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August 27, 2010

あえてホメオパシーとの「共生」を考える

どういう経緯か詳しくは知らないが、ここしばらく、ホメオパシーへの批判があちこちで盛り上がっている。日本学術会議やら日本医師会やらがこぞって「根拠がない」との見解を表明している。SYNODOS BLOGの菊池誠さんの記事を見ると、きっかけになったのは、昨年10月に助産師が行ったホメオパシーに関連して乳児が死亡した件あたりだろうか。

こういう風潮の中でこういうことを書くのは若干勇気がいるが、ここではあえて、ホメオパシーとの「共生」を考えるべきではないか、と主張したい。

最初にことわっておくが、私は基本的に、疑似科学の類を信じていない。あまりひとくくりにするのもどうかと思うのでホメオパシーに話を限ると、もしホメオパシーが、上記リンク先の菊池さんの記事に解説されているようなものであるとするならば、科学的な根拠はないと判断せざるを得ない。こう説明されている。

よく用いられるレメディは100倍希釈を30回繰り返してつくられる。1回ごとに100倍に薄まるので、これは10の60乗(1のあとに0が60個)倍の希釈である。コップ一杯の水に含まれる水分子の数は10の25乗(1のあとに0が24個)個程度だから、コップ一杯の水にレメディの元となる成分は平均として1分子も含まれない。

これほどの希釈が可能というのは分子が発見される以前に考えられた理屈で現代では通用しないが、その代わりに、水が薬効成分の情報を記憶するのだという説明が付け加わっているらしい。「水からの伝言」じゃあるまいし、冗談も休み休みという感じで、とても信じられるものではない。学術会議が出した「根拠がない」との声明には、全面的に賛同する。

問題はここからだ。にもかかわらず、昨今のメディアその他における論調がホメオパシー叩きというか、弾圧とでもいえそうな厳しい感じになっていることには、若干の危惧を覚える。

本来、ホメオパシーで用いられる「レメディ」なるものは単なる砂糖玉であって、人体に悪影響を及ぼすものではない。それが問題になったのは、その「レメディ」が医療行為の代替として行われ、結果として当該幼児が医療を受ける機会を奪ったからだ。そしてそれが死という痛ましい結末に至ったとなれば、座視できないのは当然のこと。つまり、ここでポイントになるのは、ホメオパシーに医学的な意味で効果があるかどうかではなく、医療を受ける機会を阻害するかどうかであるわけだ。

その意味でいえば、上記リンク先の毎日記事で、「日本ホメオパシー医学協会」が「欧米の実績で分かるようにホメオパシー療法は効果が科学的に証明されている」と反論していること自体は笑止だが、実のところ、ここでホメオパシーの効果について議論することは、あまり意味がない。ホメオパシー以外にも、私たちは日常、数多くの、効果の知れない民間療法やら祈祷やらお守りやら絵馬やら開運印鑑やら幸運の壺やら何やらに金を払っているからだ。ホメオパシーで使う砂糖玉も、これらのものと基本的には同じだ。愚行権とまで書くと語弊があるかもしれないが、私たちには、効果の知れない代替治療に金を払う権利がある。それが医療を受ける機会を奪うものでなければ。

で、そこがまさに最大のポイントなのではないかと思うわけだ。朝日新聞記事には「日本ホメオパシー医学協会は取材に「現代医療を否定してはいない。(女性が死亡した)案件は調査中」と回答した」とあるが、実際にああした事件が起こったということは、中には現代医学による治療を受けるとホメオパシーの効果が失われるとする療法家がいると考えた方が自然だ。単純にいえば、この点さえはっきりさせれば、つまり、ホメオパシーが現代医療と競合するものではなくホメオパシーによる治療を受けているからといって現代医学に基づく治療を拒否してはならない、とその協会だか何だかが現場の末端に至るまで徹底してくれれば、これを危険視する理由はない。快癒祈願の千羽鶴を危険視することがないのと同じだ。必要なら、協会が、現代医療と両立できる新たなホメオパシーでも「開発」すればいいではないか。彼らが生き残りたければ、ぜひそうすべきだ。

そこまでホメオパシーを擁護しなくてもいいのではないか、という考え方もあろうが、別に擁護しているつもりはまったくない。上記のとおり、私はホメオパシーの効果をプラシーボ以上のものとは考えていない。ただ、現在ホメオパシーを信奉している人たちはそれなりにたくさんいて、これらの人たちの中には、この考え方にあまりに深くはまっているために、その他の考え方を受け入れようとしない傾向を持つ人がいるのではないか。そういう人が、自分たちが信奉している対象をあまりに強く否定されると、かえって意固地になったりして、より強くホメオパシーに頼るようになってしまうのではないかという危惧を抱いている。そうなってはかえって危険だ。本人ならまだしも、上記のケースのように、抵抗できない幼児等が犠牲になったりするリスクを高めかねないのではないか。

そういう意味で私たちが考えるべきなのは、ホメオパシーの信奉者たちを科学的常識をもって強引に「転向」させることではない。彼らが医療行為を拒否することなく、無駄に命が奪われない状況を作り出すことではないか。あまり「深入り」せず、重い病状でも医療を拒絶するような深刻なところまでいかずにとどまれるのであれば、正直、放置しておけばいい。プラシーボ効果だって有効に使えるケースがあるかもしれないから、そういうものは生かせるなら生かしたらいい。逆に、深刻なケースには、処置が必要だろう。治療の機会を奪われた人に対する加害行為とみるべき場合もあるはずで、そういう場合には「加害者」の訴追を躊躇すべきではないと基本的には思うが、刑事責任追及で話を終わらせては解決にならない。「加害者」はそれが正しいと信じてやっているからだ。場合によっては、カウンセリングその他の心のケアも必要かもしれない。信奉者の方々には悪い表現だが、そういった有害な信奉は一種の依存症ととらえていいのではないかと思う。それなら、それなりの対処のしかたがあるはずだ。

こういうやり方では、ホメオパシーがなくなることはないだろうが、どんどん広まっていくこともなかろう。護摩たいて祈祷したり手をかざしたり、パワーストーンを身につけたりする行為と同じように、社会の中でそれを求める一部の人に利用され続けることになるんだろう。それを「共生」と呼ぶなら、私たちの社会がホメオパシーと「共生」できる状況をいかに作るかを考えることが、今求められているのではないかと思う。



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Comments

で、問題点はそこで、なぜか、ホメオパシー側(正確には一部かな?)が、共生したがってないんですよね。
気分的に使うんなら、別に「気晴らし」ならいいと思うのですが、なぜか、医療拒否を強硬に主張するし、危険な状況(がん治療とか、ショック症状の時に)で使おうとするし。

そんな事を主張されれば、それは強く拒否せざるを得ないわけで、医療拒否する事で、各団体も声明を出さざるを得ない状況を生んでいる、という感じだと思います。

Posted by: luckdragon2009 | August 27, 2010 03:37 AM

今回の学術会議の談話は、医療機関でホメオパシーを行なうことに反対したのであって、個人が使うのは自由だと明記されています。

現状では医師が病院の中で「効果の知れない民間療法やら祈祷やらお守りやら絵馬やら開運印鑑やら幸運の壺やら何やら」を患者に勧めているのと同じなわけです。

ホメオパシーとの共生は思想の自由の観点からは認めるべきものですが、それと医療行為は別物だと思っています。

Posted by: 保成 | August 27, 2010 09:13 AM

luckdragon2009さん、保成さん、コメントありがとうございます。
読んでいただいた方はわかると思いますが、この文章は、学術会議のコメントが不当だともいっていないし、医療行為と別物ではないといっているわけでもありません。現在ホメオパシーとして行われている行為の中には、医療行為を拒否するがゆえに対象者を危険な状態に陥れるものがあります。それは認められるべきではありません。そういった行為に走るホメオパシー療法家がもしいるなら、現代科学上の知見と現行法規に基づいて厳正に対処すべきです。思想信条の自由は傷害や殺人を免罪する理由にはなりません。
あと、危険なのは、医療関係者が使う場合だけではありません。親が子供に対して使う場合、今裁判になっているケースもそうですが、つまり他人の治療方針を決定できる立場の人がホメオパシーを現代医療の代替として考え、それを頑なに守ろうとして重大な結果を招いたケースは基本的に加害行為と考えていいのではないかと思います。仮に加害の意思がなかったとしても、一般常識に照らして危険な行為との認識があるなら、現行法の扱いを詳しく知りませんが、加害行為とみなしていいのではないでしょうか。
ただ、そこまでではない人もいるはずで、それらの人たちまでひとまとめにして糾弾するのはやりすぎではないか、といっているだけです。なんでもいっしょくたにする主張は明快でわかりやすくみえるかもしれませんが、かえって問題を紛糾させ、解決を遅らせ、リスクを増大させるものと考えます。
もう1点、重要だと思うのは、ホメオパシーへの信奉は一種の依存症、あるいは宗教というかマインドコントロールというか、そうした類のものと考えるべきではないかという視点です。重度の方は、おそらく理屈で説得できる相手ではありません。何が正しいかで議論するのは、正直なところすでに結論の出ている話を蒸し返すようなもので、あまり生産的ではないと思いますし、かえって妙な反発を招いて危険でもあります。彼らがいかにして健全な日常生活に「軟着陸」できるかを考えるのが、私たちの社会全体の安全のためにも重要かと思います。

Posted by: 山口 浩 | August 27, 2010 11:46 AM

it aims to be なんて表現ないんじゃない…?

Posted by: a | August 27, 2010 12:24 PM

私自身は、心理学的立場もありますので、こっちへ戻す道をカウンセリングで作る、のには賛成します。リアクタンス反応の防止は大切です。
ただ、多分ホメオパシー側はやらないでしょうね。
周囲の家族とかが、救いに走る事になると思います。

Posted by: luckdragon2009 | August 27, 2010 12:31 PM

「問題を解決するにはどうしたらいいか」を現実的に考えるという、ただ疑似科学を批判するだけの記事とは違う大変興味深い内容で、大変参考になりました。

ただ、そもそもなぜホメオパシーに頼るひとが多いのかというと、その人達は現代科学・現代医学に不信感を持っていることがきっかけの場合が多いと思います。
つまりそもそも「現代医学以外が良い」から出発して、その中でホメオパシーを選んだのだと思います。
(そうでない人もいるでしょうが。)
なので現代医学と擬似医療の共存は、擬似医療信奉者にとっての魅力が下がり、よって推進する協会のような立場はうれしくないでしょうので、共存するという解決手段は難しいと思います。
(お守り等は「昔からある医療」であって、現代医療に対抗するためのものではないので、共存に違和感がないのでしょう)
もしホメオパシーが現代医療を併用するようになれば、現在のホメオパシーの客は、現代医療の必要ない(と謳う)別の擬似医療に乗り換えるだけで、被害者の数はあまり減らないように思います。

Posted by: okata | August 27, 2010 04:39 PM

ホメオパシーの中の人は現代医療を否定しないと言っています。しかし、かれらが現代医療を使うべきタイミングについてその信者に何か言えるとは思えません。

なぜならレメディがプラセボだと認めることになってしまうからです。彼らの存在意義がゆらいでしまう。

つまり共生はそもそも自家撞着なのではないでしょうか。

多少乱暴でも強引に転向を働きかけていく方が、社会全体としてみればメリットが大きいのだと思います。

Posted by: masache | August 28, 2010 12:05 AM

じゃあ創造論も学校で教えるべきですね。創造論だけを排除するなんて創造論を信奉してる人がかわいそうだし、進化論だけを教えたら創造論信者がますます意固地になるかもしれないし。非科学的な人との共生を考えたら強制はいけませんね。

Posted by: あほ | August 28, 2010 05:58 AM

共生、路線修正は、無理っぽいみたい...。
> http://transact.seesaa.net/article/160809597.html


Posted by: luckdragon2009 | August 28, 2010 10:53 AM

コメントありがとうございます。

aさん
なんのことでしょう?意味がわかりません。

luckdragon2009さん
彼らの対応をこちらが、今、決めつけてしまう必要はないと思います。それは彼らが考えることです。家族が救ってくれるならそれはそれでよいのでは。

okataさん
ご意見の趣旨よくわかります。現代医学の側に、彼らに不満を持たせる原因であって何か改善可能なものがあるというのはじゅうぶんありうる話でしょう。この問題と結び付ける必要はないと思いますが、それはそれで取り組んでいただきたいところです。
彼らが「科学」の仮面を捨てるはずがないという反論はあちこちで聞きますが、私は必ずしもそうだとは思いません。多くの宗教は、かつて科学とは必ずしも円満な関係ではありませんでしたが、現在は、一部を除き概ね折り合いをつける方向に転じています。そのことによって、彼らが信憑性を失ったというわけでもありません。変な話、何せ彼らは根拠のない屁理屈を信じられる人たちですから、科学との矛盾など、信じる障害にはならないのではないかと思います。

masacheさん
「強引」って具体的に何ですか?現行法の下で何ができるかまじめに考えたことがありますか?誰かが適当にうまくやるだろうなんて甘く考えていませんか?「これが真実だから信じろ」とさえいえば彼らが考え方を改めるとでも思ってるんですか?ことはそんなに簡単じゃありません。

あほさん
こういう小学生のケンカみたいな極論が議論として通用するとでも思ってるんですか?この手の考え方は科学から最も遠いところにあり、むしろホメオパシーを盲信する立場と共通する要素すら感じます。申し訳ありませんが議論に値しません。

luckdragon2009さん
くりかえしますが、彼らがどう考えるかをわれわれが推し量るべきではありませんし、そうする必要もありません。彼らが受け入れなければ、療法家が個別に訴追されていくだけです。最終的には、彼ら自身の自衛のため、妥協を迫られるはずです。その間被害者が出るでしょうが、私たちにできることは限られています。よりスムーズな解決のために、彼ら自身からの変革を促すべきと考えます。

Posted by: 山口 浩 | August 28, 2010 10:37 PM

たたかれている人をみて反射的に「まあまあ虐めるなよ」という気持ちはわかります。いい事した気になるしね。

Posted by: ミスコ | August 29, 2010 12:55 PM

ミスコさん、コメントありがとうございます。
別に「まあまあ」といっているわけではありません。実効性のない主張をしている人に「それでは問題の解決にならない」といっているだけです。この文章を、少しでもホメオパシー信奉者を擁護しているように読んだのなら、日本語が通じていないと思ってください。

Posted by: 山口 浩 | August 29, 2010 01:14 PM

>昨今のメディアその他における論調がホメオパシー叩きというか、弾圧とでもいえそうな厳しい感じになっている

というのは具体的にどのようなものでしょうか?
何をもって“弾圧とでもいえそうな厳しい感じ”なのか線引きが明確でないため,その分を想像で補うことになり擁護に読めたりするのではないでしょうか?

医療効果がないことをはっきりさせることも,ホメオパシーを医療行為の代替として使って問題が起きていることを報じることも,療法家が通常医療を受けないよう言っている事例を報じることも,“弾圧”ではないですよね?
それ以上の何かがどこかにあるのでしょうか?

Posted by: ITOK | August 29, 2010 10:33 PM

ITOKさん、コメントありがとうございます。
ご指摘その通りですね。書き方が悪かったと思います。
私が問題視したのは、マスメディアにおいて、「根拠がない」以上の議論が出てこないこと、及びネット上の言論でただ「規制しろ」みたいな乱暴なものが多くみられたことです。学術会議やその他の諸団体や専門家の方々が出しておられる「効果がない」という見解には全面的に賛成しますが、理屈が理解できない人に対して理屈のみで説得しようとするのは非常に困難です。彼らにとって、科学者の「効果がない」という声明は、療法家たちの「いや効果がある」という反論によって相対化されてしまうおそれがあるからです。科学的な立場からは、「では改めて検証しましょう」という主張に抗するのはなかなか難しいでしょう。
むしろこの問題は、一種の依存症のようなものととらえるべきです。「学術」「医療」の中には、心の問題を扱う分野もあるはずで、今回重要なのはむしろそちらのアプローチなのではないかと考えます。
「対策」とか「規制」とかいっても、実際にとれる手段は限られています。信奉者にもさまざまな人がいるはずで、それをひとくくりにして否定・糾弾するのは得策ではありません。無理に「根絶」しようとせず、あまり影響のないものについてはあえて「放置」することで、彼らが「こちら側」に戻ってきやすい環境を作ったほうが問題を悪化させないことにつながると思います。
逆に危険なものへの対応は躊躇なく行うべきで、特に、医療関係者であろうが医師以外の者であろうが、ホメオパシーを代替とすることによって、患者の医療を受ける機会を阻害するような行為については、別に学術会議や医師会の見解を待たずとも、法に基づきもう少し厳しい対応をしていいのではないかと思います。

Posted by: 山口 浩 | August 30, 2010 09:18 AM

こんにちは、はじめてメールさせていただきます。
ホメオパシーについての考察、
興味深く読ませていただきました。

私は乳癌患者です。この6月に告知を受け、
発見された時点で骨転移もあったため、
完治はできません、以後は緩和ケアで…という
治療方針になっています。

たいした自覚症状もないのに、
まだ自分が癌であることも受け止めかねているのに、
現代医学では何もできません、治せませんと
宣告されてしまう。
そこで絶望し、何か自分を救ってくれるもの――たとえば
ホメオパシーや代替医療にすがろうとするのも、
もっともな気持ちだと思うのです。

医療行為に、心をケアするプラスαの部分の
充実がもっとあれば、安易な、でも切実な
「代替行為」に走らずにすむのかもしれません。
まあ、病院がホメオパシーをすすめるというのは
無理にしても、食生活の指導をするとか、
カウンセラーを紹介するとか、なにかきっかけを
作ってくれるといいのになあと思います。

今のところ、心のケアも患者まかせ。
自分のことだから当たり前でしょと言われれば
それまでなのですが…。

Posted by: 竹光 | August 30, 2010 11:47 AM

新しく発表された声明とか読んでいただけばわかると思いますが、JPHMAは標準医学に対して強力な敵意を持ち、予防接種等の否定に躍起になっています。あそこの教祖は大変標準医学がお嫌いなようで、不当に標準医学を根拠なく否定する本を何冊も書かれています。
ホメオパシー関連団体にもまともなところはありますが、少なくとも今回話題になっているJPHMAとの共生は難しいと思います。病院での普通の宗教の利用は可能であっても、オウム真理教の利用は非常に危険が大きく、難しいように。
共生はJPHMAが最大勢力であるうちは不可能でしょう。
牙を抜かれて穏健派の団体が主流をとったら可能かもしれません。

Posted by: くわ | August 30, 2010 10:18 PM

コメントありがとうございます。

竹光さん
お見舞い申し上げます。
お気持ちは想像するしかありませんが、本件でいろいろ思うところがあろうことはわかるつもりです。
現代医学が対処できない領域は当然あるわけで、そうした課題に直面しておられる方々がホメオパシーを含む代替医療に何らか期待することに対して、誰も文句はいえないでしょう。
今回の学術会議の声明にしても思うのですが、どうも科学的な正しさとか、病気の治療そのものとかに関心が集中しがちであるような気がします。医学界には心のケアを扱う人たちもいるはずなのに、周囲にはさまざまなQOL向上関連の専門家だっているでしょうに、それらの人々の声はあまり聞こえてきません。
きっと現場には、そうしたことにも気を配る医師やスタッフの方々がいらっしゃるのでしょう。そういう方に出会えればいいのですが。よりよい社会に変えていくために、私ができることはあまりありませんが、考えていきたいと思います。竹光さんも、お立場ならではのご意見があるでしょうから、ぜひどんどん発信していってください。

くわさん
声明が出たようですね。くりかえしになりますが、この種の問題では、危険な行為とそうでない行為をきちんと区別することが必要です。強硬な意見も、思想や考え方の問題であると同時に、今それで食べている人たちの生活の問題であることの反映かもしれません。今のままでは、「どっちが正しいか」の不毛な論争に巻き込まれてしまいます。柔軟で「共生」可能な考え方には寛容な姿勢を示し、強硬派への厳正な対応と組み合わせて先方に変化を促す地道な努力が必要かと思います。何よりまずいのは、一気に解決しようと強引に押し切ろうとすることです。強硬な団体とて、その全構成員が同じ考え方ではないはずです。

Posted by: 山口 浩 | August 30, 2010 10:37 PM

ます,否定・糾弾が得策でないということには同意します。おそらくどのような人々に対しても効果はないでしょう。

さて,「共生状態」としてどのような形を考えられていらっしゃるのか明確でないこともあり,色々な部分で認識の齟齬があるのではないかと思います。

まず,現状が「共生状態」であるという認識から出発してそこからどう犠牲を減らせるだろうかという考え方に立つときに,“ホメオパシーと「共生」できる状況をいかに作るか”という考え方は,現状のままで何もするべきでないという具合に映ります。

そして,
>護摩たいて祈祷したり手をかざしたり、パワーストーンを身につけたりする行為と同じように、社会の中でそれを求める一部の人に利用され続けることになるんだろう。
が成立するには,社会の中でホメオパシーとはその程度のものであるというコンセンサスが浸透する必要があります。
それがなされていないと考える立場からは,「強攻策」はまずいから「放置」という考え方には異議を唱えることになります。

確かに強固に信奉する層には効果がないなどといったことは届かないでしょう。
しかし,それ以上に人数が多い副作用がないならいいかというぐらいの現代医療を完全に拒否するわけではない軽く使う層がいます。この人達に対して,何の成分も入っていないし効果もないということを周知させるのは,より深みにはまるのを防ぐ有効な手段であると私は考えます(特に何の成分も入っていないということを周知させることが重要であると思います)。また,普通の人達をホメオパシーへと誘う雑誌記事などに対しても有効でしょう。

最後に
>ホメオパシーを代替とすることによって、患者の医療を受ける機会を阻害するような行為については、別に学術会議や医師会の見解を待たずとも、法に基づきもう少し厳しい対応をしていいのではないかと思います。
については,直接,手をくだした山口の事件ようなもの以外はかなり難しいのではないでしょうか。
療法者の助言を患者が自分で選択したという形が整っている場合には,どの法律にもひっかからないでしょう。
親権者については場合によってはネグレクトを問えるかもしれませんが。

Posted by: ITOK | August 31, 2010 01:25 AM

そうですね。
継続的に注目していこう、という事だと思います。

Posted by: luckdragon2009 | August 31, 2010 09:03 AM

前略 ホメオパシー(騒動)に関する、私見を述べておきました。鷹揚に構えていられる問題で無いというのが、私の結論です。草々

Posted by: ohshio_t | August 31, 2010 06:36 PM

コメントありがとうございます。

ITOKさん
人は多くの病に悩まされ、それらを排除したいと思っていますが、技術的、経済的、あるいは社会的な理由等により、現実には根絶できずにいます。私たちがしているのは、望ましくない事態の中でもできる限り排除したい部分と、ある程度はしかたないねという部分とに分け、プライオリティをつけて対処することです。私が「共生」と呼んでいるのはこのような状態です。現状が望ましくない状態だと私が考えていることについては本文を読んでいただければわかるはずです。具体的にいえば、それは思想信条の自由やらとの摩擦によって生命や健康に重大なリスクをもたらしている領域であり、それを抑圧するためには、ただ科学的事実を説明するだけでなくカウンセリング等の手法を用いるべきではないかという主張についても、読んでいただければわかるのではないかと思います。
ホメオパシーという「迷信」が護摩をたいて祈祷するという「迷信」と同種のものであるというのは、意見ではなく事実です。ちがいがあるとする立場の人がまず着目するのは重大な結果を招くような事態でしょう。その点で、私の主張と矛盾するものではないと思います。より「軽い」ケースについても軽視すべきでないというご意見に対し、私は必ずも反対するものではありません。やれるものならやったらよいと思います。ただ、それはおそらくあまり効果がないと思いますが。その点は、各種の占いその他の「迷信」が一向に衰退しないことをみれば明らかでしょう。
一般の人々を幅広く啓蒙しようとすることより、むしろ人に大きな影響を与えうる人に対して重点的に、これまでより強めに働きかけるべきだというのが私の意見です。
医師や医療関係者、医師に事実上代替するかたちで代替治療を行っている療法家等に対しては、医師法やその他関連法規等によってたがをはめていくべきだと思います。そうでなくても、業務上過失傷害・致死といった刑事責任や不法行為のような民事責任も考えてしかるべきでしょう。親や保護責任者のような立場であれば、虐待等を認定することも可能かと思います。これまでの解釈や立法意図と異なる部分があるのであれば、改正してでも対処すべき領域かと思います。
一方、自分の判断で使っている人たちに対して使用を禁止してもあまり意味がありません。砂糖玉を飲んではいけないという法律を作ることは、法改正をもってしても事実上不可能ですし、ホメオパシーという考え方を信じてはいけないと強制することもできません。自らの意思で治療を拒むことを禁じるのも難しいでしょう。「情報弱者」を守るべきであるという議論もあるでしょうが、そのためにどの程度まで一般の人々の自由を犠牲にしていいかは、政府や公的部門に期待するのであれば特に、議論の余地が多分にあると思います。それからもう1つ、今ホメオパシーにはまっている人たちに、こっそり転向する「エスケープルート」を用意するというのも重要な視点です。追い込んで過激化するリスクをばかにしてはいけないと思います。

luckdragon2009さん
ご指摘のとおり、外からではなく、ご家族とかご友人とか、そういった信頼関係のある方からの説得はより効果が高いでしょう。そういう方々向けの情報提供も有益でしょうね。とにかく現状は、危険なケースに対して及び腰にすぎるように思われてなりません。

ohshio_tさん
読みました。問題意識は共有します。具体策の部分で意見はちがうようですね。私には、鷹揚に構えていては一番いけないのは、重大な事態につながりやすいケース、つまり専門家や保護者等が関与する場合のように思われます。
ともあれ、こういう議論をすること自体も悪くないと考えています。

Posted by: 山口 浩 | September 02, 2010 02:20 PM

私は立法は難しく強制措置はとれないと考えています。
また「根絶」みたいなことを考えているワケでもありません。
>こっそり転向する「エスケープルート」を用意するというのも重要な視点です。
には同意します。
また,私の立場・考え方をはっきり書いていなかったことはお詫び申し上げます。

私は,誤認をさせず事実が伝るようにし,あとは本人の判断とするしかないと考えています。
そして,誤認をさせず,事実が伝わるようにする手段として次のようになればよいと考えています。

(1)医療機関からの締め出し
(2)情報の周知による占い・おまじないレベルへの格下げ

(1)については,学術会議の会長談話を受けた各学会・職能団体の賛意表明(看護師会からも出るとよいのですが)で,かなり進みそうです。
(2)については多分認識が異なるのだろうと思います。私は現在のホメオパシーは「加持祈祷」や「占い」のようにほとんど効果がないとわかっていて当たればラッキーという状態にはなっていないと思います。
「加持祈祷」を医療にかわる療法と考える人は行っている人の中でも多くはないでしょう。
この情報の周知はマスコミが丁寧に報じてくれればと思います(朝日新聞は熱心にやっていますが)。これは科学的に根拠がないということを強調するのでなく(時にこれは態度を硬化させ逆効果になります),成分が全く含まれていない(=どのレメディーにも違いがない)ことと,副作用がない代わりに効果もないこと(プラセボ効果をきちんとした効果のように語ってしまうのは誤誘導になりかねません。プラセボ以上の効果はないという方が望ましいです。)といった事実(特に前者)を丁寧に説明すればそれだけで違うでしょう。会長談話はこれらにきちんと触れているのですが短く報じられるときには「科学的根拠がない」が強調されてしまい,残念に思います。
もちろんこれで100%の方法ではないでしょう。山口さんも仰られるように,強制する術はないですから,事実を理解してもらった上で自己判断に任せるしかないと思います。
また,こうした情報は家族・周りの人が説得する足がかかりにもなると考えています。

さて,山口さんの仰る“カウンセリングその他の心のケア”なのですが,これがどのように実現できるのかがさっぱり分かりません。

カウンセリングは受ければすぐに治るといったシロモノではありません。
そもそも,ホメオパシーを信奉している人がどういう動機でカウンセリングを受けに来るのでしょうか?

そこいら辺を安易に考えていらっしゃらないでしょうか?

そして,法律面もどこまできちんと考えていらっしゃるのか分かりません。
>医師法やその他関連法規等によってたがをはめていくべきだと思います。そうでなくても、業務上過失傷害・致死といった刑事責任や不法行為のような民事責任も考えてしかるべきでしょう。

ホメオパシー療法には行えば加害になる「侵襲行為」がありません。医師を称してもいません。従って医師法でたがをはめるのは難しいと思います。
業務上過失致死傷ですが,上記と同じくホメオパシー療法には業務にあたるもの(傷害を引き起こす反復行為)がありません。
不法行為も加害行為を問うのが難しいものがほとんどだと思います。
この他,末端の療法家で薬事法に触れる部分はあるかもしれません。
(これらは多数説から外れていないと思うのですが,学説・判例をきちんとサーベイしていないので何かあればご教示いただければと思います)

砂糖玉で有効成分が含まれないということ,直接治すのではなく自然治癒力を高めるという説明は存外厄介です。

Posted by: ITOK | September 03, 2010 12:51 AM

ITOKさん
現行法上やっかいな相手であることは認識しています。だからこそ踏み込むべきところとそうでないところを分けるようにすべきだと考えています。
お考えとの差は、一般への啓蒙策への重点の置き方、カウンセリング、非医療関係の療法家の取り扱いあたりでしょうか。
一般への啓蒙策については、新たな予備軍を生みにくくするという観点でそれなりに意味があると思います(皆さんのご意見を受けて少し軌道修正しています)。ただ、私が特に問題視する深刻なケースに対して直接的な効果を期待するのは難しいのではないかという見解は変わっていません。
基本的には、自分の意思でやっている人には介入できないと思います。
カウンセリングも、罪に問われて矯正の一環としてなされる場合以外は、自分から抜け出したいと思う人しか対象となりません。基本的に、信奉者への対処は依存症や新興宗教などによるマインドコントロールへの対処をイメージしていただけると近いと思います。理屈で説得しにくい相手ではあるわけですが、深刻な事態につながるリスクがあり、救済を求める人がいるのであれば、ぜひ活用していただきたいところです。
逆に、療法家に対しては、もう少し厳しく対応していいと考えます。摘発となれば報道もされますから、半端な啓蒙策よりはずっと効果が期待できるでしょう。もとより法律は専門ではありませんし、過去の判例や法令解釈等はあまりチェックしていません。ただ、効果があるようかのような、医療行為に代替するかのような説明をしたりすることによって、人の意思決定に際して誤った情報を与え、誤った方向に導いた者に対しては、なんらかの業務性を認めてもいいのではないかと考えました。「これでよくなる」「これが利くらしいよ」といった勧誘の表現をしたのであれば、事実認定は可能かと思います。これは医療を受ける機会を奪う危険な行為で、医師法の趣旨をないがしろにするものでもあります。ご指摘の薬事法は定義上難しそうに思えますが、適用可能な条項があるかもしれません。いずれにせよ、現行法で対処が難しいのであれば、改正に向けた議論も躊躇すべきではないと思います。仮に改正までに時間がかかるとしても、改正の議論がなされること自体、療法家にとっては警告となるはずです。
先刻ご承知と思いますが、この問題は、そのすぐ隣にあまたある民間療法やら祈祷やらの類にどう対処するかという問題が眠っています。今のままではいけない、というはっきりした動きが必要であると考えています。

Posted by: 山口 浩 | September 03, 2010 11:20 AM

ホメオパシーは治験を行っていないので、非科学的な偽医療ですよね。
医療ネグレクトが発生する可能性もありますし、公的医療の対象にする事も検討されているので、啓蒙活動は必要だと思います。
最近の騒ぎは、長妻厚生労働大臣への壮大なメッセージだと言えるかも知れません。

Posted by: uncorrelated | September 04, 2010 04:02 AM

前略 「予備軍」と言う言葉で私の記事を読んだことを示してくれて、感謝いたします。と言うのも私は「そもそも論」が好きなので、厳しい対応は必要と承知しつつも、下手をすると日本の大衆にお上意識を植え付けかねないと危惧していて。
 ならば啓蒙策の一環として、学生にホメオパシーを考えさせたらいい。私自身もインターネットを少し漁って結論できたことなので、高校生ともなれば、ホメオパシーを通して情報を鵜呑みにする危うさと、科学と論理の使い方を学べるはずであり。もちろん疑ってもしょうがないことも発見できるはずで、効率のよさを会得できると推測を。
 摘発と言う権力からの行動はすぐに効き目が出るのですが、捻くれている私は「体制にとって都合悪いから」という穿った見方を持つのですね。日本学術会議の談話も出したことと内容は正しいことと。ただし権力や権威を疑うことは健康な態度と私は思うから、ホメオパシー陣営と日本学術会議、どちらの権威が納得できるかを調べることは、高度情報社会を泳いでいく上で変えがたい資産になる。と言うのが私の論理展開なのでした。
                              草々

Posted by: ohshio_t | September 04, 2010 10:36 PM

コメントありがとうございます。

uncorrelatedさん
政府がホメオパシーを含む代替医療の活用を検討しようとしていたという件でしょうか。代替医療にもいろいろありますから、いちがいに否定したものでもないのかもしれません。ホメオパシーについては、私の理解する限りにおいて、検討する価値もないように思われるのですが、政府としてどうしても検討するのであれば、ぜひ早急にすませて次のステップに進んでいただきたいです。啓蒙活動自体を否定はしませんが、その効果は限られているだろう、という意見については、上に書いたとおりです。

oshio_tさん
ご趣旨わかります。教育のプロセスに取り込むのは悪くないですね。今は総合学習とかあるんでしょうか。まさにこういうテーマこそ適しているように思います。それでも信じる人は信じるでしょう。それを完全に防ぐことはおそらく不可能です。疾病の根絶が難しいのと同じ。ならば「重症」のケースと、リスクの大きい伝播源となる人への対処を重視すべきという点については、上に書いたとおりです。

Posted by: 山口 浩 | September 05, 2010 02:23 PM

“深刻なケース”において“自分から抜け出したいと思う人”に“依存症や新興宗教などによるマインドコントロールへの対処”を行うということであれば,特に何もしないということになるのではないでしょうか?
(別に何もしないことがいけないというわけではありません)
“自分から抜け出したい”と思うのであれば何かを働きかける必要はありませんし,カウセリングはその人たちに対して閉ざされておりません。

ただ,これを前提に考えると,専門家(カウンセラーや法律家)とつなぐ何らかの相談窓口というのは必要とされるのかなと考えます。
そういうものであれば,実践者の周囲の人やちょっとやってみたぐらいの人など広範囲に有用であるかと思います。

私が啓蒙に効果があると考えるのは例えば次のようなことです。
例えば沖縄で養護教諭が生徒にレメディーを出していた件で,一部の生徒は自分たちで考えて「思いこみ薬」と呼んでいたようです。
■アピタル_こちらアピタルです。_ホメオパシーを巡る問題(その6)  「思いこみ薬」という判断力
https://aspara.asahi.com/blog/kochiraapital/entry/SodBx5xBMb
ここに知識の提供があれば,もっと早くもっと広範囲に「思いこみ薬」が周知できるのではないでしょうか(また,その提供への異議を唱えやすいのではないでしょうか)。

しかし,啓蒙活動と深くはまった人への対処のどちらを重点的に考えるかについてはおそらく平行線のままとなるのでしょう。
啓蒙の利点と考えることを述べて終わりにします。
・深くはまったひとより,そうでない人のほうがより簡単な手段で脱しやすい(コストとベネフィット)
・深くはまった人がその先に手を伸ばすことを防ぐことにより蔓延を防止できる(周囲の人による阻止を含む)。


療法家に対し厳しく対峙すること(訴訟を起こすことなど)や法改正などに異論はありません。
ただ,それぞれ困難が伴うことことが予測できますので,それは折り込んで考えるべきではないかと思っております。
困難さというのは,〇〇健康法といったものを勧めることや滋養強壮に〇〇という健康食品との区別をどうつけるかということ,通常の医療を遠ざけるということの定義の困難さ言論の自由との絡みなどです。
行ないたいことと現行法で出来ることの差(あるとすればですが)はしっかりと見据えておかないといけないことであると思います。

元々,大枠の話であったのを,法律や実際の政策など細かい話にしすぎてしまったかもしれません。それは反省しております。

Posted by: ITOK | September 06, 2010 01:05 AM

朝日新聞に医師法違反の可能性がある旨報じられました。
 ■ホメオパシーHP相談、医師法抵触か レメディーを助言
 http://www.asahi.com/national/update/0907/TKY201009070525.html
そういう意見もあるという慎重な書き方ではありますが,かなり低いかのような私の書き方は間違いでした。お詫びいたします。
また,薬事法違反で東京都が立ち入り検査をした旨も報じられています。
 ■ホメオパシー効能広告の疑い 販売会社に都が立ち入り
 http://www.asahi.com/health/news/TKY201009070526.html
こちらは広告の表示方法の問題なのでその部分を変更しておしまいでしょう。

Posted by: ITOK | September 08, 2010 09:03 AM

ITOKさん
細かいところはともかく、問題意識の根本は共有されているように思います。議論は少なくとも私にとってたいへん有意義でした。ありがとうございます。
啓蒙に関しては、その対象は本来もっと広いはずですよね。ホメオパシー「だけ」をとりあげるのはその意味でやや不公平かと思います。で、すべてを相手にするのは相当大変ですよ、という話になって、じゃあそんなに被害あるの?という方向に話がいくはずです。
私は国民全般の「常識」にそれなりの信頼をおいておりまして、大半の方は、危険なはまり方をしないであろう、と考えています。だから、危険なケースに限るべきという考え方なわけで。危険な療法家等への法的手段などは、半端な啓蒙策よりよほど効果があるのではないでしょうか。

Posted by: 山口 浩 | September 10, 2010 10:44 AM

「啓蒙」としてしまうと意味するところが広くなってしまいますね。
私の企図するところはきちんとした情報提供です。

>私は国民全般の「常識」にそれなりの信頼をおいておりまして、大半の方は、危険なはまり方をしないであろう、と考えています。
私も同じように信頼を置いています(「常識」への信頼がなければ啓蒙も成り立ちません)。
ただし,私はその前提として,情報が正しく伝えられればということが必要なのではないかと考えています。
成分がなければ効果がないだろうと判断する人でも,例えば「限りなく薄め」と成分が残っているともとれる表現がされると(特にこの表現だと有効なギリギリまでともとれます)効果があるのかもしれないと思ってしまいます。
インフォームド・コンセントがしっかりされていない状況ではそれを補うための情報提供が必要でしょう。
提供者にこれを義務付けるような法の整備ができれば,これは必要なくなるものであると思います。

法的手段がとれるのであれば有効なことについても異論はありませんし,出来ることはやってもらいたいと思います。
ただし,回避手段がとれるので,確実な方法ではないとも考えています。

余談となりますが,広く啓蒙をとなると学校教育の場で,法学の考え方,科学の考え方,経済学の考え方の解説を一通りやていおくのがよいのではないかと思います。

Posted by: ITOK | September 12, 2010 12:59 AM

ITOKさん
ご趣旨わかります。別に否定はしません。ただ、学校への期待は本来当然あるべきものですが、日本の教育現場は、必ずしもそれに適した状況ばかりではないですよねえ。

Posted by: 山口 浩 | September 15, 2010 10:24 PM

ホメオパスは、ほとんどの場合ぽつんとひとりでいるわけではなくて、ホメオパシージャパンなどの組織に繋がっています。ホメオパシージャパンの商法を見ると階層構造はとっていませんが、マルチ商法のやり方に似ているところがあります。
現在は、そういう集団の中で広められている医療忌避により問題がいろいろ明らかになり、その問題が「単なる砂糖玉」とたかをくくっていたよりも大きなものであると気づいて強く批判されている状況だと思います。

マルチ商法についても繰り返し批判され、その結果私たちはなんとか共存しているわけです。それでも、消費者向けの情報や、同等の商品が小売店で多くの場合は安く買えるという状況があってもマルチ商法はそれなりにはびこっています。
また、ホメオパシーの団体が垂れ流す医療忌避の言説による問題を減らせないと、これまで共存してきた程度 (K2シロップを投与されずに死亡する乳児がまた出るだろうとか、麻疹感染パーティーがもっと広まって後遺症の危険にさらされる子供も増えるだろうとか) にしか共存できないと思っています。

そういう現状があって、これまで共存してきて (多くの人から見れば存在を知らなかっただけでしょうが)、砂糖玉ならまあ害はないか、それで様子を見て治らなければ医療機関を受診すればよいし、カウンセリング効果もあるだろうしと思っていたけれども、害が見過ごせなくなってきたので批判が強くなったのが現在でしょう。そういうところもかつてのマルチ商法と似ていると思うのですが、そこで、批判しても信者はかたくなになるから共存の方法を考えましょうと言われても、いったいどんな有効な手があるのかなとか、そんな有効な手があるなら、マルチ商法だってこうずるずると根付いていたりしないのではないかなと思ってしまいます。

Posted by: hir | October 04, 2010 01:14 PM

hirさん、コメントありがとうございます。
マルチ商法、ちょっと似てるところがありそうですね。ひょっとすると、「顧客」層がかぶっている部分もあるのかもしれません。
私が啓蒙策の効果に若干懐疑的(必要性は認めます)なのは、そうした人たちが、まっとうで、あまり面白くない啓蒙より、ホメオパシーやらマルチ商法やらといった、一見素晴らしい(と彼らには見える)ものに目を向けがちになってしまうように思われるからです。「みんなは知らない『真実』はこれだ!」っていう類に弱い人、いますよね。
ホメオパシー側と全面対決するとなれば正誤の論争に巻き込まれますが、科学の側は不利な戦いとなります。こちらは「ルール」を守らなきゃいけませんが、先方はルール無視できますから。「水が記憶する」なんて主張はプロレスにチェーンソー持ち出すぐらいの反則技ですが、そういうものを平気で使ってくるわけですから。しかも、そういう実のない論争をやってる間、啓蒙策の効果はあまり期待できません。何せ信奉者たちは、もともと科学を信じない傾向があるからそっち側に行っちゃってるわけですし。
そういう人たちにはむしろ、危険な状態をもたらした療法家や信奉者などに対して厳正に対処し、それを報道のかたちで知らせることではないか、と考えました。「犯人」のようなネガティブなイメージを植えつけるというと若干露悪的ですが、過激なものは社会として危険視するというフレーミングを定着させることは重要ではないかと思います。
それから、注意しなければならないのは、社会として容認しがたい弊害があるのでなければ、いたずらに弾圧するのは危険だということです。1たす1が3であるという考えも、月にうさぎが住んでいるという考えも、世界は約6000年前に作られたという考えも、砂糖玉に病気を治す力があるという考えも、ただ正しくないというだけで修正を強制されるべきではありません。それらが正しくないがゆえにその当人が不利益をこうむることも、当人が自由意思で選択したものであり、かつその不利益があまり深刻なものでなければ、当人の責任であり、自由の範囲内であるはずです。問題は、そうした無知に乗じて金儲けをたくらみ、他人に被害を与える人たちがいることです。被害の程度と「加害」側の「悪さ」の程度に応じて、処罰すべき場合がでてくるのだと思います。

Posted by: 山口 浩 | October 08, 2010 11:59 AM

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