とうとう「日経」がスピリチュアルに走り出した件
「日経」といえばいわずと知れた日本経済新聞。他のメディアと比べても、冷静かつ合理的な論調で定評がある、かどうかは知らないが、少なくとも個人的にはそういう印象がある。いやまあ異論があるかもしれないがとりあえずそれは本題ではないのでおいといて、要するに、そういう印象をもっていた日経のグループ会社である日経BPにも似た印象があって、だから日経BPの雑誌でこういう特集が組まれていることにちょっと驚いたりしちゃったわけだ。
「日経おとなのOFF」、2010年6月号の特集は、「開運入門」。
実は、この雑誌の「異変」に気づいたのはもうしばらく前のことになる。「日経おとなのOFF」といえば、ビジネスマンの「OFF」をテーマとした雑誌なわけだが、その名を聞いてまず思い浮かべるのは表紙。バックナンバーを見ていただければわかるが、毎号、ビジネスマン諸氏のお好きそうな清楚できれいなお姉さん(なぜか着物が多い)が、飲食店やら旅先やらみたいな場所で静かに微笑んでいる。なにやら2人でオフ(なぜかお忍びっぽい)、といった趣でビジネスマン諸氏をそそる風だったわけだ。たとえばこんな感じ。
それが変わったのは2010年3月号。特集は「今年日本で見られる世界の名画入門」で、表紙も名画。とはいえ女性を描いた絵画が4つ並んでいるわけで、まあ従来の「お姉さん」路線から完全にはずれてしまったわけでもないといえばないかなと思っていた。
しかし甘かった。2010年4月号は「正しく覚える! 冠婚葬祭マナー」で表紙はマナーの○×を並べて表現している。女性の姿など影も形もない。5月号は「得する旅の裏技」で表紙はホテルの部屋。以前ならここに「きれいなお姉さん」が微笑むべきところ、ただの部屋。で、6月号。表紙はしめ縄だよしめ縄。いったいどうしちゃったのか。
しかも特集のテーマが「開運入門」。「神様と神社」「パワースポット」「守護本尊と仏像」「縁起物」「福を招く暮らし」「厄払い」みたいなことばが並んでる。もちろん、以前にも神社仏閣やらその他スピリチュアル的な内容を取り上げたことはあった。しかしそれらは、たとえば「お墓参りの作法」(2010年4月号)みたいなマナーとしてであったり、「奈良 仏像と邪馬台国の旅」(同)みたいな旅行先としてであったり、「仏像のすべてを学ぶ美仏巡礼」(2009年10月号)みたいな美術鑑賞としてであったりしたわけで、つまりそれらを信心の対象としては扱っていなかったのだ。
ところが、この2010年6月号特集では、真正面から信心に走っちゃってる。特集ページの最初にはこうある。
「神様、どうかお願いします」「後は運を天に任せるのみ…」。
誰しも、一度はこんな心境に陥ったことがあるだろう。
しかし運を点に任せるのにも、ちょっとしたコツがあるのをご存じだろうか。
そのコツとは実は、日々の生活の中にこそある。
開運の道しるべをお届けする。
だってさ。大マジなのだ。目次をみるとこう。
神様と神社
・頼れる神様一目瞭然マップ
国家の安泰を祈る
縁結びを祈る
子授け、安産を祈る
夫婦円満を祈る
新築・転居の安全を祈る
交通・航海の安全を祈る
金運アップ、商売繁盛を祈る
健康と長寿を祈る
出世、勝利を祈る
試験合格を祈る
芸事の上達を祈る
・神社の基礎知識
・神様 Q&A
・神社での正しい振る舞い
・お札、お守りの意味と正しい取り扱い
・絵馬のお願い文は一言で
日本の聖地&パワースポット
・日本創世神話
・出雲神話
・天孫降臨(てんそんこうりん)&大王の時代
・民間信仰が伝える聖地&パワースポット
守ってくれる守護本尊がいる!
・子年の人 ● 千手観音
・丑・寅年の人 ● 虚空蔵菩薩
・卯年の人 ● 文殊菩薩
・辰・巳年の人 ● 普賢菩薩
・午年の人 ● 勢至菩薩
・未・申年の人 ● 大日如来
・酉年の人 ● 不動明王
・戌・亥年の人 ● 阿弥陀如来
福を招く縁起物
・招き猫
・だるま
・熊手
・七福神
・福助・仙台四郎・カエル・フクロウ・ビリケン・タヌキ・天神さま・お福
・身近な縁起物で暮らしに福を呼ぶ
室礼の基本 福を寄せ、厄を払う家の飾り付け
・風水で吉となる方向を探す
・マイホームを風水で模様替え
厄払いの作法
・運気を上げるおはらいアイテム
・・・うわ本当に本気だ。他の雑誌じゃないかと思ってしまうほどの勢い。とはいえ、「正しいご利益の受け方」みたいな発想は日経らしいといえばらしいかな。表紙にも出ているが、「神様に頼んではいけません。誓うのが作法です」だそうな。ちゃんと「正しいお願いの方法」なんてのも出てる。要するに、願いを具体的に述べ、単に神様のご利益をお願いするのではなく、自分がまず努力を誓い、その上で加護を願う、ということらしい。例が出てる。
×「素敵な人と巡り合えますように」
○「優しくて、思いやりがあり、収入が安定している。そんな私の理想の人と巡り合えるように頑張りますので、どうぞお力添えください」
うむ。願いが具体的になってる。が、こんなもんでいいのだろうか。もっと具体的にしたらそのほうがいいんだろうか。たとえば「私がどんなにわがままをいっても笑って許してくれるほど優しくて、毎日家事をすべてやってくれて毎年2回海外旅行に連れていってくれるほど思いやりがあり、年収が2千万円以上で港区に100㎡以上の自宅あり(ローンなし、舅姑なし)。そんな私の理想の人と1年以内に巡り合い、3年以内に結婚できるようこの神社に毎日お参りしますので、どうぞお力添えください」だったらより願いが叶いやすいだろうか。
あと、こんな例も出てた。
×「宝くじに当たりますように」
○「昨日、私が買った宝くじが当たりますように」
・・これ、いいのかね。この「正しいお願いの方法」をご指南いただいているのは元宮内庁書陵部主席研究官の飯倉晴武氏。専門家のご発言だからもちろんまちがいじゃないんだろうが。「宝くじの当たりを願う程度ならいいのですが、競馬などギャンブルの金運を神頼みすることはお勧めできません」だそうである。宝くじと競馬の差というと、法的なあたりとか社会的な受け止め方とかの他、歴史的な経緯みたいなのもあるような気がするな。なんせ宝くじは昔は寺や神社がやってたからねえ。ともあれ、宝くじの当選祈願は神社的にアリだそうなので、購入された方はぜひお参りされるとよかろう。もともとこの雑誌の読者なら、確率的には損だということぐらいわかった上でのことだろうし。
ともあれこの「日経おとなのOFF」、最近の変貌をどうとらえるべきなのだろうか。「お姉さん」離れは「草食」化の兆しなのか、スピリチュアル化は混迷する経済情勢をふまえたものなのか。はたまた本誌の売上的な問題なのか。そのうち健康雑誌がこぞってやってるような「開運グッズ」みたいな付録がつくようになるんだろうか。いろいろ気になるところではあるが、ともあれ今後も要注視ということでひとつ。
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Comments
面白いですね。最近は雑誌を読むことが少ないので今度「日経おとなのOFF」をはじめ、色々見てみる気になりました。
Posted by: 経営コンサルタントT☆K | May 16, 2010 11:44 PM
経営コンサルタントT☆Kさん、コメントありがとうございます。
雑誌というのは想定する読者がかなりはっきりしている場合がけっこう多くて、そういうものは「最適化」の結果、一般の人からは少し離れたものとなっていたりします。そういうあたりを出せたらいいな、というシリーズです。他にもいろいろ面白いものがあるはずですのでぜひ探してみてください。いいものがあったらぜひ教えていただければ。
Posted by: 山口 浩 | May 17, 2010 08:32 PM