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「最小不幸社会」で何が悪い?

小ネタ。菅首相がマニフェストで掲げた「最小不幸社会」については当初からあまりいい評判を聞かなかったんだが、国連総会の演説でも言及したそうで、ご本人のこだわりなんだろう。私としては、「最小不幸社会」っていう考え方自体はそんなに悪くないじゃんと思ってたので、なんでそんなに評判悪いんだろうと疑問だったんだが、ひょんなことからマニフェストの本文を読んでみて(選挙のときはマニフェストの本文を読んでなかったもので)、少しだけわかった気がしたので、手短に書いとく。それにしてもほんとに「なにをいまさら」だねこれ。

マニフェストは民主党のウェブサイトに出てた。「最小不幸社会」に触れてる部分をコピペ。

私は、サラリーマンの家庭に生まれました。特許事務所で働きながら市民運動に参加した普通の庶民であり、草の根から国政に挑戦してきました。明治維新の立役者達がそうであったように、既成の政治や体制に何らしがらみのないことが、大きな改革を実現するにあたっては強みになります。
改革の目標は、「最小不幸社会」の実現です。幸福は個々人の価値観によって異なり、これは権力が関与するべきではありません。しかし、不幸の原因となる戦争や犯罪を排除し、病気や失業を予防、回復することは可能です。政治は権力であり、権力は人々の不幸の原因を取り除くことにこそ使うべきだと考えています。
人と人が絆を結び合い、地域が自立して元気になり、日本の扉を海外に向けて大きく開き、一人ひとりの不幸が最小化される。そんな新しい日本の実現に向けて、民主党は一丸となって取り組んでまいります。

この人の生まれがどうとかはどうでもいいんだが、要するにここでいっているのは、政府の役割は何か、という点に関するひとつの考え方だ。政府の役割は何が「幸福」かを定義しそれを与えてやることではなく、「不幸」の原因となる要因を取り除くこと、個々人が自分の考え方に基づいてそれぞれの「幸福」を追求できるような状況を整えること、というわけだ。

別に変なことを言ってるとは思わない。むしろ当然ではないかといいたいぐらいだ。何が「幸福」かを政府に決めてもらうなんて気持ち悪くないか?「最小不幸社会」に対するよくある批判は「後ろ向き」とか「暗い」とかそういう類のもののようだが、そういう批判をする人は、じゃあ政府が「さあこれがあなたが抱くべき夢、望むべき幸福の姿ですよ」なんて教えてもらいたいんだろうか。いや、中にはそういう人がいるのかもしれないが(客観的にはそのほうがいいんじゃないかと思うような人もいたりするが)、一般的には、そんなことされたら「大きなお世話だ」ということになるのではないか。

もちろん「最小」がどのくらいのレベルなのか、幸福と不幸を分ける「参照点」がどのあたりなのかという議論の余地はあるわけで、それによって、どちらかといえば自由を重視するのか分配を重視するのかといった色合いが出てくる。ただそれにしても、「幸福」は政府ではなく国民が自ら選んで追求するもの、というメッセージはけっこう明確と思われる。

まあ、これを「後ろ向き」といってる人はおそらく、マニフェストにはもっと前向きな目標を提示すべきだというご意見かと思う。じゃあ前向きって何よというと、おおざっぱにいって所得再分配か成長戦略か、みたいな感じなんじゃないかと思うんだが、上記の意味で、「最小不幸社会」自体はどちらとも矛盾はしない。メッセージとして弱いという趣旨ならわからなくもないが、お題目だけで後ろ向きといわれなきゃいけないほどではないんじゃないかなあ、と思った。

とはいえ、それだけじゃ具体策がどうなのかはわからない。むしろ問題は、どこが「最小」化すべき「不幸」なのか、どこが政府が手を出すべきでない「幸福」の領域なのか、というあたりが、これだけじゃ全然わからないってことだ。ちゃんと説明してもらわなきゃ。じゃあマニフェストでは具体的にどうなってるかと思ってみてみると、この順番で並んでる。めんどくさいんで項目名だけ挙げる。

1 ムダづかい 行政刷新→強い財政
2 政治改革
3 外交・安全保障
4 子育て・教育
5 年金・医療・介護・障がい者福祉
6 雇用
7 農林水産業
8 郵政改革
9 地域主権
10 交通政策・公共事業

・・あれ?確かに「最小不幸社会」に直接深く関わる項目も入ってるんだが、1番から3番まではちがう・・・よね?少なくともそれが最優先、という状況ではないように思われる。これじゃあ、「最小不幸社会」をお題目に挙げるのはちょっと変だよなあ。この流れだと、むしろ「構造改革」あたりをお題目にするほうが適切のように思われるんだが。で、それぞれ内容を見ていくと、このへんのミスマッチぶりは、そもそもこのマニフェスト自体がつぎはぎのちぐはぐだってことと密接に関係してるから、おそらく根が深い。そうかそういうことなのか。

実際、「最小不幸社会」という考え方を掲げ、このマニフェストで戦った選挙で惨敗したわけだから、このメッセージは受け入れられなかったって解釈するのが適切なんだろう。個人的には悪くない考え方だと思うんだが、具体的に何を意味するのか明確じゃないし、そもそもマニフェストとあんまり合ってない、というかマニフェスト自体が内部矛盾してるってことなんだな。やっぱり、今、政権の目標として掲げるのはちょっと考え直したほうがいいのではないかな。

あと、少なくとも、海外の人たちにはこういう事情はわからないだろうから、出すんならもう少しわかりやすいメッセージにすべきだったろうとは思う。なんせ海外からみればこの国は「構造改革が途中でぽしゃって長らく続く停滞から抜け出せない国」なわけで、こういう内部矛盾をさらけだすようなメッセージをだしてると「ああやっぱりだめか」みたいな反応になっちゃうんじゃないだろうか。

ああ、やっぱり「なにをいまさら」だったなあ。


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Comments

「最小不幸社会」
前向きな表現じゃないというより、
明らかにおかしいからですよ。
まず、矛盾してませんか?

幸福に価値観の多様があるなら、
不幸にも価値観の多様があるのが当然ですよね。

>じゃあ政府が「さあこれがあなたが抱くべき夢、望むべき幸福の姿ですよ」なんて教えてもらいたいんだろうか。

これがオマエの最小不幸だ。と
押し付けられるほうがよっぽど不幸な社会だと思いますが、いかがでしょうか?。

最大幸福の追求というのは、結果的に基本的人権の確保と「自由」の確保追求になると思いますよ。公益を損なわない中で、各個人の自由をどこまで追求し、「幸福」の多様性に対応していくことだと思います・・と。

しかし「最小不幸」には自由がありません。
これが「不幸」って決めつけてる。

だから、おかしいと思うのです。
もうちょっと、考えてほしいですね。

Posted by: toorisugari1234 | September 28, 2010 at 04:48 PM

toorisugari1234さん、コメントありがとうございます。
政府や民主党の人がどう考えているか正確なところはわかりませんが、私の理解するところでは、この「最小不幸社会」は、政府の役割を限定的に考えるアプローチです。不幸が多様だというのはトルストイも言ってる話ですが、その全部が政府の扱うものではない、というのが前提です。
政府の役割は基本的には資源配分です。資源配分の点で不幸、つまり何らかの「あるべき水準」に満たない状態におかれている人を最少に、その度合を最小にしようということかと思います。こうしてくると、その主な対象になるのは、肉体的苦痛や経済的苦境といったものになるでしょう。自然、対策は所得再配分や社会福祉のようなものが中心になるはずです。もちろんどの水準でという問題があるのは本文にも書いたとおり。
で、幸福のほうは、不幸を最小化してチャンスを用意したからあとは自分でがんばれ、というわけですね。幸福と不幸は対称な話ではありません。
批判される方のものいいを見ていると、「最小不幸」ということば自体に反発しておられるケースが多いように思われますが、政府の役割や政策のメニューといった文脈でとらえることをしていない抽象論に終始しているようにみえます。いったい政府に何を期待してるんでしょうか?

Posted by: 山口 浩 | October 01, 2010 at 10:44 PM

「最小不幸社会」についてこれは経済理論のひとつであると別途指摘された事があります。同様な立ち位置で述べられていると思います。
しかし、抽象論と捕らえられるような議論はそもそも無理があるかと思われます。これは一国のトップの話のポイントでもあり、多くの国民を向こうにしての演説であります。恐らくしかるべき演出家がいたのでしょう。しかし学生を前にあるいは学者を前にしている訳ではないのでこれは演出がそもそも大失敗でした。又、そのソースを具体的にあげなかった点も更に失敗の上塗りで、であれば最初から適性に欠ける言葉であったと言わざるを得ない。で結果多くの視聴者、国民は理論でなく言葉として捕らえ何と不吉なことをあるいは否定的な文言をしょっぱなから言うんだろうと思うことは無理からぬ事であった。
管さんにもろくなブレーンがいないことを露呈したという事です。

Posted by: ehatove | January 21, 2011 at 02:22 AM

「最小不幸社会」とは怠慢政治の別名です。無作為無能の政治家でも十分に「最小不幸社会」が可能です。何もしないで放置しておけば、国民は皆生活水準が徐々に低下して、最低の下横並び一直線上になりますから。貧乏という「最小不幸社会」が実現しますね。だから「最小不幸社会」とは、誰でも素人でも政治家になれるなら、何もしないで怠けていれば実現出来るずるい公約なのです。皆貧しくなっても、「最小不幸社会」になるのだから、公約を裏切った事にはなりませんね。その代わり国民は皆、平等の貧しさになります。北朝鮮の民衆がまさにそうなっていますよ。このような政治を国民は本当に選挙で選びたいですか?

Posted by: ゴンザレス | March 27, 2011 at 10:58 AM

「最小不幸社会」という言葉を聞いた時は、政治の目標であえて否定的な表現を使った点が結構新鮮でした。
実際「幸福」なんて概念は、「不幸が少ない状態」のように、否定的にしか定義できないのかもしれない。
災害や犯罪の被害者の「幸せな生活が奪われた」というような表現を聞くと、何か「幸福」が実体としてあるかのように錯覚しがちだけど、結局失って初めて気付くようなもので、幸福は明示的に目指すことが可能な実体的状態ではない。というような鋭い哲学的洞察が背景にあるのかなと妄想したりして。
とにかく、「暗い」という類のケチを付ける方がたいてい浅はかという点で山口さんに同感です。
私のすぐ上のコメントも、ちょっとどうかと思う。
それにしても、管さんがこれほど不人気首相になろうとは、夢にも思っていませんでした。

Posted by: boris | June 26, 2011 at 07:14 PM

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