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もうそろそろ「ネット文化」みたいな区分けはやめてもいいんじゃないか

何度も似たことを書いてるような気がするんだが、まあ人間継続は力なりってことで、この記事。

【キブンの時代】第3部 世論はどこに(5) 議論より“ルーピー”」(2010年6月23日付産経新聞)

ネットにあらわれる言論が気分に流されてる、みたいな論調の記事なんだけど。

この記事の後半にこんなくだりがある。

ネットを駆使し、若者票の取り込みをねらう議員ら。しかし、ネットの気分はそう簡単に動かせないようだ。ネット文化に詳しい武蔵大学社会学部助教、稲増一憲(29)は言う。
「ネットの双方向性を生かし、候補と有権者が政策論議を交わすなどの使い方が理想だが、残念ながら、現在はそこまでネット文化は熟成していない」
普天間問題でもネットでは政策論議より、鳩山の「ルーピー」ぶりに関心が集まった。ほかにも感情論やからかい半分の書き込みが横行し、思わぬ結論に至る例は少なくない。
国家戦略担当相の荒井聡(64)は政治団体でキャミソールの領収書が見つかり、ネット上で「キャミソール荒井」と呼ばれるように。社民党党首の福島瑞穂(54)は民主、国民新との連立時、合意文書の署名が丸文字だったため「みずほたん、かわいすぎ」とネットで騒がれた。
本来の政治とはかけ離れたからかいや嘲(ちよう)笑(しよう)が蔓延(まんえん)するネット。ネットのキブンは投票行動に影響するのか。稲増は「政治に興味のない人は、そもそも政治関連のサイトを見ない。一部の書き込みに世論を動かすほどの力があるとはいえないだろう」とした。(敬称略)

ネットで「活躍」する議員たちがいるけど、ネット住民ってアレだからなかなか難しいやね、的な。まあ、一種のネット限界論だろうか。ある意味「ネットは残念」論とか「ネットはバカと暇人のもの」論とかと似てるように思う。でも、「そこまでネット文化は熟成していない」っていういいかたはどうかなあ。熟成してるかどうか以前に、「ネット文化」という切り分け方がやっぱりちがうと思う。

だって、日本のネット利用率って、もう総人口の8割とかいくレベルなんだよ?「日本国民」と、「日本のネットユーザー」がそんなにずれてるわけないじゃない。

60代のインターネット利用率が急伸、PCより携帯を活用【平成21年 通信利用動向調査】」(MarkeZine 2010/04/28)

もちろん、年齢層によって差があるし、人口構成とまったく同じってわけじゃないのは当たり前。あと、ネット利用といったって発信してる人はそのうち一部、ということも、事実だ。

「ツイッター」投稿の9割、1割のユーザーが発信=調査」(REUTERS 2009/06/05)
富士通総研調査、ブログ・SNSは約4割が利用。閲覧は8割以上が経験」(BB Watch 2008/06/02)

でもこれは、ネットに限った話じゃない。リアルの世の中で情報を発信してるのはマスメディアの人が多いだろうけど、情報を受け取るだけの人と比べて圧倒的に少ないし、地域的にも年齢層的にも、おそらくは性別でも偏りがあるはずだ。でもおおまかにいって、マスメディアは世の中の声をだいたいカバーしてるって考えてるわけだよね?それよりはるかに幅広い層の人がいるはずのネットでの発信者は、おおむね全体の縮図、とみてもいいんじゃないかと思うが。

このコメントしてる人が何に着目してそう言ってるのか知らないが、もし「ネット文化」が「ネット以外の文化」よりレベルが低いといいたいのであれば、それはそうじゃないともいえるし、それはそうだがスジちがいだともいえる。ずれを感じ取るのは、ネットにせよリアルにせよ、一部に注目してるからではないか。マスメディアから流れる情報の中にもくだらない情報はいっぱいあるし(そもそも「ルーピー」発言で最初に盛り上がったのはマスメディアではないか)、ネットにも質の高い言論はたくさんある。記事でコメントしてた人は、要するにネットで「そういう」サイトばっかり見てたんじゃないかな。それに、マスメディアや、マスメディアで活躍してる人たちだって、最近はネットで情報発信するのが当たり前になってきてるし。そういうのは「ネットの言論」に入れないのかな?

もちろんまったく差がないとはいえない。マスメディアに流れてる情報の質が平均してネットに流れてる情報の質よりも多少高いという意見なら異論はないけど、それは別におかしなことじゃない。当たり前じゃんお金がかかってるんだから。そうでないと困るよね逆に。問題はむしろ差が少なすぎることではないか。ただで読めるブログ記事と同程度かそれより質の低いマスメディア記事、けっこうあると思うがどうだろう。

そもそも冒頭の引用記事、シリーズになってて、この記事以前の記事では、マスメディアに流れる情報や、それに影響され形成される世論の質が低いって嘆いてるんだよ?矛盾してるじゃん。

リアルの世の中でマスメディア発の情報しかないと思うのも偏ってて、われわれは近くにいる人とふつうの会話(いわば口コミだ)を日々やってるわけだ。離れたところにいる人には見えないだけで。それらの質がネットにあふれる言論より質が高いと思う根拠でもあるんだろうか?少なくとも私の日常会話は、どうみてもこのブログに書いてることと同レベルかそれ以下の質しかないけど、他の人はリアルではもっとりっぱな話をなさっているのだろうか。回りの人たちを見ると、どうもそうでもないように思うんだがね。ネットで特徴的な表現とか態度とかがあるというのはその通りだけど、ああいう人たちって、リアルでも、少なくとも仲間内ではおおむね似たようなことをいったりやったりしてると思うよ?

ちなみに、ネットで話題になった「ルーピー」Tシャツのことを記事では取り上げてるけど、アメリカで2004年の大統領選のころ「Bush again?」みたいなTシャツがけっこうあったように思う。あちらでは大統領選のたびにそういうことをやってるわけで。日本で出てくるのは比較的珍しいのかもしれないけど、最近では増えてきてるみたいだし、少なくともネット言論の質が低い証拠にはならない。

要するに、「ネット文化は熟成していない」というのは私たちの文化自体が熟成していないということであり、あるいはこのコメントした人が私たちの文化の中の熟成してない部分しか見てないということであるわけだ。熟成してるかどうかの議論はともかく、ネットとネット以外を分けてどっちがどうとかいう議論のしかたはそろそろやめたほうがいいんじゃないだろうか。もちろん差がまったくないわけじゃないから、そういう細かいところに着目した議論はあっていいと思うけど、この記事のレベルの話ならあんまり意味がない、というか目を曇らせてむしろ有害だと思う。

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» [雑記][Web]「ネット文化」は時間の無駄文化 [novtan別館]
実際、ネット文化、というのが文化として個別に語られるべきか、というのは確かにいまさら疑問はある。 もし「ネット文化」が「ネット以外の文化」よりレベルが低いといいたいのであれば、それはそうじゃないともいえるし、それはそうだがスジちがいだともいえる。ずれを感... [Read More]

Tracked on June 28, 2010 at 07:02 AM

Comments

佐々木俊尚さんのTwitter上での紹介でこのエントリを知り拝読させていただきました。


「ネット文化」という言葉はもう「日本文化」等と同列に文化学者の方が使うべきもののようになりつつあり不用意に用いるのは避けた方がいい言葉だなと感じました。

ちなみに、”ネット文化に詳しい武蔵大学社会学部助教”の言葉は、単に語彙が乏しくいいたいことが誤解されやすい言葉になってしまったんだろうなと想像します。

本当は、

「候補と有権者が政策論議を交わすに十分適した仕組みやサービスがまだネット上で存在しない」

ということを言いたかっただけなんじゃないだろうかと思うわけです。

Posted by: cotton_swab | June 23, 2010 at 04:51 PM

cotton_swabさん、コメントありがとうございます。
別に使っちゃいかんとは思わないのですが、不用意に使われる例が多くてちょっとやだなと思った次第です。
助教の方については、ひょっとしたら、発言の一部が抜き出されたものかもしれません。個人的な経験でも、本旨はそこじゃないだろうという部分を抜き出された経験があります。だとすればこの発言を批判するのはスジちがいなのかもしれませんね。

Posted by: 山口 浩 | June 26, 2010 at 11:18 AM

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