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人は「予想どおりに不合理」だけど「意外に合理的」でもある、という話

ダン・アリエリー著、熊谷淳子訳「予想どおりに不合理:行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」」(早川書房、2008年)
ティム・ハーフォード著、遠藤真美訳「人は意外に合理的:新しい経済学で日常生活を読み解く」(ランダムハウス講談社、2008年)

大学教員だからなのかブロガーだからなのか知らないが(たぶん後者だろうとは思うが)、本をよくいただく。自分で買った本を後でいただくこともあって、そういうときは「どうせくれるならもっと早くくれよ」と罰あたりなことを思ったりもするが、基本的にはもちろんありがたい限り。

で、ほぼ同時期にいただいたのがこの2冊。タイトルからして対照的で面白いので、いっしょに取り上げることにした。「予想どおりに不合理」のほうは、原書を持っていて、ブログで紹介記事を書こう書こうと思っているうちに翻訳が出ちゃったもの。一方「人は意外に合理的」のほうは、原書を買おう買おうと思っているうちに翻訳が出ちゃったもの。もちろんどちらもありがたい。多謝。

で、本題。タイトルが正反対なこの2冊。どっちが本当なんじゃいというわけだが、別にどちらかがまちがっているというわけではない。前者は行動経済学の話。さまざまな実例や実験によって、人間の行動には実のところ非合理的な部分がけっこうあることを平易に説明している。「無料」につられてつい無駄遣いをしてしまうのも、「ある状況下」ではつい冷静な判断ができなくなってしまうのも、その人個人の意思の弱さや愚かさゆえでなはなく、程度の差こそあれ誰もが共通に持つ性質なのだと。

従来の経済学は、完全に合理的な人間を頭の中で想定し、それを前提として議論してきたが、それでは私たちの行動をじゅうぶんには説明できないことが、心理学で使われる実験手法によってあきらかとなったというわけだ。いってみれば、心理学の立場から(伝統的な)経済学に対して出された「ダメ出し」みたいなものかと思う。

これに対して後者は、いやいや経済学の考え方は意外に広い範囲で使えるのだよ、と指摘する。ベッカーの「合理的犯罪の理論」や「結婚の経済学」など、一見、経済学とは関係がないように思われる分野でも、経済学の考え方があてはまる例が数多く紹介されている。「結婚スーパーマーケット」の話や「合理的な人種差別」の話など(もっときわどい「合理的な○ェ○○○」なんて話もあるがとても書けない)きわどいテーマがいくつも出てくるが、先入観を除いて読んでみれば、理屈はよくわかるはず。

では「予想どおり不合理」でありながら「意外に合理的」とはどういうことか?「人は意外に合理的」の方の著者であるハーフォードは、一般によく語られる行動経済学の実験結果について、その価値を認めながらも完全に納得しているわけではない。それらの実験の多くはかなり人工的かつ不自然なものであり、被験者はそれに慣れていないがゆえに適切な比較考量ができず、結果として非合理的な選択をしてしまっているのではないかと。現実に近い状況で実験をしたら、慣れている者ほど合理的な選択をした、という実験結果も紹介されている。これはある意味、実験的手法への「過信」に対する警鐘ともいえるのかもしれない。

もう1つの重要なポイントは「伝統的経済学批判」批判だろう。経済学的な考え方を批判する人はたいてい、というといいすぎかもしれないがかなりの部分の人は、いわゆる「economic man」を槍玉に挙げる。そんな人間が実際にいるわけがない、という主張だ。確かにそのとおり。だが現代の経済学のすべてがいまだにこの「economic man」の仮定に縛られているかというと、そんなことはない。「人は意外に合理的」で扱っているのも、そうしたいわゆる限定合理性を念頭に置いた議論だ。こうした視点を、「予想どおりに不合理」の方では(ひょっとすると意図的に)封印してしまっているようにもみえる。

「合理的選択」なるものは、もっと広い文脈の中でみるべきものなのだろう。「人は意外に合理的」には、「地球は完全な球体ではなくでこぼこがあるがほぼ球体」みたいなくだりがある。行動経済学でよく指摘される「非合理性」はこの「でこぼこ」の部分に相当するというわけだ。人間の選択が経済的要素以外の部分によって影響されるということは、経済的要素だけを取り出してみると非合理的かもしれないが、人間の「効用」(要するに「満足」ってことだよね?)に影響を与えるさまざまな要素を勘案すればおおまか合理的である、と解釈することもできるのではないかな。

もちろんそれは、行動経済学が枝葉末節だといっているのではない。よりうまくビジネスを展開するためにも、よりよい経済政策を打ち出すためにも、こうした人の特性を知ることは重要だ。

その意味で、人は「予想どおり不合理」でありつつ同時に「意外に合理的」、ということでいいのではないかと思う。たとえば「予想どおり不合理」では、オープンソースソフトウェアについて、金銭の交換を前提とする市場規範ではなく善意による無償交換を旨とする社会規範が支配する世界と分析している。しかし同時に、そうした状態が継続しているのは、そうすることが結果としてそのコミュニティに貢献する人々にとって利益につながる状況があるからで、その意味で合理的だというのは「人は意外に合理的」の主旨と合致するはずだ。

取り上げられている個々の例は、知ってる人はもう知ってるたぐいのものもあるだろうが、読んでいて楽しい。どちらもそうだが、アメリカのこの種の本はわかりやすいのがウリ。併せて読むと面白いのでぜひまとめて。

関連図書もいくつか載せとく。


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Comments

こうした行動経済学的な議論をどう評価するか。
予測市場の研究者として、一言触れて欲しかったなー

Posted by: neco | December 20, 2008 at 01:49 AM

necoさん、コメントありがとうございます。
私の評価はこの記事のタイトルにあらわれています。つまり人は「予想どおりに不合理」だけど「意外に合理的」でもある、ということです。どちら側に立って見ているかというちがいはありますが、どちらの本も実はそれほどずれたことを語っているわけではないと思います。現実はひとことで語れるほど簡単にできていません。それは他の分野でも同じですよね。

Posted by: 山口 浩 | December 20, 2008 at 10:59 AM

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