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暮らし向き実感がよくなったことなどない、という話

経済指標が生活実感とずれている、みたいなことを書くと条件反射的に古舘伊知郎の顔が浮かんできてしまう(ほら、あんまり毎日毎日同じことをいうもんだからさ)のだが、こういう話は実際よく聞くし、個人的にそう思うこともよくある。指標を作ってる側もそのあたりはちゃんとわかっていて、見直しも行われている。それはそれとしてだが。

この「実感」というやつについて、皆さんわかってるとは思うのだが、ひとつ確認しておきたいことがある。

生活実感というのは文字通り個人個人が実感するものだから、それを客観的に語ろうとすればなんらか指標化する必要があるわけだが、それが「実感」である以上、人にその「実感」を聞くのが中心的な調査手法ということになる。問題はこの「実感」なるものが、実際にはけっこうバイアスがかかってるってことだ。

生活実感の指標というと、政府がやってる中では「国民生活に関する世論調査」がある。あと、内閣府の「景気ウォッチャー調査」なんてのもあるが、あれは需要側というより供給側に聞いたものだしちょっとちがうか。あと、たとえば電通がやってる消費実感調査では消費マインド指数なんてのを出したりしている。他にもいろいろあるんだろうが、とりあえずは、社団法人中央調査社の意識調査に基づく暮らし向き実感DIを取り上げたい。このレポートが便利なもので。

時事世論調査から見た景気動向指数」(2004年10月)

これは、40年以上も継続して同じ調査をしているという点で貴重だということもあるが、何より面白いのは、このDIが、暮らし向きが「良くなった」と答えた人の比率から「悪くなった」と答えた人の比率(いずれもパーセント表示)を引いた、いってみれば「生」というか「成分未調整」というか、そういうDIであるということだ。

最初に「暮らし向きDI」が出ているが、これにご注目いただきたい。これはアンケートの結果なわけだが、この会社はこれを40年間ぐらい継続してやってて、その推移がグラフになっている。

当然ながら、暮らし向きDIは情勢の変動によって変わっていく。生活実感がよくなれば、暮らし向きが「良くなった」と答える人の比率が上がって「悪くなった」が減るだろうから、DIは上がる。DIがプラスなら、平均的にみて暮らし向きの実感はよくなってきているとなるし、マイナスなら悪くなってる。横ばいなら改善ないし悪化のペースがそのまま続いてる。プラスの領域で上昇基調から下降に転じれば実感の改善度合いが下がり始めた、マイナス領域で下降から上昇に転じれば悪化のペースがゆるんできたみたいに解釈する。こういうふうに、DIというのはふつう、方向性や転換点を探るのに使われる。グラフにはこれに内閣不支持率の推移が重ねてあって、暮らし向きDIが下がると内閣不支持率が上がるという関係を示唆する動きがみてとれるのが面白い。

ここまでは普通の話。ここで注目するのは、この暮らし向きDIの絶対水準だ。グラフに出ている1966年から2003年まで一貫して、DIはマイナス。それもかなりのマイナス。日本人の生活水準が大幅に向上したあの高度成長期でも、日本中がぜいたくに走ったあのバブル期でも、暮らし向きDIは一貫してマイナス。つまり、この指標でみる限り、平均的にみて、日本国民が「前の年に比べて暮らし向きがよくなった」と感じたことなど、この40年間を通じて一度たりともなかったということだ。

もちろん、この40年間暮らし向きが悪くなり続けたなんてことはどうみてもありえない。暮らし向きの変化に関する回答に際して、強い負のバイアスがかかってるわけだ。他の調査も、程度の差はあろうが、似たような負のバイアスが多少なりとあるのではないかと思う。ちなみに、「国民生活に関する世論調査」の暮らし向き実感で同様のDIを作ってみるとこんな感じ。「生活実感DI」とでも呼んでみようか。

Jikkandi

青い線がDI。その上下にある点線はその元となった「去年と比べてよくなった」と「悪くなった」の数字。見ていただければわかると思うが、「よくなった」のほうは「悪くなった」に比べて変化が少なく、1975年ごろ以降はほとんど変化していない。想像するに、「よくなった」と答えているのは「そういうタイプ」の人たちなのではないか。「そういうタイプ」でない人たちは、どんなに景気が変化しようと、生活実感がよくなったとは答えないのではないかな。

原因として考えられそうな要因はいくつかありうる。暮らし向きの向上は自分の努力、下落は社会のせいと考えるアトリビューションの問題。暮らし向きが悪くなった人のほうがアンケートに答えやすいという逆選択の問題。アンケートでは実際より悪く答えようとする「奥床しさ」。昔のいやなことは忘れていいことばかり思い出す記憶のバイアス。他にもあると思う。こういうあたりは専門家に聞けばちゃんとした解説が聞けそう。

だからこういう調査は信用できないといいたいわけではない。ただ、この種の情報は気をつけて取り扱う必要があるということだ。こういう調査をやっている人たちは、もちろんこのことをわかっている。「生」のDIをそのまま使うことがこのテーマでは他にあまり見られないのもそのせいではないかと思う。絶対水準ではなく、トレンドとかその変化に注目することで、バイアスの影響を取り除くわけだ。こういう内容を伝える新聞記事なんかも、多くはよく読むとそのあたりをていねいに説明している。

中には自分の見聞きした「実感」をそのまま「実態」と思いこんでるケースも散見されるような気がするのだが、こういうバイアスがある場合、「実感」が「実態」を適切に反映しているとは限らない。特に人にものごとを伝える立場の人は、ぜひお気をつけいただきたい。記事冒頭に挙げた某氏なんかは特に。それから、経済指標と実感との差を考えるときも、指標だけでなく、実感のほうも実態からずれてる可能性をある程度は念頭においておくべきではなかろうか。

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Tracked on March 21, 2008 07:40 PM

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H-Yamaguchiさんのところに興味深い話が。 「暮らし向き実感がよくなったことなどない、という話」 高度成長期の1966年ごろから、バブルを経て現在まで暮らし向きDIによると、生活が「よくなった」と答えた人は一定の少数で、多くの人は「変わらない」もしくは「悪くなった」と答えており、その傾向は変わらないとのこと。 興味を引く話なので、その理由を考えてみたところ、私なりの結論はこうなった。 ◎(多くの)日本人のライフスタイルだと、景気がよくなってもそれを実感できないライフスタイルになっている... [Read More]

Tracked on March 22, 2008 12:43 AM

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