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March 13, 2008

週刊文春に見出しのつけ方を学んだ話

たとえば、こういう見出しの記事があったとする。

「2人殺傷主婦がハマっていた『○○』」

この見出しから、どんな内容の記事を想像するだろうか。

私の想像はこう。

・2人を殺傷した主婦がいる。
・この主婦は「○○」にハマっていた。
・この「○○」は殺傷事件の原因となったか、強い影響を及ぼした。
・「○○」はこれこれこういうものであり、ここが問題である。

特に、この「○○」はカギカッコつきで強調されているから、この記事の主題は「○○」であろうと思うのが自然だ。当然、この「○○」がどんなものであるのか、どんなふうに問題なのか、知りたいではないか。読みたくなるではないか。

で、買ってみた。今日発売の週刊文春2008年3月20日号だ。実際には「2人」は「奄美2幼児」であり、「主婦」は「中国人母」だ。つまり「奄美2幼児殺傷中国人母がハマッていた『残虐』ネットゲーム」」となる。新聞でちらりと見かけただけだが、凄惨な事件だ。亡くなったお子さんのご冥福をまずお祈りするわけだが、いったいそんな事件を引き起こしたのは何なのか、やはり気になる。

読むと、記事はまず殺害された子どもの状態を生々しく描いている。正直、ここまで書く必要があるのだろうかと思う。週刊文春というと、世の善良な男性諸氏、おそらくは中高年の「お父さん」向けの雑誌なんだろうが、そういう方々はこんな残虐な表現がけっこうお好きなのかな。

で、次にこの「中国人妻」について、これまでの経緯を書いている。結婚の経緯は、日本人男性と結婚する中国人女性でよく聞くようなケースのようにも見える。ところが、昨年ごろから変化が起きたと。精神のバランスを崩したらしく、「昨年しばらく、精神科に入院していたんです」とある。

ここで初めて「○○」が登場する。「ホスト」でも「パチスロ」でもなく、「残虐ネットゲーム」だそうだ。私は不勉強で、いったいどの「ネットゲーム」なのか想像がつかない(ご存知の方ぜひご教示を)。FPSみたいなのか?こんな感じのか?そんなに残虐なのか。どのくらい?

で、読み進んだが、それらしい記述は記事全体で次の2箇所だけ。

「昨年の夏、店に言ったら、××(注:幼児の父)が『嫁がインターネットに入れ込んで、夢と現実がゴッチャになって、おかしくなった。…』」
「母親が残虐なインターネットのゲームを朝方までやって困るので、パソコンを取り上げたと言っていました」

その「残虐ネットゲーム」が何で、どんなものなのかに関する記述はない。一切、ない。それどころか、「ネットゲーム」にあたることばすら、記事の中でも上の1回しか出てこない。記事の本文を少しでもまじめに読んで、常識をもって判断すれば、この事件の背景として注目すべきが、日本人と結婚した中国人女性が置かれた生活環境や、心の病に追い込んだ精神的なストレスそのものにあるだろうことは容易に想像できる。もちろん部外者には真の原因はわからないが、それは記事を書いた記者も同様のはず。その「残虐ネットゲーム」について何も書けないなら、見出しに使わなきゃいいじゃん。

となると、あの見出しは、この記事の内容を示したものといえるのか?と思うのだがどうだろうか。これって、「かわいいワンちゃん」という見出しでこういう画像を見せるのと同じくらい「悪質」ではないか(いや別に「あの方」に対して悪意はないので念のため)。

こういう見出しのつけ方って明らかにおかしいよなぁ、と思ってはみたのだが、待てよ私は見出しのつけ方について何も知らないじゃないかということに思い当たった。ちょっとは勉強しよう、と思ってぐぐったら、最初に出てきたのがこれ。讀賣新聞に、「徳永先生の新聞教室」なるシリーズがあって、その第11回(2005年12月7日)に出ている「読みたくなる見出しのつけ方」。この「徳永先生」というのは、元・茨木市立太田中学校教諭の徳永祥子先生。新聞活用教育のベテランで、「よみうり教育支援アドバイザー」(今は知らない。少なくとも2005年当時)であるそうな。おおよかった。子ども向けならわかりやすかろう。

で、徳永先生によると、中学生が自分たちで新聞を作る指導の際教える、見出しをつけるコツは以下の4点であるそうな。詳細は本文をお読みいただくとして、さわりだけ抜粋する。

(1)3回読ます
普通、ニュースは「見出しと前文と記事とで合計3回読ます」と言われています。見出しは玄関にあたります。(中略)読みたくない見出しだったら中には入らないでしょう。

(2)伝えたいことを快い響きで
読みたくなる見出しというのは、その記事で伝えたいことが簡潔に表現されていて、しかも快い響きがあるから心に留まるのではないでしょうか。

(3)生徒のひらめき
生徒の中には一瞬のひらめきで、すぐ見出しを作ってしまうことが多々あります。

(4)字体の工夫やカットを
見出しをつける際、細かいことですが、複数の見出しで1本が体言止めならば、他は動きのある言葉にするなどの配慮が必要です。

なるほど。確かに週刊文春のあの記事の見出しは、読みたくなる見出しだったし、あれが「伝えたいこと」だったんだろう。内容はなくても、とにかく「残虐ネットゲーム」が原因であると主張したかったんだな。そのメッセージはしっかり伝わった。「一瞬のひらめき」だったのかもしれない。ただ、どうみても「快い響き」ではないし、上記に書かれていないが、明らかに記事の内容とはずれている。だめじゃん。徳永先生のところに行ってぜひ中学生といっしょに見出しのつけ方を勉強していただいたほうがいいのではないか…。

いやしかし。まさか天下の週刊文春の記者ともあろう方がそんな初歩的なまちがいを犯すわけがない。これは、徳永先生がふれていない「大人向け」の「見出しのつけ方」があるにちがいない。それはいったい何だろう。

記事をざっと見渡しながら12秒ほど考えた結果、次のようなものであろう、という結論に至った。以下、3点。

(1)見出しは「目立つ」が命
見出しが読まれなければ、記事は永遠に読まれない。とにかく目を留めさせること。そのためには、とにかく目立つこと。アイキャッチとなるキーワードを連ねることだ(なんかSEOみたい)。たとえば上の記事でいえば、キーワードはおそらく「幼児」「中国人」「母」「ハマッて」「残虐」「ネットゲーム」。見事なくらい、キーワードを並べている。さすが。

(2)見出しは記事の内容とずれていてよい
「目立つ」を達成していれば、見出しそのものの役割はほぼ達成したも同じ。内容との齟齬はあまり気にしなくてよい。見出しは記事の内容を5割増しで誇張してもよいし、本文でひとこと書きさえすれば、内容的に関係がなくても見出しに使ってかまわない。見出しと内容がちがうではないかと不満に思う人もいるかもしれないが、もうその時点で読ませてしまってるわけだから、書いた側の勝ち。

(3)本当にいいたいことは、見出しに込める
本文でウソをついたり、確認された事実と異なることを書くのはプロのジャーナリストとして失格だ。しかし見出しなら少々のことは許される。自分のいいたいことが記事の内容に盛り込めればもちろんいいが、そういう場合ばかりでもない。そういう場合は、見出しに自分のいいたいメッセージを込めればよい。どうせ見出しを見た人のうち、本分まで読むのはほんの一部なのだ。

そんなこと当たり前じゃんという方も多いだろうが、不勉強な私にはいい勉強になった。今後ブログを書くにあたって、ぜひ参考にすることとしよう。やはり、プロはちがうな。皆さんもぜひお試しを。

余談。それにしても疑問が残る。残虐ネットゲームを好む人と、残虐な記述の雑誌記事を好む人は、いったいどこがどのくらいちがうのだろうか。

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Comments

いつも読ませていただいてます。新聞社で働いている者です。雑誌ではなく新聞の場合ですが、おっしゃる通り、記事は「読まれてナンボ」なので、見出しはできるだけ簡潔で、読者の目を引く表現を使おうと努力します。少々物足りない記事に見出しで「化粧」をすることもあります。しかし、見出しが原因で名誉毀損や損害賠償訴訟に発展することもあります。全文を読めば「名誉毀損でない」ことが分かる記事であっても、見出しのみを見た印象を取り上げて訴えられ敗訴した例もあります。事件などセンシティブな記事では見出しにも相当の注意が必要なのです。

Posted by: peko | March 14, 2008 11:11 PM

pekoさん
マジレスありがとうございます。お堅い新聞の記事でも、はっとするようなおもしろい見出しがあったりして、工夫されてるんだなぁ、と楽しく読んでいます。
どの程度の「工夫」が許されるかは当然メディアによって異なるわけで、一般新聞の場合は制約が多いことでしょう。
週刊誌やスポーツ新聞の場合はまあ「確信犯」ですから、本来この類のことは「何をいまさら」なんですが、今回の場合はニュアンスのちがいとかそういうレベルではない気がしたので、あえて書いてみました。

Posted by: 山口 浩 | March 16, 2008 09:56 AM

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