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まさか「旗」を下ろすのではあるまいね

2009年10月2日にコペンハーゲンで開かれたIOC総会において、2016年のオリンピックはブラジルのリオデジャネイロで開催されることが決まった。それ自体はまあ下馬評通りでもあり、意外性はない。東京は選ばれず、推進派の皆さんには残念な結果となったわけだが、そう落胆するばかりでもあるまい。5つの大陸をあらわすという五輪旗の精神からいえば、これまで開催国が出ていない南米大陸の国が選ばれるのがむしろ自然であろうし、国威発揚と開発事業の口実としてのオリンピックという側面でも、そういうものはエマージング・エコノミーに譲るのが大国の見識というものであろう。その意味ではむしろ「いい仕事」をした、と「前向き」にとらえたい。最大の「貢献者」はやはり都知事であろう。彼が先頭に立ったからこそ、国内の支持が一定以上に広がらずにすみ、ひいては皇室を引っ張り出して恥をかかせる失態も避けられた、何よりこれでよけいな開発工事をしなくてすんだといえるのではないか。

問題は、さてこの結果を受けて今後どうするか、だ。

あ、例によって半分以上ネタなのでご注意。

マスメディアの中は都知事の進退問題に結びつけて報じているところもあるようだが(これとか)、なんと視野の狭いことであろうか。どうせ彼の任期(「人気」じゃないよ?)はあと約1年半で、次回選挙には立候補しないと宣言しているのだ(まさか「やっぱりもう1期やる」とか言いださないよね?よね?)。そんな小さなことは正直どうでもいい。誘致費用の妥当性を検証をしようという話もあるようだが、お金がらみならもっと先に検証しなきゃいけないものがいろいろあるわけで、当面そっちの人たちに任せておけばいい。

むしろ問題にすべきは、今回掲げた「旗」をここで下ろしてしまうのかどうか、ではないか。

「旗」とは何か。五輪誘致、なんかじゃないよ。だって、五輪誘致のパンフレットちゃんと書いてあるじゃない。

もうお金をかけて過剰な施設建設や豪華なだけのイベントをやる時代ではありません。

そうだそうだ。もうそんな時代じゃない。少なくとも日本では。こーんな豪華な施設を作るなんてとんでもないよね。むしろ「旗」となるのは、東京がオリンピックを通じて提唱した3つの目的、つまり「緑」「人間」「地球を結ぶ」ってことだよね。よね?

中でも「緑」、つまり環境は、今回の五輪誘致で最大の目玉だった。それは五輪のために環境をやるというわけではなく、環境を重視する日本だからこそ五輪開催地にふさわしいという主張だったはずだ。まさかこれが単なる誘致のための美辞麗句だった、なんてことはないよね?こう書いてあるよ

「10年後の東京」という東京の計画のなかでも、小中学校の校庭の芝生化や
街路樹が緑と水の葉脈のように
東京にひろがる「緑の回廊」が計画されています。

ま、こういう主張はIOC委員の皆さんには通じなかった。考えてみれば、そもそもオリンピックなるイベントはそれ自体あんまりエコじゃないわけで、ならばそっちとはさっさと決別して、環境のほうに集中すべきだろう。今の政権の姿勢とも整合的ってこともあるが、なんせ

2016年の東京オリンピックは、地球の未来へのプレゼント

だそうだからな。オリンピックとれなかったからプレゼントはあげないよ、なんていわないよね?

それから「人」。これも、オリンピックやるから大事、という筋合いのものではないはず。「真に人間中心の、ヒューマンなオリンピック」をめざそうってからには、当然、ハコモノじゃなく「人」に投資するオリンピックにするつもりだったんだよね?

アジアやアフリカ諸国との緊密なスポーツ交流、体育教育の助成を通じ、
スポーツを通じて世界が出会うという理想を実現します。

なんて書くくらいだから、自国の選手にも気を配るんだよね?一部の種目以外の選手の苦境をどうにかしようとしてたんだよね?そのためにお金を使おうとしてたんだよね?それはオリンピックと関係なくやることなんだよね?

それから「地球を結ぶ」。

オリンピック会場で感じる「一体感」―これがオリンピックの醍醐味です。
客席に各国の多彩な衣装の人々が交じり合い、自国の選手かどうかに関係なく、
個々の選手の奇跡のパフォーマンスに感動し、国や民族を超えて拍手を送る。
残念ながら、こうした地球的な一体感が、TV中継ではなかなか伝わりません。

だそうだ。いや正面からテレビ批判なんかやっちゃって大丈夫なんかね。しかし、

自国の選手に焦点を向けるあまり、
「人類の祭典」としてのオリンピックが見えない。

とはなかなかの識見ではないか。招致活動を実質的に支えたメディア業界の方々には、今後のオリンピック中継で、日本選手に限らず「個々の選手の奇跡のパフォーマンス」を放映し、「国や民族を超えて拍手を送る」ようなテレビ番組が作られることを期待しよう。さらに、

2016年の東京オリンピックでは、
ブロードバンド時代の特性を生かし、会場にいなくても
こうした地球時代なつながりや一体感を共有できる世界規模の実験を試みます。

とぶち上げておられる。パブリックビューイングみたいなものを考えていたんだろうか。これなんかは、むしろ開催地が東京でなくなったからこそ、といったものではないか。ぜひがんばっていただきたい。当然、やるんだよね?

逆に、東京を緑と水の街に生まれ変わらせるためにこそ、オリンピックにみんなの思いを投資しようではありませんか。

ふむ。オリンピックがなくなった分、「東京を緑と水の街に生まれ変わらせる」ための投資額は少なくてすむってことだよな。けっこうけっこう。

世界最大の都市・東京が、世界を驚かせるほどの環境都市とシンプル・オリンピックのあたらしいモデルを示すことができれば、それは世界への貴重なプレゼントとなるはずです。

プレゼント、期待してるよー?「シンプル・オリンピック」のほうはいいから、「環境」のほう、よろしくねー



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Comments

何、訳のわからないことを言ってるんだろ、この人

Posted by: ちゃんと考えてからしゃべりなさい | October 05, 2009 at 12:22 AM

ちゃんと考えてからしゃべりなさいさん、コメントありがとうございます。
わからないなら別にいいです。このブログの標準的な読者の方はおおむね理解しておられるようですので、特段補足するものはありません。

Posted by: 山口 浩 | October 06, 2009 at 08:39 PM

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