「「心の傷」は言ったもん勝ち」
中嶋聡著「「心の傷」は言ったもん勝ち」新潮新書、2008年。
タイトルも内容も刺激的だが、特に帯がすごい。
のさばるエセ「被害者」に気をつけろ! 現役精神科医が一刀両断!
内容のイメージは、まあタイトルでだいたい想像がつくが、基本的にはその通り。主張自体はさほど珍しくないだろうが、現役精神科医が書いたところがポイントなわけだ。この人は以前「ブルマーはなぜ消えたのか―セクハラと心の傷の文化を問う」なんていう本も書いたりしてるが、同様の路線を拡張したものということらしい。この人の職業柄こんなこと書いて大丈夫なのか?という気もするんだが、実際に来る患者さんはこの人がこういう本を書いていることをあまり知らないのかもしれない。
キーワードがいくつか出てくる。気になったものをいくつか。
・疾病利得
・「心の病」の大膨張
・被害者帝国主義
・辺縁を生かす
「疾病利得」は医学用語だそうだ。「心の病」の症例が「発見」後またたく間に激増した事例として、多重人格障害やPTSDのケースが挙げられているが、これとも無関係ではないということらしい。「本人」の内心の問題だけでなく、社会の風潮の問題でもあるという指摘は重要。疾病の分野に限られた話ではない。客観的状況よりも人々の意識のほうが大きく動いているのではないかというわけだ。これが進んで「被害者帝国主義」が発生しているのが現状、ということなんだろう。
社会が不寛容になり、「辺縁」が縮小してしまっているという点に関連して、セクハラが取り上げられている。例のあの共産党幹部のケース、例のあのエコノミストのケースなども取り上げられていて、具体例について詳しい事情は知らないので私は特段意見を持たないが、この著者はそれなりのご意見をお持ちのようにお見受けした。
さらに論議は広がり、がんばること、強くあろうとすることを否定する風潮への批判につながっていく。反発する人も傷つく人も多いと思う。実態はいろいろなケースがあるはずで、反発する人や傷つく人の多くは、この著者とは正反対のケースを主に見ているのだと思う。問題は、お互いが自分の側を「弱者」、相手の側を「強者」と思っていることで、だから真っ向から対立することになる。
もちろん著者はこの構造を理解していて、そのうえでの主張なんだろう。いわんとするところはおそらくこうだ。病気を治療するのが医師の仕事だとして、患者に対して「体の弱いお前が悪い」と非難するのはおかしいが、「ふだんから体を鍛えておけば病気になりにくいよ」とアドバイスするのはアリではないかと。考えてみれば、当たり前の話だと思うのだがどうだろうか。個々の主張にはいろいろ思うところもあるが、考えさせること自体がこの本の存在意義なのではないかな。戦うべき敵は「聖域化」ということ。
というわけで、「よくぞ言った!」と思う人にも、「何言ってやがる」と思う人にも。
いろいろ考えさせられるので、連想した本を少し広めにピックアップしてみる。併せて読んでみるといいのでは。
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