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専門家の責任と期待のインフレーションについて

社会のあちこちで起きているさまざまなことの中に共通する要因がみてとれることがある。社会を動かす共通因子みたいなものがあるからなんだろうと思うのだが、そういうときはやはり横串にしてみる必要があるんだろう。そう思って、少しだけやってみた。

いわゆる「専門家」と呼ばれる人々に対する監視の目はかつてないほど高まっている。総体としてみれば悪い方向でないだろうが、弊害のほうが大きいのではないかと思うこともある。今回取り上げたのは、専門家が自らを守るために判断の誤りを認めない傾向があるのを逆手にとられて「専門家はまちがってはならない」と吹聴され、結果として自らの首を絞めている状況、とでも形容すべきものだ。まだ生煮えの議論だとは思うが、池に小石を投げてみたつもり。似たことを考えている人はたくさんいると思う。

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