこで「企業は株主のものか」という講演タイトルとつながる。当然これは反語的表現で、「企業は株主のものではない」もしくは「企業は株主だけのものではない」という趣旨だろう。デイトレーダーを排除するという意味なら「一部の株主は企業の持ち主ではない」というほうがいいかな。

なるほど「ごもっとも」ではないか。デイトレーダーは「ばか」で「浮気者」で「無責任」で「強欲」だ。なぜなら、それが株主というものの本質だからだ。私はデイトレードはやらないが、泡沫投資家の1人として、「ばか」で「浮気者」で「無責任」で「強欲」であることを自認する。他の投資家の方々もおそらくそうだろう。そもそも株式会社制度というのは会社の「所有」と「経営」を分離するのに適したしくみとして普及した。会社は「ばか」で「浮気者」で「無責任」で「強欲」な株主からの資金を集めることによって資金調達能力を増し、株主は「ばか」で「浮気者」で「無責任」で「強欲」であっても会社経営から得られる利益の一部を配当として得ることができるようになった。つまり株式会社という制度はそもそも、株主が「ばか」で「浮気者」で「無責任」で「強欲」であってもいいように成立したものであるといえる。「知恵」と「金」を交換することによって、お互いに不足するものを補いあうしくみなのだ。

株式を市場で売却できるのも同じ。「ばか」である株主は経営者に助言などできないし、言ってもどうせ聞いてもらえない。だから「売る」という退却手段が必要なのだ。そして、株式売却は投資家としてのリスク管理の重要な手段の1つであるから、売りたいときに売れる流動性に起因するプレミアムは、株式の価値のうちのかなりの部分を占めている。このとき最も大事なことは、「買い手」がいるということだ。会社の経営が悪化して今後株価が下がるだろうと思ったとき、買ってくれる「ばか」な投資家がいなければ、株式を売って逃げることもできない。株式市場では、投資家間の情報の非対称性があまり大きくならないような制度が設けられている。取引が生じるのは、そこに見通しを誤った「ばか」がいてくれるからだ。こうした買い手の存在が、株価の必要以上の下落を防ぐ。大暴落は、「ばか」がいなくなったときに起きる。市場が円滑に機能するためには、一定数の「愚か者」が必要なのだ。これが上場企業にとってメリットでなくて何であろうか。

当然ながら、この「愚か者」は常に一定であるとは限らない。あるときに正しい判断ができたとしても、別のときにまちがったりするのは当然。常に正しい判断を下せる者が少ないのと同様、常にまちがう者もそれほど多くないだろう。程度の差はあろうが、誰もが賢く、同時に誰もが愚かなのだ。

というわけで、市場には一定数の「愚か者」がいなければならない。しかしデイトレーダーの方々は、その役割を一手に引き受けるには残念ながらちと力不足だろう。東証の最近のデータをみると、東証の株式取引金額のだいたい2割前後が個人投資家のもの。で、日本証券業協会の「個人投資家の証券投資に関する意識調査」を見ると、個人の株式保有者のうち、平均的な保有期間が1年未満の者はだいたい36%。平均保有期間が1日以内のデイトレーダーに絞ると0.4%しかいない。上記調査では、デイトレーダーと層が重なるであろうネット取引経験者は、2006年中に、ネット取引をしない個人投資家と比べてかなり高い比率で取引損失を出している(ネット取引をしない人は損失が出ても売らない傾向が強いから当然売却損はでないわけで、能力差の証明にはならないが、少なくとも取引に参加しない以上流動性にも貢献しないとはいえる)ようだが、これだけではだめだ。とても市場を支えることはできない。

しかし大丈夫。「愚か者」はデイトレーダーだけではない。個人以外の投資家の平均的な保有期間については不勉強でよく知らないが、早稲田大学の首藤恵先生の研究(「機関投資家の行動バイアスの国際比較」)によれば、日米独の比較において、日本の機関投資家は有意に投資ホライズンが短く、群れ行動、リスク回避型である由。少し前のものであれば、同じく早稲田大学の米澤康博先生の著書(「株式市場の経済学」日本経済新聞社、1995年)に、80年代の日本の機関投資家の投資行動を分析したくだりがあって、それもやはり順張り型でしかも後追い傾向が強い、とある。ああよかった。日本の機関投資家の中には充分な数の「愚か者」がいてくれるようだ。彼らが、デイトレーダーが取引している金額と少なくとも2桁はちがうであろう金額を売買してくれている。これなら市場はちゃんと機能する。

ここで北畑次官の「ばか」発言に戻る。この発言は、上記の流れでいえば、現在の株式会社制度の根幹を否定するものだ。別にそれが悪いとはいわない。株式会社制度の問題点はすでに広く知られている。コーポレートガバナンスの制度や理論は、株主と経営者の間のパワーバランスをシーソーのごとく揺らしてきた。株主の短視眼的な利益追求が長期的な発展を阻害するという考え方は充分ありうるし、実例もたくさんあるだろう。どうすればいいか。北畑次官は無議決権株式の上場を提言したようだが、その意図からいうなら、デイトレーダーだけでなく、短期売買を繰り返す機関投資家の皆さんや外人投資家の皆さんも、議決権を持つ資格はない。としたら、証券取引所の売買の大半が対象じゃん。これは影響が大きすぎる。そもそも短期売買がいやならOTC取引で充分で、証券取引所を利用する必要もない。ならば。

「愚か」な株主がいやなら、上場などやめてしまえ。

実際、講演の中で北畑次官もMBOを行った会社の例を引いて、株式市場から出て行くという選択肢について言及している。資金はあるところにはある。力のある企業なら資金調達は充分できるだろう。そういう意味であるならば、その限りにおいて北畑次官のご意見に同意できる。なかなかいいこというじゃん。逆にいえば、少なくとも、現在の株式市場で「愚か者」たちの資金をあてにして、「愚か者」たちのおかげで得られた流動性を前提とした株価を享受している企業に、「愚か者」たちを排除する理屈などないということだ。

ちなみにこの「ばか」発言、principal-agentの関係からいえば、agentの立場に立ってprincipalを批判する(「ばかなprincipalのいうことは聞かんでよろしい」ってわけだ)ものなわけだが、こういう発想って、agentの最右翼たる官僚ならでは、という感じもする。こちらのほうの「principal」についても「ばか」で「浮気者」で「無責任」で「強欲」、と思ってるんだろうか。

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