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June 08, 2008

議事録つまみ食い:顕名か匿名か―センセイたちも悩んでる話

久しぶりの「議事録つまみ食い」シリーズ。今回のテーマは「顕名か匿名か」。ブログ界隈でもよく話題になる例のテーマ。今もあの人とかあの人とかが侃々諤々やってたりするらしいので、釣られて来ちゃう方もいるかもしれないけど、そっち方向とはちょっとちがう領域。なんたって舞台は天下の法制審議会だ。平成20年3月26日に開催された第156回会合の議題は「法制審議会における議事録の作成方法等について」だった。議事録はこちらセンセイ方も、いろいろと意見が割れちゃったりして、けっこう悩んでるらしいのだな。

そもそもこの件、鳩山法務大臣から出た話らしい。あちこちで話題をふりまいてるねこの人。まずは議事録の冒頭で、ご本人から趣旨説明。以下は抜粋。特にポイントっぽいところを適宜太字にしたり下線入れたりとかしてある。

法制審議会の議事録につきましては,これまで発言者名及びプライバシーに関する事項を除いた議事録を作成し,これを公開してきたところでございます
ところで,先の第155回会議において諮問いたしました民法の成年年齢の引下げの当否に関する諮問第84号については,国民的な大議論が期待される極めて重大な問題であることから,審議の内容や経過については,できる限り分かりやすく,国民的な議論に資するような形で公開していく必要性が特に高いのではないかと考え,一律に発言者名を削った議事録を作成することについては,法制審議会の方で慎重に検討していただけると有り難い旨の発言をさせていただきました。

そもそも、法制審議会の議事録は匿名が原則らしい。この議事録もそうなんだが、発言者はぜんぶ「○○委員」とかになってる。もともとは議事録そのものが非公開だった。「法制審議会令」なる政令があって、それに基づいて「法制審議会議事規則」なるものが決められてて、そこで「会議は公開しない」と決まってる。会議が非公開なんだから議事録も非公開、という整理だったとか。それが、平成10年7月の法制審議会第124回会議で、行政改革や情報公開の動向を考慮した法制審議会改革の一環として「発言者名及びプライバシーを侵害するおそれのある事項を除いた議事録を作成して,これを公開する」旨決定した、と。

ところが、ここ数年の間に、刑事法系の部会の委員から、複数回にわたって「顕名化すべき」との議論が提起されていたらしい。毎回多数意見に至らず葬られてきたこの提案を、大臣がすくい上げた格好ということになるのかな。

議事録でも最初に、そもそも論がいくつか出てくる。○○委員から「誰の意見かということより、議論の中身をもっと充実させようよ」みたいな意見、○○委員から「いったいなんで国民的な大議論が顕名・匿名の議論になるのよみたいな意見、○○委員から「総会と部会を分けて考えるべきではないか」という意見。全部「○○」だったらいちいち書く意味ないじゃんという話はさておき、なんでこの話が唐突に、というニュアンス」が伝わってくる。

一応、どういうバックグラウンドの人の発言かわかったほうが国民的な議論が深まるとか、現在の方針が決まってから10年たったからとか、事務局がいろいろ理由を説明してるが、なんで国民的な大議論だと顕名でなきゃいけないのかはいまいちよくわからない。たぶん単なる口実なんだろう。あの大臣のことだから、要するに匿名が気に入らなかったんじゃないかな、と想像。

ともあれ、議論自体はそれなりの論点がある。見たところ、極端な顕名派はいなくて、色合いはちがうものの、大勢は使い分けろという折衷派。これに対して少数の匿名派が抵抗している状況のようだ。

本題に入る。顕名派が発言。まずは○○委員(区別がつかねぇじゃねぇか!)。

どうぞ,○○委員。
今回の大臣発言の御趣旨というのは,大変適切なものであると私自身受け止めております。
先ほどいろいろ事務方からも御説明がありましたような,この情報公開の流れというのは,これはもう当然の流れだというふうに思いますし,そういう観点から,やはりこの際こういう議事録についても,やはり基本原則として公開することでよろしいのではないかというふうに思うわけです。
ただ,もちろん総会で,ましてや今のお話でも出ました部会などで,また,テーマによって,公開することにより,当事者,あるいは関係者の間に問題が生じる場合ことが当然あると思います。そういうものについては,やはり原則公開としつつ,きちんと個別事例をもとに,これは発言者の名を公開する,あるいはこれはしないということをきちんと判断していく,そういう何らかのルールみたいなものが確立されていれば,よろしいのではないかと思うわけです。

次いで○○委員(だからわかんねぇって!)。

どうぞ,○○委員。
法制審議会には総会と部会とがあるわけですけれども,分量的に圧倒的に多いのは部会の議事録であると思いますが,この部会の議論というのは,総会の議論と違いまして,ほとんどは厳密な法律論なわけです。それにつきまして顕名にするかどうかということになりますと,先ほど申しましたとおり,顕名にした方がずっと学問的価値が出てくるというふうに思います。ですから,私は,基本的には部会の議事録について顕名とすることに賛成であります。
ただ,部会によってはそれが好ましくないこともあるわけで,それこそ戦前には司法学者の中には,テロの脅威にさらされた人はいるわけですから,何が起こるか分かりませんので,その都度の部会の判断で顕名にするかしないか決めるのがよいのではないかと思います。
総会の議事録を顕名にして困るということは,余りないかと思うのですが,これについても,その都度顕名かどうかを判断すればよいのではないかと思っております。

引用されるから、というのはいかにも学者さんぽい発言。昔の議事録が顕名であったために100年たっても引用される、という話。自分の発言が歴史に残ってほしいと思うのはまあ人情だな。ともあれ、別にすべて顕名でなければならない、というわけではなくて、問題があるところは匿名にすれば、というしごく穏当な意見ではある。

次に反対派が登場。まずは○○委員(だからぁ)。これはほぼ全部引用。

ほかに御意見はどうでしょうか。
○○委員。
今,顕名主義ということでかなりの委員の先生の方が意見を述べられているわけですが,私は従来どおり非顕名でいいのではないかというように考えている者でございます。
その理由の一つとして挙げられますのは,この法制審議会の議論というのは,基本法典,あるいは基本法についての議論を自由闊達の雰囲気の中で,よりよい法律案をつくって,それを答申するという点に,大きなねらいがあるだろうというように考えているからでございます。
やはり自由闊達な議論というのは,ほかからの心理的な圧迫を受けずに,ここで述べるという点も大事ですし,それから,これは部会においても同じだろうと思っております。
それで,先ほど部会によっては,あるいは審議事項によっては別の取扱いもあり得るのではないかということで御指摘を受けております。その点につきまして,特に刑事法に関しては,顕著であると考えております。
と申しますのは,刑事法の場面では犯罪と刑罰の在り方ということを根本的に議論するのが大前提になるわけでございます。その場合に,ほかの民事とかその他の関係では当事者たる地位の代替可能性とある場合には,こちら側の立場に立ち,ある場合には別の立場に立つということがあり得るわけですが,刑事法の場合には,処罰する国家権力と処罰される個人というものが常に対峙する場面でございます。そうしますと,どちらに重点を置くかというのは,最初から必然的に対峙点を包蔵しているわけでございます。
そういった場面で,自由に一定の物事を前提にして発言するという場合に,利害対立が激しいだけに,これに対して反対の立場に立つ者から,実は心理的な攻撃,圧迫,非難,中傷を受けて,個人が孤立して自由な意見が発言できなくなってくるという事態も結構あるように聞いております。
そういったことからしますと,今,我々は委員名は出さないということで自由闊達な議論をしているわけですが,これを個人攻撃という形でさらされますと,そういう事態をおもんぱかって,発言が非常にしにくくなってくるという面もあろうかと思われます。
そうしますと,本来根本的な議論をすべき場において,非難・中傷を避けるがために表層的な議論に終始するという可能性も出てまいりますので,そういった点からしますと,やはり必然的にそういった利害・対立を伴う厳しい対立状況のもとでの審議事項については顕名主義をとると,逆の意味でマイナス面があるのではないだろうかと思うわけです。
もう一つの理由として挙げられますのは,先ほど学者としての意見が100年後も引用されると,あるいはすぐに引用されるかどうかという点も確かにございます。その場合に,我々としては研究成果があり,そしてそれに基づいて著書を出していたり,それから論文を出したりしているわけですが,ただ,個別具体的な問題として,よりよい法律をつくるにはどうするべきかという場合に,自分の過去の学説だけにこだわっておりますと,せっかくいろいろないい議論があるにもかかわらず,さらにいい案を出そうとする場面で,将来,その発言が引用されることをおそれて発言を躊躇する可能性があります。そういった場面で,やはり最終的には立派な法律案をつくるという専門家の立場から意見を述べ合っているわけで,その場面であえて未熟ではあるけれども,ほかの人の発言に触発されて,極端なことを言って,それがまた導火線となって,さらにこういう問題もあるではないかというような形で,どんどん議論が深まって,いい案が出てくるということも十分にあるわけでございます。
そういったことで,常に名前が出ていて,あの人はこんな変なことを言っているんだというような形で,批判を受けるという事態もあり得ることから,やはりまたそこで萎縮してしまって,本来はこの法律案としてはこういうことが望ましいんだけれども,それについては述べられなくなってくるという事態もあり得るのではないかと,そういうように思っております。
それから,ある団体に属している委員が意見を述べる場面であっても,その団体ないし組織の公式な意見と違うことが言いにくいこともあり得ると思うんです。せっかくそこで得られてきた知識,経験,識見,これらを基礎にして委員あるいは幹事になっていただいているのにかかわらず,逆にそれが拘束力を持ってきて心理的に発言できなくなってしまうと。こういう事態もあり得ると思いますので,そういったような問題点についてはやはり非顕名のほうがいいのではないかと考えている次第です。

長たらしいが、要するに、顕名になると非難・中傷を避けるために自由闊達な議論ができなくなるという点と、まちがってるかもしれないから100年後も引用なんかされたりしたら困るという点、それから所属組織の公式な意見とちがう意見がいえなくなるという点。1番めのやつはこのメンバー構成からみてちょっと考えにくいし、2番めのやつは「そんな人を委員に選ぶなよ」ということからすれば、まあ本音は3番めとみるのがよさそう。外部の「こわーい人」より、内部の「静かな圧力」のほうがこわいってことだな。そういう人は匿名でも組織に反する意見は言わないんじゃないの、とか思うが、まあ気持ちはわからなくもない。

これに○○委員(もういいよ)が同調。

どうぞ,○○委員。
そういう非常に対立のある場面でどういうことが起きてくるかといいますと,まさに今,○○委員がおっしゃいましたように,絶対これは反対だという人たちは,審議会で議論すること自体,不当だ,おかしいぞというふうに言うし,あるいはこういうことを言っている者がいるけれどもけしからんというような話にもなりやすいわけであります。
そういうことを総合して考えると,結論的には顕名にしたときに圧迫感を受けるような委員の方がいらっしゃる以上は,やはり基本的には非顕名にすべきだと。

しかしこの2人(たぶん2人だと思うんだよな)は少数派。ここからさらに顕名派、というか折衷派が続く。怒涛の攻撃。

ほかに,いかがでしょうか。
○○委員。
基本的には顕名でよいというふうに思います。非顕名の理由も今幾つか出ておりまして,なるほどという点もございますけれども,そもそも私たちがどういう立場で議論するかというのは,それぞれの立場を何か代表しているというよりも,個人の意思を持って議論しているんだという強い意思を持っているんですね。何かの圧力を受けてその意見を代表して代弁することは,やはりすべきではないというふうに基本的には思っています。
ただ,個人的に非常に大きな問題点,ある集団なり,ある個人の人権等について,非常に厳しい問題となるような法案等があった場合に,それをどう処理するか,どう議論するかという点については,その都度議論のときに議題にしたらいかがかと思うのです。
どうぞ,○○委員。
私も原則は顕名だと思います。例外として,どんなものがあるのかなと思って,先ほどから考えておりますが,御研究の成果である学説云々だとかは,余り理由にならないのではないかと思うのです。そのような場合にはきちんと御自身の御主張をなさったらいいのではないかなと思います。特に公安・治安関係の問題とかいうのは,若干あるのかなと思ったりもいたしますけれども,いずれにしろ原則は顕名だと思います。
私も幾つかの審議会に出させていただいておりますが,ほとんどの審議会が原則顕名となっているのが実態ではないかなと思います。
どうぞ,○○委員。
総会については原則顕名でよろしいのではないだろうかと思いますが,部会については,総会より慎重に考えるべきではなかろうかと思うのです。先ほどの刑事,あるいは刑事政策のような問題と,民事,商事のような問題とは,少し性格が違うのではないかというお話もありましたけれども,その中で例えば非顕名にする,顕名にするという判断を例えば部会の部会長にあずけることになると,部会長は,かなり重い責任を負ってくることになるのではないかと思うのです。
ほかに何かございますでしょうか。
○○委員。
結論として,総会は原則顕名で,しかし,非常に鮮明な対立がある場合には非顕名ということがあり得る。それから,部会はどちらかというと,非顕名ということを中心として,なるべく顕名にするということをここで決めていただくという方がいいのではないかと思っております。
どうぞ,○○委員。
原則顕名ということでよろしいのではないかと思います。
部会については確かになかなか難しい問題がございますが,これも一応は原則は顕名としつつ,その部会の特色に応じて,非顕名ということが大いにあり得るということでよろしいのではないかと思います。やはりどういうお立場の方が発言されているのかということも併せて議事録が公開されますと,公開された議事録を読む者の立場からしますと,情報量が大変豊富になると思います。
関心のあるテーマについて読みましても,これはどなたの御意見なのかなと推察しながら読んでいると,もどかしい思いをしたりします。明治時代の法典調査会でも,顕名で議事録がきちんと残されたおかげで,今も私どもは恩恵を受けているわけです。現在の情報公開の流れの中で,もう一度やはり原則は顕名であるという形で議事録を,インターネットで公開するということを決断してよろしいのではないかと思っております。

・・ふう。ここで論点整理が行われ、議論の方向付けが示される。誰だかわからないが、議長だろうか。要するに、総会は顕名が原則、部会は匿名が原則として、個別に判断する、と。これについて各委員が発言。匿名派もいるが、大勢はすでに決してる雰囲気。

で、最終的な結論はこう。

まず,総会につきましては,原則として,発言者名を明らかにした議事録を作成することとしますけれども,会長において,委員の意見を聴いた上で,審議事項の内容,あるいは部会の報告を受けて審議する場合には,その部会の検討状況や,報告内容にかんがみて,発言者名を明らかにすることにより,自由な議論が妨げられるおそれがあると認められる場合には,発言者名を明らかにしない議事録を作成することができることにしてはどうだろうかということでございます。
部会につきましては,これは審議事項ごとに設置されるものでありますから,それぞれの諮問に係る審議事項ごとに,その部会の部会長において,部会委員の意見を聴いた上で,審議事項の内容,発言者名を明らかにすることによって,自由な議論が妨げられるおそれの程度,審議過程の透明化という公益的要請等を考慮して,発言者名を明らかにした議事録を作成することができるという範囲で議事録を顕名とするということにしてはいかがかというふうに思います。
なお,現に顕名とすることによって自由な発言を妨げられるという懸念を有する構成員がいるときは,それを多数決で押し切るということは適当ではないと思われますので,そういう意見にも十分配慮した上で,会長又は部会長が判断するということにしてはいかがかと思います。

見事に「落としどころ」に落としてる。会議のほとんどは総会ではなく部会なわけで、つまりほとんどの会議は匿名が原則のまま。一応総会は公開を原則としたことで大臣の顔も立ててある。少数派である匿名派の意見を尊重することも盛り込まれてるから、実際は各会議で匿名を主張していけば、ほぼ現状通りが保てる。お役所の得意技である典型的な総論賛成・各論反対の結論。各委員の役割分担もばっちりで、まるで脚本に書いてあったみたい。

ま、そういう議論の方向性はともかく、注目したいのは、こういうところでも顕名・匿名は問題になりうるってことだ。もちろん、ネットでさんざん議論されてるあたりとは状況がずいぶんちがうんだが、自由な言論を守る必要性とそのためのコストの兼ね合い、という本質部分は同じ。「正解」があるとすればそれは私たちの社会的合意の中にあるという点、誰かに任せておけばいいというのではなく自分たちで考え議論していかなければならないという点も同じかと思う。

提案だが、仮に匿名にしなきゃいけないケースだったとしても、せめてどの発言がどの人かぐらいはわかるようにしたらどうか。全部「○○委員」じゃなくて、「委員1」「委員2」とかさ。

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