「検証ビジネススクール:日本でMBAを目指す全ての人に」
慶應義塾大学ビジネス・スクール編「検証ビジネススクール:日本でMBAを目指す全ての人に」、慶應義塾大学出版会、2009年。いただきもの。
KBSといえば、日本で代表的なビジネススクールの1つだ。そこがビジネススクールの「検証」となると、我田引水っぽくなるのは避けられないが、それ自体特段異議はない。発刊の目的について、研究科委員長の池尾教授はこう書く。
第一に、ビジネススクールへの進学を考えている人々に、わが国のビジネススクールやMBA教育の価値と魅力について、より正確かつ深い理解をもたらすこと、第二に、企業の人材育成において日本のビジネススクールが果たし得る役割をビジネス界に対して示すこと、そして第三に、今後わが国のビジネススクールがさらなる発展を遂げるために有益な示唆を教育界に提供することである。
ふむ。時節柄、MBA教育の「価値」やら「魅力」やらを正面から語るのはなかなか「勇気」がいる状況かもしれないが、この本がそれを正面から取り上げているのは、ある意味潔い。内容はいろいろ盛りだくさんだが、ここでは、KBS卒業生600人と、150社の企業人事担当者に対するアンケートの分析に話を絞りたい。これが興味深いのだ。
卒業生が感じるMBA取得のメリットは「業務の遂行上、役に立った」、「自分自身に自信がついた」、「人脈が広がった」などが上位を占めるのに対し、デメリットとしては、「昇格・昇進においてほとんど考慮されなかった」、「昇給においてほとんど考慮されなかった」が上位に挙がっている。これは、企業派遣でMBAを取得した卒業生が挙げたMBA取得理由のトップが「総合的な経営の知識・スキルを習得するため」であったのに対し、卒業生たち自身が、企業が学生を派遣する理由の最上位を「従業員のモチベーション向上」としていることと符合する。つまり、卒業生たちは、自分たちが「正当」に扱われていないと感じているわけだ。
面白いのは、それにもかかわらず、企業人事担当者の側は、その大半がMBA派遣が「期待」通りの成果を挙げていると答えていることだ。つまり、企業側がMBA取得者にあまり高い期待を抱いていないために、取得者自身が不本意と感じている状況であるにもかかわらず企業からみれば「期待通り」になっているわけで、ある意味なんとも皮肉な話ではある。
これは当然、KBS的に不本意だろう。この分析レポートを書いているのはKBSの太田康弘准教授と坂爪裕准教授だが、こう書いている。
変化の激しい時代というのは、過去の実務経験から得られた知識がすぐに役に立たなくなる時代である。経験が役に立たない環境になればなるほど、対象を突き放して分析的に理詰めで考えるアプローチが有効になってくる。このような能力を伸ばすには、ビジネスの最前線から一歩退いて、ビジネスを素材にディスカッションを繰り返すのが有効であろう。このようなトレーニングを受けるには、ビジネススクールが最良の場所である。
うむ。見事に「正解はKBS」に落とし込んでいる。で、問題は「MBAを含めた意識の高い企業人が自分の能力を活かそうとしたときに、活躍する場が準備されていないということである」と。MBA取得者を低く評価する企業は意識が低いってわけだ。
成果主義の導入が進みつつあるとはいえ、三〇代で取締役、四〇代で社長が出るような大企業はごく少数であろう。多くの場合、三五歳から五〇歳という能力的にピークの時期を、下積みに費やすほかないのが実情である。
うわ言い切ったぞ。締めくくりは「意識の高い若い企業人が取るべき道はかなり明確になりつつある」と。最後はアジテーションかあ。まあいいたいことはわかるんだけどね。どうなんだろう意識の高い若いKBS卒業生で大企業にお勤めの皆さんのお考えは。
あ、忘れちゃいけない。この本の第V部「研究者が読み解く12の最新イシュー」の中の「不確実性と経営戦略」という短い文章を、KBSの岡田正大准教授と一緒に書いている。「不確実性に対処する戦略 『群集の叡智』と予測市場」というサブタイトル。
The comments to this entry are closed.
Comments
正大先生と山口さんのコラボ!
Posted by: okdt | April 16, 2009 12:16 AM
okdtさん、コメントありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。
Posted by: 山口 浩 | April 17, 2009 12:04 PM
高い金払って経営者ごっこ
Posted by: RT | April 18, 2009 12:12 PM
RTさん、コメントありがとうございます。
RTさんが実際にビジネススクールの教育がどんなものかをご存知かどうか知りませんが、あれが「高い金払って経営者ごっこ」であるかどうかは、受ける人の能力によります。もしRTさんが実際にビジネススクールに行かれた上でそうおっしゃるのでしたら、あまり言いたかありませんが、まあいわゆる「天唾系」の話ですな。ご存知ないままおっしゃっているのであれば、「うかつなことは言わないほうが」と申し上げておきます。
Posted by: 山口 浩 | April 18, 2009 06:05 PM
山口先生
慶應ビジネススクールの岩川です。
上記紹介の記事、興味深く読ませていただきました。
私が今回修士論文のテーマとして、
群衆の叡知と予測市場について興味を持ったのも、
岡田先生よりこの記事についてご紹介いただいたのが、
1つのきっかけです。
予測市場の今後の成長性を考えると、
多くの方に読んでもらえることを私自身強く望みます。
Posted by: iwakawa | April 19, 2009 12:22 PM
iwakawaさん、コメントありがとうございます。
なるほどそうですか。では、多くの方に読んでもらえるような修士論文を書かなければいけませんね。がんばってください。
Posted by: 山口 浩 | April 20, 2009 07:00 PM