« 「影踏み」論法と名づけてみる | Main | 「ネットの力、みんなのチカラ」プロジェクトの実施について »

October 14, 2010

なぜ「紙か電子か」なんだろうか

電子書籍に関する話題が盛り上がっている。アマゾンのKindleやアップルのiPadに遅れじと、国内各社も相次いで端末を発売するとぶちあげたり、事業参入(とか再参入とか)を発表したり。とはいえ業界人の皆さんの中には、編集者の役割はどうなる、街の書店はどうなる、みたいに戦々恐々だったりするようにみえる。紙の本は滅ぶのか、いいや紙には電子書籍にないよさが、文化を守るのだ、とか鼻息荒く主張する方もたくさんいて、賑やかといえば賑やか。

まあここまでは枕。個人的に違和感が、っていう話を以下ひとくさり。

違和感の理由はいろいろあるにはあるが、つきつめると、ユーザーの姿があんまり見えてこないように感じられるからじゃないかと思う。もちろんこれはある意味それほど不思議でもなくて、メディアで話題に上るKindleやiPadも、現時点では日本語の本が出回っているわけではないし、国内メーカーの新端末もまだ発売されていない。読もうにもブツがないから、ユーザーになりたくてもなれない人がたくさんいるわけだ。

とはいえ、別に電子書籍がないってわけじゃない。日本で電子書籍といえば、今の主流はいわゆるケータイ小説とかマンガとかってことになるんだろう。これはけっこう売れてるはずだ。最近はiPhoneみたいなスマートフォンが増えていて、そこでは本がアプリとなって販売されてたりする。まだ量としてそれほど多くはないだろうが、中にはけっこう売れてるものもあるんじゃないかと思う。一方で、一部にはいわゆる「自炊」をせっせとやってる人たちもいる。もちろん、日本人だってKindleやらiPadやらで英語とかの電子書籍をバリバリ読んでる人はいるだろう。

要するに、ユーザー側にはそれなりの意見をもってる人がそれなりの人数いるはずだ。にもかかわらず、聞こえてくるのは、事業者の側からの、やれビジネスモデルだの権利処理だの規格争いだのの話ばかり。文化を守ろうとかいってる人たちだって、よく見たら多くは供給者側だ。利用者の立場に立った発言がほとんど聞こえてこない。正直いかがなものかとも思う。高校野球の女子マネージャーだって「顧客を創造する」とかいってる時代に、「創造」どころか「想像」すらしてないんじゃないか?とか思ったりするわけだ。

電子書籍については、かつて、一利用者の立場から、こんなものがほしい、と書いたことがある(リンク)。2004年で、今の「ブーム」のひとつ前の頃で、専門書やら論文の類を大量に持ち歩きたい、という趣旨。実際持ち歩いてたりしたので、荷物をなんとか軽くしたいと思っていたわけだ。基本的に、今もそれほど考えは変わっていない。テキスト+静止画にこだわる必要はないんだな、もっといろいろなコンテンツが考えられるな、と考えるようにはなったが。実際、今はPDFをKindleDXで持ち歩いていて、併せてPCやiPhoneからDropboxとかEvernoteなんかも使ってたりするので、当時の願望は多少は実現したことになる。でも日本の書籍はまだほとんどそのまま持ち歩いたりしてるが。

自分が特殊な立場・嗜好だというのは理解してるつもりだが、一応それなりの本好きでもあるので、多少は敷衍して考えられる部分もあると思う。電子書籍をそれ用の端末で読みたいなんて考える人は、少なくとも現段階では、ガジェット自体が好きな人を除けば、かなりの本好きか必要に迫られて読まざるをえないかのどちらかで、いずれにせよ本を比較的たくさん買い、読む人であろうと考えるのが自然だ。独断でいえば、そういう人は、電子書籍の便利さとともに、紙の本の(別の意味での)便利さや、紙ならではの風合いみたいなものの価値をも認める人である可能性が高い。しつこいが、少なくとも現段階では。

件の女子マネージャーならこういうんじゃないだろうか。「本を読む人が求めるのは、本そのものというより、本を読むという行為、本の世界にひたったり新たな情報を得たりしている自分だ」、と。そこから出てくるのは、本を読むという行為を、制約条件のできるだけ少ない状態で楽しみたい、という願望だ。

つまり、紙か電子かは第一義的な問題ではない、ということだ。

もちろん具体的には、いろいろ事情によって変わってくる。保管場所に困ってる人(本好きならかなりの高確率でありうる)は、電子書籍でスペースを節約したいと思ってるかもしれないし、とはいえ気に入ったものなら紙の本を本棚に並べたいだろう。大量に持ち歩くなら電子書籍のほうが便利だが1冊程度なら紙の本のほうが軽いし、雨に濡れたりするおそれがあるなら電子書籍は避けたいと思うだろう。電子書籍は電池切れがこわい(これは本好きにしかわからないかもしれない。8時間もちます、ぐらいじゃ全然頼りないんだよね)し、端末が盗難に遭うリスクだって考えなきゃいけない。旅行なんかだったら紙の本で持っていって帰る際には捨ててしまう、ということだって考えられる。まだ持ってない本をすぐ欲しいと思ったら、紙の本より電子書籍のほうが早い。著者にサインをもらいたいと思うなら、仮に電子書籍でそれができたとしても、できれば紙の本にしてもらいたいと思うだろう。もちろん、何より紙の匂いが好き、美しい装丁の本を愛でるのが趣味、って人もいる。

となると、正解は自然、「必要や望みに応じてどちらでも」、となるはずだ。なんで「紙も電子も」っていう話があんまり出てこないんだろう。

新聞のほうではそういうのがもうあって、日経の電子版は紙+電子が基本だったかと思うが、正直あれはどうかと思う。新聞と書籍はちがう。新聞を紙の状態でとっておきたいと思う人は、いないとはいわないが、少なくとも書籍を紙の状態でとっておきたい人よりはるかに少ないだろうと予想する。

ともあれ、書籍については、紙か電子かというより、紙+電子が基本なんじゃないかと思う。当然、選択肢があってしかるべきで、紙+電子、紙のみ、電子のみが選べるようになっていてほしいところ。ここでのポイントは、後で変えられるようにしておくこと。紙の本を持ってる人が持ち歩きに便利なようにあとで電子版も買うとか、電子版を持ってる人が何かの事情で紙版が欲しいときにオンデマンドで印刷製本するとか、そういう自由があったほうがいい。ちなみにオンデマンド出版はけっこう重要で、これが普及すれば書店が在庫を持つ必要性が薄くなるから、委託制を変革するチャンスにもなるのではないか。自動製本機みたいなものはもうあるわけで、ペーパーバックみたいなものなら、確か数分でできたと思う。技術が発達すれば、そのうちハンバーガー並の時間で印刷から製本までやってのけるようになるんじゃないだろうか。

当然、コストは実際上の制約になりうるしなるだろう。電子版作るのにだってコストがかかる。利便性にだって差がある。ならば価格設定に反映すると考えるのが自然。ただ、もう一度件の女子マネージャーにご登場いただけば、このあたりこそイノベーションの余地あるところじゃないだろうか。ここに「顧客」がいるわけだから。電子版編集の作業を自動化するソフトウェアみたいな方向もあるだろうし、仕事のやり方自体、あるいは原稿の書き方から変えていくという方向性だってありえなくはない。

こういう状態に仮になったとして、じゃあ今の出版業界とか書店業界とか、そこで働く人たちがみんなこれまでのままでいられるかというと、そんなことはないだろう。一部の方は仕事が減ったり変わったりなくなったり、あるいは同じことをやってても給料が下がったりするはず。他のジャンルのコンテンツや、技術でエンパワーされた個人や技術そのものによって代替されたり不要になったりする部分があるからだ。一方、付加価値を高めてよりビジネスを拡大していく企業や人も現れるだろう。供給者側が変化を拒否し、押しとどめようとすれば、外部から事業者が入ってくるだろう。そうやって企業も世代交代していった例がたくさんある。基本的には衰退や危機とかいうより、変化あるいは進化ととらえるのがまっとうではないか。

長期的には、紙の本は、一部でコレクターズアイテムや特殊な用途で使われる以外は、ゆるやかに衰退へ向かうだろう。レコードがそうなったように、馬車がそうなったように。紙の本に慣れた今の世代は、やがて電子書籍があたりまえの世代にとって代わられる。機器やその他の技術も今とは比較にならないくらい進歩するだろう。しかしそれは、出版文化が衰退したとかそういうことではないはずだ。巻物という形態の本(あれを本と呼んでいいのかどうか知らないが)は今はなくなり、いまや博物館アイテムとなったが、人が本から離れたわけではない。和紙を作る職人には人間国宝がいるらしい。やがて印刷や製本の職人の中からもそういう人があらわれるようになるのかもしれない。編集者がそうなるかどうかはなんともいえないが。

|

« 「影踏み」論法と名づけてみる | Main | 「ネットの力、みんなのチカラ」プロジェクトの実施について »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference なぜ「紙か電子か」なんだろうか:

« 「影踏み」論法と名づけてみる | Main | 「ネットの力、みんなのチカラ」プロジェクトの実施について »