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にもかかわらず「ネット世論」に注目すべき3つの理由

2010年9月17日付の朝日新聞の「耕論」欄が「ネットと民意」という特集をしていて、人事コンサルタントの城繁幸さん、東京大学特任准教授の菅原琢さん、評論家の宇野常寛さんが意見を書かれていた。ちょうどSYNODOS Journalに書いた「世論調査をめぐる3つの「幻想」」という文章が公開された直後だったのだが、そういえばネット世論そのものについては書かなかったなあと思ったので、こちらで少しだけ書いてみる。最近は「ネット世論だめじゃん」みたいな議論が多いので、あえてというか何というか、「でもやっぱり注目はしとくべきなんじゃないか」という方向で。例によって「3つある原則」にしたがい3点で。

ちなみに、以前にネット世論について何書いたっけと思って自分でぐぐったらこんなことを書いてるのよろしければご参照。一応、おおまかにはこれらと矛盾してないつもりだが、矛盾してたらご容赦。
ボットはネット世論の夢を見るか?
ネットにもサイレントマジョリティはある
民主党代表選に関する世論調査について

(1)もとよりそれは「世論」ではないがそれが何か?
今回、ネットで小沢人気とされていたにもかかわらず、実際の代表選では、党員・サポーター票で菅首相に負けたわけで、それをもって「ネット世論は信用できない」という議論がよくなされたりしている。朝日の「耕論」欄では菅原琢さんの意見がそれに近いだろう。「「ネット小言」を報道が増幅」、と見出しから手厳しい。

そもそも、各メディアは蓄積された知見と技術に基づく世論調査をし、意見分布の把握を試みている。にもかかわらず、根拠のないデータを取り上げて比較対象とすることは問題です。無作為抽出が背景とするのは有権者全体で、「ネット小言」は個人の意見に過ぎません。

要するに全体の縮図になってないぞ、というわけで、これはそのとおり。もちろん、無作為抽出じゃなくても発言者が偏ってなければいいんだろうが、残念ながらそういうことはなかなかない。そうした投票に自発的に参加したという時点ですでに動機の点でふつうとちがってるし、さらにいえばわざわざ参加するくらいだから、特定の立場や意見をすでに持っている可能性が高い。仲間内で誘い合う、みたいな事情もあるだろう。居住地域の面で人が偏在するのと同じように、ネットの中でも、場所によって人の集団はクラスターを作り、偏在する。似た立場、似た意見の人とまとまろうとする。ネット投票の大半は一般には知られていないから、意思をもって集まってくる人の割合が自然と高くなる。よって、そういうクラスターの近くで意見を聞けば、偏るのはむしろ当たり前だ。

前回参院選直前の2007年7月、ニコニコ動画に民主党の小沢代表(当時)が出演したときのことをご記憶の方もいるだろう(参考)。あのころは、政治家がネット動画番組に自ら出演すること自体けっこう珍しかったんだが、それが小沢氏だったことがまたある意味衝撃的だった。当時のニコニコ動画は今よりもさらに2ちゃんねる的な要素が強く、いってみれば「小沢嫌いの巣窟」のようなところだったからだ。何を好き好んで、という意見もあったような気がする。予想通り、動画には罵倒コメントが殺到し、運営者は一時コメントを停止、再開時にはコメント監視を行うこと、荒らしや落書きはアカウント停止や削除を含む処分の対象とすること等、異例ともいえる対応をした。もちろん、そんなことでユーザーが収まるわけもなく、ニコ動上にはありとあらゆるMAD動画があふれかえることになったわけだが。当時を知る人からみれば、「小沢氏はいつの間に「ネットの人気者」ってことになったんだ?」ということになるのではないか。

今回の参院選前に行われたニコニコ生放送番組内のアンケートでも、やはり小沢氏は不人気だった。今でもニコニコ動画ユーザーの中では、アンチ小沢的な意見はかなりの割合を占めているんだろう。もちろん小沢支持者も少なからずいるはずで、それらしいコメント弾幕を見かけたこともある。個人的には、あの2007年のニコニコ動画出演はネット上での小沢人気を高める方向に働いたと根拠なく推測してるんだが、それはともかくこの件、基本的には、ネットにはさまざまな意見があり、そのどこを見ているかによって風景は違って見える、というきわめてシンプルな「象をなでる」系の話なわけだ。このあたり、まずはそれを伝えるマスメディアの人たちのリテラシー向上に期待したいところ。新聞の人たちというより、問題はおそらく確信犯で飛ばし記事書いてる週刊誌の面々なわけではあるんだが。あとテレビで無責任コメントを飛ばす「文化人」の皆様とかもいるんだろうが、固有名詞を知らないので省略。

今回の民主党代表選挙は国政選挙とちがって、投票するのが議員と党員・サポーターという、これまた偏った層の人たちなわけで、一般的な世論調査結果とはずれた投票行動があってもおかしくなかった。調査のやり方次第だが、もう少し党員とかの意見に近づける工夫はできたのかもしれない。世論調査では民主党支持者だけの集計とかもやるが、単なる支持者(これは無料でなれる)と党員・サポーター(こっちは金払ってる)が同じである保証はないわけだし。まあ、少なくとも今回は、それほどずれていなかったようだが。

だが、それらは本来、ちょっとわかってる人なら承知の上のはず。わかってそれなりに扱えばいいだけのことで。それより重要なのは、ネットの発達によって、これまで聞こえなかった声の少なくとも一部をすくい上げることができたり、そうした意見の持ち主がまとまる機会を持つことができたりするようになったというもっと根本的な点だ。ネット業界でこういうのをロングテールと呼んでいたはず。流行語としては終わったとしても、実態が変わるわけじゃない。政治の世界にもこういう「少数者の問題」は存在するわけで、同じ用語を使っても罰は当たらんだろう。もし民主主義ってやつが単なる多数決だけじゃないというなら、声の小さい意見、少数者の意見を汲み上げる優れたツールにそれなりの関心が払われてしかるべきではないかな。

(2)「ネット世論」の影響力はばかにならない
とはいえ、全体としてみれば、社会の中でネットの影響力は大きくなり続けているように思われる。なぜか。ひとつは菅原氏のいう通り、マスメディアが拡散するからだ。このこと自体はさほど不自然なことじゃない。ネットは情報伝達が速いし、発信力をもった人が自ら情報を出していくこともけっこうあるからだ。この点に関連して、「耕論」で宇野氏が興味深い指摘をしている。「脱「戦後」の世界観を反映」という見出し。

・・テレビや新聞は「一握りの突出したグループが全体の世論をリードする」という「戦後」的幻影を追い求めている。ネット右翼の過激な意見や、昔の左翼のことばで社会批判をしてくれるロスジェネ論客の言説に目を奪われがちです。
だが、実際のネットユーザーの指向は新聞やテレビの視聴者よりむしろ拡散している。ネット上に拡散しているこの無意識こそが、若年層の世界観を最もストレートに反映しているのかもしれない。

ふむ。「戦後」的幻影というのが面白い。戦前はなかったのだろうか。戦前、「世論」は「せろん」「せいろん」と読まれ、「よろん」と読まれる「輿論」とは別物であったわけだが、これとはちがう話なんだろうか。個人的にはこのあたりは戦前からの延長のように思われるのでこれをベースにすると、当時の「輿論」の担い手は、いわゆる知識人層とマスメディアということになろう。その発想をネットに持ち込むのはいかんというわけだ。菅原氏が、根拠なく「小沢優勢」と書き飛ばす一部ジャーナリストを批判したのに対し、宇野氏が見ているのはネット右翼やロスジェネ論客を槍玉に上げている。一部知識人の言論ではなく、むしろ「世論」に込められた集団の無意識の中からグーグル様とかが自動的に「輿論」を生成してくれることを望むのがゼロ年代風、ということなんだろうか。

ちょっとよくわからないのは、「一握りの突出したグループが全体の世論をリードする」という「戦後」的幻影を追い求めるマスメディアとやらが、なぜネット右翼やロスジェネ論客に注目するのかという点だ。論者は他にもいただろうになぜ。目新しかったから?もしそうだとしても、論者のレベルを考慮しないのは上記のようなマスメディアの姿勢とは共存するんだろうか。宇野氏の主張は、今一般的に使われる「世論」ということばの中で、「世論」的要素と「輿論」的要素を若干ごっちゃにしてるような印象がある。それもまた意図的なのかもしれないが。

確かにネットの登場で、言論の担い手の層は広がった。しかし、それを一気に集団の無意識にまでもっていくのは、さすがにジャンプが大きすぎるような気がする。論者は必ずしも有名人である必要はなく、匿名であっても言論の質によって注目を集めることは可能だし、実名でなくても一定のハンドルネームを使えば一定の人格として名声を築くこともある程度できるだろうが、それでもやはり影響力の濃淡はある。実際には発信しない人の方が多いだろうし、その内容も、わざわざ赤の他人が見に行きたがるようなものは少ないだろう。いま「世論」ということばには「せろん」としての「世論」と「輿論」の双方が含まれている。ネットにも当然「世論」と「輿論」がある。「ネット世論」はともかく、「ネット輿論」の担い手は、過去よりも広い層に分布しているとしても、誰でもというわけじゃない。

もうひとつ、「ネット世論」を若年層のもので、彼らがテレビや新聞には接していないかのような主張にもみえるという点はどうなんだろうか。この点は城氏にもいえて、こんなこと書いてる。

特に若い世代に強い閉塞感がある。ワカモノ・マニフェストに参加している人は大企業や高学歴の人が多く、同世代の中でも恵まれている層ですが、危機意識が非常に強い。僕を含めた30代は、すべてをリセットしたいという「焼け野原願望」を抱いている人も多い。

「世論」より「輿論」に注目すべきという主張は理解できるが、これを「若い世代が秩序破壊求める」という見出しみたいに解釈するのはちょっと納得がいかない。インターネットの普及率はすでに8割。年齢層的に偏りがないわけじゃないが、おおまかにいえば、社会のかなり隅々にまで広がってる。しかも、多くの場合ネットユーザーは同時にテレビや新聞のユーザーでもあるわけで、単純な切り分けにどのくらい意味があるんだろうか。実際、学生に接していると、彼らがいかにテレビをよく見ているかがわかる。ネットを主な情報源にしているという人も、マスメディア情報にはけっこうかなり高い信頼を置いていて、実際に触れているのもネットに出てくるマスメディア発情報だったりするわけで。

つまり、ネット世論に影響力があるのは、「ネット人」が「テレビ人」やら「新聞人」やらより優れてるとかそういう話じゃなくて、そこに価値ある情報が流れてて多くの人が利用してるからだ、というこれまた至極当然の話。この流れで世代論にもっていくのはちょっと我田引水ぽい。


(3)時代は変わる
で、3つめは、時代は変わるというまたまた当たり前の話。ネット利用率は年齢層によって差があるが、時がたてば世代は入れ替わっていくわけで、「老人はネットを使わない」というのは早晩過去の話になる。確実になる。となれば、「ネット世論」と「世論」とを分けて考える意味は今後さらに小さくなっていくだろう。もちろんネットを使わないままの人は残るだろうが、それは今でもテレビを見ない層がいるというのと同じだ。一方で、多くの世論調査が用いるRDD法は、すでに多くの指摘がなされているとおり、固定電話が次第に使われなくなり、調査時に不在の人が多くなる社会では、その妥当性の根拠を失っていく方向性にある。私たちの社会は、「世論」を適切に把握するためにネットを使わざるをえない状況にどんどん向かっているんじゃないか。

とすれば、ネットを通じて安価に、より適切に世論を把握する手法を開発することの重要性は、今後さらに増してくる。問題は、それがまだなくて、関係者にその必要性がじゅうぶん理解されてる状況でもないということだろうか。
私たちがネットやマスメディアを通じて見聞きする「ネットの意見」は概ね、「ネット世論」の一部であって全体ではない。世論調査の専門家たちは、長い時間をかけ、学術的根拠を集めて、一部の意見から全体を推し量るための「科学的」かつ「実用的」なツールとしての世論調査の手法を発達させてきた。ネットでの世論把握の手法も、少なくともノウハウ面ではそういうプロセスをたどらなければならないんじゃないかと思う。ネット「輿論」のほうはともかく、ネット「世論」をどうやって把握するかについては、もっといろいろ考えていく必要があるはず。個人的には予測市場みたいなツールの可能性を考えてるわけだが、長くなるのでここでは触れないこととする。

まとめ的な話をするなら、ネット世論はどうこう、なんてことを論じるひまがあったら、ネットの存在を前提に世論やら輿論やらを把握する方法をもっと真剣に考えたらどう?ということ、なのかな。「ネット人」っていう別の人種がいるわけじゃないんだからさ。

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Comments

ネットは広過ぎ、複雑過ぎて、よく分かりません。

...と書こうとして、はたと気付いたが、現実社会の方が複雑なはずなんですけどね。

まだ、ネットは把握されていない、という事でしょうね。

Posted by: luckdragon2009 | September 19, 2010 at 10:22 AM

RDD方式の世論調査を受けたことがありますが、土曜日の午前中で、多くの人にアクセスしやすい時間帯だったと思います。確かに、固定電話にしかつながりませんが、調査時に年齢を確認するので、年齢的な分布は調整が可能です。だから実際の分布と大きな乖離はでにくいと思います。そして世論調査の結果は、選挙結果と同じような傾向を示すので、それなりの信頼性はあるのではないでしょうか。
ネットの世論はむしろマイノリティーの考えが表れると思います。個人が開設するブログを見ると7-8割は右翼保守系ですが、実際の選挙結果を見ると、右翼保守系の政党は苦戦を続けています。
ネットの世論は、新聞等のメディアで代表されにくい意見が表現されているのだと思います。
自分の意見に近いものがメディアに反映されていれば、わざわざネットを使って主張しないと思います。
少数派であり、世間で声高に主張できない意見だからこそ、ネットで吹き上げるのでしょう。

Posted by: レイ | September 19, 2010 at 03:41 PM

レイさん、コメントありがとうございます。
ご説ごもっともです。私も基本的にそう思います。世論と輿論を区別する意味もそこにあるかと思います。ネットの言説の中から輿論を形成するしくみは、そうした言論の担い手たちによってまがりなりにも行われています。しかし世論を抽出するためには、全体の姿をよりよく反映できるしくみが必要であり、この点で現行のネットサービスは必ずしも十分とはいえない状況にあるように思われます。

Posted by: 山口 浩 | September 21, 2010 at 07:36 AM

今回『にもかかわらず「ネット世論」に注目すべき3つの理由』のブログをWEBRONZAテーマページにリンクさせていただきました。
不都合な場合、WEBRONZA@asahi.comにご連絡ください。
宜しくお願い致します。

WEBRONZA編集部

Posted by: WEBRONZA編集部 | October 01, 2010 at 08:19 PM

WEBRONZA編集部さま
問題ありません。ありがとうございます。

Posted by: 山口 浩 | October 01, 2010 at 11:34 PM

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