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事業仕分けについてつらつらと

今年の流行語大賞の有力候補に一躍躍り出た(と個人的に思っている)「事業仕分け」が昨日で終わった。「何の権限があって」「横暴だ」「何も知らない素人が」「人民裁判だ」「結局財務省主導じゃないか」といった批判も強い。科学技術関連予算もばっさり「仕分け」されちゃって偉い先生たちがすこぶるご立腹だったりして、その他にもご不満の方も数多くいらっしゃるだろうが、一方で、それなりに立場のある人たちも含め、けっこう支持を得ているようでもある。「人民裁判だ」と書いてたこの方も後で「言いすぎだった」と意見を変えてるみたいだし。「必殺仕分け人」たちが官僚たちをばっさばっさと「斬り捨てて」いくさまがネット中継されて溜飲の下がる思い、という時代劇的部分ももちろんあろうが、やはりこうした作業をやっておいたほうがいいと考える人は少なくなかったのだろう。今は野党となった元与党のこの方もさかんに「うらやましい」と語った由。

終わった後で書くのも後だしじゃんけんみたいだが、「なにをいまさら」を承知でつらつらと書いてみる。

私たちがネットやマスメディアで、あるいは現場で目撃した「事業仕分け」なるイベントで注目を集めた要素は、大きく分ければ「予算をちがった目から見直す作業」と「予算に関する議論を公開すること」の2つといえるだろう。これまで国家予算に対していわれてきた2つの大きな問題点、つまり「硬直性」と「閉鎖性」に「風穴」を開けたかたちになった。この2つは必ずしも両方なければ意味がないというものでもないだろうが、両方あることによってより大きな意味を持つことになったといえるかもしれない。

事業仕分けを行うこと自体について批判する人たちのいわんとすることはそれなりにわかる。今の予算配分やその策定プロセスは数多くの人が長い時間をかけて作り上げてきたロバストなものだし、これに依存して仕事や生活をしている人も多い。仕分け人にも素人くさい質問や独善的な論理、えらそうなお説教がたくさんあったし、そんなもので決められてたまるか、と思うのは、特に直接的な利害関係があればむしろ自然だ。「説明が不足だったから」と予算を削るのは、仕分け人の立場からすれば当然かもしれないが、それで切られる側からすればたまったものではない。利害関係がなくても、「こんなんで決めていいのか?」という不安を抱く人も少なからずいるはず。

それでも私たちは知っている。少なくとも、会社にせよ学校にせよ、なんらか組織に所属している人であれば、思い当たるふしがあるはずだ。どこにでもたいてい、「仕分け」してしまいたい仕事があり、「仕分けされてしまえ」といいたくなる人がいる。省庁も組織なわけだし、かつあれだけの規模、あれだけの権限となれば、さぞかし多くの無駄を抱え込める余地があるだろう。当然、「中の人」は表向きそうは言わないが、内心ちゃんとわかってるはず。仕分け人に「なぜこれまで認められてきたのか」と問われた財務省担当者が「政治の判断で」みたいに答えたらしいが、全部がそうではないにせよ、もちろん「政治案件」もたくさんあるだろう。

こういったものはこれまで表に出てこなかった。あまり構図を単純化しすぎるのもどうかと思うが、最大の要因はやはりきちんとした政権交代がなかったことだろう。これらの無駄はあきらかに、権力構造の維持に資する方向で温存されてきていて、「外部」の目でチェックされることがあまりなかった。これまで少しずつ、非常にゆっくりと「改革」が進められてきたことも否定しないが、それとて時代とともに「外部の目」によるチェックが厳しくなってきたことによる。それが政権交代で一気に噴き出してきたわけだ。その意味では少なくとも政権交代の意義があったことになる。

とはいえ、国家予算にまつわるもう1つの大きな問題点、つまり「非効率性」に対してどれだけの効果があったのかについては、正直よくわからない。仕分け人の判断が今後の予算審議においてどの程度重視されるのかよくわからないし。まったく無視されるのでは意味がないだろうが、全部このまま通ってしまっても困るのは事実。切らなければならないのは無駄であって予算そのものではない。今回仕分けの対象となったのは、約3000あるらしい国の事業のうち447事業、つまり15%足らずだ。それ以外の事業にだって無駄はたくさんあるだろう。仕分け人たちに査定のノウハウを「伝授」したらしい財務省の所管事業が少なかったのも不満の種だ。逆に、とばっちりで切られてしまったとしかいいようのない予算もたくさんある。「説明不足」と「不要」はちがうわけで、「必要」な予算はなんとかして確保してもらいたいところ。そもそも、ああまでして作られた財源の使い道にも疑問の余地は多々あるわけだし。

その意味でも、この段階で止まってもらっては困る。実際に政府の予算案が決まるのはこれからなわけで、少しでもよい予算になるようにがんばってもらいたい。多数の人の意見を入れればよくなるとは必ずしも限らないが、意思決定の際多くの人に意見を言う機会があることは納得のプロセスとして好ましいだろう。「巻き返し」がこわいなら、この過程もすべて公開したらどうかな。「無駄」が復活しないための有効な歯止めになるだろうし、少しは高まった政治への関心を維持することにもつながるだろう。

事業仕分けについても、今回のやり方にいろいろ問題があったのはまちがいないようだから、来年以降も行われるらしいが、改善すべきところはたくさんある。もっと時間をかける、対象を広げる、国会議員がやる等、今から議論していくといい。

今回の事業仕分けの中でも関心の高かった無駄は、以前から繰り返し問題になってきたいわゆる「天下り」あるいはそれに類似した形態の契約や慣行、つまり個別事業というよりは、公務員制度やその運用全体に関するものだ。「天下り」した官僚にいくら支払われているかを事業仕分けであぶりだすのもけっこうだが、そもそもそうした実態を生み出している制度や慣行自体を改訂したり、制度変更に伴って生じる弊害への対策を講じたりすることが必要なはず。「天下り」でいうなら、他にも、地方分権を進めるとか、官僚が定年まで在籍しても人件費が爆発しないような制度的手当てをするとか、手をつけなければならないことはたくさんある。今回はともかく、こういう「やっつけ作業」に終始しているだけでなく、時間も手間もかかる抜本的作業に取り組んでいただきたい。というか、そもそもあらかじめいろいろ考えてたよね?

プロセスの公開については、「人気取りだ」という批判はあるが、評価は全体として比較的よいようにみえる。もともと日本では「どこかで誰かがこっそりとよろしくやってるんだろ」的な嫉妬の思考が政治やら官僚機構やらへの不信につながってきた。公開すればすべて解決するというものでもないが、それなりに助けにはなる。まちがいなく仕分け人たちには励みになっただろうし(励みすぎて暴走してるっぽい人もいたが)、仕分け人に説明する官僚たちの中にも、「ああこの説明は一般的には通用しないよな」といった半ば後ろめたそうな表情が垣間見えることがあった。いってみれば「国民目線」の成果ってことか。この点ではマスメディアよりも、ネット中継で未編集の情報が流れ続けたことの効果が大きかった。やりとり全体から受けた「空気」は、テレビのニュースや新聞記事が切り取って伝えたステレオタイプな構図とはずいぶんちがっていたように思う。

もう1つ、公開されたことの効果は、さまざまな問題についての意見が人によって異なるということをはっきりと見せたことにある。これまで大部分の人たちは、予算を査定する側の立場でものを見ることがなかったのではないか。査定するのはごく一部の限られた人たちであり、私たちは予算を要求し、その客体となるかまたはただそれを傍観したり批判したりするだけだった。自分に関係する予算は気になるが、その他については関心の対象外。しかし今回事業仕分けのプロセスが公開され、生のやりとりを目の当たりにしたことで、私たちは仕分け人の立場で予算を見る機会ができた。仕分け人の目線で、さまざまな事業の意義や必要性を、他の事業とそれと比較しながら考えることができた。この点では特に、公式中継ではカットされる休憩中の仕分け人たちの雑談までも流し続けた「ケツダンポトフ」の中継の意義が大きい。

スパコンにせよ何にせよ、予算が潤沢にあれば何にだって金を出せばいいが、現実はそうではないので、優先順位をつけなければならない。意見は人によって、立場によって異なる。それはむしろ当たり前のことだが、私たちが直接そうした意見を戦わせることは通常ない。もちろんそうした作業のために政治家がいるわけで、彼らに任せるのはいいのだが、任せきりになっていいというものでもない。政治家を選ぶのは私たちだからだ。政治家を通して、私たちは異なる考え方をぶつけ合い、その中で予算配分についての合意を形成していることになる。

つまり、予算策定プロセスにおいて政治の役割が大きくなるということは、彼らを選ぶ私たち国民の責任が重くなるということでもある。賢い選択がよい結果に、愚かな選択がまずい結果につながることを知るのは悪いことではないと思う。失敗もいろいろあるだろう。「この非常時に『失敗』してるひまはない」というご意見もあろうが、避けようとして失敗を避けられるものなら、そもそも私たちは今いる場所にはいないはずだ。もちろん失敗を避ける努力は最大限すべきだししてほしいが。

今回のような事業仕分けというかたちである必要は必ずしもないだろうが、なんであれ、予算の策定プロセスやその配分への関心が高まり、自ら政策を選び取る自覚を持つことにつながるならたいへんけっこう。今後政権が変わっても続けていってもらいたい。

「人民裁判」ということばがどこの国のものを指すかは人によってちがうだろうが、もしフランス革命後のあれを指すなら、あれは一種の暴走ではあったが民主主義への一歩でもあっただろう。その意味で、おおげさにいえば日本もやっと「民主主義」が始まろうとしているのかも、なんてことを思ったりもする。しばらくはいろいろ混乱するだろうな、という思いも含めて。

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» 事業仕分けによる反対署名 [へのへのもへるのるへものへのへ]
事業仕分けにより、様々なところで問題が発生しています。 緊急で反対署名を集めているところのリンクを載せました。 皆さんがご賛同されるものに署名をお願いします。 必要なものばかりを削っている印象の事業仕分け・・・。 ここにあるものの他にも、追加するものがあれば、トラックバックやコメント等でお知らせ下さい。追記していきたいと思います。 ==========================... [Read More]

Tracked on November 28, 2009 at 11:56 PM

Comments

貴方の意見に楯つくようだが、読めば読むほどますます事業仕分けの存在意義が疑う。

「仕分け人も遠慮がちな人が多い。特に国税庁のKSK(国税総合管理システム)についての追及は甘かった。だから人民裁判は言いすぎだった」と他の識者を引用して「それなりに立場のある人たちも含め、けっこう支持を得ているようでもある。」とは全く理解に苦しむ。
行政刷新会議を行う一番の理由はこれまで財務省の主計官の裁量で行われてきた国つくりの骨子を政治家が率先して行うことであったはず。ならば、仕分けをするのに遠慮があってはならない、また追及が甘くては今後行われる財務省の主計官が予算編成で一度廃止・削減が決まった事業が復活される余地を残すだろう。民主党政権が考えている「理想」に財務省の「思惑」が付加されるのは目に見えているはず。

どこが一番の問題か?仕分け人全員が勉強不足だからである。専門性の高い事業に対してその構造に切り込むのではなく、ただ官僚の天下り組織に丸投げしていないか、仕分け人の感覚で費用が高すぎないかだけが判断基準なのはテレビを通じ明白になっている。

貴方がどの観点から事業仕分けを論じているか、別の言い方をすれば民主党政権におもねった見方をしていたとしても他人の知ったことではないが、貴方の意見がネットで数多く取り上げられることを鑑みて、もっと事業仕分けの本質を突くべきである。

Posted by: ほっとけない! | November 28, 2009 at 10:22 PM

ほっとけない!さん、コメントありがとうございます。
事業仕分けに対する支持が幅広いという点に関しては、各社の世論調査が共通して示すところであり、是非はともかく議論の余地はないものと思われます。ぐぐればすぐわかることですが、事業仕分けが始まって以降の調査結果に関する記事をいくつか拾ってみました。

「事業仕分けについては、「行政の無駄の洗い出しに役立つ」が88.7%、「毎年行うべきだ」との回答も85.2%に上り、予算編成が透明化されたと評価されたようだ。」(産経新聞2009年11月23日)
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091123/plc0911231430004-n1.htm

「来年度予算の圧縮を図る「事業仕分け」については「評価する」が74%に達した。」(毎日新聞2009年11月24日)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091124ddm001010006000c.html

「行政のムダを減らす取り組みは「評価」76%、「評価しない」14%。政府の行政刷新会議による事業仕分けが進行中なのも影響しているようだ。」(朝日新聞2009年11月15日)
http://www.asahi.com/politics/update/1115/TKY200911150288.html

他の要素では批判が強まりつつあるようですが、この点に関しては評価されている、という構図のようにみえます。

人間誰しも主観から逃れることはできないものですが、自分と異なる考え方に目を向けないと、目を曇らせてしまいます。私の文章が事業仕分けに対し好意的であるというならともかく、「民主党政権におもねった見方」と評するのは、どうもそうしたバイアスにとらわれたものといわざるをえません。

「テレビを通じ明らかに」と書いておられますが、ネット中継はご覧になりましたか?ずっと見ていれば、きっと印象は変わっていたと思います。音声ファイルを上げている方がいましたのでURLを載せておきます。
http://d.hatena.ne.jp/riocampos/
全部ではありませんが、ネット中継されたものは、こちらから見ることができます。
http://www.ustream.tv/ksorano

本文をちゃんと読んでいただければわかると思いますが、私は「これですべてよし」と書いているわけでもなければ、「民主党万歳」と書いているわけでもありません。今後のことは今後監視していくべきことなのであって、「目に見えている」と決め付けるのは独善的です。私は、事業仕分けの本質は予算に対する外部の目によるチェックとその公開であると考えた上で、それは改善の余地はあるがともあれやったことはよかったという点、今後も、たとえ政権が変わっても、やり方を工夫しながら続けてほしいという点を述べたのがこの文章のポイントです。

私はこのブログを運営するにあたって、何をどう書くか書かないかについて誰の指図も受けません。ご自分の意見を主張されるのはかまいませんが、人に「こうすべき」と押し付けるのはいかがかと思います。あなたが「本質」と思うものは、あなたがご自身で主張してください。説得力のある議論なら、それなりの支持を受けるはずです。

Posted by: 山口 浩 | November 29, 2009 at 09:48 AM

ほっとけないさんの意見もっともだと思います。
事業仕分けは大歓迎ですが、事前に人選がすったもんだした挙句、仕分け人の極端な勉強不足が露呈した感があります。仕分けをする事は必要です。但し、何が無駄で何が必要なのかを精査できる能力が仕分け人に備わっていることが前提ではないでしょうか?全員ではないにしても仕分け人の場当たり的ともいえる対応には不快感をかんじます。

Posted by: ジャンケン | November 29, 2009 at 02:17 PM

>しかし今回事業仕分けのプロセスが公開され、
>生のやりとりを目の当たりにしたことで、
>私たちは仕分け人の立場で予算を見る機会ができた。

プロセスが公開されたことそのものを評価する方々がたくさんおられますが、公開することは「手段」であると思います。

手段の「公開」が評価されるのであれば、事業仕分けの目的が達成された場合であり、現段階での評価は時期尚早ではないでしょうか。

なぜ、目的を達成しない段階で、「公開」そのものを評価するのか、評価できるのか、意味が分かりません。日本人はいつまで「手段の目的化」という愚を繰り返せば気が済むのでしょうか。

Posted by: bn2islander | November 29, 2009 at 05:13 PM

私は事業仕分けを評価します。
「素人判断」や「方々の思惑」「戦略なき切り捨て」などという厳しい意見も聞かれますが、今回の取り組みの一番重要な点は「議論をオープンにした」ことだと考えております。そこから国民の意見を汲み取ることができるでしょうし、現に様々な意見が噴出しています。
仕分け結果を踏まえた上で「偉い先生方」含め、専門家の方々には議論していただきたい。
政府には「仕分け結果」や「様々な意見」「専門家の方々の意見」から、日本のシナリオを描いていただきたいと思います。
以後、利害調整は難航するかと思われますが、今回の取り組みが無駄になることがないよう、期待しております。

Posted by: RY | November 29, 2009 at 09:25 PM

コメントありがとうございます。

ジャンケンさん
仕分け人にせよ財務省主計局にせよ、予算要求側より事業の内容に詳しいことを期待すべきではありません。ネット中継で生のやりとりを見ていれば、少なくとも全体としては、むしろ要求側の説明力不足が目を覆うばかりだったといわざるをえません。もちろん中には適切とはいえない判断もあったでしょうが、それらも含めて、やらないよりやったほうがよかった、という判断が世論調査の結果にあらわれているように思われます。

bn2islanderさん
「目的」と「手段」という区分けはこの事業仕分けを単体として完結したものとみる考え方のように思われます。私はむしろこれを、「結果」と「プロセス」に分けたうちの後者ととらえました。この立場からは、なぜ性急に「結果」を求めるのか、逆に理解に苦しみます。政治とは結果をめざす一連の取り組みのプロセスであり、それを行うのは政治家だけではなく、国民も含まれます。「結果」のみを求める態度は、主権者にはあまりふさわしくないのではないでしょうか。

RYさん
とりあえず終わったことより、今後のことが気になります。何しろ「政権をとる」ことだけでまとまってきたような政党ですから、とってしまった今はあちこちで不協和音が出てくるのは当たり前。今回の事業仕分けにも不満の与党議員が数多くいるようですし。

Posted by: 山口 浩 | November 30, 2009 at 01:00 AM

>私はむしろこれを、「結果」と「プロセス」に
>分けたうちの後者ととらえました。
>この立場からは、なぜ性急に「結果」を
>求めるのか、逆に理解に苦しみます。

「結果」と「プロセス」は独立したものではなく、繋がっているものだとと思います。いくら「プロセス」を改善したところで、結果を出せなければ無意味であり、自己満足に浸っているだけではないでしょうか。

私は性急に結果を求めている訳ではなく、「プロセス」の評価は「結果」というアウトカムが出てから行うべきだと思います。その意味で、時期尚早と述べたのですが、伝わらなかったようですね。


>「結果」のみを求める態度は、
>主権者にはあまりふさわしくないのではないでしょうか。

結果が出なければ意味はないし、結果を出せないようなプロセスに興味はないですね。

「公開」する事が大事だと評価される方はたくさんいらっしゃいますが、いい予算編成ができるのであれば、私はオープンだろうがクローズドだろうが構わないのですね。

Posted by: bn2islander | November 30, 2009 at 04:49 AM

最初のYamaguchi氏のコメントで。

私はこのブログを運営するにあたって、何をどう書くか書かないかについて誰の指図も受けません。

凄いな。進言を指図と読み替えちゃう訳ですね。

ご自分の意見を主張されるのはかまいませんが、人に「こうすべき」と押し付けるのはいかがかと思います。

いや、押し付けているようには思えませんけどね。

あなたが「本質」と思うものは、あなたがご自身で主張してください。説得力のある議論なら、それなりの支持を受けるはずです。

ほっとけない氏の本質が支持を受けるかどうかは分からないが、Yamaguchi氏の逆ギレが支持を受けないのははっきりしていると思いますがね。

Posted by:   | November 30, 2009 at 01:49 PM

追加。

私はこのブログを運営するにあたって、何をどう書くか書かないかについて誰の指図も受けません。ご自分の意見を主張されるのはかまいませんが、人に「こうすべき」と押し付けるのはいかがかと思います。

その議論は既に終わっていますね。ほっとけない氏はこう前置きをしているんだから

貴方がどの観点から事業仕分けを論じているか、別の言い方をすれば民主党政権におもねった見方をしていたとしても他人の知ったことではないが

民主党におもねってるとかかれたのがしゃくに触ったみたいですが 総論賛成各論反対が大勢ですね。だれも事業仕分けをなくせとは言っていない。図星だったからカッとなっては Yamaguchi氏の意見はますます安っぽく見られちゃいますよwww

Posted by:   | November 30, 2009 at 02:08 PM

bn2islanderさん
ご趣旨は理解しています。そのうえで、プロセスはプロセスとして評価すべきだというのが私の意見です。「興味がない」のはご自由ですね。意見の相違ということかと思います。「いい予算編成」についても、さまざまな意見があるでしょう。全員が100%納得することは決してありません。そういう前提で、全体としての意思決定を行わなければならないときには、プロセスがきわめて大事です。今回の事業仕分けも満足とはとうていいいがたい状況ですが、一歩踏み出した点を私は評価します。

 さん、2回もごていねいにコメントありがとうございます。
他人に「こう書くべきである」というのは指図であって、「こう書いたらいいんじゃないか」という進言とは異なります。逆ギレとおとりになるのも勝手ですが、はてブを含むネット、及びリアルでのさまざまな反応をみる限り、そうとらえている方は他にはほとんどいないようですね。もちろん実際もちがいます。ご苦労さまです。

あ、あと、安っぽいのはもともとでちゃんと自覚してますからご心配なく。

Posted by: 山口 浩 | December 01, 2009 at 05:43 PM

はてブを含むネット、及びリアルでのさまざまな反応をみる限り、そうとらえている方は他にはほとんどいないようですね。もちろん実際もちがいます。ご苦労さまです。

いえいえ、そちらこそはてブの自作自演ご苦労様です。グローバル・メディア・スタディーズ学部とかいう得体が分からない学部に籍を置いているので、論文を書く必要もなく暇なんでしょうね。
リアルの反応というのも、コスプレを着て人前に出たがる変わったゼミ生さんの意見だけなのでしょう。若年層の労働人口低下の問題を抱える中で、下らないことに時間を使わせている脳天気さ、もとい余裕があるのはうらやましい限りでございます。学費を払っている学生の親御さんにグローバル・メディア・スタディーズ学部とかいう得体の知らない学部の実態が知られないようにお気を付けくださいませませ。(ププッ)

Posted by:   | December 02, 2009 at 10:43 AM

名無しの119.105.155.52さん
はてブに自作自演とはいったいなんのことでしょう?勝手に人の意見を決め付けて、私はともかく学生に対してまで誹謗中傷としか受け取れない意見を書いて、満足されましたか。まともな議論をするには最低限のマナーというものが必要だということぐらいは、勉強されるといいと思います。うちの学生は、少なくともその程度のことは身につけています。ご心配なく。

Posted by: 山口 浩 | December 04, 2009 at 12:34 PM

ムキになって返すのを見ると自作自演が事実ですね。

人に説教するよりネクタイの結び方を勉強しては?社会人なんだからwww
http://www.rbbtoday.com/news/20060126/28481-20060126aogc01.jpg

Posted by:   | December 05, 2009 at 11:55 PM

名無しの222.146.70.39さん、コメントありがとうございます。
自作自演なんかするわけありません。それほど暇人じゃありませんし。

Posted by: 山口 浩 | December 11, 2009 at 09:36 PM

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