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August 24, 2009

いわゆる「二大政党制」に関する雑感、あるいは2つの「餅は餅屋」という話

「雑感」とか書くとなんだか「極東ブログ」みたいだが、別にまねして自分を実際より大きく見せようとかそういうことではなく、本当に雑感。いわゆる「二大政党制」のメリットについてはいろいろな人がいろいろなところで語ってるが、日本の文脈からすると、第二党の勢力が増して政権交代が可能となる、とい部分が強調されているかもしれない。で、政権交代の意義については政策の転換、というあたりが一番注目されてるようなのだがちがうだろうか。別にそういう論点を必ずしも否定はしないんだが、ちょっとどうかな、と思う部分もある、というわけで雑感。あくまで手短に。

もともと「何をいまさら」話なので、あらかじめ念のため。ちがう主張の人もいるだろうが、まあこういう考え方もある、ということでひとつ。

二大政党制になった、あるいは近づいたときに、その二大勢力の主張が収斂していく傾向がある、とは限らない。とはいえ、現状からみると、「二大勢力」の主張は、もちろんいろいろなところでいろいろとちがうんだが、大局的にみるとそう大きくはちがわない、とみることもできるような気がする。弱者への配慮、財政政策の拡大、行政改革の推進、経済の活性化等、方法論はともかく、お題目として挙がる項目はほぼ同じ。

それも当然といえば当然で、選ぶ有権者の側の望みをできるだけくまなくすくい上げようとすれば、自然と項目は似通ってくる。アプローチや力点の置き方、順番などで懸命にちがいを出そうとしているものの、各分野で相対的に見劣りするとされる側がいろいろ言い訳したり巻き返しをはかったりするから、詳しく見ている人にはわかっても、少なからぬ人にとって、結局ちがいはだんだんわからなくなってくるはずだ。実際、ある問題について政策Aをとったら日本がいきなり元気になって、政策Bだったらいきなり破滅する、みたいな極端な差の出るものは(少なくとも「二大勢力」に関していうと)そうはなかろうし、実施の際にはまたいろいろとあって、ある程度は軟着陸だか骨抜きだかになるだろう。

そうすると、じゃあ二大政党制のメリットって何なんだろう?と考えてみると、今の文脈で一番大事なのはチェック機能、ではなかろうかと思う。不正や汚職のチェックももちろんだが、そこまでいかない細かな執行の際の見落としとか改善の余地、あるいは逆に大局的な方向性などについてもチェックされる必要がある。これを有権者が自らできればいいのだろうが、いかんせん能力的にも時間的にも限りがある。一貫性や整合性のような部分はプロの官僚に任せるとして、その官僚の監視や全体のバランスも含めた大きなところを押さえるために最も適任なのは、対立勢力の政治家だ。しかし、必要な情報にアクセスできなければ、充分なチェックを行うことはできない。彼らが政権に就く、あるいはその具体的な可能性があることを示すことが必要になるわけだ。

たとえ有権者があまり「賢い」人ばかりでなかったとしても、対立する政治家が問題を取上げ、わかりやすく説明すること(それって政治家の本来の仕事だよね?)で、判断をアシストすることができる。この文章のタイトルにある「餅は餅屋」は、政治は政治家に任せよ、という意味ではない。ひとつには、政治家同士でお互いのチェックをしてくれ、ということだ。そのために必要なしくみはいろいろあろうが、やはり根本は政権交代の可能性だろう。二大政党制がそのための唯一の道であるとは必ずしも思わないが、少なくともここ数年、政権交代の可能性が具体的に取りざたされるようになるとともに、これまで出てこなかった情報がいろいろと出てくるようになったし、世論に対する政治の反応性も明らかに上がっている。実際に政権交代するかどうかはともかく、こうした動き自体は望ましいことではないか。

その意味で、最も避けたいのは「大政翼賛会」的な動きだと思う。安定を望む気持ちはわからなくもないが、それは有権者から選択肢だけでなく、選択することそのものを奪う。進むべき道が少なくともある程度見えていた「官僚たちの夏」時代ならそれでよかったかもしれないが、今は「季節」がちがう。党内派閥間の擬似政権交代では、政策転換はともかくチェック機能はあまり期待できない。ここにもう1つの「餅は餅屋」がある。最終的に選択するのは、政治家ではなく有権者の役割のはずだ。


※追記
外国の例

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Comments

「三(以上)」大政党制でも選挙制度(クローン候補耐性の高いApproval votingとか)を工夫すれば、二大政党のメリットの原動力である「政権に就く、あるいはその具体的な可能性があることを示すこと」のできる政党数は「二」より(幾らでも)多くできます。
一方、政党数が少なければ、寡占市場がそうであるように、カルテル(「繰り返し囚人のジレンマ」の原理により、企業間でまったく交渉の無いため摘発不可能の「暗黙」のものもできるそうです。)が簡単に発生・維持されます。
独占市場のような55年体制よりマシだからといって、寡占市場が良い筈はありません。自民党が民主-共産間より緊密な建設的野党になって、気づいたら重要法案(比例区を無くそう! 泡沫候補は民意が選挙に反映されるのを妨害するから、自民・民主の推薦を得られない候補の被選挙権を凍結しよう!)が与党第一党と建設的野党第一党の共同提案=暗黙の大連立だった、という想像は杞憂でしょうか?

Posted by: A-11 | September 05, 2009 12:07 PM

A-11さん、コメントありがとうございます。
「選挙制度を工夫すれば」という議論は、残念ながら、現行制度の下で行われた今回の選挙を論じるにあたっては意味がありません。今後も、衆議院で多数を占めるのは小選挙区制の選挙で勝った勢力である可能性が高いので、制度改正は一般的になかなか困難です。
社会の発展は、考えうる最も優れた案に基づいて変化していくものとは限りません。さまざまな理由で、むしろそうなることは少ないでしょう。そもそも、ある問題に対する解は問題そのものから合理的に導きだれるのではなく、もともと問題とは別に存在し、たまたまなんらかの理由によって採択されることが多いと思います。いわゆる「ゴミ箱モデル」ですね。
今回の選挙の結果も、対処すべき問題に対して、民主党308議席(これが二大政党制そのものだとも思いませんが)という「解」が最適解だったとは、私も必ずしも思っていません。しかし、他にどの解が今回ありえたか、どの解なら皆を納得させられたかを考えれば、今回の「解」が全体として一番都合がよかったのだろう、と理解しています。
いずれにせよ終わったことです。現状を前提として、次にどうすればいいかを考えるときでしょう。少数勢力の連立が望ましいのだとすれば、それを実現するためには何をどうすればいいのでしょうか?

Posted by: 山口 浩 | September 05, 2009 12:41 PM

こんなサイトを見つけました。

Posted by: 坂本竜馬 | September 12, 2009 05:15 PM

坂本竜馬さん、コメントありがとうございます。
とはいえ、ちょっと意味がよくわかりません。

Posted by: 山口 浩 | September 13, 2009 09:11 AM

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