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September 16, 2009

教育機関として生き残るという方法はないだろうか

マスメディアのビジネスモデルが成り立ちにくくなってることをもってジャーナリズムの危機と唱えてる人が多くいる。いいたいことはもちろんわかるんだが、ジャーナリズムはマスメディアでしか成り立たないのかというある意味本質的な問いも一方であるわけで。そういうわけで、じゃあどんなモデルが考えられるのか、というあたりはいろいろな人がいろいろ提唱していらっしゃって参考になる。ならば私も1つ案を出してみよう、という思いつき。といってもおおざっぱな、ちょっとした思考実験程度の話なので、そこんとこよろしく。

ビジネスとして成り立たせたければ、成り立つようなしくみが必要なのは当然。広告収入にせよ販売収入にせよ、要するに収益の減少によって現在のコスト構造を大幅に変えなければならなくなるのではないかという危惧があると。つまり、今のように多数の高給のプロフェッショナルを雇い続けることは難しいのではないかと。

対策はいろいろあろう。収入のとれる分野に進出する、無料だったものを一部有料化する、関連事業を強化するなど収入を増やす方向、人員を削減する、給料を引き下げる、外注に回す部分を増やすなど費用を減らす方向。どれももちろん「決定打」ではないからいろいろ組み合わせてトライして、と皆さんがんばっていらっしゃる。

ここで提案したいのは、「営利と非営利の組み合わせ」。これはいろいろなところでキーワードになる考え方だと思うのだが、ここでも、というわけだ。一般的にこれまで、営利活動と非営利活動をごっちゃにすることはあまり歓迎されていなかったように思う。非営利の人たちは営利の人たちと交わると「汚れ」てしまう、営利の人たちは比営利の人たちと交わると「非効率」になる、と。でもうまくいっているケースはいろいろある。たとえばいわゆるWeb2.0的なサービスの中には、ユーザーの非営利的な活動(たとえば検索するとか)を企業の営利活動(グーグルの収益)につなげるしくみのものが多くある。ネットに限らず、他にもいろいろあるだろう。要するに、営利企業であるマスメディアと、営利を直接の目的としない人たちを結びつけることで何かが生まれないか、というもの。

その意味で、いわゆる「市民ジャーナリズム」というのも営利と非営利の組み合わせの一種ということになろう。たとえばライブドアにPJニュースというサービスがあって、「市民記者」が書いた記事を載せている。この「市民記者」にはポイントというかたちで一種の報酬が支払われているようだが、それが生活給というわけではなく、インセンティブのようなものだろうから、非営利に近いものと考えていいのではないかと思う。一方ライブドアはこうした記事を配信し、広告収入につなげているわけで、営利活動だ。ここで、企業の営利活動と市民の非営利活動が組み合わされている。

いわゆる「市民ジャーナリズム」の現状についてはさまざまな意見があろうが、これはこれで1つの形だ。とはいえ、もう少し別な営利と非営利の組み合わせ方もあるかもしれない。ここで「教育」のモデルを持ち込んだらどうだろう。学校法人だと「営利」と呼ぶのは正しくないかもしれないが、まあ「仕事」でやってるぐらいの意味で解釈いただいて。あるいは学習塾や音楽教室、英会話教室のような私営の教育サービスならよりストレートだ。教育サービスの運営側は営利でやっている。一方学ぶ側は、そこで活動をすることによって対価を得るのではなく、むしろ指導の対価を支払う。それ自体は当たり前の話だが、もしこの「非営利の活動」が、外に向かって開かれ、社会的に価値のあるものとして提供されたらどうなるだろうか、と。

記事を添削し、書き方を指導できる能力をもつ記者が教員としているところに学生が集まって、記事を書く。一部は専門の記者が書く記事もあっていいだろうが、問題はコストなので、大半は学生が書く。私塾のようなものでもいいが、どちらかというと大学のメディア系の学部みたいなところが一般向けの新聞を発行する、というイメージ。念頭にあるのは、ジャンル違いだがたとえばCornell School of Hotel Administrationが運営してるStatler Hotelみたいなもの。

問題は、そんな学生の書いたものに価値があるのかという点だが、さてどうだろう。企業のプレスリリースを短くまとめて記事にしたてるくらいなら大学生でもじゅうぶんできよう。あと、毎晩政治家を取り囲んでどうでもいい質問をしてるぶら下がり取材の人たちも、テレビなんかで見てる限りでは、ちょっと慣れた大学生なら充分いける。実際、あれは大学出てあまりたってない人たちがやってるそうではないか。もちろん、通信社の配信した記事を丸ごと転載するなら高校生でも対応可能。これらでマスメディアのやってる報道のうちかなりの部分はカバーできるはずだ。もちろん、取材のイロハや記事のまとめ方なんかもしっかり指導してもらって、本格的な調査報道にも挑戦するといい。どうしても無理な部分はプロにお願いするとして。

これらを授業としてやったらいい。授業だから、当然「記者」には給料を払わない。むしろ教育サービスの対価として授業料をとるわけだ。これで利益を圧迫する高コスト要因を収益源に変えてしまうことができる。大学でやるなら「営利」一直線というわけにはいかないが、そもそもそれほど利を追う性格の組織でもないだろうから、それがあまり問題になるとも思えない。

こういうところで教育を受けた学生は、ジャーナリズムの業界をめざすかもしれないが、それ以外の仕事に就くことも多いだろう。事実を調べ、文章にまとめるという作業は他の業界でも役に立つ。少なくともそういうふれこみで人を集めるわけだ。いわば「教養」としての、あるいは「スキル」としてのジャーナリストの技能を身につけようというもの。他の科目も勉強してほしいとは思うが、ちゃんと調べものができて、ちゃんとものが書ける学生というのは、企業としてもそれなりにありがたいのではないかな。

もちろんプロがやる場合より記事の質は下がるだろうし、速報性も損なわれるかもしれないが、正直な話、全体としてそう大きな影響はないのではないか、とも思ったりする。そもそも、すべてのマスメディアがこうなるべきだといっているのでもないし。いわゆる「市民ジャーナリズム」のメディアのデスクの方々が、市民記者たちの原稿に必ずしも充分に手を入れているとはいえない(やりすぎると反発を呼ぶだろうし)のと比べると、この場合はデスクが「教員」としてより強い立場で「記者」を指導することができるので、質を保ちやすいのではないか、とも思う。少なくとも、もし現在のマスメディアがこのまま収益を減らし続けるのであれば、そう遠くないうちに現状とはちがうやり方を試さなければならないときがくる。その中の1つの可能性として、こういうのはアリかもと思ったまでの話。

これにちょっと近いなあ、と思ってみていたのが、藤代さんのところでやってた「スイッチオンプロジェクト」。第一線のプロのジャーナリストの方々が学生を指導しながら記事を書かせる、というもの。第1期のプロジェクトが終了し、これから第2期が始動しようとしている。これは営利の活動では(少なくとも直接的には)ないのだが、ゼミ生が第1期に参加していた関係もあって見ていた限りでは、取り組んでいる学生たちはなかなかいい「教育」を受けていたようだ。また、それによって書かれた記事も、gooニュースとして配信され、その中のいくつかは一般ニュース記事に伍してかなりのアクセスを集めていた。だからこういうやり方には可能性がある、とまで言い切るつもりはないが、何かの「種」になるのではないかな、なったら面白いな、と。

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Comments

初めまして。以前より拝読しておりました。
今回のアイディア、ちょっと面白くまた「その先」がありそうですね。随分前からインフラ系の企業は収益性と公益性のリバランスを模索していますが、バランスを取り直すというのでなく、違うモデルを組み込むところに斬新さを感じます。ちょっと発展させてみたくなりました。

ところで、見逃しておりましたけど「ガイアが俺に」はツボでした(爆)

Posted by: nakagawa | September 16, 2009 08:02 PM

はじめまして!いつも楽しく拝見しております。
やはり学生ではジャーナリズムの質の低下が
課題として残るのでは。
しかし、大変おもしろい提案ですね。

Posted by: T☆K | September 16, 2009 10:59 PM

コメントありがとうございます。

nakagawaさん
別に珍しい発想ではなく、他にモデルがあります。たいていの新しいものは何か既存のものの新しい組み合わせでできていますので、じゃあこんなのもありうるのではないかと思った、というだけの話でありまして。当然、実現しようと思ったらいろいろな障害があるでしょうから、相当の「力技」と「幸運」が必要なはずです。

T☆Kさん
これが荒唐無稽めいた提案のかたちをとっていつつ(実際ありうると自分では思っていますが)、実際にはマスメディアの現状に対する皮肉でもあるということにお気づきかもしれません。まあそういうことでありまして、「質」とは何だ?というあたりをそのために何が必要か?と併せて考えていく必要があるのだろうと思います。

Posted by: 山口 浩 | September 18, 2009 08:59 AM

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